私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

文字の大きさ
10 / 16

10 若手魔道士の戦い

しおりを挟む



 午後の部に入ったころ、会場のざわめきが一段と大きくなった。

 陽射しが少し傾き、魔法陣に刻まれた紋様が金色に輝く。観覧席の熱気は増し、声援と魔力の光が空気を震わせる。セレナと共に若手魔道士たちの戦いを見ていた。

「午後の試合レベル高いわね」
「新人魔道士団の子たち、すごいね」

 目を細めて、次々と放たれる魔法を見つめた。炎、氷、風──それぞれの属性が美しく交錯し、観客の歓声が絶えない。

 ふと、ひときわ大きな音が響いた。
 爆ぜるような魔力の衝突音。舞台の片側で、光が乱れ、土煙が上がる。

「えっ!?」
「魔法の暴発よ!」

 セレナの声とほぼ同時に、観客席がざわめきに包まれた。
 見れば、対戦していた若い二人の魔道士が倒れている。一人は炎属性を操る青年で、先ほど勢い余って魔力を暴走させたらしい。もう一人、氷魔法の使い手の男性も巻き込まれ、腕や足を押さえて苦痛に顔を歪めていた。

 審判団がすぐさま結界を張り、治癒師が呼ばれたが、大会の規模が大きすぎて対応が追いつかない。倒れた二人は、介助されながら裏へと運ばれていった。

「大丈夫かな……」

 胸の前で手を握りしめた。セレナが軽く息をついて、肩を叩いてきた。

「こういう事故、時々あるのよ。大きな大会だからね。でも……気の毒ね」

 それでも祭りは続く。
 魔法で奏でられた音楽が鳴り響き、香ばしい匂いが漂い、街全体が熱気に包まれていた。

 セレナと屋台の一角で休憩をとることにした。氷魔法で冷やされた果実水を飲んでいると、セレナはふふんと楽しそうに笑った。

「ユイ、ちょっとこっちに来て。すぐだから」
「何があるの?」
「あっちの方見て。ほら、すごい人だかりよ」

 セレナが指差した先。人の輪の中心には、露店風のテントが立ち、店主が忙しそうに紙束を売っている。

「あれ何を売ってるの?」

 テントに近づくと、手にした女性たちの歓声が聞こえてきた。

「見て、団長様の新しいやつ出てる!」
「こっちは副団長様の笑顔バージョンよ~!」
「きゃー! どっちも欲しいっ!」

「……プロマイド?」ぽつりと呟いた。

 どう見ても、そこに描かれているのは魔道士団の面々だった。
 カイルさんを筆頭に、副団長様や色々な魔道士が描かれた、繊細で美しい肖像絵だ。

「うわ……完成度、高っ!」

 どれも鮮やかで、今にも動き出しそう。セレナが笑って肩をすくめる。

「そうよ。この時期になると、絵師たちによる人気魔道士たちの肖像絵が限定販売されるの。もう恒例行事ね」
 思わず二度見する。
「会場限定よ。しかも、人気の絵は開場から一時間で完売するんだとか」
「そんなに人気なんだ……」

 そのとき、視線がふと止まった。テントの中央に飾られた一枚。黒い制服の襟元を緩く外し、氷のように澄んだ瞳でこちらを見下ろす──それは、間違いなくカイルさんの肖像絵だった。

 ほんの数秒、息をするのを忘れた。凛とした横顔、鋭さの中にある静寂。あの人が描かれると、こんなにも絵になるのかと驚いた。

「うわ……かっこよすぎ……」
 思わず口をついて出た言葉に、自分で真っ赤になる。セレナがすかさずにやりと笑った。
「買わないの?」
「か、買いません」
「そう? あんなに見つめてたのに?」
「み、見てないからっ!」

 焦って否定すればするほど、セレナは楽しそうに笑った。

「ほら。あの人たちを見てみなさいよ」

 セレナが指差した先。そこには目が眩むほど“青”が集まっていた。青いドレス、青いリボン、青い靴、髪飾りまで青。統一された青の群れが、カイルのプロマイドを握りしめて興奮している。

「な、なにあれドレスコード?」
「カイル様のファンの皆さんよ」
「ファ、ファン!?」

 セレナが面白そうに解説する。

「彼の深い蒼髪と青灰色の瞳をモチーフにした“推し色”ってやつ。会場中にちらほらいたでしょ? あの青は全部、彼のファンなの」
「……うそでしょ……」

 思い返せば、たしかに会場にも青いリボンや飾りをつけた青い服装の人たちがいた。まさか全員、彼のファンなのか。

「ほら、あっちには副団長様の黄色軍団もいるわよ」
 セレナが反対側を指差す。そこでは黄色のドレスを着た女性たちが、笑顔で副団長のプロマイドを掲げていた。髪も、アクセサリーも、きらきらとした黄金色。
「副団長様は金髪だったもんね……」
 ぽつりと呟くと、セレナが笑った。
「そう。みんな、推しの魔道士様を全身で表現してるのよ」
「す、すごい世界……」

 呆気にとられながらも、ちょっとだけ楽しそうに笑った。
(……これがこの世界の“推し活”ってやつ、ですか)

「団長様は一番人気だから、早めにゲットしないと売り切れるわよ?」
「だから、買わないから!」
「ほんとに? あとで後悔しても知らないわよ?」

 その言葉を聞いて、ちらりともう一度カイルさんのプロマイドを見てしまう。
 凍てつくような青の瞳が、なぜかこちらを見ている気がして──

「……いや! やっぱり無理っ!」

 そう言ってぷいっと背を向ける。セレナがくすくすと笑いながら肩を叩いた。

「ふふっ。ねぇユイ? あなた今日は素敵な“青色”の服ね?」
「へ?」

 自分の服を見る。今日の服は水色のワンピースだ。そして、はっと思い返して髪を触る。そこには、セレナが結んでくれた青いリボンがついている。セレナがニヤリと笑ってる。
(は、謀はかったなぁ!!)

「今日の服は“水色”だから!」




「ごめんごめん、からかいすぎたわ~」と悪びれもせず言うセレナを背に、ぷりぷりと歩いていると、慌ただしく走る王宮治癒師を見かけた。

「忙しそう……」
「ああ、今年は貴族の観覧者も多いものね。王宮治癒師たちもそっちの対応に呼ばれてるんでしょうね。小さな怪我でも『すぐに治してくれ』って、呼ばれてるんじゃないかしら」
「そうなの?」
「対応しないわけにもいかないもの、それに一般客の救護対応もしてるから人手が足りてないみたいね。ほら、向こうでも走ってるの治癒師でしょ」

 見ると、腕章をつけた治癒師たちが、あちこちを駆け回っていた。治癒師たちが走っていくのは救護室の方向だ。
 
 その様子に眉を寄せていると、ひとりの治癒師がこちらに気づき、駆け寄ってきた。   

「ユイさん! 助けていただけませんか!」
「えっ、私?」

 声を掛けてきたのは王宮治癒師のルシアさんだった。息を切らしながら必死に言葉を続ける。

「魔法の暴発があって、普通の治癒魔法じゃ治せない怪我が出てるんです。魔道士団に話をしたら、団長がユイさんに声をかけるようにと」

(……カイルさんが、私に?)

 即座に頷いた。

「わかりました。私にできることならお手伝いします」

 セレナと一旦別れ、ルシアさんに治癒師の白衣を借りながら、大会参加者の待機場へと向かった。

 待機場の扉を開けた瞬間、肌を刺すような魔力のざらつきが広がった。空気には黒い瘴気が漂っている。待機場の隅に置かれたベッドには二人の若い魔道士が横たわっていた。

 ひとりは暴発の張本人で、胸から腹部にかけて黒い魔力の痕が広がっている。
 もうひとりは巻き添えを受けた銀髪の青年で、右肩から腕にかけて瘴気が絡みついていた。

「暴発した子は、魔力の逆流で体が侵されています。通常の治癒では……瘴気を取り除けなくて」

(なるほど、確かに瘴気が強く絡みついていては治癒に時間がかかる。浄化の力が必要で呼ばれたのね)

「わかりました。やってみます」

 まずは暴発した青年の枕元に近づいた。
 相当痛むのか、苦しそうに顔を歪ませている。額に汗が滲ませ、痛みに耐える彼の手をそっと包み込む。

「少し、冷たい感覚がありますけど我慢してくださいね」
「すみません……俺のせいで……」
「謝らなくていいですよ。心配しないでください」

 優しく声をかけながら目を閉じた。掌に宿した光が白銀にきらめき、空気が静まり返る。ゆっくりと丁寧に癒しの魔法に、清浄の力を重ねる。
 焦げた魔力の筋が徐々に薄れ、黒い靄が音もなく消えていった。すぐに傷を癒やす魔法もかけていく。

「……あ、あぁ……楽に……なった……」

 青年の呼吸が穏やかになり、張り詰めた空気がふっと緩む。

(もう大丈夫そうね)

 彼の言葉に頷き、額の汗をぬぐった。

「傷は治りましたが、しばらくは安静にしていてくださいね」

 ルシアさんが息を呑んで見つめる中、次の青年の方へ向かった。
 銀髪の青年は、じっとこちらを見つめていた。痛みよりも、彼の瞳に浮かぶのは焦りのようなものだった。肩から腕にかけて酷く怪我をしている。止血はしてあるが、相当痛むだろう。それなのに無理に身体を起こそうとする彼を、そっと止めた。

「動かないでください。傷が広がりますので」
「……試合に出なきゃならない。時間はどれくらいかかる」

 その言葉に内心驚いた。こんな怪我を負った後でもまた試合に出るというのか。

「焦らないで下さい。あなたの中の瘴気を先に浄化しますから」

 彼の腕にそっと手をかざした。
 金属を擦るような魔力の音が空気を震わせ、薄青の光が走る。凍てついた氷の破片を溶かすように静かゆっくりと力を流した。

「……こんな魔力、初めてだ」
 彼がが低くつぶやく。
「普通の治癒とは違う……芯まで届く感じがする」
「癒すというより、魔力の乱れを正す感じでしょうか。動くと乱れるので、少しじっとしててください」

 光が収まったころには、腕の傷跡も瘴気も完全に消えていた。それを確認し、ゆっくりと手を離した。

「よし、これで大丈夫。無理はしないでくださいね」
「……すごいな。治癒師が何人も試して駄目だったのに。君は、一瞬で直した」

 彼は自分の腕を握りしめ、ほんの少し笑った。

「ありがとう。これで試合に出られる」
「えっ、まだ動かないほうが……」
「君が治してくれたんだろう? なら、平気さ」

 彼は軽く頭を下げると、すっと立ち上がり、闘技場へ続く扉へと歩いていった。
 その背中を見送りながら、静かに息を吐く。

(無事に治せて良かった……)

 彼の背に宿る光を見ながら「頑張って」とだけ呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています

白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。 呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。 初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。 「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

いつまでも甘くないから

朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。 結婚を前提として紹介であることは明白だった。 しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。 この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。 目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・ 二人は正反対の反応をした。

処理中です...