私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

文字の大きさ
32 / 49

32 追跡者

しおりを挟む


「ユイさん、あなたはどこに行くつもりですか」


 イーグスは私と外壁の間に立ち、庭園の闇を背負っている。
 彼を見ただけで、額からは冷たい汗が流れた。

「いけませんねぇ、お部屋を勝手に出てしまっては危ないですよ?」

 そう言いながら、彼はゆっくりと確実に、私に向かってにじり寄ってくる。その足取りは優雅だが、まるで獲物を追い詰める捕食者のようだった。

「あの結界を破壊するとは。やはりあなたの才能は素晴らしいですね」

 口では賞賛の言葉を紡き、顔も穏やかに微笑んでいる。だが、その瞳の奥は氷のように冷たく、微塵も笑っていなかった。

(もう少しなのに……!)

 外壁は、あとわずか。私は最後の望みをかけて、残された魔力で魔法を構えた。

「その程度の力で、私に勝てるとでもお思いですか?」

 イーグスは、嘲笑するように言った。

「勝てるかどうかは分からないけど、勝たないといけないとは思っているわ」

 震える声を無理やり押さえつけ、そう言い切った。そして、練り上げた風魔法を、彼の足元の芝生めがけて放った。

「こんな初歩魔法じゃ、私には効きませんよ」

 イーグスは、鼻で笑うように魔法を無効化したが、これでいい。放った魔法は、芝生や庭園の草花を切り裂き、土と葉を風で舞い上がらせた。私は、舞い上がった土煙を盾にするように、彼と違う方向へ全力で走った。彼を足止めできればいい。どこか、他の場所から出れないかと、必死に走った。
 その時、カクンッと、突然膝が抜けた。まるで、足の骨がなくなったかのように力が入らず、芝生の上に転がるように倒れ込んだ。

(なんで……?)

 必死に立ち上がろうとするが、思うように立てない。泥のように重い身体を持て余しているうちに、イーグスに追いつかれてしまった。彼は、そんな私を満足げに見た。

「夕食の中に、お薬を混ぜておいて正解でしたね」
「……え?」

 イーグスから出た言葉の衝撃で息を呑んだ。

「あなたがこうやって抜け出さないように、ですよ」

 彼はそう言いながら、屈辱的な視線を投げかけた。怒りに震えながら、ゆっくりと立ち上がるが、足元が定まらず歩くことすらできない。イーグスは、そんな私を見て興味を帯びた目をした。

「……立てるんですね。お食事、あまり召し上がらなかったでしょう? 駄目ですよ、全部食べないと」

 彼が私に近づいてきた。最後の気力を振り絞って、残された魔力で魔法を構える。

「攻撃魔法じゃ、私には勝てませんよ」

(そんなものは分かってる)

 静かに魔力を練り上げる。結界を崩壊させた魔法で、すでにクタクタだ。だけど、ここで引けるわけがない。体内に残されたすべての魔力を集中させる。全身が軋むように痛む。
 そして、練り上げた魔法を渾身の力で放出した。それは、闇を切り裂く、まばゆい光の柱だった。

 ゴオオオッと地鳴りのような轟音と共に天へと立ち昇った光は、一瞬だが、闇に包まれた王都の空を白日のように照らした。

(誰か、気づいて)

 そう最後の願いを託して放った魔法だった。魔力枯渇の反動で、力が抜けてへたり込む。

 イーグスは驚き、その冷徹な表情に初めて焦りの色を浮かべた。

「こんなにまだ魔力が残っていましたか。貴女には驚かされてばかりだ」

 彼は、一瞬の動揺の後、狂気的な高揚を伴った笑いを漏らした。

「ですが、もう終わりです。私から二度と逃げられないようにして差し上げます。部屋に帰りますよ」

 そう言い、彼は私に手を伸ばした。彼の冷たい指先が私の肌に触れようとした、その寸前。


──ドンッ!!

 夜の庭園に、乾いた衝撃音が響き渡った。

 目の前にいたイーグス枢機卿の体が、一瞬で吹き飛ぶ。彼は、地面に着地する際かろうじて受け身を取ったが、急な攻撃に動揺と焦りが隠せない。
 イーグスの凍り付いたような視線は、私ではなく、私の背後の闇に向けられていた。

 何が起こったのか理解できないまま、恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り向いた。
 

 そこに立っていたのは、漆黒の魔道士団の制服を纏った、カイルさんだった。


 彼の蒼い瞳は、夜の闇を切り裂くような鋭さで怒りの炎を宿していた。その手からは今放たれたばかりの魔力の残滓が、夜霧のように立ち昇る。
 カイルさんは、倒れたままの私を一瞥した後、吹き飛んだイーグスを睨みつけ冷たい声を放った。

「その汚い手で、ユイに触れるな」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、カイルさんは一瞬で私とイーグスの間に割って入り、攻撃魔法を繰り出した。
 漆黒の夜を切り裂く、青白い雷光の矢が連続して放たれる。それは、一瞬で数発、イーグスめがけて正確無比に飛翔した。カイルさんの魔法は、速度、威力、密度の全てが次元を超えていた。

 イーグスは、急襲に備えてかろうじて防御の構えを取ろうとするが、カイルさんの魔法の速度に全く対応できていない。雷光は防御結界に激しい衝撃を与え、バチバチと火花を散らす。イーグスは、防御が間に合わず、再び地面を転がるように弾き飛ばされた。

 カイルさんは、微動だにせず、私の前に立っている。顔は見えないが、その鋼のような背中からは、激しい怒りが波動となって伝わってきた。

 次の瞬間、夜空の外壁を乗り越え、次々と魔道士団員が庭園に飛び込んできた。その中に、イリアス副団長やゼルフィの姿もある。団員たちは、瞬時にイーグスを取り囲み、状況は完全に魔道士団の支配下となった。
 イリアス副団長が、慌てた様子でカイルさんの肩に触れた。

「団長! 殺さないでくださいよ、話を色々と聞き出さなきゃいけないんですからね!」 

 イリアスの言葉で、カイルさんの激しい攻撃の手が、わずかに止まる。
 ふと目を向けると、弾き飛ばされたイーグスは、もうすでに気を失っているように見えた。思わず目が離せずにいると、ざりっと、カイルさんが地面を踏みしめながら近づいてきた。彼は、団服のジャケットを脱ぐと、私の頭からふわりと掛けた。

「見なくていい」

 声色は冷たいが優しさが滲む一言。服に残る暖かさが、冷え切っていた私の胸にじんわりと染みる。

 イリアス副団長が、迅速に屋敷を制圧していく。

「団長。ディオンが王城に待機しているので、ユイさんを連れて先に王城へお戻りください。ここでの後処理は、私と団員でやりますから」

 カイルさんが頷いた、その時。ゼルフィが、安堵と心配に顔を歪ませながら、駆け寄ってきた。

「ユイ、大丈夫か!? あっ、ユイは俺が連れていきますので」

 ゼルフィはそう言って私に手を差し伸べようとしたが、彼の言葉をカイルさんが一瞬で遮った。

「いや、いい」

 カイルさんは、地面に座り込んだまま動けない私の背中に、自分の冷たい手を差し入れた。

「俺が連れて行く」 

 そう言うと、彼は私を軽々と抱き上げた。突然の浮遊感と、彼の逞しい腕に包まれた状況に、呼吸が乱れた。

「えっ! あ、あの……」
「ん?」

 焦って声を出すと、カイルさんは先程まで浮かべていた表情とは全然違う、穏やかな表情を私に向けた。その温度差に、さらに動揺する。

「あ、あのっ、わ、私、服が汚れてるし、それに重いと思うので……」

 カイルさんは黙って私の言葉を受け止め、優しく問いかけた。

「歩けるのか?」

 その静かな一言に、現実を思い知る。

「あ……歩けないです」
「行くぞ」

 一言だけそう言うと、彼は私をしっかりと抱きとめ直し、光を練り上げ呪文を唱える。一瞬、夜の庭園に魔力の光が溢れ、カイルさんは、そのまま私を抱えた状態で転移魔法を発動した。
 
 庭園の景色が、一瞬でねじ曲がり、消滅した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜

紗幸
恋愛
「醜い怪物」こそ、私の理想の旦那さま! 聖女ミリアは、魔王を倒す力を持つ「勇者」を召喚する大役を担う。だけど、ミリアの願いはただ一つ。日本基準の超絶イケメンを召喚し、魔王討伐の旅を通して結婚することだった。召喚されたゼインは、この国の美醜の基準では「醜悪な怪物」扱い。しかしミリアの目には、彼は完璧な最強イケメンに映っていた。ミリアは魔王討伐の旅を「イケメン旦那さまゲットのためのアピールタイム」と称し、ゼインの心を掴もうと画策する。しかし、ゼインは冷酷な仮面を崩さないまま、旅が終わる。 イケメン勇者と美少女聖女が織りなす、勘違いと愛が暴走する異世界ラブコメディ。果たして、二人の「愛の旅」は、最高の結末を迎えるのか? ※短編用に書いたのですが、少し長くなったので連載にしています ※この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

処理中です...