異世界ファンタジーまとめ【短編集】

テタの工房

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彼の温度

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夕焼けが、マンションの窓ガラスにオレンジ色の絵の具を塗りつけたみたいだった。ミリアは、その景色をぼんやり眺めながら、テーブルの上の冷えたコーヒーを一口飲んだ。チェスターからのメールは、いつものように短かった。「遅くなる。夕飯いらない。」

もう6年も付き合っている。学生時代は、チェスターは優しかった。映画を見に行って、公園で語り合って、手をつないで夜道を歩いた。あの頃のチェスターは、ミリアにとって太陽みたいだった。いつも笑っていて、ミリアの話を真剣に聞いてくれて、一緒にいるだけで幸せだった。

だけど、チェスターが就職してからは、少しずつ変わっていった。忙しくなって、連絡も減った。以前は冗談を言っていたチェスターは、最近はいつも無表情で、眉間に皺を寄せていることが多い。そして、よく「僕の身になって考えてくれ」と言うようになった。

「僕の身になって考えてくれ」

その言葉が、ミリアの耳に棘のように刺さる。確かに、チェスターは毎日忙しそうで、疲れているのはわかる。でも、「身になって考える」って、一体どうすればいいんだろう?ミリアには分からなかった。

チェスターの仕事は、広告代理店。プレゼンテーションの準備で徹夜続き、クライアントとの調整で神経をすり減らし、上司からのプレッシャーにも耐えなければいけない。ミリアには、その大変さが、想像するだけで息苦しくなった。

「じゃあ、私も経験してみればいいのかもしれない」

ミリアは、ふと思いついた。チェスターが経験していることを、自分も経験すれば、彼の気持ちが少しは理解できるかもしれない。まるで、チェスターの気持ちを「真似する」ように。

まず、徹夜だ。ミリアは、広告の企画書を徹夜で作ってみた。徹夜明けの頭はぼーっとして、簡単な計算も間違える。眠気と戦いながら、なんとか完成させた企画書は、正直言って、ひどい出来だった。

次に、クライアントとの交渉だ。ミリアは、チェスターの代わりに、小さなカフェのオーナーと交渉してみた。カフェのオーナーは、ミリアの提案にすぐに納得してくれたわけではなく、何度も修正を求めてきた。ミリアは、根気強く説明し、交渉を続けて、やっと合意に至った。

最後に、上司からのプレッシャーだ。ミリアは、バイト先の店長に、無理難題を押し付けてみた。店長は、ミリアの頑張りを評価してくれたが、同時に、もっと効率的な方法を指摘してくれた。

徹夜、クライアントとの交渉、上司からのプレッシャー。どれも、想像以上に大変だった。そして、ミリアは気づいた。チェスターが「僕の身になって考えてくれ」と言うのは、ただ単に共感を求めているだけではないことを。

彼は、疲れている。そして、誰かに話を聞いてほしい。ただそれだけのことだったのかもしれない。

次の日、ミリアはチェスターにメールを送った。「今日、早く帰れる?」

数分後、チェスターから返信が来た。「ごめん、また遅くなる。でも、明日の朝、一緒に朝食食べよう。」

久しぶりに、チェスターの優しい声が聞こえた気がした。ミリアは、少しだけ、安心した。

翌朝、ミリアはチェスターが好きなパンケーキを作った。チェスターは、珍しく笑顔でそれを食べた。

「美味しい」

チェスターは、ミリアの手を握った。その手の温度は、少し冷たかったが、ミリアには、以前よりも温かく感じられた。

「疲れてるんだね」

ミリアは、そう言ってチェスターの頭を優しく撫でた。

チェスターは、何も言わずに、ただミリアの腕に抱きついた。

「うん」

彼の小さな声が、ミリアの胸に響いた。

あの日の夕焼けは、もうとっくに消えている。けれど、ミリアの心には、新しい日の光が差し込んでいる気がした。それは、チェスターの温度と同じくらい、温かくて、優しい光だった。
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