10 / 49
10 若手魔道士の戦い
しおりを挟む午後の部に入ったころ、会場のざわめきが一段と大きくなった。
陽射しが少し傾き、魔法陣に刻まれた紋様が金色に輝く。観覧席の熱気は増し、声援と魔力の光が空気を震わせる。セレナと共に若手魔道士たちの戦いを見ていた。
「午後の試合レベル高いわね」
「新人魔道士団の子たち、すごいね」
目を細めて、次々と放たれる魔法を見つめた。炎、氷、風──それぞれの属性が美しく交錯し、観客の歓声が絶えない。
ふと、ひときわ大きな音が響いた。
爆ぜるような魔力の衝突音。舞台の片側で、光が乱れ、土煙が上がる。
「えっ!?」
「魔法の暴発よ!」
セレナの声とほぼ同時に、観客席がざわめきに包まれた。
見れば、対戦していた若い二人の魔道士が倒れている。一人は炎属性を操る青年で、先ほど勢い余って魔力を暴走させたらしい。もう一人、氷魔法の使い手の男性も巻き込まれ、腕や足を押さえて苦痛に顔を歪めていた。
審判団がすぐさま結界を張り、治癒師が呼ばれたが、大会の規模が大きすぎて対応が追いつかない。倒れた二人は、介助されながら裏へと運ばれていった。
「大丈夫かな……」
胸の前で手を握りしめた。セレナが軽く息をついて、肩を叩いてきた。
「こういう事故、時々あるのよ。大きな大会だからね。でも……気の毒ね」
それでも祭りは続く。
魔法で奏でられた音楽が鳴り響き、香ばしい匂いが漂い、街全体が熱気に包まれていた。
セレナと屋台の一角で休憩をとることにした。氷魔法で冷やされた果実水を飲んでいると、セレナはふふんと楽しそうに笑った。
「ユイ、ちょっとこっちに来て。すぐだから」
「何があるの?」
「あっちの方見て。ほら、すごい人だかりよ」
セレナが指差した先。人の輪の中心には、露店風のテントが立ち、店主が忙しそうに紙束を売っている。
「あれ何を売ってるの?」
テントに近づくと、手にした女性たちの歓声が聞こえてきた。
「見て、団長様の新しいやつ出てる!」
「こっちは副団長様の笑顔バージョンよ~!」
「きゃー! どっちも欲しいっ!」
「……プロマイド?」ぽつりと呟いた。
どう見ても、そこに描かれているのは魔道士団の面々だった。
カイルさんを筆頭に、副団長様や色々な魔道士が描かれた、繊細で美しい肖像絵だ。
「うわ……完成度、高っ!」
どれも鮮やかで、今にも動き出しそう。セレナが笑って肩をすくめる。
「そうよ。この時期になると、絵師たちによる人気魔道士たちの肖像絵が限定販売されるの。もう恒例行事ね」
思わず二度見する。
「会場限定よ。しかも、人気の絵は開場から一時間で完売するんだとか」
「そんなに人気なんだ……」
そのとき、視線がふと止まった。テントの中央に飾られた一枚。黒い制服の襟元を緩く外し、氷のように澄んだ瞳でこちらを見下ろす──それは、間違いなくカイルさんの肖像絵だった。
ほんの数秒、息をするのを忘れた。凛とした横顔、鋭さの中にある静寂。あの人が描かれると、こんなにも絵になるのかと驚いた。
「うわ……かっこよすぎ……」
思わず口をついて出た言葉に、自分で真っ赤になる。セレナがすかさずにやりと笑った。
「買わないの?」
「か、買いません」
「そう? あんなに見つめてたのに?」
「み、見てないからっ!」
焦って否定すればするほど、セレナは楽しそうに笑った。
「ほら。あの人たちを見てみなさいよ」
セレナが指差した先。そこには目が眩むほど“青”が集まっていた。青いドレス、青いリボン、青い靴、髪飾りまで青。統一された青の群れが、カイルのプロマイドを握りしめて興奮している。
「な、なにあれドレスコード?」
「カイル様のファンの皆さんよ」
「ファ、ファン!?」
セレナが面白そうに解説する。
「彼の深い蒼髪と青灰色の瞳をモチーフにした“推し色”ってやつ。会場中にちらほらいたでしょ? あの青は全部、彼のファンなの」
「……うそでしょ……」
思い返せば、たしかに会場にも青いリボンや飾りをつけた青い服装の人たちがいた。まさか全員、彼のファンなのか。
「ほら、あっちには副団長様の黄色軍団もいるわよ」
セレナが反対側を指差す。そこでは黄色のドレスを着た女性たちが、笑顔で副団長のプロマイドを掲げていた。髪も、アクセサリーも、きらきらとした黄金色。
「副団長様は金髪だったもんね……」
ぽつりと呟くと、セレナが笑った。
「そう。みんな、推しの魔道士様を全身で表現してるのよ」
「す、すごい世界……」
呆気にとられながらも、ちょっとだけ楽しそうに笑った。
(……これがこの世界の“推し活”ってやつ、ですか)
「団長様は一番人気だから、早めにゲットしないと売り切れるわよ?」
「だから、買わないから!」
「ほんとに? あとで後悔しても知らないわよ?」
その言葉を聞いて、ちらりともう一度カイルさんのプロマイドを見てしまう。
凍てつくような青の瞳が、なぜかこちらを見ている気がして──
「……いや! やっぱり無理っ!」
そう言ってぷいっと背を向ける。セレナがくすくすと笑いながら肩を叩いた。
「ふふっ。ねぇユイ? あなた今日は素敵な“青色”の服ね?」
「へ?」
自分の服を見る。今日の服は水色のワンピースだ。そして、はっと思い返して髪を触る。そこには、セレナが結んでくれた青いリボンがついている。セレナがニヤリと笑ってる。
(は、謀はかったなぁ!!)
「今日の服は“水色”だから!」
「ごめんごめん、からかいすぎたわ~」と悪びれもせず言うセレナを背に、ぷりぷりと歩いていると、慌ただしく走る王宮治癒師を見かけた。
「忙しそう……」
「ああ、今年は貴族の観覧者も多いものね。王宮治癒師たちもそっちの対応に呼ばれてるんでしょうね。小さな怪我でも『すぐに治してくれ』って、呼ばれてるんじゃないかしら」
「そうなの?」
「対応しないわけにもいかないもの、それに一般客の救護対応もしてるから人手が足りてないみたいね。ほら、向こうでも走ってるの治癒師でしょ」
見ると、腕章をつけた治癒師たちが、あちこちを駆け回っていた。治癒師たちが走っていくのは救護室の方向だ。
その様子に眉を寄せていると、ひとりの治癒師がこちらに気づき、駆け寄ってきた。
「ユイさん! 助けていただけませんか!」
「えっ、私?」
声を掛けてきたのは王宮治癒師のルシアさんだった。息を切らしながら必死に言葉を続ける。
「魔法の暴発があって、普通の治癒魔法じゃ治せない怪我が出てるんです。魔道士団に話をしたら、団長がユイさんに声をかけるようにと」
(……カイルさんが、私に?)
即座に頷いた。
「わかりました。私にできることならお手伝いします」
セレナと一旦別れ、ルシアさんに治癒師の白衣を借りながら、大会参加者の待機場へと向かった。
待機場の扉を開けた瞬間、肌を刺すような魔力のざらつきが広がった。空気には黒い瘴気が漂っている。待機場の隅に置かれたベッドには二人の若い魔道士が横たわっていた。
ひとりは暴発の張本人で、胸から腹部にかけて黒い魔力の痕が広がっている。
もうひとりは巻き添えを受けた銀髪の青年で、右肩から腕にかけて瘴気が絡みついていた。
「暴発した子は、魔力の逆流で体が侵されています。通常の治癒では……瘴気を取り除けなくて」
(なるほど、確かに瘴気が強く絡みついていては治癒に時間がかかる。浄化の力が必要で呼ばれたのね)
「わかりました。やってみます」
まずは暴発した青年の枕元に近づいた。
相当痛むのか、苦しそうに顔を歪ませている。額に汗が滲ませ、痛みに耐える彼の手をそっと包み込む。
「少し、冷たい感覚がありますけど我慢してくださいね」
「すみません……俺のせいで……」
「謝らなくていいですよ。心配しないでください」
優しく声をかけながら目を閉じた。掌に宿した光が白銀にきらめき、空気が静まり返る。ゆっくりと丁寧に癒しの魔法に、清浄の力を重ねる。
焦げた魔力の筋が徐々に薄れ、黒い靄が音もなく消えていった。すぐに傷を癒やす魔法もかけていく。
「……あ、あぁ……楽に……なった……」
青年の呼吸が穏やかになり、張り詰めた空気がふっと緩む。
(もう大丈夫そうね)
彼の言葉に頷き、額の汗をぬぐった。
「傷は治りましたが、しばらくは安静にしていてくださいね」
ルシアさんが息を呑んで見つめる中、次の青年の方へ向かった。
銀髪の青年は、じっとこちらを見つめていた。痛みよりも、彼の瞳に浮かぶのは焦りのようなものだった。肩から腕にかけて酷く怪我をしている。止血はしてあるが、相当痛むだろう。それなのに無理に身体を起こそうとする彼を、そっと止めた。
「動かないでください。傷が広がりますので」
「……試合に出なきゃならない。時間はどれくらいかかる」
その言葉に内心驚いた。こんな怪我を負った後でもまた試合に出るというのか。
「焦らないで下さい。あなたの中の瘴気を先に浄化しますから」
彼の腕にそっと手をかざした。
金属を擦るような魔力の音が空気を震わせ、薄青の光が走る。凍てついた氷の破片を溶かすように静かゆっくりと力を流した。
「……こんな魔力、初めてだ」
彼がが低くつぶやく。
「普通の治癒とは違う……芯まで届く感じがする」
「癒すというより、魔力の乱れを正す感じでしょうか。動くと乱れるので、少しじっとしててください」
光が収まったころには、腕の傷跡も瘴気も完全に消えていた。それを確認し、ゆっくりと手を離した。
「よし、これで大丈夫。無理はしないでくださいね」
「……すごいな。治癒師が何人も試して駄目だったのに。君は、一瞬で直した」
彼は自分の腕を握りしめ、ほんの少し笑った。
「ありがとう。これで試合に出られる」
「えっ、まだ動かないほうが……」
「君が治してくれたんだろう? なら、平気さ」
彼は軽く頭を下げると、すっと立ち上がり、闘技場へ続く扉へと歩いていった。
その背中を見送りながら、静かに息を吐く。
(無事に治せて良かった……)
彼の背に宿る光を見ながら「頑張って」とだけ呟いた。
12
あなたにおすすめの小説
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜
紗幸
恋愛
「醜い怪物」こそ、私の理想の旦那さま!
聖女ミリアは、魔王を倒す力を持つ「勇者」を召喚する大役を担う。だけど、ミリアの願いはただ一つ。日本基準の超絶イケメンを召喚し、魔王討伐の旅を通して結婚することだった。召喚されたゼインは、この国の美醜の基準では「醜悪な怪物」扱い。しかしミリアの目には、彼は完璧な最強イケメンに映っていた。ミリアは魔王討伐の旅を「イケメン旦那さまゲットのためのアピールタイム」と称し、ゼインの心を掴もうと画策する。しかし、ゼインは冷酷な仮面を崩さないまま、旅が終わる。
イケメン勇者と美少女聖女が織りなす、勘違いと愛が暴走する異世界ラブコメディ。果たして、二人の「愛の旅」は、最高の結末を迎えるのか?
※短編用に書いたのですが、少し長くなったので連載にしています
※この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
【完結】能力が無くても聖女ですか?
天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。
十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に…
無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。
周囲は国王の命令だと我慢する日々。
だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に…
行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる…
「おぉー聖女様ぁ」
眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた…
タイトル変更しました
召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる