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女神のお告げは間違うときだってある

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朝靄に包まれた森。
人々が立ち入る機会が好きないのか、道は舗装されておらず、獣道しかできていない。
それもそのはず、王都から少し離れた場所にあるこの森は、人間に害を与える魔物がうようよとしているため、近隣住民は勿論のこと、王都の凄腕騎士団も手出しはしない。

そんな危険な森の一角に木造の掘っ立て小屋があった。
艶やかで丁寧に加工された木々は人工物とは違った温かさを感じさせる。
掘っ立て小屋を綺麗な草花が囲んでいるのもその理由かもしれない。
このように綺麗な状態を保っているという事は、理由は定かではないが、森にすむ魔物たちはここに近づいてこないのだろう。

太陽の日が森を照らし出した時間、掘っ立て小屋から出てくる青年が。
「ふぁぁぁぁ~ぁぁ...ぁぁ」
寝起きなのだろうか野太い声であくびをしつつ、背伸びをする。
その後、体をゆっくりと動かしていき、眠気を覚ましていく。

朝の冷たい空気をゆっくり吸い込み、リラックスしていたその時、森上空に太陽のような光が接近する。
その光は、ゆっくりとした動きで目を細める男の前に降り立った。

「ジェスター...そろそろいいでしょう...」
光の中から現れたのは、成人女性。
輝くような金色の髪は高級な織物のような艶を出しながら、足首付近まで伸びている。
纏う衣装は、白い一枚布のような物のみ。
体の要所のみを隠すしているそれは、普通人間が纏おうものなら唯の娼婦に成り下がるが、そうはならない。
その理由は簡単だ。
彼女という存在がそうはさせていないからだ。

この世界に生きる女性の中で比較にならないものなどいない、比較するのが烏滸がましいほどの整った顔立ち。
神秘的な雰囲気を醸し出す若菜色の瞳。
その瞳の色、彼女が纏う思わず肘を付き懺悔の言葉を言い放ちたくなるほどの圧倒的な聖の雰囲気、この条件を満たせる人は彼女一人。
正確に言うなれば、一柱のみだ。


「女神さんも懲りないっすね...」
朝のリラックスタイムを邪魔されたことに、少し怒っている男ジェスターは目の前の女性の出現に嘆息。
ジェスターの言葉通り、目の前の女性こと、伝説の勇者の旅を助けたとされる女神であり、当代の勇者であるジェスターに数年前に神託を下した女神でもある。

「えぇ、私も引くに引けない事情がありますので」
ジェスターの言葉にも顔色変えず、満面の笑みを返す。
その笑みは、敬虔な信徒のみならず、この世界の人間ならば見惚れ、我を失ってしまう程の美しさだ。
だが、ジェスターはそうはならない。
伝説の勇者に選ばれるものは強靭な精神力を持つものが多い為、女神の笑みなどでは彼の心は惑わされない。
更に、ジェスターのその精神力の強さは歴代の勇者の中でも最高峰だと言う。

双方、このやり取りを何度も経験しているのか、アイコンタクトのみで会話を行い、何も言葉を発することなく掘っ立て小屋の中に吸い込まれていく。

掘っ立て小屋の中は、しっかりした作りになっており、すべての家具が木造で出来ている。
丈夫そうな机に向かい合わせに座る二人。

浮世離れした女神という存在にこの掘っ立て小屋の背景は違和感しかないが、本人は気にすることなくジェスターより差し出されたホットミルクをおいしそうに飲んでいる。
女神が一息ついたタイミングを見計らいジェスターが話を切り出す。

「あのよ、女神様。そろそろいいじぇねぇかよ」
「いいえ、ダメです。何があってもダメなんです」
何かを頑なに拒否する女神。
その意思は固いようだという事が、はっきりとした口調から伝わる。

「前にも、"勇者が要らない3つの理由"をプレゼンしたろ? あの時は頷きながらお土産持って帰っていったじゃねぇか? あれで決着ついたんじゃねぇのか?」
女神の頭の中には、つい先日行われたジェスターのプレゼンの風景が思い浮かぶ。

「あの時は、確かにな! って思ったのですが、私には引けない理由があるのです」
その神妙な表情にジェスターも息をのみ姿勢を正す。

「その理由ってなんだよ」
鬼が出るのか蛇が出るか。
緊張の瞬間。

「実は、聖女に言っちゃったんですよ。勇者がこの近くに来てるよーって」
「それで?」
「私って女神でしょ? 神託を下すでしょ? なんで基本的に嘘はつかないのよ、てかついちゃダメなの。信用問題的に」
涼しい顔して言葉を並べているが、内心は焦っているようで額には何とかジェスターを説得しようと頑張って思考を回しているためか冷や汗が。
そんな女神の言葉を租借し、考え込むジェスター。

「つまりは、聖女に嘘言ったから、なんとかフォローしろよと?」
「...そういう事になるわね。よかったわね、女神さまを助けることが出来るのよ? いくら勇者と言えども人間の身に余る栄誉に打ち震えなさい」
調子に乗っているのか、先ほどの近所のおねぇさん感は消え、女神というより高飛車なお嬢様のような口調でジェスターに圧を掛ける。
その様子に青筋を浮かべたジェスターは玄関に向かい、女神を外に促す。

「...ぜってぇ、助けてやんねぇ。今までもお前の頼みを聞いたからここに住んでやってるが...その頼み方ってなぁ...」
先程までミルクを飲んでいた女神の姿がいつの間にか消えていた。
視線をさまよわせるジェスターは足元の違和感に気付く。

消えた女神は、ジェスターの足元で綺麗な土下座をしていた。
しっかり伸ばした指先からは彼女の緊張が見て取れる。
しかし、彼女自身はなんども土下座しているのか随分と慣れた様子。

「前は、勇者としてせめて王都の近くにいてくれって頼んできたよな。もう、数カ月前か。あの時は...この家をもらったよな。という事は...?」
「何かを差し出せと?」
「差し出せ...? なんて人聞きの悪いことを。頼みごとをするのに対価がないなんて本来ならばありえないこと! いくら女神と言えど...いや、女神だからこそ、人のルールには乗っかるべきでは!!」
ジェスターの言い分に何も返すことの出来ない女神は、床に額を合わせながら悔しそうに歯を食いしばっていた。

「な...なにが欲しいのよ」
「うーん...。とりあえず、今回は保留ってことでいいわ」
その言葉は予想外の物であり、思わず顔を上げる。

「ってことは、頼み事聞いてくれるの?」
「勿論さ、勇者は嘘つかない、女神も嘘つかない。聖女に会ってくればいいんだよな?」
「えぇ、そうしてくれれば嬉しいわ」
内心、疑っているようだが事がうまく運ぶと思い笑顔が溢れる女神。

「そうと決まれば王都に行ってくるわ」
「じゃぁ、私も失礼しようかしら」
二人は朝と同じように外に出る。
眩い光が女神を包み込み、飛び立とうとするその時。
何かを言いたそうにする女神が。

「ジェスター、....バカっ!」
去り際に暴言を吐いて空に消えていった。

「お前もバカっ!」
空に叫んだその声は女神の届いたのかは分からない。
こうして、勇者は女神の導きに従い、王都に赴く。
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