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月光
しおりを挟む夕食時のピーク真っ只中な繁華街を歩く。
人の波を避けるように進んで行くと
さっきまでの騒がしさが急に消え、
耳鳴りだけが響くほど静かな森に着いた。
同じ地域内なのにまるで別世界だ。
輝夜(かぐや)は月に一度、ここにやってくる。
アイドルとして生きる輝夜は、
常に人目に立っているので
たまには誰にも見られず、静かに過ごしたいと
この森へ来ている。
月明かりが綺麗に照らされるその場所。
連なる木々たちは円を描くように
手をめいっぱい広げ、
ステージが作られている。
輝夜にとって唯一落ち着く場所だ。
「今日は満月か」
そういうと、明日レコーディングする予定の
新曲をリピート再生に設定して流し、
1曲丸々聴き終えた後、歌い始めた。
3回程通しで歌い終え、
水を飲むため曲を止めると
脇の方から拍手が聞こえてきた。
音が鳴る方向へ顔を向けると、そこには
20代前半くらいの男が正座をしながら
こちらに向かって拍手をしていた。
男「あの…勝手に聞いてごめんなさい。気持ち悪いですよね…満月が綺麗で眺めていたら、引き寄せられるようにここまで来てしまって。」
輝夜「いや、気持ち悪いとまでは思わないけど…確かにびっくりは…ここには月に一度は来るけどいつも誰もいないから」
男「俺、この森の脇は毎日通学で通るんですけど、森の中心がこんな風になっているのを知らなくて。まるでステージですね!」
輝夜「通学って事は大学生?ここは静かで落ち着くし、練習するにはいい場所でね。」
男「大学3年です!この近くの大学で心理学を学んでます。お兄さん、歌うまいし女のファンがいっぱいいそう!」
輝夜より2歳下の彼の名前は陽叶(はると)というらしい。
あまりテレビを見ないそうで、輝夜を知らなかった。
輝夜は5人組のアイドルグループの一員で
外を出れば気付かれるくらいには知名度がある。
自分を知らない上で歌唱力を褒めてもらえた事は
とても新鮮で、素直に嬉しかった。
陽叶は
「さっきの曲がもう1回聞きたい!1回でいいから!お願いします」
と頭を下げ手を合わせて頼み込んだ。
輝夜は水を半分ほど飲み、
新曲を再生した。
イントロが流れている間に
ふとマネージャーから言われた
『お前達を知らない人達はまだまだいる。TVやイベント周りは、そんな人達を捕まえる絶好の機会だからな。1人残らずファンにする気持ちで歌うんだぞ!』
という言葉を思い出す。
正直言うと応援されるのはありがたいが
キャーキャー騒がれることには抵抗がある。
他のメンバーは全員騒がれたいタイプで
天性のアイドル精神を持っている。
そうあるべきだとは思うけど、
輝夜以外は自ら進んでアイドルになった人達で
輝夜は自分の意志ではない。
アイドルでいる時の彼はTHE 王道。
持ち前のセンスと容姿の良さで人気はNo.1。
でもそれは、演じている姿に過ぎず
本来の姿ではない。
世間には演じている姿で通せてはいるが、
アイドルという職業に望んでなった
他のメンバーとは決定的な差がある。
だが今、目の前に自分を知らない人が居て
たった二人だけの空間。
何だか陽叶の純粋な姿を見て
自分を力量を試してみたくなり
アイドルの輝夜として全力で歌い、踊った。
輝夜が歌い終えると
陽叶は眩しい笑顔で拍手をし、
こう言った。
陽叶「やっぱり凄いや!お兄さん、きっと有名な人でしょ。タダで貸切ライブしてもらっちゃった。歌ってくれてありがとうございました!でもちょっとだけ気になっちゃって…」
輝夜「気になるって?」
陽叶「お兄さん…もしかして好きでパフォーマンスしてないんじゃないかなって」
輝夜ははっとした。
そんな風に言われたのは初めてだ。
いつも完璧なアイドルを演じられていたのに。
ネットですら模範的な王道アイドルとして
日頃から所作や態度が褒められているくらいだ。
そういえば、陽叶は大学で心理学を
専攻していると言っていた。
輝夜「君には俺がどういう人間に見えた?」
陽叶「ん~…パフォーマンスとかは本当に、本当に凄かったけど、こういう自分でいなきゃいけないとか、作られた自分を演じきらなきゃっていう気持ちが見えた気がして…」
輝夜は率直な意見を聞き、心理学というものは
馬鹿にできないなと驚いた。
初めて見透かされて、悔しさとかは一切なく
【本当の自分を見つけてもらえた】
そんな気持ちが強く、何だか照れくさかった。
ほんの少しだけ
肩の荷が下りたような感覚だ。
輝夜「プロファイリングってやつ?凄いな」
陽叶「当たりかな?仕草とか目の動きには感情が反映してしまうものなんです。」
輝夜「へえ。将来は警察の職員とか目指してるの?」
陽叶「まだどうなりたいとか考えてなくて。ただ…親切なフリして人を騙す奴を見抜ける力が欲しいんです」
そう話す陽叶の顔が、
一瞬だけ曇ったように見えた。
輝夜「じゃあ俺を練習台にしてみなよ。スケジュールを見て月に一度はここに来ているから」
陽叶「本当に?!助かります!…ということは曜日は不定期なんだ…じゃあ連絡先を教えてほしいです!」
輝夜と陽叶は連絡先を交換した。
輝夜のSNSアカウントのアイコンには月、
陽叶のアイコンには太陽が使われている。
2人は月に一度、心理学の勉強の一環として
この場所で会うようになった。
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