私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

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37 ポーション

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 侯爵邸にお世話になり始めて一週間が過ぎた。

 早朝の庭園で、カイルさんは約束通り魔法練習に付き合ってくれる。この国に来て最初の頃、彼が魔法の基礎を徹底的に教えてくれた理由が、今ならはっきりとわかる。土台がしっかりしているおかげで、習得速度が格段に上がったのだ。
 まだ数日しか経っていないが、的確な指導のおかげで、特に風魔法の威力の調整や精密な操作が、以前と比べて格段に上達したと思う。

 日中は、調薬室を借りてポーションを作る。調薬室は、もともと王宮治癒師をしていたカイルさんのお母様が使っていた場所だそうで、珍しい薬草が種類ごとに丁寧に分類された棚にずらりと並び、様々な形状のガラス器具や不思議な模様の描かれた蒸留器など、様々な調薬器具が豊富に揃えられていた。

 木の温もりが感じられる調薬室には、可愛らしい小鳥と小花が彫られたサイドテーブルも置かれていて、そこで休憩がてらお茶を飲み、カイルさんがお勧めしてくれた魔道書を読み込むのが日常となっていた。


 ただ最近、ひとつ困っていることがある。ポーションがうまく作れないのだ。何度試しても、以前とは違うものになってしまう。
 最初は失敗したのかと思っていた。手順は何も変えていないのに、何度作り直しても違うものができてしまう。以前作っていた通常ポーションは薄い緑色だった。上級ポーションは柔らかな黄色だ。だけど、今はなぜか通常のポーションを作ろうとしても、紫がかった薄いピンク色になってしまう。

 試しに飲んでみたけれど、身体に問題はなさそうだった。薬草学に関する書籍も読み込んでみたけれど、「特級に近くなるほど金色になる」と書いてあるばかりで、このピンク色のポーションについては何も触れていない。

(じゃあ、これは一体何なんだろう?)

 王城に納品する前に、カイルさんに相談してみなければと思っていると、調薬室の扉がノックされた。侍女頭のメリアさんが、カイルさんが帰ってきたことを教えに来てくれた。

 ここ最近、夕食はカイルさんが帰ってきたら食堂で一緒に食べるのが定番になっている。調薬室の片付けをして食堂に向かおうとしていると、メリアさんに声をかけられた。

「カイル様がこうやって毎日、邸に帰っていらっしゃるのが、わたくしたちも本当に嬉しいのです。以前は、お仕事続きで、王城に泊まることが多かったものですから」

 メリアさんは感慨深げに微笑んだ。そして、私の方に視線を移し、少し含みを持たせた眼差しで言った。

「今は、ユイ様がいらっしゃいますからね」
(うっ……!)

 その微笑ましい眼差しに、顔から火が出るような羞恥を覚えた。まるで、カイルさんの関係が特別視されているかのように言われ全身が熱くなる。

「あ、あの、私たちはそんな深い関係では無くてですね……」

 慌てて否定しようと口ごもると、メリアさんはさらに微笑ましそうに、何も気になさる必要はありませんと言ながら優しく頷いた。その誤解を深めるような視線に、かえって羞恥が増した。

 上の空のまま急いで調薬室の道具を片付けて食堂に向かうと、カイルさんはもう先に席についていた。

「お帰りなさい、カイルさん。お待たせしてすみません」
 そう声をかけると、カイルさんはにこやかに「ただいま」と答えた。

「ユイ、今日は何も変わりはなかったか」
 最近、いつも表情が優しい。だけど、今日のカイルさんの顔には微かな疲労の色が見て取れる。

「はい、いつも通りポーションを作ったり、本を読んで過ごしていました。カイルさんはお仕事お忙しいんですか?」
「ああ。王城の仕事が山積していてな。雑事にも追われて一向に暇がないな。それに、例のラザード公国との件も、予想以上に骨が折れる……」

 話を聞いていると、思った以上に忙しいようだ。その疲れた顔を見て、ふと、癒せないものかと考える。あとから疲労回復のポーションを作って渡そうかな、と思ったが思い出した。

(あっ、そうだ……ポーションがうまく作れないんだった)

 この原因不明のポーションを、カイルさんに飲ませるわけにはいかない。

「あの、カイルさん。実は、ポーションのことで相談があるのですが……」
 私はポーション変化が起こっていることを話した。
「……それで、今、私が作ると、紫がかったピンク色になってしまうんです」

 カイルさんは興味深そうに見せてほしいと言い、夕食後、一緒に調薬室へと向かった。


 調薬室の机と棚には、薄ピンクのポーションがずらりと並んでいる。

「この色は、聞いたことがないな。これはいつからだ?」

 カイルさんがポーションを手に取り、真剣な表情で聞いてくる。

「ここに来てからです。色々と本も読みましたけど、この色に関する記載がなくて。ためしに飲んでみましけど、問題はなさそうなんですよね……。一体、何が原因なんでしょうか?」
「何か、ここの器具や薬草に問題があるのだろうか……」

 彼は考え込むような顔で、一つのポーションの蓋を開けた。そして、私の制止を振り切るように、一口飲んでしまった。

「カイルさん! 大丈夫ですか!?」

 焦って尋ねると、カイルさんは驚いたように目を見開いた後、破顔した。

「これはすごいな。疲れが、一気に取れた」
「えっ……?」

 呆然としていると、彼は再びポーションを凝視する。彼にも原因が分からないようだ。

「上級ポーションに変化が出たのでしょうか?」
 困惑して呟くと、カイルさんは腕を組み深く考え込んだ。

「通常、薬草や器具でこれほどの変化が出るとは聞いたことがないが、ユイの魔力が高まったことによる変化だろうか」
「変化、ですか……」

(私自身の変化。体調はいつも通りだけど、最近、変わったことと言えば……え、まさか……!?)

 カイルさんの言葉に、首を傾げて悩んだ。だが、自身の胸に去来するある思いが結びついたとき、ふと一つの可能性に思い当たる。

「ちょっと、今、作ってみても良いですか?」

 カイルさんの目の前で、いつもどおりの手順でポーションを作り始める。小さな魔道鍋に水魔法で出した水を溜め、そこに薬草を丁寧に合わせて魔力を流し込んでいく。澄んだ水が淡い黄色を帯びていく。薬草は魔力の熱を吸い込むと、細胞の形を保てなくなった。 まるで霧散するかのように微細な粒子に分解され、鍋の中の液体は琥珀のような色合いになりとろみを帯びはじめた。そして、私はあることを強く意識した。

 力を通された瞬間、まるで生命を得たかのように液体が激しく発光した。黄色だった液体は、その色を瞬時に手放し、これまで見たこともない煌めくような鮮烈なピンク色へと劇的に変化したのだ。

(やっぱりぃぃぃぃぃ!!)

 目の前でその現象を見たカイルさんは、驚きで言葉を失っている。

「……………なぜ、こうなった?」
「……分かりません」

 私はとっさにそう答えた。
(いや、本当は分かってしまった)

 ポーションの色が変化したのは、カイルさんのことを『好きだ』とはっきりと自覚してからだ。そして、今は隣にカイルさんがいることもあり、彼のことを特に強く意識したことで、この鮮やかなピンク色になった。

(気付いちゃったけど、い、言えない。)

 この原因を、カイルさんに言うことはできなかった。彼はポーションの入った瓶を手に取る。

「ひとまず、これは俺が王城に納品も兼ねて持っていこう。王城の鑑定士に鑑定してもらう。ユイの魔力に何か変化があったのかもしれない」

 その言葉に、不安と期待がない混ぜになった気持ちで頷いた。



「ユイに話そうと思っていたことがある。先ほど、ラザード公国から使者が来るとの知らせが来た」

 ポーションの瓶を握りしめていたカイルさんは、急に真剣な面持ちになる。
 その緊張感に、私はごくりと唾を飲み込んだ。ラザード公国といえば、偽聖女が使用していた薬の出元の国だ。

「あの、それは偽聖女が使っていた薬の件が関係しているのですか?」
「ラザード公国へ対して内偵を入れる段階にはまだ至っていない。しかし、我が国が、ラザード公国の薬について調べていることは、向こうにも察知されているだろう。使者が来るタイミングを考えると、その件が関係している可能性は高い。今回の使者は、公王ザルバド殿下の一人娘にあたる公女ヴィオラ殿下が外交官として来ることになった」
「公女殿下が……」
「そうだ。ちなみに、表向きの来訪理由は、我が国の魔道士団から魔法の指導を受けたいというものだ」
「魔法の指導を、わざわざ公女殿下が受けに来るのですか?」

 カイルさんは頷き、言葉を選びながら説明を続けた。

「ああ。ラザード公国は、国内の魔法の使い手は少ないが、薬学に特化した独自の発展を遂げていることで知られている。魔法に興味を持つのは自然な流れではあるが、それがこの時期に来る真の理由なのかはまだ掴めていない」

 彼は顎に手を当て思案しているようだった。

「いずれにせよ、公女殿下が来ることで、王城はしばらく騒がしくなるだろう」
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