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月の影
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輝夜と陽叶は、予定を合わせるために
連絡を頻繁に取り合っていた。
陽叶「ねー輝夜さん!あの後調べたら超有名なアイドルじゃん!今更だけど色々失礼してないかな…」
輝夜「何も嫌な思いしてないから。大丈夫。」
陽叶「よかったー。輝夜さんめっちゃ女の子に人気だからステージなんかで話されたら俺、やばいよ」
輝夜「はは。そんな事言わないから。それに俺、女性は少し苦手なんだ」
陽叶「そうなんだ?輝夜さんなら寄って来まくりで選び放題だろうに。まあそう言ってる俺も苦手なんだけど」
2人には女性が苦手という共通点があった。
月に一度、あの場所で何度か会っているうちに
陽叶はある事に気付く。
陽叶「輝夜さんって…女の子が苦手な理由ってお母さんだったりする?何だか失恋とかただ単に苦手とか、そういうのとは違う気がする」
輝夜「…ああ。そうだな。今アイドルやってるのも母親が決めたことだから」
陽叶「初めて会った日、好きでパフォーマンスしてないように見えたのはそういう事なのか…」
輝夜「ちゃんと大学で学べてる証拠だな。凄いじゃん」
陽叶「いや、まあそれは嬉しいんだけど…輝夜さんの気持ちを考えたら喜べないというか。複雑で」
輝夜「そんな顔しないでくれよ。確かに好きでやってはいないけど、それに気付いてくれたのは陽叶、君なんだ。俺はあの日凄く気持ちが少し軽くなったというか、救われたんだよ」
陽叶「 そんな風に言ってくれたら嬉しいけど…俺が気持ちを少し軽く出来たなら、少しじゃなくてもっと軽くしたいよ。よかったらでいいから、お母さんの事話してほしいな」
輝夜は陽叶の言葉を聞いて
昔、担任の先生に母について相談した時の事を
ふと思い出した。
中学二年の夏、進路相談の日。
日程が組まれた日に輝夜の母は来なかった。
輝夜「先生、母は来ません」
担任「仕方ないわよ、二人で話しましょう」
輝夜「はい。それで、進路なんですけど…」
担任「うん、輝夜くんは進学しないわよね?」
輝夜「え…俺は進学したいです。でも母が勝手に芸能事務所に俺の写真を送ったらしくてオーディションを受けて芸能界入りしろって」
担任「いいじゃない!輝夜くんは顔もかっこいいし背も高く小顔でスタイルもいい。女子生徒の間でファンクラブもあるくらいなんだからピッタリよ!」
輝夜「いや…そういうの興味なくて。普通に進学して将来は考えていきたいんです。」
担任「輝夜くん、こんな事言いたくないけど今お家が大変でしょ?お母さんを支えられるのは貴方しかいないのよ。芸能界なら一般人よりも倍稼げるんだし」
この時、輝夜の両親は離婚した直後だった
母親は働かず、毎日酒に溺れている。
輝夜「進学したらバイトもします。それに、人目に晒される生活なんて俺には無理です」
担任「バイトって…1日2.3時間働いたって生活は楽にはならないわ。せっかくそんな恵まれた容姿があるんだから!あなた男の子でしょ?お母さんを支えてあげなさい」
そう言った先生は
(有名芸能人の青春時代を支えた女教師…♪なんちゃって)
と、小声でぼそっとにやけながら呟いた
輝夜の中で女性へのトラウマが
植え付けられた、1つ目の出来事。
背中を押して欲しかった人に
突き放されたような気持ちになった。
そんな昔の事を思い出してしまったからか、
自然と顔が下に向いてしまっていたようだ。
陽叶「輝夜さん…大丈夫?水飲んで」
輝夜「…ああ。大丈夫だ。ありがとう」
輝夜はペットボトルを力強く握って
半分くらい残っていた水を
全て飲み干し、
陽叶に母親について話し始めた。
輝夜の父は衣装製作会社の社長だ。
当時駆け出しのアイドルだった母とは
衣装のフィッティング等で関わるようになり
母の猛アタックでグループを在籍中に結婚。
アイドルとしてどうしても立ちたい舞台があり
それを叶えるまでは公表したくない
そんな母の思いを尊重し、
互いに誰にも結婚した事を伝えていなかった。
輝夜を妊娠すると、体調不良を理由に
活動休止した末に出産。
2年ほど経ってから復帰した。
復帰してからは育児を祖母に任せっきりで、
輝夜自身も祖母が母親代わりをしてくれたと
今でも思っている。
子育てをせずとも祖母が代わってくれるのを
いいことに、母はアイドルとして生きた。
誰も既婚者だと知らないため、
平気で複数の男と浮気をしていた。
母の度重なる裏切りは、ファンが撮影した
男とホテルへ向かう写真がネットに
出回ったことで、ついに父の耳に届いた。
その写真を皮切りに
別の男と密着する写真が何枚も出回った。
その中に既婚者の俳優がいた事で
グループの知名度以上に大きなスクープになり
母はグループを脱退。
所属事務所も解雇となった。
もちろん父からも離婚を突きつけられた。
アイドルとして目標にしていた夢を
自ら叶えられなくしたのだが、
反省するどころか輝夜と祖母に
毎日のように当たり散らした。
酒に溺れ、時々派手なメイクを施しては
男に会いに行く姿に
かつてアイドルだった母の面影はなく、
幼ながらに輝夜から女性というものの形を
少しずつ歪ませていった。
父は忙しい中でも合間を縫っては
輝夜に会いに来てくれていた。
いつも手土産を片手に訪れる父と
三人分の料理を振舞ってくれる祖母。
その時間だけが輝夜にとっての幸せだった。
ずっとこのままでいられたら…
そんな願いも叶わず
中学二年の春になると、祖母は持病で入院。
父は再婚し、海外移住する事になった。
再婚するからといって輝夜を見捨てず
毎月仕送りをしてくれていた。
突然母との二人暮らしになり、
明け方に帰宅し、酔っ払って床で寝る姿を
見る度に嫌悪感を抱いていたが
父からの仕送りで進学は問題なく出来るし
早く自立して母と縁を切ろう
そう思いながら日々を過ごした。
例の進路相談後の夜、
家に帰るとほろ酔いの母が
テーブルに座っていて
手元には父が作ってくれた輝夜用の
通帳があった。
輝夜「なんでそれ持ってるの?人の部屋に勝手に入るなよ!」
母「子供の部屋に入って何が悪いの~?私はあなたの母親よ」
悪びれる様子もない母に苛立ちながら
手元の通帳を取り上げる。
中身を広げると、進学に必要なくらいの
金額が書かれている欄の下には
「*0 」となっていた。
輝夜は思い当たる暴言全てを母にぶつけた。
お金は全て夜の街で溶かしたようだ。
いい歳をしながら
まだ母の自覚がなく、
女として生き続けていた。
母は頬に手を当て肘をつき、
母「そんなに怒らなくてもいいじゃない、遅い出産祝いを貰っただけよ。アンタは私に似て綺麗な顔してるんだからいくらでも顔で稼げるんだし」
輝夜「この間もだけど今日も進路相談で言ったから。俺は芸能事務所になんて入らない」
母「…何言ってんの?もう決まったから、アンタの事務所。断れないからね。来月から東京行きなさいよ」
輝夜「何勝手に決めてんだよ!俺は進学する!東京になんか行かない!」
母「私の子供に生まれた以上、私の代わりにドームに立ちなさい。私の夢を叶えて。私にそっくりに産まれたのは宿命よ」
輝夜「俺はお前とは違う!汚らわしい。お前の所有物じゃねえんだよ!」
母「何とでも言いなさいよ。もう何言っても変えられないんだから。じゃ、頑張ってね」
そう言い捨てると
母はヒールを鳴らしながら出て行った。
輝夜は涙も出なかった。
ただただ、手だけが震えていた。
思考が追いつかない。
輝夜だけ時間が止まったかのように
時計の針は進み、夜は明け、
鳥の囀りが聞こえた時、ようやく
朝が来たことに気付いた。
輝夜は昨日の格好のまま
祖母の入院する病院へ向かった。
病院に着き、祖母の病室へ入り
テレビの前の椅子に腰をかけた。
酸素マスクを付けた祖母は輝夜を見ては
ゆっくり手を伸ばす。
その手は震えていて、
いよいよかもしれないと感じさせられた。
輝夜はぎゅっと手を握り、語りかける。
輝夜「ばあちゃん、俺来月から東京に住むんだって。あの女…芸能事務所に応募してたみたいでさ…」
次から次へと言いたい事が浮かんできていたが、
ここまで言いかけたところで
祖母が輝夜の手を震えた手で
懸命に握り返してきた。
その時、初めて見る看護師さんが
祖母の様子を見に現れて、
看護師「葉月さん来たよー!あら!お孫さん?噂通りイケメンね!」
と言った。
看護師「初対面なのにいきなりごめんなさいね。葉月さん、ここに来た頃はまだ話せたから色々聞かせてくれたのよ」
輝夜「いえ大丈夫です…そうだったんですね」
看護師「孫がテレビに出られるくらいかっこいいんだって。でも自分の娘のせいで苦労してるから、普通の幸せを掴んで欲しいからって言ってたの」
輝夜「ばあちゃんがそんな事を…?」
看護師「ええ、いつかお会いしてみたいと思ってたから嬉しいわ!葉月さん、話すとしっかり聞いてくれてるから沢山話しかけてあげてね」
看護師さんは笑顔でごゆっくりと言い
別の患者の様子を見に回って行った。
祖母は輝夜に芸能への道を進めた事など
一度もなかった。
自分の幸せを優先して考えてくれる
輝夜にとっては祖母こそが母なのだと
改めて思い、涙を流しながら話しかけた。
輝夜「ばあちゃん、俺全然自信ないし嫌だけど、本当の子供のように育ててくれたばあちゃんが望むなら…頑張ってみるから…」
祖母はまた手を握り返してくれた
顔を見てみると
一度ゆっくり頷き、微笑んでいた。
右目からは一筋の涙が頬を伝った。
あの日のやせ細った祖母の久々の笑顔は
生涯忘れられないだろう。
父親には言えなかった。
忙しい中でも父親でいてくれたことに
感謝でいっぱいであるとともに、
再婚して幸せになってほしい
また母の事で苦しめたくない
その思いが強く、何も言わずに上京した。
アイドルになるまでの経緯を話し終え
陽叶の顔を見ると、涙を流していた。
輝夜「いや何で…泣くなよ」
陽叶「だって…こんな大きいこと一人で抱えてたんだなって。一人で抱えるには大きすぎるよ。輝夜さん、辛かったね」
陽叶はいつもその時欲しい言葉を
投げかけてくれる。
輝夜「陽叶は俺のカウンセラーみたいだな。あの日俺の隠していた気持ちを見抜いてくれてから、ずっと陽叶の言葉に救われてるんだ」
陽叶「俺、将来何になりたいか決めてなかったけど今日決めたよ。輝夜さんみたいに誰にも話せず悩んでいる人の力になりたい。抱えた傷を癒す存在になりたいって思った」
その覚悟を聞いた輝夜は、
陽叶の頭に手をポンと乗せて
輝夜「陽叶なら余裕でなれる。何ならもう俺の専属カウンセラーだしな」
と言うと、優しく撫でた。
陽叶は涙を拭きながらにっこり笑った。
…輝夜はその時は気付かなかった。
陽叶もまた、自分とは別の形で
「母」というものに苦しめられていた事に。
連絡を頻繁に取り合っていた。
陽叶「ねー輝夜さん!あの後調べたら超有名なアイドルじゃん!今更だけど色々失礼してないかな…」
輝夜「何も嫌な思いしてないから。大丈夫。」
陽叶「よかったー。輝夜さんめっちゃ女の子に人気だからステージなんかで話されたら俺、やばいよ」
輝夜「はは。そんな事言わないから。それに俺、女性は少し苦手なんだ」
陽叶「そうなんだ?輝夜さんなら寄って来まくりで選び放題だろうに。まあそう言ってる俺も苦手なんだけど」
2人には女性が苦手という共通点があった。
月に一度、あの場所で何度か会っているうちに
陽叶はある事に気付く。
陽叶「輝夜さんって…女の子が苦手な理由ってお母さんだったりする?何だか失恋とかただ単に苦手とか、そういうのとは違う気がする」
輝夜「…ああ。そうだな。今アイドルやってるのも母親が決めたことだから」
陽叶「初めて会った日、好きでパフォーマンスしてないように見えたのはそういう事なのか…」
輝夜「ちゃんと大学で学べてる証拠だな。凄いじゃん」
陽叶「いや、まあそれは嬉しいんだけど…輝夜さんの気持ちを考えたら喜べないというか。複雑で」
輝夜「そんな顔しないでくれよ。確かに好きでやってはいないけど、それに気付いてくれたのは陽叶、君なんだ。俺はあの日凄く気持ちが少し軽くなったというか、救われたんだよ」
陽叶「 そんな風に言ってくれたら嬉しいけど…俺が気持ちを少し軽く出来たなら、少しじゃなくてもっと軽くしたいよ。よかったらでいいから、お母さんの事話してほしいな」
輝夜は陽叶の言葉を聞いて
昔、担任の先生に母について相談した時の事を
ふと思い出した。
中学二年の夏、進路相談の日。
日程が組まれた日に輝夜の母は来なかった。
輝夜「先生、母は来ません」
担任「仕方ないわよ、二人で話しましょう」
輝夜「はい。それで、進路なんですけど…」
担任「うん、輝夜くんは進学しないわよね?」
輝夜「え…俺は進学したいです。でも母が勝手に芸能事務所に俺の写真を送ったらしくてオーディションを受けて芸能界入りしろって」
担任「いいじゃない!輝夜くんは顔もかっこいいし背も高く小顔でスタイルもいい。女子生徒の間でファンクラブもあるくらいなんだからピッタリよ!」
輝夜「いや…そういうの興味なくて。普通に進学して将来は考えていきたいんです。」
担任「輝夜くん、こんな事言いたくないけど今お家が大変でしょ?お母さんを支えられるのは貴方しかいないのよ。芸能界なら一般人よりも倍稼げるんだし」
この時、輝夜の両親は離婚した直後だった
母親は働かず、毎日酒に溺れている。
輝夜「進学したらバイトもします。それに、人目に晒される生活なんて俺には無理です」
担任「バイトって…1日2.3時間働いたって生活は楽にはならないわ。せっかくそんな恵まれた容姿があるんだから!あなた男の子でしょ?お母さんを支えてあげなさい」
そう言った先生は
(有名芸能人の青春時代を支えた女教師…♪なんちゃって)
と、小声でぼそっとにやけながら呟いた
輝夜の中で女性へのトラウマが
植え付けられた、1つ目の出来事。
背中を押して欲しかった人に
突き放されたような気持ちになった。
そんな昔の事を思い出してしまったからか、
自然と顔が下に向いてしまっていたようだ。
陽叶「輝夜さん…大丈夫?水飲んで」
輝夜「…ああ。大丈夫だ。ありがとう」
輝夜はペットボトルを力強く握って
半分くらい残っていた水を
全て飲み干し、
陽叶に母親について話し始めた。
輝夜の父は衣装製作会社の社長だ。
当時駆け出しのアイドルだった母とは
衣装のフィッティング等で関わるようになり
母の猛アタックでグループを在籍中に結婚。
アイドルとしてどうしても立ちたい舞台があり
それを叶えるまでは公表したくない
そんな母の思いを尊重し、
互いに誰にも結婚した事を伝えていなかった。
輝夜を妊娠すると、体調不良を理由に
活動休止した末に出産。
2年ほど経ってから復帰した。
復帰してからは育児を祖母に任せっきりで、
輝夜自身も祖母が母親代わりをしてくれたと
今でも思っている。
子育てをせずとも祖母が代わってくれるのを
いいことに、母はアイドルとして生きた。
誰も既婚者だと知らないため、
平気で複数の男と浮気をしていた。
母の度重なる裏切りは、ファンが撮影した
男とホテルへ向かう写真がネットに
出回ったことで、ついに父の耳に届いた。
その写真を皮切りに
別の男と密着する写真が何枚も出回った。
その中に既婚者の俳優がいた事で
グループの知名度以上に大きなスクープになり
母はグループを脱退。
所属事務所も解雇となった。
もちろん父からも離婚を突きつけられた。
アイドルとして目標にしていた夢を
自ら叶えられなくしたのだが、
反省するどころか輝夜と祖母に
毎日のように当たり散らした。
酒に溺れ、時々派手なメイクを施しては
男に会いに行く姿に
かつてアイドルだった母の面影はなく、
幼ながらに輝夜から女性というものの形を
少しずつ歪ませていった。
父は忙しい中でも合間を縫っては
輝夜に会いに来てくれていた。
いつも手土産を片手に訪れる父と
三人分の料理を振舞ってくれる祖母。
その時間だけが輝夜にとっての幸せだった。
ずっとこのままでいられたら…
そんな願いも叶わず
中学二年の春になると、祖母は持病で入院。
父は再婚し、海外移住する事になった。
再婚するからといって輝夜を見捨てず
毎月仕送りをしてくれていた。
突然母との二人暮らしになり、
明け方に帰宅し、酔っ払って床で寝る姿を
見る度に嫌悪感を抱いていたが
父からの仕送りで進学は問題なく出来るし
早く自立して母と縁を切ろう
そう思いながら日々を過ごした。
例の進路相談後の夜、
家に帰るとほろ酔いの母が
テーブルに座っていて
手元には父が作ってくれた輝夜用の
通帳があった。
輝夜「なんでそれ持ってるの?人の部屋に勝手に入るなよ!」
母「子供の部屋に入って何が悪いの~?私はあなたの母親よ」
悪びれる様子もない母に苛立ちながら
手元の通帳を取り上げる。
中身を広げると、進学に必要なくらいの
金額が書かれている欄の下には
「*0 」となっていた。
輝夜は思い当たる暴言全てを母にぶつけた。
お金は全て夜の街で溶かしたようだ。
いい歳をしながら
まだ母の自覚がなく、
女として生き続けていた。
母は頬に手を当て肘をつき、
母「そんなに怒らなくてもいいじゃない、遅い出産祝いを貰っただけよ。アンタは私に似て綺麗な顔してるんだからいくらでも顔で稼げるんだし」
輝夜「この間もだけど今日も進路相談で言ったから。俺は芸能事務所になんて入らない」
母「…何言ってんの?もう決まったから、アンタの事務所。断れないからね。来月から東京行きなさいよ」
輝夜「何勝手に決めてんだよ!俺は進学する!東京になんか行かない!」
母「私の子供に生まれた以上、私の代わりにドームに立ちなさい。私の夢を叶えて。私にそっくりに産まれたのは宿命よ」
輝夜「俺はお前とは違う!汚らわしい。お前の所有物じゃねえんだよ!」
母「何とでも言いなさいよ。もう何言っても変えられないんだから。じゃ、頑張ってね」
そう言い捨てると
母はヒールを鳴らしながら出て行った。
輝夜は涙も出なかった。
ただただ、手だけが震えていた。
思考が追いつかない。
輝夜だけ時間が止まったかのように
時計の針は進み、夜は明け、
鳥の囀りが聞こえた時、ようやく
朝が来たことに気付いた。
輝夜は昨日の格好のまま
祖母の入院する病院へ向かった。
病院に着き、祖母の病室へ入り
テレビの前の椅子に腰をかけた。
酸素マスクを付けた祖母は輝夜を見ては
ゆっくり手を伸ばす。
その手は震えていて、
いよいよかもしれないと感じさせられた。
輝夜はぎゅっと手を握り、語りかける。
輝夜「ばあちゃん、俺来月から東京に住むんだって。あの女…芸能事務所に応募してたみたいでさ…」
次から次へと言いたい事が浮かんできていたが、
ここまで言いかけたところで
祖母が輝夜の手を震えた手で
懸命に握り返してきた。
その時、初めて見る看護師さんが
祖母の様子を見に現れて、
看護師「葉月さん来たよー!あら!お孫さん?噂通りイケメンね!」
と言った。
看護師「初対面なのにいきなりごめんなさいね。葉月さん、ここに来た頃はまだ話せたから色々聞かせてくれたのよ」
輝夜「いえ大丈夫です…そうだったんですね」
看護師「孫がテレビに出られるくらいかっこいいんだって。でも自分の娘のせいで苦労してるから、普通の幸せを掴んで欲しいからって言ってたの」
輝夜「ばあちゃんがそんな事を…?」
看護師「ええ、いつかお会いしてみたいと思ってたから嬉しいわ!葉月さん、話すとしっかり聞いてくれてるから沢山話しかけてあげてね」
看護師さんは笑顔でごゆっくりと言い
別の患者の様子を見に回って行った。
祖母は輝夜に芸能への道を進めた事など
一度もなかった。
自分の幸せを優先して考えてくれる
輝夜にとっては祖母こそが母なのだと
改めて思い、涙を流しながら話しかけた。
輝夜「ばあちゃん、俺全然自信ないし嫌だけど、本当の子供のように育ててくれたばあちゃんが望むなら…頑張ってみるから…」
祖母はまた手を握り返してくれた
顔を見てみると
一度ゆっくり頷き、微笑んでいた。
右目からは一筋の涙が頬を伝った。
あの日のやせ細った祖母の久々の笑顔は
生涯忘れられないだろう。
父親には言えなかった。
忙しい中でも父親でいてくれたことに
感謝でいっぱいであるとともに、
再婚して幸せになってほしい
また母の事で苦しめたくない
その思いが強く、何も言わずに上京した。
アイドルになるまでの経緯を話し終え
陽叶の顔を見ると、涙を流していた。
輝夜「いや何で…泣くなよ」
陽叶「だって…こんな大きいこと一人で抱えてたんだなって。一人で抱えるには大きすぎるよ。輝夜さん、辛かったね」
陽叶はいつもその時欲しい言葉を
投げかけてくれる。
輝夜「陽叶は俺のカウンセラーみたいだな。あの日俺の隠していた気持ちを見抜いてくれてから、ずっと陽叶の言葉に救われてるんだ」
陽叶「俺、将来何になりたいか決めてなかったけど今日決めたよ。輝夜さんみたいに誰にも話せず悩んでいる人の力になりたい。抱えた傷を癒す存在になりたいって思った」
その覚悟を聞いた輝夜は、
陽叶の頭に手をポンと乗せて
輝夜「陽叶なら余裕でなれる。何ならもう俺の専属カウンセラーだしな」
と言うと、優しく撫でた。
陽叶は涙を拭きながらにっこり笑った。
…輝夜はその時は気付かなかった。
陽叶もまた、自分とは別の形で
「母」というものに苦しめられていた事に。
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