短くて怖い話1【短編集】

テタの工房

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幽玄の事件簿

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真夏の蝉しぐれが、窓ガラスを叩きつける。鏡玲一(かがみれいいち)は、薄汚れた事務所の机に肘をつき、ため息をついた。三十路を過ぎた彼の顔には、寝不足と、おそらくは安いインスタントラーメンの食べ過ぎによる、微妙な倦怠感が漂っていた。

「ねえ、玲一さん。また変な依頼だよ」

助手、紫苑悠里(しおんゆり)の低い声が、事務所に響いた。悠里は、真夏の太陽の下でも真っ白な肌を保つ、十七歳の女子高生。玲一が営む「幽玄探偵事務所」の、唯一の従業員だ。玲一は自称心霊探偵だが、悠里は彼の能力を、心底疑っていた。

今回の依頼は、古井戸の祟りらしい。依頼主は、古びた着物を着た老婆で、彼女の家の裏にある古井戸から、毎晩悲鳴が聞こえてくる、という。

「悲鳴って…、想像するとちょっと怖いね」悠里は、震える声で言った。

玲一は、依頼書に書かれた住所を確認した。「場所は、あの廃墟の近くか…。まあ、いいだろう。悠里、一緒に行くか?」

悠里は、ためらいながらも頷いた。霊など信じない彼女だが、玲一と二人きりであれば、多少の恐怖も、何とかなる気がした。

廃墟の近くには、鬱蒼とした森が広がっていた。古井戸は、森の奥深く、ひっそりと佇んでいた。井戸の周りには、枯れ草が散乱し、不気味な雰囲気が漂っていた。

「…なんか、本当に怖い」悠里は、玲一の背後に隠れるようにして、呟いた。

玲一は、懐から古びた羅針盤を取り出した。それは、彼の祖父から譲り受けたもので、霊の存在を示す、と彼は主張していた。羅針盤の針は、激しく揺れ動いていた。

「…確かに、何かあるな」玲一は、真剣な表情で言った。

その時、井戸の中から、甲高い悲鳴が聞こえた。悠里は、思わず玲一の腕にしがみついた。玲一は、井戸の縁に近づき、中を覗き込んだ。

井戸の底には、少女の遺体が沈んでいた。白いワンピースを着た少女は、まるで眠っているかのようだった。しかし、その顔には、激しい恐怖が刻まれていた。

「…これは…」玲一は、言葉を失った。これは、単なる祟りではなかった。

警察を呼び、少女の遺体の引き上げを待つ間、玲一は、井戸の周辺を調べた。そして、彼は、井戸の近くで、古い日記帳を発見した。

日記帳には、少女の名前、そして、彼女の悲惨な最期が記されていた。少女は、この井戸で、何者かに殺害されていたのだ。日記には、犯人の名前らしきものも記されていた。

「…犯人は、この村に住んでいる人物か…」玲一は、日記帳を閉じ、呟いた。

悠里は、少女の死の真相を知り、言葉を失っていた。彼女は、霊の存在を信じなくても、人の残酷さ、そして、人間の心の闇を目の当たりにした。

玲一は、警察に日記帳を提出した。警察は、日記帳の内容を元に、捜査を開始した。そして、数日後、犯人が逮捕された。犯人は、少女の父親だった。

事件は解決した。しかし、悠里の心には、少女の悲鳴と、犯人の冷酷な顔が焼き付いていた。彼女は、玲一の霊能力を信じるようになったわけではない。だが、彼の仕事が、人の悲しみを救う、大切な仕事であることを、理解した。

夏の暑さは、依然として続いていた。蝉しぐれは、今日も窓ガラスを叩きつける。玲一と悠里は、事務所の小さなテーブルで、冷えた麦茶を飲んでいた。

「…あの、玲一さん」悠里は、少し躊躇して、口を開いた。「あの事件の後、時々、少女の霊が見える…ような気がするんだ」

玲一は、悠里の顔を見て、静かに頷いた。彼は、悠里が、霊の存在を信じ始めたわけではないことを、知っていた。しかし、彼女が、この世界には、目に見えない何かが存在することを、感じ始めたことも、また、知っていた。

幽玄探偵事務所の仕事は、これからも続く。そして、玲一と悠里は、これからも、様々な事件に立ち向かうだろう。目に見えないものと、目に見えるものとの狭間で。  夏の終わりは、静かに、そして、少しだけ、重く訪れるのだった。
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