聖女の母と呼ばないで

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7-3.

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馬車が王城の門をくぐる。
遙香は、いささか緊張した面持ちで窓の外を眺めていた。

馬車は、先日訪れたの医局方向とは異なる道を進む。
遙香は膝の上で重ねた手を、きゅっと握りしめた。

馬車はほどなく停車した。同乗していたフォン・ヴァッハヴェルが先に降りる。
遙香が馬車の扉から顔を出すと、単騎で先行していたアルベルトが遙香に手を差し出した。

アルベルトの手を取り、馬車を降りる。
差し出された手の温かさに、遙香は少し安心した。


王場内を、フォンの案内に従って歩く。
遙香は、背筋を伸ばし、前を向くことだけを意識した。

案内された場所は、謁見の間だった。
正面の玉座には、グリーンバル国王と王妃が並んでいた。玉座から少し離れた左右には、国の重役と思われる人々が並んでいる。

フォンが王に向かって、恭しく頭を垂れた。

「聖女の母をお連れしました。」


「近くへ」

召喚の時に聞いた、静かな声が響く。

頭を上げたフォンに、目で前に進むように促される。

しかし、ここに来て、遙香の足は床に縫い付けられたように動かない。背中を冷たいものが走る。

人々の視線が、遙香を値踏みしているかのようだ。


さっ、と、遙香の腰に手が添えられる。

右を見上げると、アルベルトの琥珀色の瞳と視線が交錯した。

アルベルトは口角を僅かに上げ、大丈夫だと言うように遙香に目配せする。

遙香は、腰に添えられた手に押されるように前に歩き出した。



玉座の手前で、遙香は足を止める。
しっかりと王を見据えたあと、最敬礼のお辞儀をした。遙香の礼にあわせ、アルベルトも片膝をついて頭を垂れた。


「よい、楽に。」

遙香は、ゆっくりと上体を起こす。再び王に向いた表情からは、緊張が消え、笑みさえ浮かべていた。
アルベルトも立ち上がり、遙香のすぐ右後ろに控えた。



王の一番近くに控える目付きの鋭い男性が一歩前へ進み出る。近くの台に置いてある巻物を取り上げ、一度回りを見渡した。

立ち並ぶ人々が静かに注目する。

男は巻物を広げ、遙香ではなく並ぶ人々へ説明するように話し始めた。



「3日前、神のご意志により、我が国初となる聖女の母が召喚されました。
名は、コバヤシ・ハルカ。
過去の聖女達と同様、日本からの召喚者であります。

医局からの報告により、すでに胎児がいることが確認されました。
また、浄化の力については、過去の聖女の平均値を大きく越える値が測定されています。
ただし、これは、ハルカ様自身のものか胎児を宿しているためかは現時点では判断できていません。

魔の森は、現在、レベル2の状態が概ね5年継続しています。
過去の統計から、レベル5に至るまでには約15年の猶予があると推定されております。

我が国には、神から与えた力により、魔の森と戦いこの世界に平和と安寧をもたらす使命があります。
前回の召喚では、聖女の能力、浄化の力の安定が遅れ、いくつかの村が犠牲になったと記録されていることはここにお集まりの皆さんがよくご存知でしょう。

神はその様子を憂い、此度、我が国に聖女の母を遣わしました。
我が国は、神のご意志に基づき、聖女誕生までハルカ様をご支援致します。」



高らかに読み上げた男は、巻物を閉じ、元いた位置へと下がった。

玉座の王が立ち上がる。

「聖女の母よ。グリーンバル王国に良く来てくれた。そなたを改めて我ら王国の貴賓として歓迎する。」

王の言葉は、静かに響き渡る。

「聖女が生まれるときまで、不自由ない生活を保障する。健やかに過ごされよ。」



王の言葉のあと、沈黙が続く。

王の一番近くにいる巻物を読み上げた男が、遙香に返事をするよう手振りで示す。

しかし、遙香は、笑みを浮かべたまま、「わかった。」とも「ありがとうございます。」とも言わず、沈黙を保った。

重苦しい空気が流れる。
遙香は、背中に冷や汗が流れるのを感じながら、この時間を耐えた。

1分とも10分ともつかない時間が流れたとき、王が口を開いた。

「問いや希望があれば聞こう。」


遙香は、心の中で3つ数えると、ゆっくりと言葉を発した。

「二つございます。

ひとつは、世話係 フォン・ヴァッハヴェルに伝えた過去の聖女の手記について。

もうひとつは、出産後の自立のための支援について。」

遙香の視線は、ずっと王に向いたままであった。しっかりと、意思の灯った瞳が、王を見ている。

遙香の唇が、弧を描いた。
謁見の間の全ての視線を浴びながら、遙香は微笑んだのだ。

「ご検討をお願いいたします。」

遙香は言い終え、再び最敬礼のお辞儀をした。













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