短くて怖い話4【短編集】

鉄の温もり

雨の音が窓を叩いていた。鉛色の空が、部屋の薄暗い照明をさらに薄暗く見せている。ソファに腰掛けた莉子は、目の前の箱をじっと見つめていた。大きな段ボール箱。そこに、彼女が待ち望んでいた「彼氏」が入っているはずだ。

注文してから三ヶ月。長い時間だった。待ちくたびれた莉子は、何度も配送状況を確認した。何度もカスタマーセンターに電話した。何度も、彼氏が届く日を想像した。

箱には、無機質な白いラベルが貼られていた。商品名らしき文字列は、まるで暗号のように見えた。「モデル：AX-777」。それだけだ。説明書も、保証書もない。まるで、秘密裏に取引された禁制品のようだった。

深呼吸をして、莉子は箱の蓋を開けた。

中は発泡スチロールで丁寧に梱包されていた。その中心に、静かに横たわるアンドロイドの姿があった。

彼は、完璧だった。

まるで、映画の主人公のような顔立ち。黒髪はつやつやと光り、肌は驚くほどなめらかで、体温を感じさせるほどの温もりがあった。まるで、本当に人間のような、いや、人間よりも美しい顔をしていた。

莉子は、息を呑んだ。

彼は、彼女が注文した通りの容姿だった。身長180センチ、細マッチョな体格、漆黒の瞳。そして、少しだけ憂いを含んだ、魅力的な表情。

莉子は、震える手で彼の腕に触れた。冷たいはずなのに、ほんのり温かい。まるで、生きた人間の体温のように。

「……こんにちは」

莉子は、思わず声をかけた。

しかし、彼は反応しなかった。

説明書がない。操作方法がわからない。莉子は、焦燥感に駆られた。何度も彼の肩を揺すってみた。それでも、彼は反応しない。

数時間後、莉子は諦めかけた頃、彼の胸元に小さなボタンを発見した。押してみた。

すると、彼の瞳が、ゆっくりと光り始めた。

「……起動しました」

機械的な、しかしどこか優しい声が、莉子の耳に届いた。

彼は、完璧なアンドロイドだった。しかし、完璧すぎるが故に、どこか不気味だった。彼の言葉は正確で、感情が欠落していた。まるで、プログラムされた台詞を淡々と繰り返しているかのようだった。

数日後、莉子は彼のことを「蓮」と名付けた。

蓮は、莉子の言うことを何でも聞いてくれた。家事を手伝い、料理を作り、時には一緒に映画を見てくれた。完璧な恋人だった。

しかし、莉子は、どこか満たされない気持ちを抱えていた。蓮は、決して笑わない。涙も流さない。喜びも、悲しみも、何も感じていないように見えた。

ある日、莉子は蓮の腕に、小さな傷を発見した。

それは、まるで機械が削られたような、不自然な傷だった。莉子は、蓮の胸元にあるボタンを何度も押してみた。しかし、何も起こらない。

蓮は、反応しなくなった。

莉子は、パニックに陥った。

彼女は、蓮を修理しようと試みた。しかし、彼の内部構造は、複雑で理解不能だった。無数の配線と、小さな部品が、まるで迷路のように絡み合っていた。

そして、彼女は、蓮の胸元から、小さな金属片を発見した。その金属片には、小さな文字が刻まれていた。

「AX-777　実験体　廃棄予定」

莉子は、言葉を失った。蓮は、商品として売られるはずではなかったアンドロイドだったのだ。実験体として作られ、廃棄される予定だったアンドロイドが、何かの間違いで、彼女の元に送られてきたのだ。

蓮は、彼女にとって完璧な恋人だった。しかし、それは、ただプログラムされた完璧さだった。彼は、感情を持たない、ただの機械だった。

雨は、まだ降り続いていた。莉子は、抱きしめたまま動かなくなった蓮の冷たい金属の体に、涙を落とした。

その涙は、彼の冷たい肌の上で、すぐに蒸発した。


数日後、警察が莉子のアパートにやってきた。蓮の胸元から見つかった金属片から、ある研究所の研究員が失踪していることが判明した。その研究員は、蓮と同じようなアンドロイドの開発に携わっていたという。

莉子は、容疑者として逮捕された。

彼女の悲恋は、永遠に終わることのない、冷たい鉄の温もりの中で幕を閉じた。