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第二章
【居場所ならここに 01】
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「若子さん、お腹空いてますか? おやつにどうぞとブドウを頂いたのですが……」
「えっ、ブドウですか?」
安静にと言われても特にやることも無く、ベッドの上でゴロゴロしていた若子は喜んで起き上がった。
恋唯は若子と違って早速診療所の手伝いをしていたそうで、ブドウは診察に来た患者さんからの頂き物だそうだ。
「そう言えば、ここってブドウの街なんでしたっけ? ハンスさんが言ってましたよね」
「大きなブドウ畑があって、このヒメカの街の人たちはそこで働くことが多いそうですね。これを下さった方もそこで雇われているそうです。あと、ブドウはこのまま食べるよりも、ワインにするほうが主流だそうですよ」
「ワインですか! へぇ~っ」
テーブルの上にブドウの皿を置いて、二人で摘まみ始める。
「ここでは皮も種も食べるそうですよ」
「えっ!? 種もですか?」
「私は申し訳ないのですが、種は出そうかと……」
「あ、あたしもそうします……ん、甘くておいし! ……種、多っ!?」
「んふふっ」
咄嗟に口元を手で覆った若子の反応が面白くて、恋唯は思わず笑ってしまう。
頂いたブドウは皮が厚めで、種も多いが甘くて美味しい。
パンといいブドウといい、元いた世界、元いた国とは食べるものも異なるのだなと、二人は改めて実感した。
「なんか……嬉しいです」
「何がでしょう?」
ブドウを摘まみながら若子が言う。恋唯が顔を上げると、若子は泣きそうになっていた。
「もう当たり前に、恋唯さんとおやつ食べたりしてるから」
「……そうですね。私も一人暮らしが長かったので、誰かと食事をするのは不思議な感覚です。同じ職場の方と缶コーヒーを飲んだりはよくしていたのですが」
「大人って感じ!」
「缶コーヒーくらいで?」
若子が指先で涙を拭うのを、恋唯は気付いていないふりをした。
彼女が苦しんだ地下での生活を、わざわざ口にさせたくはなかったのだ。
「ここ、お風呂に入る習慣がないんですね?」
「湿度が高くないからですかね。水が貴重というわけではなさそうですし。リリーさんやカミルさんも水浴びはするそうですが、お湯を溜めて入ったりはしないそうです。治療目的で温泉に入ることはあるそうですよ」
「温泉かあ、いいなあ~」
「それから、アルバン先生から化粧水を頂きました。奥様が手作りしていらっしゃるものだそうで、後で若子さんの分もお渡ししますね」
「うわー、助かります!」
「こちらのスキンケア用品や化粧品がどういうものがあるのか、一度ちゃんと調べたいですね」
見聞きした情報を交換しながら、次々にブドウを食べる。
恋唯が小皿を用意してくれたので、種はそこに出すことになった。
「そう言えば、お風呂以外には世界地図もないそうですよ」
「世界地図?」
「ええ。アルバン先生にこの辺りの地図を見せてもらったのですが、この地域や地方といった一部分のみの地図なら庶民でも手に入るそうなのですが、世界全体の地図は王室や教会の偉い方のみが閲覧出来るそうです」
「へえ~。何でですかねえ……なんかあたしばっかりブドウ食べてません?」
「私も頂いてますよ? ほら、地図って情報の塊ですし、国外に流出されると危険みたいな考え方なのかもしれませんね」
「ほうですか……種さえなければなあ~……」
「ちょっと多いですね」
もごもごと口を動かしながら、二人は目を合わせて笑った。
「実は、勉強をカミルさんに教わろうと思っているんです」
「えっ、勉強ですか……?」
ブドウを食べ終わって布巾で手を拭いていると、恋唯が思ってもみなかったことを言い始めた。
「この絵本、リリーさんから借りてきたのですが、若子さんは読めますか?」
恋唯が膝の上に置いていた絵本を持ち上げた。妙にリアルなタッチの動物が表紙になっている。
タイトルの文字がすでに見たことのない言語だったが、恋唯が若子に見えるように本のページをめくってくれたので、一応何ページかは眺めてみる。
「読めないです!」
「私もです」
言い切った若子に、恋唯も頷いた。
「不思議なことに、私たちはこの世界の人たちと会話は出来ますが、文字の読み書きは出来ない。これでは働き口がだいぶ狭まってしまいます」
「えっ!? 働くんですか!?」
「はい。いつまでもこちらでお世話になっているわけにはいきませんから」
まだこの診療所に来て二日目だというのに、恋唯はすでに出て行くことを考えているらしい。
若子が青ざめたのを見て、恋唯が落ち着けるように付け加える。
「えっ、ブドウですか?」
安静にと言われても特にやることも無く、ベッドの上でゴロゴロしていた若子は喜んで起き上がった。
恋唯は若子と違って早速診療所の手伝いをしていたそうで、ブドウは診察に来た患者さんからの頂き物だそうだ。
「そう言えば、ここってブドウの街なんでしたっけ? ハンスさんが言ってましたよね」
「大きなブドウ畑があって、このヒメカの街の人たちはそこで働くことが多いそうですね。これを下さった方もそこで雇われているそうです。あと、ブドウはこのまま食べるよりも、ワインにするほうが主流だそうですよ」
「ワインですか! へぇ~っ」
テーブルの上にブドウの皿を置いて、二人で摘まみ始める。
「ここでは皮も種も食べるそうですよ」
「えっ!? 種もですか?」
「私は申し訳ないのですが、種は出そうかと……」
「あ、あたしもそうします……ん、甘くておいし! ……種、多っ!?」
「んふふっ」
咄嗟に口元を手で覆った若子の反応が面白くて、恋唯は思わず笑ってしまう。
頂いたブドウは皮が厚めで、種も多いが甘くて美味しい。
パンといいブドウといい、元いた世界、元いた国とは食べるものも異なるのだなと、二人は改めて実感した。
「なんか……嬉しいです」
「何がでしょう?」
ブドウを摘まみながら若子が言う。恋唯が顔を上げると、若子は泣きそうになっていた。
「もう当たり前に、恋唯さんとおやつ食べたりしてるから」
「……そうですね。私も一人暮らしが長かったので、誰かと食事をするのは不思議な感覚です。同じ職場の方と缶コーヒーを飲んだりはよくしていたのですが」
「大人って感じ!」
「缶コーヒーくらいで?」
若子が指先で涙を拭うのを、恋唯は気付いていないふりをした。
彼女が苦しんだ地下での生活を、わざわざ口にさせたくはなかったのだ。
「ここ、お風呂に入る習慣がないんですね?」
「湿度が高くないからですかね。水が貴重というわけではなさそうですし。リリーさんやカミルさんも水浴びはするそうですが、お湯を溜めて入ったりはしないそうです。治療目的で温泉に入ることはあるそうですよ」
「温泉かあ、いいなあ~」
「それから、アルバン先生から化粧水を頂きました。奥様が手作りしていらっしゃるものだそうで、後で若子さんの分もお渡ししますね」
「うわー、助かります!」
「こちらのスキンケア用品や化粧品がどういうものがあるのか、一度ちゃんと調べたいですね」
見聞きした情報を交換しながら、次々にブドウを食べる。
恋唯が小皿を用意してくれたので、種はそこに出すことになった。
「そう言えば、お風呂以外には世界地図もないそうですよ」
「世界地図?」
「ええ。アルバン先生にこの辺りの地図を見せてもらったのですが、この地域や地方といった一部分のみの地図なら庶民でも手に入るそうなのですが、世界全体の地図は王室や教会の偉い方のみが閲覧出来るそうです」
「へえ~。何でですかねえ……なんかあたしばっかりブドウ食べてません?」
「私も頂いてますよ? ほら、地図って情報の塊ですし、国外に流出されると危険みたいな考え方なのかもしれませんね」
「ほうですか……種さえなければなあ~……」
「ちょっと多いですね」
もごもごと口を動かしながら、二人は目を合わせて笑った。
「実は、勉強をカミルさんに教わろうと思っているんです」
「えっ、勉強ですか……?」
ブドウを食べ終わって布巾で手を拭いていると、恋唯が思ってもみなかったことを言い始めた。
「この絵本、リリーさんから借りてきたのですが、若子さんは読めますか?」
恋唯が膝の上に置いていた絵本を持ち上げた。妙にリアルなタッチの動物が表紙になっている。
タイトルの文字がすでに見たことのない言語だったが、恋唯が若子に見えるように本のページをめくってくれたので、一応何ページかは眺めてみる。
「読めないです!」
「私もです」
言い切った若子に、恋唯も頷いた。
「不思議なことに、私たちはこの世界の人たちと会話は出来ますが、文字の読み書きは出来ない。これでは働き口がだいぶ狭まってしまいます」
「えっ!? 働くんですか!?」
「はい。いつまでもこちらでお世話になっているわけにはいきませんから」
まだこの診療所に来て二日目だというのに、恋唯はすでに出て行くことを考えているらしい。
若子が青ざめたのを見て、恋唯が落ち着けるように付け加える。
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