私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

文字の大きさ
33 / 49

33 温もりへの帰還

しおりを挟む


 一瞬の空間のねじれの後、私たちの視界は王城の一室へと切り替わった。

 そこは、魔道士団の待機室だった。転移が完了すると、数人の団員、そしてディオンさんが勢いよく駆け寄ってきた。

「ユイさん。ああ、よかった、ご無事だったのですね!」

 ディオンさんたちの顔には、安堵と心配が入り混じった表情が浮かんでいる。彼らの心からの安堵の声を聞き、私はようやく本当に解放されたのだと実感した。
 カイルさんの腕に抱き上げられたまま、緊急時に使われる客室へと通された。ソファに降ろされ、ほっと息をつく。

 少し落ち着いたところで、イーグス邸で起こった出来事をカイルさんとディオンさんに説明した。説明の中で、「魔道士大会でカイルさんが使った魔法を、部屋の結界を破るために使いました」と伝えると、カイルさんは複雑な顔をした。その表情は、誇らしいような戸惑っているような、判別のつかないものだった。

 説明を聞き終えると、ディオンさんは顔色を青くし、「あのイーグス枢機卿が……」と言葉を失っていた。一方カイルさんは、既に知っていたかのように、静かに怒りを秘めた表情で沈黙を貫いていた。


「着替えを用意させますから、少し待っててさいね」

 ディオンさんにそう言われた私は、手足に力が入らないことを伝えなければと思い出した。

「ディオンさん、夕食に何か薬を入れられていたみたいで、あまり身体が動かせないんです」

 その言葉を聞き、ディオンさんの顔が一気に険しくなる。カイルさんの顔にも、明確な嫌悪感が浮かんだ。

「異国の薬の一種でしょうね。おそらく、抵抗力を削ぐためのもの……。すぐに解毒薬を用意させます」

 症状を伝えると、ディオンさんが控えていた治癒師に素早く指示を出す。まもなく、小さな瓶に入った液体と水差しが運ばれてきた。
 ディオンさんに、この薬を水で流し込むように言われ解毒薬の小瓶を受け取った。

「飲めるか?」
 カイルさんにそう聞かれるが、昨日から散々な目に遭ったせいか、反射的に手が震えてなかなかその液体を口に運べない。
 カイルさんは、ためらいを察したように、私から静かに薬瓶を取り上げ蓋を開けた。「口を開けろ」と有無を言わせない口調で言う。私が小さく口を開けると、薬は口の中へ流し入れられ、ごくりと飲み下した。

 喉の渇きを感じた私は、テーブルに置かれた水差しに震える手を伸ばした。だが、水差しは私の手が届くより早く、カイルさんに取られてしまう。カイルさんは、その水を自分の口に含んだ。
 そして、次の瞬間。彼の顔がぐっと、信じられないほど近くに寄せられた。

「……っ!」

 鼓動が一瞬で跳ね上がり、全身の血液が頭へと駆け上る。彼の冷たい指が、私の顎を捕らえ、拒否できないように口を開かされる。
 柔らかく、しかし強い感触と共に唇が押し付けられた。彼の口から、生温かい水が口の中へとゆっくりと流し込まれる。私は驚愕と羞恥に抵抗する間もなく、その水をごくりと飲み下す。

 カイルさんは唇を離した後、私の動揺などお構いなしに、もう一度静かに口に水を含むと、再び顔を寄せてきた。

 恥ずかしさのあまり、「待って」と小さく声を上げ顔をひねろうとした。しかし、顎を捕らえられているため、それは叶わない。彼の蒼い瞳が、逃げようとする私に静かな圧力をかけてくる。
 再度、彼の口から水が流し込まれた。彼はゆっくりと口を離すと、私の濡れた口元を自分の指でそっと拭った。その指先の感触が、さっきの唇の余韻を鮮烈に残していく。

「……まだ飲むか?」

 そう問いかける彼の眼差しと圧倒的な近さ、そして口づけの直後という状況に、顔が焼き付いたように熱い。その問いに慌てて首を横に振る。
 混乱の中で、反射的にディオンさんに視線を送ると、ディオンさんは目を丸くしながら絶妙な距離を取って立っている。

「ぎりぎり、医療行為……ですかね」

 ディオンさんの蚊の鳴くような呟きが、静まり返った部屋にかろうじて聞こえた。

 動揺を隠せないまま、唇に残る感覚に頭が痺れていた。そんな私をよそに、ディオンさんは冷静な顔を取り戻し、テキパキと処置を進めてくれた。芝生の上で擦りむいた手足の傷は、ディオンさんの治癒魔法ですぐに治った。

 やがて、シンプルな紺のワンピースの着替えが届いた。薬の効果が薄れ、少しずつ身体が動かせるようになってきたので、カイルさんとディオンさんに着替えを促され、二人は部屋から出ていった。
 カイルさんは「何か食べられるものをもらってくる」と、いつになく優しい表情で言い残し、扉を閉めた。

 一人になった部屋で、私はソファの背もたれにもたれかかると、唇に残る生温かい感覚に悶える。カイルさんは全く表情を変えなかった。きっと、カイルさん的には解毒を促すための、単なる行為。
 私があれほど動揺したのに、カイルさんにとっては犬に噛まれたようなものなんだろう。そう思うと、少しだけ悔しい気持ちが湧いた。
 「落ち着け」と自分に言い聞かせ、持ってきてもらった柔らかなワンピースに着替える。

 着替えていると、ふと胸元に手が伸びた。カイルさんからもらったネックレスが、そこにはない。寂しい気持ちが心の奥底に広がり、着替え終わると一気に疲労が押し寄せてきた。

 「疲れたな……」と思いながら、ソファに座る。お風呂に入りたいが、疲労のせいか身体をまっすぐに保っていられない。そのままソファに横になった。
 目を閉じると、意識がそのまま夢の世界に落ちていきそうだった。

 目を閉じたまま、カイルさんが助けに来てくれたことを思い出す。自分で頑張って逃げなきゃとは思っていたけれど、あの時打ち上げた光の柱は、助けてほしいという心の叫びが乗せられていた。
 カイルさんなら気づいてくれるはずだと、心がそう思ってしまった。そして、本当に来てくれたことが嬉しかった。目を瞑りながら、その温かい気持ちに包まれようとしていた、その時。

 黒い靄が、その温かさにまとわりつく。榛色がチラチラと浮かぶ。無数の手が、身体にまとわりついてくるような嫌な感覚に落ちる。呼吸が荒くなり、嫌な気持ちが胸に渦巻いているときに、誰かに名前を呼ばれた。何度も何度も、切迫した声で聞こえてくる。急に腕を捕まれ、「ユイ」と呼ばれた。その声の主の顔は、イーグスだった。

「いやっ!」


 悲鳴を上げながら、ハッと目を開けた。実際、目の前にいたのはカイルさんだった。彼の手が、私の腕に添えられている。声の主はカイルさんだったのかと混乱した頭で思い至る。しかし、さっき見た悪夢に動揺して、呼吸が上手くできずに息が上がる。カイルさんの目に、困惑の色が浮かぶ。

 身体を起こすと、ソファの前のテーブルにはスープとパンの軽食が置かれていた。彼が持ってきてくれたのだろう。

「ご、ごめんなさい。寝てしまって、夢を見てたみたいで……」

 彼に謝ったが、せっかく治まっていた手の震えがなかなか止まらない。その震える手に、カイルさんの大きく、冷たい手がそっと添えられた。そして、彼は悲痛な表情で言った。

「……助けに行くのが遅くなって、すまない」

 彼の心からの後悔の念が、痛いほど伝わってきた。

「いえ。きてくれて、すごく嬉しかったんです。すみません……」

 私も謝ってしまう。

「ユイは何も悪くない。謝らなくていいから」

 カイルさんは、そう言って私の頭を優しくなでた。彼がいつも以上に優しすぎる。それがとても嬉しくて笑いたいのに、顔の筋肉が強張って上手く笑えない。
 次の瞬間、カイルさんは私の身体をゆっくりと引き寄せた。強く、優しく抱きしめられ、彼の胸元に埋まる形となる。彼の体温を感じ、ドキリと胸が鳴った。だけど、それは恐怖ではなく圧倒的な安堵からくるものだった。

「頑張ったな」

 頭の上から低い声がかけられ、背中を優しくポンポンと子供をあやすように叩かれる。その規則的な振動が心地良かった。カイルさんの温もりもあって、強張っていた身体から、ゆっくりと力が抜けるのを感じた。
 それと同時に、涙腺も崩壊した。ポロポロと、泣きたいわけじゃないのに涙が勝手に溢れてくる。彼の胸にすがりついて止めどなく泣いてしまった。カイルさんは、優しく抱きしめながら、黙って私をあやし続けてくれた。


(私、かなり頑張っていたんだな……)


 彼の温かい腕に包まれながら、全身の緊張が解け、心の底から安堵する。

 この温かい場所に、カイルさんのところに帰ってこれて本当によかったと、心の底から思えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜

紗幸
恋愛
「醜い怪物」こそ、私の理想の旦那さま! 聖女ミリアは、魔王を倒す力を持つ「勇者」を召喚する大役を担う。だけど、ミリアの願いはただ一つ。日本基準の超絶イケメンを召喚し、魔王討伐の旅を通して結婚することだった。召喚されたゼインは、この国の美醜の基準では「醜悪な怪物」扱い。しかしミリアの目には、彼は完璧な最強イケメンに映っていた。ミリアは魔王討伐の旅を「イケメン旦那さまゲットのためのアピールタイム」と称し、ゼインの心を掴もうと画策する。しかし、ゼインは冷酷な仮面を崩さないまま、旅が終わる。 イケメン勇者と美少女聖女が織りなす、勘違いと愛が暴走する異世界ラブコメディ。果たして、二人の「愛の旅」は、最高の結末を迎えるのか? ※短編用に書いたのですが、少し長くなったので連載にしています ※この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

処理中です...