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揺れる天秤
美津子は鏡の前で髪をそっとまとめ、求人誌のチェックマークを見つめていた。
テーブルの上でスマホが小さく震えた。画面には「香織」の名前。高校時代の同級生だ。
香織はあの頃、派手なメイクとキラキラした笑顔でみんなの視線を集める子だった。一方、美津子は地味で、教室の隅で本を抱えるような子だった。親しい友達ではなかったけど、卒業後に東京で偶然再会。お互い知り合いが少ない都会で、なんとなく連絡を取り合い、たまに会う仲が続いていた。
美津子は心が少し縮こまりながら、通話ボタンを押した。
「よ、美津子! 久しぶり! 元気?」
香織のハスキーで勢いのある声が響く。
美津子は一瞬、香織の眩しい笑顔と自分の地味な高校時代を思い出し、心がズキッとした。
「う、うん、元気。香織、急にどうしたの?」
彼女の声は硬く、胸が締め付けられるようだった。
「いい話持ってきたよ!」
香織の声が弾む。
「私、今、熟女キャバクラで働いてるんだけど、うちの店で新しい子探してるの。美津子、向いてるかもよ?」
「キャバクラ? いや、絶対無理!」
美津子は思わず声を上げ、ソファにドサッと腰を下ろした。香織の勢いに圧倒されつつ、きっぱり続ける。
「私、35歳よ? そんな若い子がするような仕事、私には無理。だいたい、書店のバイトに応募しようと思ってたの。そっちの方が……私に合ってると思う」
彼女の言葉には、香織のキラキラした世界に自分の重い体が似合わないという思いが滲んだ。
「書店? ふーん、地味だねぇ」
香織が軽く笑う。
「美津子、35歳でも全然大丈夫だって! うち、熟女キャバクラだから、30代40代がメインなの。ていうか、キャバクラって言っても、派手な感じじゃないよ。こじんまりしたスナックみたいな雰囲気で、気楽におしゃべりするだけでいいんだから。あんたのその……まぁ、ボリュームある身体、ドレス着たら意外といけるよ。時給も書店の倍以上、2500円スタートでチップも出るよ。家計キツイんでしょ? 絶対チャンスだって」
美津子の頬がカッと熱くなった。香織の言葉に、なぜか自分がちっぽけに見られている気がして、心がざわざわした。
ふと鏡に目をやると、自分の姿が映った。小柄な体に、大きな胸がカットソーを押し上げ、ふくよかなウエストとヒップが柔らかな曲線を描いている。でも、彼女にはその姿が「ただ太ってる」ようにしか見えない。香織の「意外といける」に、なんか嫌な気分と恥ずかしさが混じった。
キャバクラという言葉は、夜のキラキラした世界をぼんやりと思い浮かべるけど、香織の勢いに押されて、具体的に考える余裕もない。
「でも……私、そういうの向いてないよ。夫にもなんて言えば……」
声が小さくなり、柔らかい肌が戸惑いで震えた。
「悠一さん、優しい人でしょ? 話せば分かるって。スナックみたいな雰囲気だから、気楽にできるよ。とりあえず話聞きに来なよ。損はないからさ」
香織の声は自信たっぷりで、まるで美津子に新しい世界を見せるつもりだとでもいうようだった。
美津子はスマホを握りしめ、求人誌の書店の欄をもう一度見た。静かな書店のカウンターと、香織が誘う夜の世界。心の中で二つの選択肢が揺れる。
香織の言葉は、まるで自分の地味な姿を突きつける鏡みたいで、でも高時給が家計を楽にするかもしれないと心をチラチラ刺激した。普段は押し込めている何か、胸の奥でそっと動き出すのを感じた。
夜の食卓は、カレーの香りがふんわり漂う静かな空間だった。美津子は悠一の向かいに座り、ご飯を小さくつつきながら、昼間の香織の電話をどう切り出そうか迷っていた。
悠一はいつもの穏やかな笑みを浮かべ、スプーンでカレーを食べている。細い腕と薄い胸が、ゆったりしたTシャツの下で頼りなく見えたけど、優しい目元には温かさが宿っていた。
「美津子、なんか今日、元気ないみたいだけど……大丈夫?」
悠一がスプーンを置いて、薄い髭の顔を彼女に向けた。声は優しく、心配そうだった。
美津子はドキッとして、髪を指でいじりながら小さく笑った。
「え、ううん、大丈夫よ。ちょっと……考え事してただけ」
悠一は眉を少し上げ、彼女をじっと見た。
「考え事? なんか、話したいことあるなら聞くよ」
その目には、妻への純粋な心配が滲む。
美津子は深く息を吸い、勇気を振り絞って口を開いた。
「実は……今日、香織から電話があって。ほら、高校の同級生の。パートの話だったの。彼女、熟女キャバクラで働いてて、そこの店で人を募集してるって。私に、やってみないかって」
悠一の目が一瞬大きく開き、すぐに眉がハの字になった。
「キャバクラ? 美津子が?」
声には驚きと戸惑いが混じるけど、嫌そうな感じはなかった。
「いや、でも……キャバクラって、なんか派手なイメージあるな。大丈夫なの?」
「私も最初、絶対無理って断ったの!」
美津子は慌てて手を振った。彼女のふくよかな体が、椅子で小さく揺れる。
「私、35歳だし、そんな若い子がする仕事じゃないって。でも香織が言うには、30代40代がメインの店で、派手なキャバクラじゃなくて、こじんまりしたスナックみたいな雰囲気なんだって。おしゃべりするだけでいいって……」
言葉を切って、悠一の反応をそっと窺った。家計の話は出さず、彼の気持ちを傷つけないよう気をつけた。
悠一は静かに聞き、細い指で顎を撫でた。
「ふーん……キャバクラってことは、そこそこ時給いいのかな?」
声には、ふと思いついたような興味が混じる。自分の給料だけじゃ家計がキツく、ボーナスも期待できない現実が頭をよぎったみたいだった。
「でも、美津子がそんなとこで働くなんて……なんか想像つかないな」
彼は小さく笑ったけど、目には複雑な気持ちがチラッと見えた。
美津子の心がまたざわざわした。香織の「意外といける」が頭をよぎり、自信のなさが顔に出る。
「私も……自分にできるか分からない。香織は私の見た目でも大丈夫って言ってたけど、私、ただ太ってるだけだし……」
目を伏せ、柔らかい肌が恥ずかしさでほんのり赤くなった。
悠一はテーブルの向こうから、そっと彼女の手を握った。
「美津子、太ってるなんて思わなくていいよ。俺には、めっちゃ魅力的だもん。香織さんの言う通り、絶対人気出るって」
言葉は少し照れくさそうだけど、誠実さに溢れていた。
「やりたいなら、俺は応援するよ。ただ……危ない客とかいたら心配だから、ちゃんと店のこと調べてな」
美津子は悠一の手の温もりを感じながら、心が揺れた。書店の静かな仕事と、香織が誘う夜の世界。悠一の優しい応援が背中を押すけど、高時給への期待と、胸の奥で芽生える好奇心と不安が、静かにぶつかり合っていた。
テーブルの上でスマホが小さく震えた。画面には「香織」の名前。高校時代の同級生だ。
香織はあの頃、派手なメイクとキラキラした笑顔でみんなの視線を集める子だった。一方、美津子は地味で、教室の隅で本を抱えるような子だった。親しい友達ではなかったけど、卒業後に東京で偶然再会。お互い知り合いが少ない都会で、なんとなく連絡を取り合い、たまに会う仲が続いていた。
美津子は心が少し縮こまりながら、通話ボタンを押した。
「よ、美津子! 久しぶり! 元気?」
香織のハスキーで勢いのある声が響く。
美津子は一瞬、香織の眩しい笑顔と自分の地味な高校時代を思い出し、心がズキッとした。
「う、うん、元気。香織、急にどうしたの?」
彼女の声は硬く、胸が締め付けられるようだった。
「いい話持ってきたよ!」
香織の声が弾む。
「私、今、熟女キャバクラで働いてるんだけど、うちの店で新しい子探してるの。美津子、向いてるかもよ?」
「キャバクラ? いや、絶対無理!」
美津子は思わず声を上げ、ソファにドサッと腰を下ろした。香織の勢いに圧倒されつつ、きっぱり続ける。
「私、35歳よ? そんな若い子がするような仕事、私には無理。だいたい、書店のバイトに応募しようと思ってたの。そっちの方が……私に合ってると思う」
彼女の言葉には、香織のキラキラした世界に自分の重い体が似合わないという思いが滲んだ。
「書店? ふーん、地味だねぇ」
香織が軽く笑う。
「美津子、35歳でも全然大丈夫だって! うち、熟女キャバクラだから、30代40代がメインなの。ていうか、キャバクラって言っても、派手な感じじゃないよ。こじんまりしたスナックみたいな雰囲気で、気楽におしゃべりするだけでいいんだから。あんたのその……まぁ、ボリュームある身体、ドレス着たら意外といけるよ。時給も書店の倍以上、2500円スタートでチップも出るよ。家計キツイんでしょ? 絶対チャンスだって」
美津子の頬がカッと熱くなった。香織の言葉に、なぜか自分がちっぽけに見られている気がして、心がざわざわした。
ふと鏡に目をやると、自分の姿が映った。小柄な体に、大きな胸がカットソーを押し上げ、ふくよかなウエストとヒップが柔らかな曲線を描いている。でも、彼女にはその姿が「ただ太ってる」ようにしか見えない。香織の「意外といける」に、なんか嫌な気分と恥ずかしさが混じった。
キャバクラという言葉は、夜のキラキラした世界をぼんやりと思い浮かべるけど、香織の勢いに押されて、具体的に考える余裕もない。
「でも……私、そういうの向いてないよ。夫にもなんて言えば……」
声が小さくなり、柔らかい肌が戸惑いで震えた。
「悠一さん、優しい人でしょ? 話せば分かるって。スナックみたいな雰囲気だから、気楽にできるよ。とりあえず話聞きに来なよ。損はないからさ」
香織の声は自信たっぷりで、まるで美津子に新しい世界を見せるつもりだとでもいうようだった。
美津子はスマホを握りしめ、求人誌の書店の欄をもう一度見た。静かな書店のカウンターと、香織が誘う夜の世界。心の中で二つの選択肢が揺れる。
香織の言葉は、まるで自分の地味な姿を突きつける鏡みたいで、でも高時給が家計を楽にするかもしれないと心をチラチラ刺激した。普段は押し込めている何か、胸の奥でそっと動き出すのを感じた。
夜の食卓は、カレーの香りがふんわり漂う静かな空間だった。美津子は悠一の向かいに座り、ご飯を小さくつつきながら、昼間の香織の電話をどう切り出そうか迷っていた。
悠一はいつもの穏やかな笑みを浮かべ、スプーンでカレーを食べている。細い腕と薄い胸が、ゆったりしたTシャツの下で頼りなく見えたけど、優しい目元には温かさが宿っていた。
「美津子、なんか今日、元気ないみたいだけど……大丈夫?」
悠一がスプーンを置いて、薄い髭の顔を彼女に向けた。声は優しく、心配そうだった。
美津子はドキッとして、髪を指でいじりながら小さく笑った。
「え、ううん、大丈夫よ。ちょっと……考え事してただけ」
悠一は眉を少し上げ、彼女をじっと見た。
「考え事? なんか、話したいことあるなら聞くよ」
その目には、妻への純粋な心配が滲む。
美津子は深く息を吸い、勇気を振り絞って口を開いた。
「実は……今日、香織から電話があって。ほら、高校の同級生の。パートの話だったの。彼女、熟女キャバクラで働いてて、そこの店で人を募集してるって。私に、やってみないかって」
悠一の目が一瞬大きく開き、すぐに眉がハの字になった。
「キャバクラ? 美津子が?」
声には驚きと戸惑いが混じるけど、嫌そうな感じはなかった。
「いや、でも……キャバクラって、なんか派手なイメージあるな。大丈夫なの?」
「私も最初、絶対無理って断ったの!」
美津子は慌てて手を振った。彼女のふくよかな体が、椅子で小さく揺れる。
「私、35歳だし、そんな若い子がする仕事じゃないって。でも香織が言うには、30代40代がメインの店で、派手なキャバクラじゃなくて、こじんまりしたスナックみたいな雰囲気なんだって。おしゃべりするだけでいいって……」
言葉を切って、悠一の反応をそっと窺った。家計の話は出さず、彼の気持ちを傷つけないよう気をつけた。
悠一は静かに聞き、細い指で顎を撫でた。
「ふーん……キャバクラってことは、そこそこ時給いいのかな?」
声には、ふと思いついたような興味が混じる。自分の給料だけじゃ家計がキツく、ボーナスも期待できない現実が頭をよぎったみたいだった。
「でも、美津子がそんなとこで働くなんて……なんか想像つかないな」
彼は小さく笑ったけど、目には複雑な気持ちがチラッと見えた。
美津子の心がまたざわざわした。香織の「意外といける」が頭をよぎり、自信のなさが顔に出る。
「私も……自分にできるか分からない。香織は私の見た目でも大丈夫って言ってたけど、私、ただ太ってるだけだし……」
目を伏せ、柔らかい肌が恥ずかしさでほんのり赤くなった。
悠一はテーブルの向こうから、そっと彼女の手を握った。
「美津子、太ってるなんて思わなくていいよ。俺には、めっちゃ魅力的だもん。香織さんの言う通り、絶対人気出るって」
言葉は少し照れくさそうだけど、誠実さに溢れていた。
「やりたいなら、俺は応援するよ。ただ……危ない客とかいたら心配だから、ちゃんと店のこと調べてな」
美津子は悠一の手の温もりを感じながら、心が揺れた。書店の静かな仕事と、香織が誘う夜の世界。悠一の優しい応援が背中を押すけど、高時給への期待と、胸の奥で芽生える好奇心と不安が、静かにぶつかり合っていた。
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