聖女の母と呼ばないで

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「じゃあ、行くか。」

「どうやって行くの?」

アルベルトの言葉に、遙香は尋ねた。

「庭を突っ切って、走っていく。」

まさかの物理的方法だった。

「ここからは見えないけど、本邸ってそんなに近いの?」

南向きの部屋の窓の下には、庭園が広がるだけで建物は見えない。

「この建物が、敷地の西側にあるから、こう、ぐるっとまわっていけば着く。」

アルベルトは窓を指差し、そこから左に大きく腕を回した。

「見つからないように?」

「見つからないように。」

「いや、無理。」

「だろうな。冗談だ。」

むっと遙香がアルベルトを睨むと、アルベルトの口が弧を描く。

「冷静に判断出来て何よりだ。」

「・・・」

「気にするな。ちょっとした意趣返しだ。」

「・・・(怒)」

「本邸と別邸は地下通路でつながっている。」

遙香の無言の怒りを無視して、アルベルトは説明を続ける。

「1階の図書室から通路が伸びている。緊急時の通路だから通常は使用されない。そして、本邸と別邸だけではなく、様々な場所と繋がっているのと同時に、侵入防止用に迷路状になっている。」

遙香は、庭園をぐるっと回る方が簡単な気がしてきた。そんな表情を読んだのか、アルベルトが補足する。

「転移陣を間違えなければ、さほど歩かずに本邸に着く。問題は、ここから図書室までどうやって行くかだ。」

「フェリックスさんの言っていた合図は?」

「多分、別邸の使用人の気をそらす方法だろうが、具体的にはわからない。
いつも使う廊下と階段では目立ち過ぎるから、別邸内もできれば隠し通路を使いたいんだが、それでも一度は廊下に出る必要がある。」

「廊下は、近衛騎士がいるわね。」

「そうだな。」

「アルベルトが一人で廊下を歩くのは?」

「問題ない。」

「隠し通路は複雑?」

「いや、廊下に沿うようにあるだけだ。いつもと反対に、西側の突き当りまで行くと階段があって降りられる。降りれば直ぐに図書室だ。」

「隠し通路の入り口はどこ?」

「この部屋を出た先の、青い絵の場所だ。一人で行けるか?」

遙香は頷く。

アルベルトは、おもむろに遙香の座る書物机の横に来ると、左手を壁に翳して何かを呟いた。

すると、壁の一部が床から上へスライドし、遙香が屈んで通れるほどの穴が開いた。穴の先は、遙香の寝室だった。

再び手を翳し、アルベルトが何かを呟くと、壁はもとに戻った。

「こうやれば、隠し通路の入口が開く。」

「今、なんて言ったの?」

「土の魔法だ。[開けゴマ]と言えば開く。」

「・・・」

翻訳の呪文は、適切に翻訳してくれたようだ。

遙香も椅子から立ち上がり、アルベルトがやったように壁に手を翳し、呪文を唱える。

「開けゴマ。」

壁に変化はなかった。遙香は、呪文を言った損で恥ずかしくなる。

「ここに触れて言ってみろ。」

アルベルトは、なんの変哲もない壁の一部を指差して言った。遙香は、その場所に触ながらもう一度言う。

「開けゴマ。」

今度は、壁に通路が表れた。

「位置さえ正しければ、ちゃんと開くな。」

アルベルトはそう言うと、「閉じてみろ」と遙香を促す。

「閉じよゴマ。」

壁は元の形に戻った。一度手を離すと、どこに向かって手を翳したら良いのか分からなくなる。

「廊下の隠し通路は、青い絵のすぐ下に向かって手を翳せ。一度で開かなくても焦らなくていいが、中に入ったらちゃんと閉じていけよ。」

「わかった。」

「階段を降りたら隠し通路の中で待ってろ。図書室から迎えに行く。」

「うん。」


アルベルトの説明が終わったのを見計らったかのように、階下で何かが崩れるような大きな音がした。

「なんだ。」

アルベルトは、廊下に出て近衛騎士に聞く。2人が首を振っていると、リンジーが階段を駆け上がってきて言った。

「すみません、力を貸してくれませんか?厨房の荷棚が倒れて、人が下敷きに!」

「すぐに行って助けだせ。ここは俺がいる。」

アルベルトの指示に、2人の近衛騎士がリンジーについて階下へ降りていく。アルベルトは部屋から遙香を出し、「行け。」と小さく言った。




アルベルトが言った青い絵は、動物の描かれている絵だった。明暗を使い分けた青で描かれた薄暗い森を、狼の様な動物が2頭駆けていく。

遙香は、その絵の真下の壁に手を当て、「開けゴマ。」と唱える。手の位置をずらしながら唱えること4回で、無事に隠し通路が開いた。

中にからだを滑り込ませ、「閉じよゴマ。」と唱える。隠し通路の扉が閉じても、採光の工夫がされているのか、多少薄暗い程度で進むのに支障はなかった。

通路を進み、階段を降りたところで座ってアルベルトを待つ。石でできた壁と床は、ひんやりと冷たかった。










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