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第一章
10:王城を去って9年目「ミカ大賢者の称号を得る」
しおりを挟むあてどない旅路をとぼとぼと歩く。
どこに向かっているのか、どこに向かえば良いかもわからない。
それと同じく、自分の気持ちが、心がわからない。
成行きのまま、幼い時分に手を差し伸べて、家族となって、共に過ごした大切なあの子たちと、年甲斐もなく、性別も超え、体を繫げてしまった。
これは、年長の保護者の立場にあったものからすれば、悪の分類となるのだろうか?
自分は親としてふたりを育てたつもりでいたのに、僕がふたりに向けた子を思う愛情は、彼らからは親を思う愛情として返して貰えることはなく、思いもよらなかった、自分を想う恋情に変化していたらしい。
いや、彼らふたりの言葉が真実であるならば、最初から―――違っていたのだろう。
嬉しくないはずがない。
自分は人に愛されるということを、知らなかったから。
血を分けてくれた両親には全く愛されず、血を同じくする兄弟からは疎まれた。
僕が愛する大切なあの子たちは、真っ直ぐに、自分を愛していると、その身をもって伝えてくれた。
嬉しいに決まっている。
決まっているけれども、ふたりを想う自分の気持ちは、ふたつとも同じものだ。
どちらも同じ。
かたいっぽうだけ違うことはない。
人を好きになる、恋うる想いの対象がふたりいるなど、許されることではないだろう。
ふたりに、失礼だ。
同じ気持ちでふたりが好きだなんて、告げることは出来ない。
そもそも、自分の「好き」は「欲望」を含んでの「好き」なのか?
家族としての「好き」とは、違うのか?
アンバーに抱かれても、セルリアンに抱かれても―――心のうちに感じたのは、言葉にできない、ただひたすらにあたたかな感情だった。
幸せだったといってもいいくらい……。
ふたりの腕の中にあることはあたたかくて、幸せで、あのまま、溶けてしまえればいいとさえ、感じていた。
俺は、どうしたらよいのだろうか?
王城を去りふたりと離れた時に感じた、ふたりをずっとそばで見ていたかった「未練」と、すぐにでもあの子達の笑顔が見たいと思った「さみしさ」。今は、ふたりの体温が側になくて身を切られるような「辛さ」がある。
俺はいったい、どうしてしまったのだろうか?
心にヒビが入ってしまったかのように、胸がヒリヒリと痛む。
ツライ……体が引き千切られるみたいだ。
「ほうほう。しばらく見ぬ間に、いい面構えになったのう」
何故、その声が今、聞こえてくるのか?
咄嗟に振り向いた深い森の中の岩山に、ちょこんと腰を下ろした仙人みたいな爺さんに、ミカは目を剥くことしか出来なかった。
「お師匠―――さま?」
「久しいの、弟子よ」
枯れ枝爺さんが枯れ枝の杖を握り、ぴょこんと岩山から飛び降りてきた。そんな高さから飛び降りて骨でも折れたらと思うけれども、体重も枯れ枝に近いのか、軽い音と共に目の前に降りて来た爺さん師匠が、歯抜けのしわくちゃなマヌケ顔で嬉しそうに笑ってきた。
「人間味が増し、賢者と呼べる顔になったの。良い良い。迷え迷え。それが、お前を大賢者の道に誘うじゃろうよ」
爺さん師匠に目線を合わせようと膝をつくと、師匠は本当に嬉しそうによしよしと頭を撫でてくれた。糸みたいな目からほんの少し見える薄い茶色の瞳が穏やかに笑んでいる。
「悩んで悩んで答えは自分で出すものだよ、弟子よ。その答えはお前にしか出せん。お前だけのもんだ」
あの時と同じだと―――思った。
海を見たくて大陸の果てまで歩いて、たどり着いたセルリアン色の海と、水平線に降りてきた琥珀色の太陽の色に、歩き出すことが出来なかった自分の手を引き、世界を見せてくれた人。自分の、生きる上での師匠が、この人なのだと、心から思う。
自分の気持ちを、この人ならば、話すことが出来る。
きっと、答えをくれるわけではないけれど、行くべき道を、指し示してくれることは、わかるから。
「世界に、一等好きな人間が、ふたりいるんです」
視線を下げて、ぽつりと呟く。
「どうしたらいいんでしょうね……」
「どうもせんでよかろう」
「はい?」
爺さん師匠のその言葉に、俺の頭の思考稼働が止まる。
「お前の顔を見る限り、お前はもう、ふたりを選んでいるじゃろう?あとはそれをドンと伝えて、ふたりから答えを貰うしかなかろう。お前の答えはお前にしか出せず、お前の選んだふたりの答えは、ふたりにしか出せん」
「ふたりを、同じく好きだなんて―――言える訳が―――そんなの、人の道を外れる悪で」
「同時にふたりを愛することが悪だなどと、誰が決めた?」
世に名を冠する大賢者のその言葉に、俺は返事をすることが出来なかった。
「人を愛するということは、素晴らしい事だ。誰も愛せないものよりも、幸せだと、儂は思うよ?それがひとりであろうとふたりであろうと、それは、何も変わりはせん」
視界が開ける様な感覚が、自分を包んでいた。
いいのだろうか?
俺は、アンバーとセルリアンを愛して、良いのだろうか?
「賢者なんて博愛がモットーじゃ。生きとし生けるものの営みの中を行き、人類・動物・魔人・魔獣、皆を愛でてこそ、大賢者たる道が開ける!」
いやいやいや……。
爺さん師匠を敬おうと思った矢先に、それですかい?
さすが俺の師匠と言えばよいのか、さすが世界に名を冠する大賢者と、心の中で称えまくろうと思っていたのだが。
「―――俺はそこまで、突き抜けられません」
「はっはっは。まだまだ修行が足りんなあ、弟子よ。ふたりにドン!とぶつかってこい。魔王と勇者、両方にフラれたら、儂が慰めてしんぜよう」
あなたは千里眼の持ち主ですか……。
どうやら、全部バレてるようだ。
この人には本当に、一生頭が上がらない。
「師匠に慰められるのなんて、ヤですよ」
「弟子は本当に、若い頃の儂に瓜二つだのう。儂も若い頃はそれはそれはモテたんじゃぞ~」
よしよしと再度頭を撫でられて、全てが吹っ切れた。
ふたりが、俺の選択をどう取ってくれるか、ここで考えていても、どうにもならない。
当たって砕けるのもありだと、この、そうは見えない世界の大賢者様が、教えてくれた。
ふたりにフラれたら、この人みたいに、世界を流浪して、愛するふたりのことを思い続けるのもありなのかもしれない。
俺は、アンバーとセルリアン、ふたりのことが好きで、世界の何よりも愛していることは、ふたりにフラれても変わることはない。
恐らくは、初めて出会って、ふたりを抱き上げふたりに名を付けたあの時から、ふたりは何にも代えがたい位の自分の宝物になっていた。
ふたりのことが本当に大切で、いつも一緒にいたかったのは他ならぬ自分で、ふたりを冷たい世界から守るために、全ての魔力をふたりに渡し守り、魔力枯渇で役立たずになった自分を見られたくなくて、嫌われたくなくて、ふたりから離れたのも、他ならぬ自分。
「お?お迎えの様じゃぞ」
爺さん師匠の声に空を仰げば、森の木々の間から、赤い竜が大きく翼を広げてこちらに降りて来た。
「ミカ!世界が滅ぼされる前に、あの腐れ魔王とキレ気味勇者を止めてくれ!」
火竜エルドの絶叫に
「これを止めればお前は大賢者の称号を得るじゃろうが、それとも救世主にでもなるのか?」
と爺さん師匠が大笑いしていた。
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