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第2章
22、「塾」
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『塾』
帰り際、すでにスポーツバッグを肩にかけた北条が「今日は部活? 」と声をかけきた。
「ううん、今日は行かない。別の用事があって」
「デートですかな? 」
「え! デートなの? 」
ひょっこり現れた青梅に「残念だけど違うよ」と手を振って教室を後にした。
(結局、あんまり眠れなかったな~)
まぁ仕方ないさ、と自分を励ます。
佐藤勝利に声をかけられたのは予想外だった。
(まさか見られてるとは…。う~ん、学校では気を付けないと。嘘はついてなんいんだけどねー)
勝利の言う「黒いもやもや」したものは本当に見えていない。
その代わり、もっとはっきりとした雑霊の姿が視えていただけのことだ。嘘はついていない。
雅也にしてみれば鬱陶しい虫を手で払っただけに過ぎない。ただの日常。けれど、そんなことができる人間は少ない。
勝利は「一人でなんとかする」と、言っていたがろくに姿をとらえられない程度の能力では何もしない方がマシだ。
たいていは見ないふりでなんとかなる。
それなのに半端な気持ちで関わる方がかえって危険だ。
まさしく「生兵法は大怪我の基」だ。
(ま、佐藤君には一応言ったし。大丈夫だろ)
あくびをかみ殺して腕時計を見やる。
定刻通り。
伊坂が待っているので急がなくてはならない。
雅也は、すがすがしいほどにさっぱりとこの件のことを忘れた。
* * * * * * * * *
開け放した障子から午後の爽やかな風が吹き抜ける。
学校が終わって一段落、さあ家に帰ろうとはいかない。
迎えに来た伊坂に連れられそのまま今度は閑静な住宅街にある日本家屋にあっという間に輸送された。
立派な表札には「吉野」の文字。
ここは、吉野単語象山の私塾である。
象山は、すでに高齢ではあるが単語矍鑠としており知る人ぞ知るひとかどの人物である。その門弟には政財界の大物やら実業家が数多くいる。
そんな「吉野塾」は、政治、作法、談話などに通じた象山に教えを請う場所であると同時に将来を担うであろう名家のご子息たちが人脈を作る場でもあった。
この日も象山を上座に数名の生徒が向かい合って講義を受けている。
上尾雅也は、とにかく座り姿が美しい。
きちっと着こなした制服には一分の隙も無い。
スッと伸びた背筋に育ちの良さが見て取れる。
軽く伏せられた瞼を縁取る睫毛。白い肌に爽やかな陰影を作り出す様は不思議と背にした日本庭園に馴染んで美しかった。
向かいに座した単語氷室は(さすが雅也くん! )などと思うほどに端から見ると、それはそれは、優雅な佇まいであった。
(んぁああー、ねむいー)
まさかその本人が象山先生のありがたい講説を右から左に聞き流して睡魔との戦いを繰り広げるとは誰が想像できようか。
象山先生の話はとにかく長いことで有名だ。しかも今日は絶好調であった。
「で、あるからして…なのであって…」
育ち盛りの男子高校生にとってただでさえ午後は眠い時間帯だ。
開け放した障子から指す日差しで背中がポカポカ暖かい。
恐ろしいほどのお昼寝日和。ここまで来ると寝ない方がおかしくないか? と思い始めた頃。
「どう思うかね、上尾くん? 」
(はっ、寝てた! なになに?! )
ぎこちなくギギッと音の鳴りそうな首に気合いを入れて軽く象山の方に向き直る。まさか寝てましたとは言えない。
全力の微笑みを浮かべる。
「はい、先生の仰るとおりだと思います」
「うむ。さすがですな。」
(なにが??? )
なぜか満足そうに頷いた象山が一同を見回す。
「みなも上尾くんを見習うように」
(は、はぁ~、ええぇ、ごめんなさい先生!!! 全然聞いてませんでした)
これはひどい。
伊坂に見つかったら眉を顰められそうだが雅也はとりあえず「よし」とした。
その後もなんとか体裁を保ちようやく本日の講義が終了した。
礼儀正しく象山先生に挨拶をする生徒たち。それぞれに品良く談笑しているのを尻目に一目散に退出する。
「ちょっといいかな雅也くん」
「氷室さん、」
玄関先で声をかけてきたのは氷室だった。代々続く医者家系の出身で大人っぽい雰囲気の好青年だ。
学年は雅也の一つ上だ。
「さっきの象山先生の講義だけど」
寝てたのバレたか! と、身構える雅也に対して氷室は少々眩しそうに瞳を細めて視線を下げる。
「質問の返しさすがだったね。」
「あー、あれですか? 」
「難しい問題だったのに上手く返したね。それで講義の内容についてなんだけど」
「氷室さんはすごいですね」
「え? 」
「僕は先生のお話を(寝ないで)聞くのに必死でそこまで深く考えていませんでした。」
「え、あ、いやそんなこともないんだけど。それで君ともう少し話がしたいと思って」
「僕と? 」
きょとんとする雅也。思わず一歩近づこうとする氷室。
「このあと時間ないかな」
「ありがとうございます。光栄です。でもあいにく今日は時間が無くて…また今度でいいですか」
「ああ、うん。そうだよね。すまない、急に呼び止めて」
「いいえ。お先に失礼します氷室さん」
「うん、気をつけて」
明るい日差しの中に消えていく雅也の背を見送って氷室は上げた手を静かに下ろした。
帰り際、すでにスポーツバッグを肩にかけた北条が「今日は部活? 」と声をかけきた。
「ううん、今日は行かない。別の用事があって」
「デートですかな? 」
「え! デートなの? 」
ひょっこり現れた青梅に「残念だけど違うよ」と手を振って教室を後にした。
(結局、あんまり眠れなかったな~)
まぁ仕方ないさ、と自分を励ます。
佐藤勝利に声をかけられたのは予想外だった。
(まさか見られてるとは…。う~ん、学校では気を付けないと。嘘はついてなんいんだけどねー)
勝利の言う「黒いもやもや」したものは本当に見えていない。
その代わり、もっとはっきりとした雑霊の姿が視えていただけのことだ。嘘はついていない。
雅也にしてみれば鬱陶しい虫を手で払っただけに過ぎない。ただの日常。けれど、そんなことができる人間は少ない。
勝利は「一人でなんとかする」と、言っていたがろくに姿をとらえられない程度の能力では何もしない方がマシだ。
たいていは見ないふりでなんとかなる。
それなのに半端な気持ちで関わる方がかえって危険だ。
まさしく「生兵法は大怪我の基」だ。
(ま、佐藤君には一応言ったし。大丈夫だろ)
あくびをかみ殺して腕時計を見やる。
定刻通り。
伊坂が待っているので急がなくてはならない。
雅也は、すがすがしいほどにさっぱりとこの件のことを忘れた。
* * * * * * * * *
開け放した障子から午後の爽やかな風が吹き抜ける。
学校が終わって一段落、さあ家に帰ろうとはいかない。
迎えに来た伊坂に連れられそのまま今度は閑静な住宅街にある日本家屋にあっという間に輸送された。
立派な表札には「吉野」の文字。
ここは、吉野単語象山の私塾である。
象山は、すでに高齢ではあるが単語矍鑠としており知る人ぞ知るひとかどの人物である。その門弟には政財界の大物やら実業家が数多くいる。
そんな「吉野塾」は、政治、作法、談話などに通じた象山に教えを請う場所であると同時に将来を担うであろう名家のご子息たちが人脈を作る場でもあった。
この日も象山を上座に数名の生徒が向かい合って講義を受けている。
上尾雅也は、とにかく座り姿が美しい。
きちっと着こなした制服には一分の隙も無い。
スッと伸びた背筋に育ちの良さが見て取れる。
軽く伏せられた瞼を縁取る睫毛。白い肌に爽やかな陰影を作り出す様は不思議と背にした日本庭園に馴染んで美しかった。
向かいに座した単語氷室は(さすが雅也くん! )などと思うほどに端から見ると、それはそれは、優雅な佇まいであった。
(んぁああー、ねむいー)
まさかその本人が象山先生のありがたい講説を右から左に聞き流して睡魔との戦いを繰り広げるとは誰が想像できようか。
象山先生の話はとにかく長いことで有名だ。しかも今日は絶好調であった。
「で、あるからして…なのであって…」
育ち盛りの男子高校生にとってただでさえ午後は眠い時間帯だ。
開け放した障子から指す日差しで背中がポカポカ暖かい。
恐ろしいほどのお昼寝日和。ここまで来ると寝ない方がおかしくないか? と思い始めた頃。
「どう思うかね、上尾くん? 」
(はっ、寝てた! なになに?! )
ぎこちなくギギッと音の鳴りそうな首に気合いを入れて軽く象山の方に向き直る。まさか寝てましたとは言えない。
全力の微笑みを浮かべる。
「はい、先生の仰るとおりだと思います」
「うむ。さすがですな。」
(なにが??? )
なぜか満足そうに頷いた象山が一同を見回す。
「みなも上尾くんを見習うように」
(は、はぁ~、ええぇ、ごめんなさい先生!!! 全然聞いてませんでした)
これはひどい。
伊坂に見つかったら眉を顰められそうだが雅也はとりあえず「よし」とした。
その後もなんとか体裁を保ちようやく本日の講義が終了した。
礼儀正しく象山先生に挨拶をする生徒たち。それぞれに品良く談笑しているのを尻目に一目散に退出する。
「ちょっといいかな雅也くん」
「氷室さん、」
玄関先で声をかけてきたのは氷室だった。代々続く医者家系の出身で大人っぽい雰囲気の好青年だ。
学年は雅也の一つ上だ。
「さっきの象山先生の講義だけど」
寝てたのバレたか! と、身構える雅也に対して氷室は少々眩しそうに瞳を細めて視線を下げる。
「質問の返しさすがだったね。」
「あー、あれですか? 」
「難しい問題だったのに上手く返したね。それで講義の内容についてなんだけど」
「氷室さんはすごいですね」
「え? 」
「僕は先生のお話を(寝ないで)聞くのに必死でそこまで深く考えていませんでした。」
「え、あ、いやそんなこともないんだけど。それで君ともう少し話がしたいと思って」
「僕と? 」
きょとんとする雅也。思わず一歩近づこうとする氷室。
「このあと時間ないかな」
「ありがとうございます。光栄です。でもあいにく今日は時間が無くて…また今度でいいですか」
「ああ、うん。そうだよね。すまない、急に呼び止めて」
「いいえ。お先に失礼します氷室さん」
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