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13-5. (分岐)
しおりを挟む遙香の部屋を辞したイザベルは、東の使用人用の区画にある自分の部屋に戻ると、フードの付いたローブを纏った。
別邸を出て、夜の闇に紛れるように、貴族の屋敷が並ぶ広い道路をかけて行く。時刻は夜半を過ぎたところ。通り過ぎる庭々の木々が風にざわめくほかは音もなく、女性一人で夜道を走るイザベルを止める者はなかった。
城下町の外れに着くと、イザベルは一度足を止め、フードを目深にかぶり直し、ローブの前をかけ合わせる。
城下町は、貴族街と異なり僅かだが人の往来があった。街灯により、ぽつぽつと道路が照らされている。
イザベルは、その街灯の下を通るのを避けるように、暗闇を選びながら歩いていった。
花街のある路地に入る。既に客を探す時間を過ぎているからだろう、人通りはまばらだった。
立ち並ぶ娼館の一つに入る。受付を素通りし、階段を上がる。受付に座っていた老婆も、明らかに客とは異なるイザベルを咎めることはなかった。
甘ったるいお香が漂う中に、男女が睦み合う嬌声が各部屋から漏れている。イザベルは、僅かに眉をひそめながら、薄暗い廊下を進み最奥の部屋をノックした。
―コンコンコン
扉が僅かに開けられた。
イザベルが、その隙間に身体を滑り込ませると、直ぐに扉が閉められた。扉を開閉した男がイザベルの顔を確認してから、部屋の奥に進むように促す。
部屋の奥には、ベッドの代わりに娼館に似つかわしくない見事な応接セットが置かれていた。煌々とあかりが灯された部屋の中央のソファに、男が一人座っている。
「定時報告以外に来るとは。余程のことなのだろうな。」
イザベルの顔を見ずに、男が言った。
「魔の森の正体がわかりました。」
「情報の出どころは?」
「ヴァッハヴェル公爵です。」
「座れ。」
男は、イザベルに向かいのソファを指し示し言った。イザベルは、男の指示に従いソファに座った。
**************************************
イザベルの報告を聞くと、男は深くため息をついた。
「良くやった。私は明朝、日の出とともにここを発つ。お前も一度屋敷へ戻り、身辺整理をしてからここに来い。」
「・・・」
「なんだ?」
「私は、ただの「イザベル」としてハルカ様のお側に残ります。」
「・・・馬鹿なことを。憐れな娘に情でもわいたか。」
「そう、ですね。」
男は俯くイザベルをじっと見た。イザベルは膝に置いた手を握りしめたまま動かない。
「この国は、これから戦争になる。身の安全を考えるなら、私と一緒に来るべきだ。召喚された娘と共にいる危険はわかっているだろう。」
「わかっています。」
「・・・承知の上なのだな?」
「はい。」
男の問いに、イザベルは顔を上げて即答した。男は苦笑する。
男は、胸元のポケットから小さな布の袋を取り出しテーブルに置いた。
「何もそんなところまで姉上に似なくてもいいだろいに。これを持っていけ。」
イザベルは袋を手に取り、その口を開けた。中からは紋章の付いた指輪が出てきた。
「姉上が家を出るときに置いていったものだ。お前にやる。」
「!?」
「どうにもならない時には、我が家の力を頼れ。その指輪は、お前の身分を証明するものとなる。」
イザベルは、手の中の指輪を見た。古くはあったが、刻まれた紋章はくすむことなく丁寧に磨かれていた。
「ありがとう、ございます。」
指輪を握りしめ、イザベルは男に礼を言った。
「私は私のやるべきことをやる。お前はお前の道を行け。」
男は手を振り、イザベルに退室を促す。
「イジー。」
部屋の扉を開く寸前、男はイザベルに声をかけた。振り返ったイザベルを見ずに、男は小さく呟くように言った。
「・・・じゃあな。」
イザベルは、男の背中に深くお辞儀をして、娼館を後にした。
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