異世界ファンタジーまとめ【短編集】

テタの工房

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灰色の猫と薬師の契約

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ステラは薬草の匂いが染み付いた小さな薬局のカウンターに突っ伏していた。今日も一日、疲れ果てた。薬草を刻み、煎じ、調合し、客とやり取りし……まるで終わりのない作業の繰り返しだ。かつて男爵令嬢だった身分は、今ではただの薬師、いや、ほとんど雑用係といった方が正確かもしれない。

継母からの虐待、借金のかたに嫁がされた男(即日死んだ)、実家からの勘当……数々の災難を乗り越えてきたステラは、驚くほどに感情が鈍くなっていた。かつて繊細だった乙女心?そんなものは、薬草を刻む包丁で細かく刻んで捨ててしまったようなものだ。

「……ふぅ」

ため息をつきながら、ステラはカウンターに置かれた灰色の猫を撫でた。毛並みが柔らかく、気持ちがいい。この猫、実はちょっと変わっていて、ステラの特殊な能力、つまり魔女としての力に反応するのだ。正確には、ステラが魔法を使うと、この猫が激しく鳴き叫ぶ。まるで警報装置みたいだ。

その時、優雅なベルベットのカーテンが揺れ、薬局の扉が開いた。

中に入ってきたのは、見事な容姿の伯爵、ルシアンだった。銀色の髪、青い瞳、そして完璧なまでの容姿。まるで絵画から飛び出してきたかのような美しさに、ステラでさえ一瞬息を呑んだ。

「ステラ・ベルモンド様ですね。あなたに会いにきました」

ルシアンは、ステラに近寄り、低く甘い声で語りかけた。その声は、まるで魔法のように、ステラの鈍感な心を少しだけ揺さぶった。

「伯爵様……何かご用でしょうか?」

ステラは、プロの薬師として、冷静さを保とうと努めた。しかし、内心では、この美貌の伯爵が何を求めてきたのか、気が気ではなかった。

「実はですね、私は呪われています。そして、あなただけがその呪いを解くことができるのです」

ルシアンは、そう言って、胸元から小さな、しかし精巧な銀のペンダントを取り出した。それは、まるで猫の目のような、不思議な輝きを放っていた。

「このペンダントに、呪いが込められています。そして、あなたには、その呪いを中和できる力がある。そう聞きました」

ステラは驚いた。彼女の魔女としての力は、世間には知られていない。一体誰が、彼女の能力を伯爵に伝えたのだろうか?

「……承知しました。どのような呪いなのか、詳しく教えていただけますか?」

ステラは、プロ意識を保ちつつ、ルシアンの言葉に耳を傾けた。

そして、ルシアンは、自分が「呪われた猫」であること、そしてその呪いを解くには、ステラとの一年間の契約結婚が必要であることを説明した。

「一年後、呪いが解ければ、私たちは自由に別れることができます。もちろん、その間は、あなたを大切にします」

ルシアンは、ステラの手を取ると、真剣な表情で言った。

「しかし、私は、あなたの……乙女心を取り戻したいのです」

ステラの乙女心?そんなものはとっくに消え失せているのに。ステラは戸惑いを隠せない。

「……乙女心?それは、契約内容に含まれていません」

「可愛い君が悪い。契約外だとしても、私は、君の乙女心を取り戻したい。そして、君を愛したい」

ルシアンは、ステラに優しく微笑み、まるで猫がじゃれるように、ステラの手を優しく握った。

一年後、呪いは解けた。ステラは、ルシアンの溺愛に包まれ、少しずつ、忘れていた感情を取り戻していく。それは、魔法のような、そして、とても温かいものだった。

しかし、ステラは、ルシアンの「乙女心を取り戻したい」という言葉の意味を、まだ完全には理解していなかった。ルシアンの愛は、ステラの心に、少しずつ、しかし確実に、新しい芽を育んでいく。

灰色の猫は、いつもステラの傍らで、その様子を静かに見守っていた。まるで、二人の幸せを祝福するかのように。  ステラは、ルシアンと暮らす毎日の中で、少しずつ、忘れていた「幸せ」という感情を思い出していく。それは、まるで、長い冬眠から覚めたかのような、新鮮で、温かい感情だった。そして、彼女は気づいた。ルシアンの愛は、彼女を優しく包み込み、彼女の中に眠っていた、繊細な乙女心を、そっと目覚めさせてくれたのだと。  そして、二人の物語は、これからも続いていく。灰色の猫と、薬師と、呪われた猫伯爵の、幸せな物語は、まだ終わらない。
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