夜に散る純花

花梨姫子

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夜の闇の先に潜む不安

雑居ビルの4階。
『月夜の華』のフロアは、開店前の静かな空気に包まれていた。
ポップスの心地よいメロディーが響くのはまだ少し先。
エレベーターの低いモーター音が、静寂の壁に微かな振動を与えていた。
その静けさは、これから始まる何かを予感させる、胸の奥をざわつかせるものだった。

カウンターの奥で、香織が店長の西田と向き合っていた。
光が弱く当たるせいで、香織の身体の線がぼんやりと浮き上がる。
きついブラウスが胸の形を強調していて、スカートの線はお尻のきれいな曲線をくっきりと魅せていた。
首筋を伝って落ちる汗が、照明の光を受けて光る。
その柔らかな身体のシルエットは、周りに夜の誘惑をふんわりと撒き散らしているようだった。

カウンターに肘をつく西田は、脂ぎった顔に焦りの色がはっきりと出ていた。
五十代半ばの彼の声は柔らかすぎると言うか、むしろ弱々しくて、香織の前ではいつも控えめな印象だった。

「か、香織さん、聞いてくださいよ。ピンサロの方がキャスト足りなくて、今日は特にキャスト少なかったのに、よりによって当日欠勤が二人も出ちゃったんです。桜井さんからすごく急かされてて……。あの、久々にピンサロ、行っていただけませんかね?」
西田は香織の顔を見ていたが、すぐに彼の視線は、ブラウスのせいで張り詰めた彼女の胸元へと、一瞬だけ動いた。

香織はさらりと髪をかき上げ、口元に薄く笑みを浮かべた。

「西田さん、私、ピンサロはもういいかなって。キャバクラの方が楽だし、客も落ち着いてるし」
香織は、以前、同じオーナーが所有するピンサロで働いていたことがあった。
今もピンサロの在籍は残っている。
ここ『月夜の華』に来てからも、ごくたまにピンサロで働くことはあったものの、最近ではほとんど行かなくなっていた。

香織にとって、ピンサロの半ば強制されるような性的なサービスは、キャバクラの居心地の良さに比べたら、正直言って面倒に思えることもあった。

開けっぱなしのドアの外に目を向けた瞬間、エレベーターの音と一緒に現れた美津子の姿を見て、香織の心がはっきりと動いた。

香織の頭に、ある悪い考えがよぎった。
美津子のゆったりとしたカットソーは、その豊かな胸をしっとりと覆い、ジーンズの太もも部分が歩くたびに滑らかに動いていた。
汗が首筋をーっと伝っていくのが見えた。
薄暗い明かりは、美津子の身体の柔らかい曲線をそっと浮かび上がらせるようだった。
まだグリーンのワンピースドレスに着替える前の美津子からは、夜の場所に慣れていない初々しい感じが漂っていた。
それでも、そのふっくらとした胸元は、男たちの視線を集め、隠しきれない欲望を呼び起こすような存在感を放っていた。

「おはようございます……あ、香織さん、店長、早いですね」
美津子の声は小さく、とても丁寧な感じがにじんでいた。
その言葉を聞いた香織の目が、一瞬鋭く光って、唇には微笑みが広がった。

「美津子、ちょうどいいタイミング! ねえ、ちょっと話があるんだけどさ」
香織はカウンターに身を寄せた。
ブラウスが胸に軽く張り、首筋の汗が怪しく光った。
美津子はバッグを肩から下ろし、不思議そうに首をかしげた。

「話? な、なに?」
美津子の声はただただ純粋な好奇心に満ちていて、カットソーの下の胸がふわりと揺れた。
西田は片方の眉を上げ、香織に一瞬視線を向けた。

「か、香織さん……え、それって、いくらなんでもちょっと……」
西田の声は驚きと戸惑いで震えていた。
香織はそんな西田を無視するように、軽く手を振って黙らせると、美津子の方へすっと近づいていった。

カウンターの奥に引っ込んだ西田は、二人のやりとりを不安げに眺めていた。
香織のヒールがカーペットに深く沈むたびに、スカートの線がお尻の肉感的なカーブをくっきりと見せつけた。

「美津子、実はね、ピンサロが今日すごく人手不足なの……。あそこの店長も参ってるみたいだし、オーナーがうるさくてさ、誰かが入らないと店が本当に困っちゃうんだよね~。私が行けないこともないんだけど、なんか今日はちょっと体調が悪くてさ……。美津子なら絶対いけるよ! やってみない?」
香織の声はいつもに比べて弱弱しく、明るく言おうとしているのにどこか辛そうだった。
本当に体調が悪そうに見えた。

美津子は目を大きく見開いて、思わず一歩後ずさった。
「ピ、ピンサロ? え、ピンサロって……あの、なんか、いかがわしいお店だよね?」
彼女の声は完全に上ずっていて、豊かな胸が慌てた動きで大きく揺れ、着ていたカットソーがその曲線にぴったりと張り付いた。

美津子はピンサロという名前は知っていたけれど、具体的にどういう場所なのかは、ほとんど分かっていなかった。
ただキャバクラより際どい、肌の露出が多い服を着て、客にべったりと密着するような接客をする店だとイメージしていた。
その漠然とした想像が、美津子の心にじわりと不安を広げていった。

香織はフッと小さく笑って、軽く肩をすくめた。
「いかがわしいって、そんなのただの思い込みだよ! だって、お店の許可はキャバクラと同じ飲食店営業なんだから。私だって以前働いてたけど、キャバクラとそんなに大差ないよ。お客さんとおしゃべりして、あとは少しサービスするだけだし。美津子なら絶対お客さん喜ぶって! ね、私が太鼓判押すから!」
彼女の声はまるで悪気がないかのように聞こえ、ピンサロという場所を気楽な冒険のように彩っていた。

香織の髪が肩にはらりと落ち、ブラウスに映える胸が空気をそっと揺らした。
美津子はきつく唇を噛みしめると、何も言わずに目を伏せた。

「で、で、でも……私……」
美津子の声は小さく上ずり、隠しきれない戸惑いに満ちていた。
キャバクラのきらびやかさとは異なる、未知の夜の世界への深い不安が透けて見えた。
ジーンズの生地をきつく握りしめる指先が震え、カットソーの下で豊かな胸が重みに揺れた。

豊かな胸の谷間に一筋の汗がつややかに光り、静まり返ったフロアにほんのりとした熱気を漂わせる。
誘惑的な曲線が、照明にそっと浮かび上がる。
西田はカウンターの奥で、無言で二人を注視していたが、そのまなざしは落ち着きなく揺れ動いていた。
そこには、西田の気弱で落ち着かない心境が滲んでいた。
香織の悪意のない、だが演技めいたかすれ声と美津子の震えるような動揺がフロアに広がる中、西田はじっと二人のやり取りを見守るしかなかった。

「心配ないって、美津子! 私だって最初はびくびくしてたけど、すぐ平気になったんだから。キャバクラだってそうだったでしょ? 全然たいしたことないよ、お客さんをもっと喜ばせるだけ。美津子、こんな急な時、あんたしか頼む人がいないの、わかってくれるでしょ?」
香織の指先が美津子の肩を滑り、美津子の良心に訴えかけるように、じわりと圧力をかけるようだった。

美津子はその場で深く、大きく息を吸い込んだ。
カットソーに優しく包まれた胸元がふわりと隆起し、首筋を伝う一筋の汗が、弾むような胸の曲線の上を滑り、深く豊かな谷間に吸い込まれていく。
美津子にとって、店がシフトの面でずいぶん融通を利かせてくれていたし、そこには香織の協力があるのは事実だった。
だから、香織の笑顔と「大丈夫だよ」という言葉を、信じてみようと思った。

それでも、「露出度の高い服を着て、他人に密着して接客する」という想像は、美津子の心を強く圧迫した。
瞬時に悠一の顔が頭をよぎる。
「悠一に知られたら……悲しませてしまうかもしれない……そんなこと、本当に私はしていいんだろうか……」
心臓がドキドキと高鳴り、不安と、系列店を助けたいという切ない思いが胸の内で激しくぶつかり合った。

「で、でも……夫がいるし……あまり肌を出した格好で、お客様とべったり密着する感じの接客は……」
彼女の声は震えるように上ずり、肩から流れる豊かな髪が揺らめいた。
その間から見える深い谷間は、光を受けて色めかしい影を宿している。
香織はただ穏やかに笑い、小さく手を振った。

「大丈夫よ、バレるわけないって! 名前も変えて働けるし、キャバクラと一緒でちゃんとしたお仕事なんだから。うちにも系列店からヘルプが来る時あるじゃん?それと同じだよ。サービスだって、キャバクラよりお客さんとちょっと近くなるような感覚だよ。美津子なら大丈夫だって! ね、こんな時頼りになるのは美津子しかいないんだから!」
香織の声は弾むように明るく振る舞ってはいたが、どこか無理をしているようなかすれ声だった。

美津子は唇を噛み締め、視線を落としたまま、静かに目を閉じた。

系列店が困っているなら、ヘルプに行くのは当たり前のことなのかもしれない。
美津子の熱っぽい吐息が空気に微かな波紋を広げ、汗が深い谷間に妖しくきらめいた。

「……わかりました。やってみます。……でも、ほんと大丈夫ですよね?今日だけですよね?」
美津子の声はか細く、一応の承諾を示しながらも、拭いきれない不安が滲み出ていた。
香織は満足そうに微笑むと、そのまま西田を振り返った。

「西田さん、ミナミが行ってくれるってさ! 早く桜井さんに連絡してあげてよ~」
香織の声は弾むように明るく、その響きはフロアに心地よく残った。
西田は小さく頷き、予想外のことに一瞬呆然としたような、しかしすぐに不安がよぎる気弱な笑みを見せた。
すると香織は、「ほら、早く早く!」とばかりに西田の背中を押し、彼と一緒にバックヤードの奥へと消えていった。

二人の気配が完全に消えると、美津子は微かに震える息を漏らした。
カットソーの生地越しに、ブラの繊細なレースの模様がわずかに浮かび上がり、その下で豊満な胸の先端が微かに疼いているのが、美津子の動揺を物語っていた。
夜の闇が、まるで誘うように深く、そして甘く、美津子の身体を包み込み、未知の場所へとゆっくりと引きずり込んでいくようだった。
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