黒き眼の魔王候補

第1話

黒乃真央は、鏡に映る自分の顔をしかめた。鋭く吊り上がった目、濃い眉、そしてやや険しい表情。いつもそうだった。幼い頃から「悪い目つき」を指摘され続けてきた。優しくて明るい友達にも、時々「怖い」と言われる。本人は別に悪意はないのに。そんな悩みを胸に、真央は今日も平和な高校生活を送っていた。文芸部で小説を書き、友達と笑い合い、ごく普通の高校生だった。


ある日の放課後、文芸部の部室でいつものように原稿に向かっていた真央は、突然、激しい頭痛に襲われた。目の前が真っ白になり、意識が遠のいていく。そして、何もかもが闇に包まれた。


次に目覚めた時、真央は自分が森の中にいることに気づいた。見慣れない木々、そして空には見慣れない星が輝いている。辺りには、鳥のさえずりではなく、奇妙な鳴き声が響き渡る。パニックになりそうになったが、真央は冷静さを保とうと努めた。


まず、自分の身につけている服を確認した。高校の制服ではなく、見慣れない、しかし着心地の良い革製の服だった。そして、腰には剣が差されていた。剣は、まるで自分の体の一部であるかのように、自然に手に馴染む。


「これは…一体…」


真央は呟いた。その時、背後から低い声が聞こえた。


「お、お主は…まさか…魔王候補？」


振り返ると、そこに立っていたのは、奇妙な衣装を身につけた小柄な男だった。彼は、真央の鋭い目つきをじっと見つめ、驚きと畏怖の念を込めた声で言った。


その男、セルゲイと名乗る彼は、この世界、エルドリッチという国の王宮魔法師だった。真央は、何の前触れもなく、異世界に召喚されたのだという。そして、その理由は、彼女が「魔王候補」だからだった。


エルドリッチは、古来より魔王の復活を予言されていた国だった。そして、その予言は、真央の持つ「黒き眼」に一致したのだという。真央の鋭い目つきは、この世界では、魔王の象徴とされていた。


真央は、信じられない思いだった。魔王候補？そんな馬鹿な。彼女は、ただ小説を書くのが好きな、ごく普通の高校生だったのに。


しかし、セルゲイの説明を聞けば聞くほど、現実味を帯びてくる。この世界には、魔法が存在し、モンスターが闊歩し、剣と魔法の戦いが日常茶飯事だった。


「…魔王候補って、どういうことですか？」


真央は、震える声で尋ねた。


セルゲイは、ため息をつきながら、エルドリッチの歴史を語り始めた。魔王の復活を阻止するため、国は長年、魔王候補を探し続けていた。そして、ついに真央がその候補として選ばれたのだという。


しかし、魔王候補は、必ずしも魔王になるわけではない。彼らは、魔王の力を制御し、国を守ることもできる存在だった。


「お主には、選ばれた力がある。それを制御し、賢く使うか、それとも…闇に堕ちるか。それは、お主次第だ」


セルゲイの言葉は、真央の心に重くのしかかった。彼女は、ただ平和な生活を送りたいだけだったのに。


数日後、真央は王宮魔法学院に入学した。そこで、彼女は魔法の訓練を受け、剣の腕を磨いた。当初は戸惑っていた魔法も、徐々に扱えるようになり、彼女の潜在能力は目覚ましい速さで開花していった。


しかし、学院生活は決して平穏ではなかった。他の生徒の中には、真央を敵視する者もいた。魔王候補という立場、そしてその鋭い目つきは、恐怖と嫉妬の対象となっていた。


ある日、真央は、学院の食堂で襲撃された。襲ってきたのは、学院の生徒、リリアと名乗る少女だった。彼女は、真央を「闇の力」と呼び、激しい憎悪をぶつけてきた。


リリアは、真央の「黒き眼」に魅入られ、同時に恐れていた。彼女のヤンデレ的な執着は、真央を危険に晒すものだった。


激しい魔法のぶつかり合いの中で、真央は、自分の力を制御する難しさを痛感した。彼女の力は、確かに強大だったが、制御を誤れば、周囲を巻き込む危険性があった。


激しい戦いの末、真央はリリアを倒した。しかし、その勝利は、彼女の心に暗い影を落とした。彼女は、自分の力の恐ろしさを改めて認識したのだ。


エルドリッチでの生活は、真央の人生を大きく変えた。彼女は、普通の高校生から、異世界の運命を背負う魔王候補となった。その道は、茨の道であることは分かっていた。それでも、真央は、自分の道を進む決意をした。


彼女は、自分の力を制御し、この世界の人々を守るために。そして、いつか、この世界で、本当の平和を見つけ出すために。黒き眼の魔王候補は、静かに、しかし力強く、歩き始めたのだ。