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罪と欲望の幻影
22時を過ぎた人妻サロン『velvet moon』は、客の足音が途絶え、トランス音楽の重い低音だけが空気を震わせていた。
接客が途絶え、控室で美津子は、ぼんやりと宙を見ていた。
まだ熱がこもるような室内の空気とは裏腹に、美津子の心は深海の底に沈んだように静まり返っている。
赤紫の照明が届かないこの場所では、蛍光灯の無機質な光が、メイクの崩れた顔を容赦なく照らし出す。
ファンデーションの下に隠しきれない疲労が滲み、口紅はグラスの縁に残したままのような、曖昧な形になっていた。
「ミナさん、急なヘルプ、本当に助かったよ。お疲れ様、もう上がっていいからね」
穏やかな笑みを浮かべた店長の桜井が控室に入ってくるなり、美津子の肩を軽く叩いた。
その温かい掌の感触と労りの言葉が、美津子の凍り付いていた心をゆっくりと溶かしていく。
桜井は丁寧に封筒を渡し、「これ、今日の分。確認してね」と優しく続けた。
さらに財布から一万円札を取り出すと、美津子の手にそっと重ねる。
「月夜の華の店長から、ミナさんにはタクシー代を渡してって頼まれてるんだ。初めてだったから疲れたでしょう、これで気をつけて帰ってね」
桜井の言葉は優しげに響き、美津子はただ、その心遣いに深く頭を下げた。
封筒を受け取った美津子の指が、かすかに震える。
中を覗けば、『月夜の華』での稼ぎよりは明らかに多い金額が収まっていた。
その金額に、美津子は思わず息を呑んだ。
心臓が跳ね上がった衝撃で、身体が震える。
「こんな……こんなに……?」
その呆然とした呟きは、ひっそりとした控室の重い沈黙に掻き消された。
しかし、その喜びは一瞬でかき消えた。
手の中の封筒の重さが、そのまま悠一を裏切った重さのように美津子の胸を圧迫する。
谷間に残るねっとりとした感触、男性店員の「胸でサービスしてましたね」というじっとりした視線、そして麗華の「胸で!? パイズリってこと!!?」という驚きの声が、美津子の心をぎゅっと締め上げていく。
「あらあら、タクシー代まで出るなんて。ミナさん、よほど大切にされていらっしゃるのね、羨ましいわ」
麗華は紫煙を細く吐き出しながら、ねっとりと笑った。
その言葉は、美津子の心に突き刺さる。
何も言い返せず、美津子はただうつむいた。
麗華は美津子の沈んだ様子に気づくと、タバコを灰皿に押し付けた。
「悪かったって。ちょっとからかっただけだろ、そんな顔しなさんな」
麗華はそう言いながら、どこか納得いかない顔で美津子を見やった。
「それにしてもさ、よく分かんないんだけど、たった一日だけのヘルプでしょ? 未経験の人間をいきなりピンサロにヘルプなんて、普通ありえないからね。大変だったな」
麗華の言葉に、美津子は顔を上げられないまま、小さく頷いた。
「……うん、大変だった」
絞り出すような声は、消え入りそうに小さかった。
美津子の心は、手にした金額への戸惑いと驚き、悠一を裏切った罪悪感、そして初めての経験がもたらした疲労感で、ぐちゃぐちゃになっていた。
美津子の様子に、麗華は何かを察したように、ただその表情を見つめた。
「あんたさ、結婚とかしてんの?」
麗華の問いに、美津子はびくりと肩を震わせた。
答えに窮し、絞り出すように「……うん」と呟くのがやっとだった。
「へえ、やっぱりね」
麗華はそれだけ呟き、小さく頷いた。
その眼差しは、美津子の心の奥底を見透かすようで、居心地の悪さが募る。
「今日のことは旦那に申し訳ない気持ちでいっぱいなんだろうけどさ。だからって、そんなに自分を責めるなよ。深く考えたって、余計に辛くなるだけだ」
麗華は少しだけ眉を下げ、美津子を気遣うような表情を見せた。
「しかしパイズリまでやるとはね……。やっぱあんたみたいに胸があると、そういうのも求められるわけだ」
麗華はどこか羨ましげに、好奇心に満ちた目で美津子の胸元を見つめた。
美津子はびくりと肩を震わせる。
「そんな……今までしたことなくて……ただ、言われるがままに……」
美津子は声も細く、麗華の勢いにたじたじになっていた。
「ま、いいじゃん。つかさ、その爆乳で今までパイズリしたことないって、旦那さん、おっぱいにあんまり興味ない人なんだね!」
麗華の言葉は軽い笑いと共に放たれ、『velvet moon』の日常を切り取るように無邪気だった。
美津子の心には、悠一が愛おしそうに豊満な胸を撫でる手が蘇った。
麗華の言葉との矛盾に胸がざわつく。
悠一は私の胸が大好きのはず――その優しい手つき、熱い眼差しが、美津子への愛の証だ。
麗華の「旦那さん、おっぱいにあんまり興味ない人なんだね」という軽い一言が、美津子の心に冷たい違和感を残した。
「……そんなこと……」
美津子は目を伏せ、言葉にならない思いを飲み込んだ。
麗華は美津子の反応を気にせず、笑顔でその背中を軽く叩いた。
「ヘルプ、本当にお疲れさん。もう会えないのかもしれないけど、もしまた一緒に働くことがあれば、仲良くやろうじゃないか!」
その言葉には、気さくな仲間意識が感じられた。
美津子の心は叫んだ――もう二度と、こんなことをしたくない。
麗華さんはいい人で、仲良くなれそうだと心では思う。
だけど、口からは「あ……うん……」と曖昧な呟きしか出なかった。
男性店員がひょこっと顔を出し、「麗華さん、1番シートお願いします」と告げた。
「こんな時間にピンサロ来るやつ、何なんだよ……」
麗華はそう言いながらも、「じゃあね、ミナ」と声をかけて部屋を出ていく。
美津子は小さく手を挙げ、着替えるためにロッカーへと向かった。
夜の帳が降りた街で、ネオンの光がアスファルトにぼんやりと映る。
ひんやりとした夜風が、汗で湿ったカットソーを通り抜け、美津子の豊かな胸の曲線が露わになった。
タクシーの革シートに沈み込むと、運転手の無関心な視線がバックミラー越しに突き刺さった。
「どちらまで?」
その声に、美津子は最寄駅から1駅離れた駅の名前を呟いた。
悠一と、こんな状態でしらふで向き合う勇気はなかった。
悠一の優しい笑顔、豊満な胸を愛おしげに包む手が脳裏に浮かび、美津子の胸を刺した。
唇が震え、谷間に残る生々しい感触と、熱を持った唇の腫れが、まるで裏切りの証のようにずきずきと痛んだ。
タクシーの窓に、美津子の顔が映る。
それは、『velvet moon』のフラットシートで汚れきった女の顔だった。
流れる街の光は、美津子の心をぼやけさせ、現実から遠ざけていく。
美津子は駅近くのコンビニでタクシーを降りた。
コンビニの蛍光灯の白い光が、震える美津子の手を冷ややかに照らす。
美津子は棚からロング缶のチューハイを選び、レジの店員に小銭を差し出した。
通常なら、美津子が酒を片手に道を歩くなど考えられない。
でも、今夜の美津子は、『velvet moon』での汚辱を洗い流したくて、缶の冷たい金属をぎゅっと握りしめた。
夜の闇に、プルトップを引く甲高い音が響き渡り、炭酸の泡が唇の上でパチパチと弾ける。
喉を通過するアルコールの苦みが熱を帯び、美津子の胃の底にずしりと沈み込んだ。
「こんなの、私じゃない……」
心ではそう呟きながら、美津子の足は家路を辿り始めた。
約30分の夜道を、チューハイを傾けながら歩いた。
夜のアスファルトに、美津子の足音が寂しく響く。
夜風がカットソーの裾を揺らし、缶の冷たさがじんわりと指に伝わる。
酒の熱が美津子の頬を赤く染めた。
一歩踏み出すたび、カットソーの下で豊かな胸が揺れ、美津子の脳裏には、あのフラットシートの革に沈み込んだ正座の感触が蘇る。
今日の出来事が、まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡っていた。
赤紫の薄暗い光、谷間でぬめり光る汗と唾液、そして男たちの興奮した声が、耳から離れなかった。
口での行為の苦しさ、喉を締め付けられるような感覚が、断片的に美津子の意識をかすめる。
そして、胸で男に奉仕した感触――豊満な胸が男の熱を強く締め付け、その深く温かい窪みの中に粘液がほとばしる――それが、美津子の心に新たな恥と屈辱を呼び起こした。
男の満足げな笑み、「テクニシャン」という絶賛が、悠一の愛した胸を汚した罪悪感を燃え上がらせた。
追い打ちをかけるように、麗華の「旦那さん、おっぱいにあんまり興味ない人なんだね」という言葉が、悠一の情熱的な眼差しを呼び覚まし、美津子の心臓を握り潰すかのように締め付けた。
美津子の心の叫びがこだまし、彼女は残りのチューハイを一気にあおった。
アルコールの熱が喉から胃へと流れ込み、意識を曖昧にさせる。
しかし、罪悪感だけは消えず、その奥底に、得体の知れないざわめきが生まれ始めていた。
「まさか、あんなに客が詰めかけるなんて……」
風俗を利用する男性に対して、どこか偏見にも似た感情を抱いていた美津子。
だが、想像をはるかに超える客の数と、何の変哲もない普通の男性が大半を占めている事実に、美津子は思わず息を呑んだ。
「男の人って、本当にそこまで口でして欲しいものなのかしら? 悠一も? まさかそんな……でも本当は? 私に遠慮してる?」
その素直な問いが、混乱と共に美津子の胸に渦巻いた。
その時、美津子の脳裏に麗華の言葉が蘇った。
「旦那さん、おっぱいにあんまり興味ない人なんだね」
その一言が頭の中で繰り返される。
「そんなことない」と美津子は否定する。
悠一は私の胸を愛してくれている、呆れるくらいに。
そこに、客の「マジ? そうなの? このデカパイを目の前にして、パイズリしてって言わない男がいるの!? いや、ありえねえだろ!」という言葉まで脳裏をよぎる。
だったら、悠一も、今日私が胸でしたようなことを、本当は私に求めているのだろうか?
まさか。
そんなはずはない。
悠一がそんなことを望むはずがない。
いや、でも、もし私に遠慮しているとしたら?
普段の悠一からは想像できないその可能性が、美津子の心を激しく揺さぶり、混乱の渦に巻き込んだ。
夜風が美津子の肌を撫で、アスファルトに響くスニーカーの音が、彼女の孤独を際立たせた。
美津子は空になった缶をぐしゃりと握り潰し、無造作に道端の自販機の横のゴミ箱へと放り込んだ。
アルコールのせいで身体は鉛のように重かったが、心のざわめきだけは収まらない。
マンションのドアの向こうで悠一の笑顔が待っていると想像するたびに、美津子の足は一層重く感じられた。
谷間のねっとりとした感触が、これまで悠一の愛情の証だったはずの胸を、汚物にまみれた道具のように感じさせた。
美津子は震える手でカバンを握りしめ、夜道の最後の数歩を踏み出した。
接客が途絶え、控室で美津子は、ぼんやりと宙を見ていた。
まだ熱がこもるような室内の空気とは裏腹に、美津子の心は深海の底に沈んだように静まり返っている。
赤紫の照明が届かないこの場所では、蛍光灯の無機質な光が、メイクの崩れた顔を容赦なく照らし出す。
ファンデーションの下に隠しきれない疲労が滲み、口紅はグラスの縁に残したままのような、曖昧な形になっていた。
「ミナさん、急なヘルプ、本当に助かったよ。お疲れ様、もう上がっていいからね」
穏やかな笑みを浮かべた店長の桜井が控室に入ってくるなり、美津子の肩を軽く叩いた。
その温かい掌の感触と労りの言葉が、美津子の凍り付いていた心をゆっくりと溶かしていく。
桜井は丁寧に封筒を渡し、「これ、今日の分。確認してね」と優しく続けた。
さらに財布から一万円札を取り出すと、美津子の手にそっと重ねる。
「月夜の華の店長から、ミナさんにはタクシー代を渡してって頼まれてるんだ。初めてだったから疲れたでしょう、これで気をつけて帰ってね」
桜井の言葉は優しげに響き、美津子はただ、その心遣いに深く頭を下げた。
封筒を受け取った美津子の指が、かすかに震える。
中を覗けば、『月夜の華』での稼ぎよりは明らかに多い金額が収まっていた。
その金額に、美津子は思わず息を呑んだ。
心臓が跳ね上がった衝撃で、身体が震える。
「こんな……こんなに……?」
その呆然とした呟きは、ひっそりとした控室の重い沈黙に掻き消された。
しかし、その喜びは一瞬でかき消えた。
手の中の封筒の重さが、そのまま悠一を裏切った重さのように美津子の胸を圧迫する。
谷間に残るねっとりとした感触、男性店員の「胸でサービスしてましたね」というじっとりした視線、そして麗華の「胸で!? パイズリってこと!!?」という驚きの声が、美津子の心をぎゅっと締め上げていく。
「あらあら、タクシー代まで出るなんて。ミナさん、よほど大切にされていらっしゃるのね、羨ましいわ」
麗華は紫煙を細く吐き出しながら、ねっとりと笑った。
その言葉は、美津子の心に突き刺さる。
何も言い返せず、美津子はただうつむいた。
麗華は美津子の沈んだ様子に気づくと、タバコを灰皿に押し付けた。
「悪かったって。ちょっとからかっただけだろ、そんな顔しなさんな」
麗華はそう言いながら、どこか納得いかない顔で美津子を見やった。
「それにしてもさ、よく分かんないんだけど、たった一日だけのヘルプでしょ? 未経験の人間をいきなりピンサロにヘルプなんて、普通ありえないからね。大変だったな」
麗華の言葉に、美津子は顔を上げられないまま、小さく頷いた。
「……うん、大変だった」
絞り出すような声は、消え入りそうに小さかった。
美津子の心は、手にした金額への戸惑いと驚き、悠一を裏切った罪悪感、そして初めての経験がもたらした疲労感で、ぐちゃぐちゃになっていた。
美津子の様子に、麗華は何かを察したように、ただその表情を見つめた。
「あんたさ、結婚とかしてんの?」
麗華の問いに、美津子はびくりと肩を震わせた。
答えに窮し、絞り出すように「……うん」と呟くのがやっとだった。
「へえ、やっぱりね」
麗華はそれだけ呟き、小さく頷いた。
その眼差しは、美津子の心の奥底を見透かすようで、居心地の悪さが募る。
「今日のことは旦那に申し訳ない気持ちでいっぱいなんだろうけどさ。だからって、そんなに自分を責めるなよ。深く考えたって、余計に辛くなるだけだ」
麗華は少しだけ眉を下げ、美津子を気遣うような表情を見せた。
「しかしパイズリまでやるとはね……。やっぱあんたみたいに胸があると、そういうのも求められるわけだ」
麗華はどこか羨ましげに、好奇心に満ちた目で美津子の胸元を見つめた。
美津子はびくりと肩を震わせる。
「そんな……今までしたことなくて……ただ、言われるがままに……」
美津子は声も細く、麗華の勢いにたじたじになっていた。
「ま、いいじゃん。つかさ、その爆乳で今までパイズリしたことないって、旦那さん、おっぱいにあんまり興味ない人なんだね!」
麗華の言葉は軽い笑いと共に放たれ、『velvet moon』の日常を切り取るように無邪気だった。
美津子の心には、悠一が愛おしそうに豊満な胸を撫でる手が蘇った。
麗華の言葉との矛盾に胸がざわつく。
悠一は私の胸が大好きのはず――その優しい手つき、熱い眼差しが、美津子への愛の証だ。
麗華の「旦那さん、おっぱいにあんまり興味ない人なんだね」という軽い一言が、美津子の心に冷たい違和感を残した。
「……そんなこと……」
美津子は目を伏せ、言葉にならない思いを飲み込んだ。
麗華は美津子の反応を気にせず、笑顔でその背中を軽く叩いた。
「ヘルプ、本当にお疲れさん。もう会えないのかもしれないけど、もしまた一緒に働くことがあれば、仲良くやろうじゃないか!」
その言葉には、気さくな仲間意識が感じられた。
美津子の心は叫んだ――もう二度と、こんなことをしたくない。
麗華さんはいい人で、仲良くなれそうだと心では思う。
だけど、口からは「あ……うん……」と曖昧な呟きしか出なかった。
男性店員がひょこっと顔を出し、「麗華さん、1番シートお願いします」と告げた。
「こんな時間にピンサロ来るやつ、何なんだよ……」
麗華はそう言いながらも、「じゃあね、ミナ」と声をかけて部屋を出ていく。
美津子は小さく手を挙げ、着替えるためにロッカーへと向かった。
夜の帳が降りた街で、ネオンの光がアスファルトにぼんやりと映る。
ひんやりとした夜風が、汗で湿ったカットソーを通り抜け、美津子の豊かな胸の曲線が露わになった。
タクシーの革シートに沈み込むと、運転手の無関心な視線がバックミラー越しに突き刺さった。
「どちらまで?」
その声に、美津子は最寄駅から1駅離れた駅の名前を呟いた。
悠一と、こんな状態でしらふで向き合う勇気はなかった。
悠一の優しい笑顔、豊満な胸を愛おしげに包む手が脳裏に浮かび、美津子の胸を刺した。
唇が震え、谷間に残る生々しい感触と、熱を持った唇の腫れが、まるで裏切りの証のようにずきずきと痛んだ。
タクシーの窓に、美津子の顔が映る。
それは、『velvet moon』のフラットシートで汚れきった女の顔だった。
流れる街の光は、美津子の心をぼやけさせ、現実から遠ざけていく。
美津子は駅近くのコンビニでタクシーを降りた。
コンビニの蛍光灯の白い光が、震える美津子の手を冷ややかに照らす。
美津子は棚からロング缶のチューハイを選び、レジの店員に小銭を差し出した。
通常なら、美津子が酒を片手に道を歩くなど考えられない。
でも、今夜の美津子は、『velvet moon』での汚辱を洗い流したくて、缶の冷たい金属をぎゅっと握りしめた。
夜の闇に、プルトップを引く甲高い音が響き渡り、炭酸の泡が唇の上でパチパチと弾ける。
喉を通過するアルコールの苦みが熱を帯び、美津子の胃の底にずしりと沈み込んだ。
「こんなの、私じゃない……」
心ではそう呟きながら、美津子の足は家路を辿り始めた。
約30分の夜道を、チューハイを傾けながら歩いた。
夜のアスファルトに、美津子の足音が寂しく響く。
夜風がカットソーの裾を揺らし、缶の冷たさがじんわりと指に伝わる。
酒の熱が美津子の頬を赤く染めた。
一歩踏み出すたび、カットソーの下で豊かな胸が揺れ、美津子の脳裏には、あのフラットシートの革に沈み込んだ正座の感触が蘇る。
今日の出来事が、まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡っていた。
赤紫の薄暗い光、谷間でぬめり光る汗と唾液、そして男たちの興奮した声が、耳から離れなかった。
口での行為の苦しさ、喉を締め付けられるような感覚が、断片的に美津子の意識をかすめる。
そして、胸で男に奉仕した感触――豊満な胸が男の熱を強く締め付け、その深く温かい窪みの中に粘液がほとばしる――それが、美津子の心に新たな恥と屈辱を呼び起こした。
男の満足げな笑み、「テクニシャン」という絶賛が、悠一の愛した胸を汚した罪悪感を燃え上がらせた。
追い打ちをかけるように、麗華の「旦那さん、おっぱいにあんまり興味ない人なんだね」という言葉が、悠一の情熱的な眼差しを呼び覚まし、美津子の心臓を握り潰すかのように締め付けた。
美津子の心の叫びがこだまし、彼女は残りのチューハイを一気にあおった。
アルコールの熱が喉から胃へと流れ込み、意識を曖昧にさせる。
しかし、罪悪感だけは消えず、その奥底に、得体の知れないざわめきが生まれ始めていた。
「まさか、あんなに客が詰めかけるなんて……」
風俗を利用する男性に対して、どこか偏見にも似た感情を抱いていた美津子。
だが、想像をはるかに超える客の数と、何の変哲もない普通の男性が大半を占めている事実に、美津子は思わず息を呑んだ。
「男の人って、本当にそこまで口でして欲しいものなのかしら? 悠一も? まさかそんな……でも本当は? 私に遠慮してる?」
その素直な問いが、混乱と共に美津子の胸に渦巻いた。
その時、美津子の脳裏に麗華の言葉が蘇った。
「旦那さん、おっぱいにあんまり興味ない人なんだね」
その一言が頭の中で繰り返される。
「そんなことない」と美津子は否定する。
悠一は私の胸を愛してくれている、呆れるくらいに。
そこに、客の「マジ? そうなの? このデカパイを目の前にして、パイズリしてって言わない男がいるの!? いや、ありえねえだろ!」という言葉まで脳裏をよぎる。
だったら、悠一も、今日私が胸でしたようなことを、本当は私に求めているのだろうか?
まさか。
そんなはずはない。
悠一がそんなことを望むはずがない。
いや、でも、もし私に遠慮しているとしたら?
普段の悠一からは想像できないその可能性が、美津子の心を激しく揺さぶり、混乱の渦に巻き込んだ。
夜風が美津子の肌を撫で、アスファルトに響くスニーカーの音が、彼女の孤独を際立たせた。
美津子は空になった缶をぐしゃりと握り潰し、無造作に道端の自販機の横のゴミ箱へと放り込んだ。
アルコールのせいで身体は鉛のように重かったが、心のざわめきだけは収まらない。
マンションのドアの向こうで悠一の笑顔が待っていると想像するたびに、美津子の足は一層重く感じられた。
谷間のねっとりとした感触が、これまで悠一の愛情の証だったはずの胸を、汚物にまみれた道具のように感じさせた。
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