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第一章 もう一つの世界
20. 覚醒
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バキバキだの、ヒィィィだの、部屋の中から不穏な音が聴こえる。自分も二人の力になりたいと思うのに山口の言葉でこの場所に縫い付けられた樹は、ドアの前でただ臨戦態勢をとっていた。
ガチャンという音と共にドアが開き安藤が飛び出してくる。続いてぐったりとした青砥が霧島の手によって押し出された。
「樹、アオ頼む」
「アオさん!! 大丈夫ですか? どこか痛いところは!?」
青砥を抱きかかえて部屋の前の廊下に座らせると、樹は青砥の顔や肩をぺちぺちと触った。頬に擦り傷のような物が出来ているが他に目立った外傷はない。意識がもうろうとしている青砥に必死に呼びかける。
「今、救急車を呼びますから! 大丈夫」
青砥を抱きしめる指に力がこもる。どうしよう、このまま……嫌な考えが脳裏を掠めた時、青砥が口を開いた。
「ねむい……」
その瞬間、青砥を置いて樹がすくっと立ち上がったことは想像に難くない。
「つめて……ぇ、あー、たつき、部屋入って、茜さんたちの援護しろ」
「援護っていったどうすれば」
「うで、ふりあげたとき、あー、おもいっきり……吹けばいい。あとはふたりが……や」
昔のB級映画の様に青砥がこと切れると、樹は安藤に向き直った。
「すみません、俺も行くんで何かあったら大きな声を出してください」
青砥に寄り添ってコクコクと頷く安藤を置いて、樹は室内に入った。
まず驚いたのは破壊された部屋の惨状ではなく、山口と霧島の行動だ。山口が流しに掌を向けてぴゅーっと液体を出している。そんな山口を守るように霧島が相手に向かってキッチン道具たちを投げつけていた。
「手から出したって埒が明かないでしょーがっ。吐けっ、吐けっ、吐いてすっきりしちまいなっ!!」
「えぇ~嫌よぅ。口から吐くって苦しいし汚いじゃない~」
「えぇ~じゃないっ! 状況を読めっ、この酔っ払いがっ」
山口が酔っ払い? お酒飲んでないんじゃなかったっけ?
樹の脳内にクエスチョンが沢山浮かんだが、今はそれどころではない。樹は二人の元へ移動すると犯人に向かって大きく息を吐いた。沢山吸ってお腹の筋肉を使ってハッと吹いたのは相手を吹き飛ばすイメージだったのだが、流石にそこまで思うようにはいかない。男は後方へ大きくよろけたが直ぐに体勢を立て直した。
犯人と向き合って、樹はようやく相手をしっかりと見ることが出来た。男は顔をマスクで覆い、身長は樹より少し低いくらい。腕の筋肉が異様に発達しており、上半身の半分くらいはあるのではないかという太さだ。時折口元を動かして、何やら呟いている。
「やるじゃん、じゃあ、その調子で続けて」
「え?」
「口をすぼめて細くしてアイツの胸に向かって息を吐けば、風にあおられてこっちに近づくのも大変なはずよ。あの筋肉じゃ、上半身が重すぎるわ」
霧島の言う通りに細く息を吐き出せば、上半身が重い男の体ではバランスをとるのが難しくて前に進めない。だが人の息などそんなに長く続くものではない。樹だって5秒が限度だ。吐いて直ぐ息を吸ってまた吐いたところで、樹が息を吸っている時間に相手が歩みを進めれば当たり前にここに来るのだ。
何か方法は無いか、と考えている背後で「いい加減、口から吐け―っ」という霧島の叫び声と「げぇえええ」と何かを吐くような音が聴こえた。
形勢は圧倒的に不利だ。目前に迫り来る男の動きがスローモーションのようにゆっくりと見える。「霧島さん!山口さん!」二人の名前を呼びたいが息を吐くことをやめるわけにはいかない。樹は相手を見据えたまま、迫りくる恐怖に耐えながら背後にいるであろう二人を引っ張った。息が切れる。男が腕を振り上げる。
間に合わない。
樹が咄嗟に男の手にしがみ付いた瞬間、男の体が樹ごとガクっと下がった。男が腕を振り回し、樹の体が腕を離れて壁にぶつかるかと思われた時、ガシッと樹の体を掴んだ腕があった。
「ナイスファイト」
樹が首を捩じって見上げるとそこには、うねった髪の毛を撫でつけた妙に男らしい山口の顔があった。
「待たせたね、もう大丈夫だから。茜ちゃんと部屋の隅にでもいて」
喋り方まで違う……。
緊張と弛緩とで口をぽかんと開けた樹を霧島が小突いた。
「邪魔しない様に向こうに行くよ」
「あれって……山口さんですよね?」
いつもの山口がくねくねとしたおネエのような口調なのに対し、今の山口はむしろ男臭い。山口は男を見ると「あーぁ」と声にした。
「ちょっとは格闘技をかじったようだけど、全然ダメだね。隙だらけ」
「くそっ、くそっ、僕と桜ちゃんは一緒になる運命なんだっ。あんな男には渡さない」
「へぇ、そうなんだ。彼女は嫌そうだったけど」
「うるさいっ、うるさいっ」
縦横無尽に両腕を激しく動かす男はまるで大きな駄々っ子だ。いくら山口でも高速に動く腕を受け止めるのは無理だろう。部屋の現状を見れば、樹が乗り込む前も男の攻撃を避けるのが精いっぱいだったことが伺えた。
「茜さん、俺たちも加勢に」
「大丈夫よ。お酒が抜ければ、山さんの体術は桁違いなんだから」
「お酒が抜ければ?」
「まぁ、見てて」
山口は突進してくる男にキッチンに置いてあるテーブルを蹴ってぶつけ、男が止まった瞬間に滑るようにテーブルの下に潜り込んだ。男の腕がテーブルに振り落とされる。直前、男が言葉にならないようなくぐもった声を上げた。男の体が崩れるのとテーブルが真二つに破壊されたのは、ほぼ同時だった。
「山口さんっ!!」
「ノープロブレム」
瓦礫となったテーブルを押しのけて立ち上がった山口の隣で、筋肉の男が気を失っていた。
ガチャンという音と共にドアが開き安藤が飛び出してくる。続いてぐったりとした青砥が霧島の手によって押し出された。
「樹、アオ頼む」
「アオさん!! 大丈夫ですか? どこか痛いところは!?」
青砥を抱きかかえて部屋の前の廊下に座らせると、樹は青砥の顔や肩をぺちぺちと触った。頬に擦り傷のような物が出来ているが他に目立った外傷はない。意識がもうろうとしている青砥に必死に呼びかける。
「今、救急車を呼びますから! 大丈夫」
青砥を抱きしめる指に力がこもる。どうしよう、このまま……嫌な考えが脳裏を掠めた時、青砥が口を開いた。
「ねむい……」
その瞬間、青砥を置いて樹がすくっと立ち上がったことは想像に難くない。
「つめて……ぇ、あー、たつき、部屋入って、茜さんたちの援護しろ」
「援護っていったどうすれば」
「うで、ふりあげたとき、あー、おもいっきり……吹けばいい。あとはふたりが……や」
昔のB級映画の様に青砥がこと切れると、樹は安藤に向き直った。
「すみません、俺も行くんで何かあったら大きな声を出してください」
青砥に寄り添ってコクコクと頷く安藤を置いて、樹は室内に入った。
まず驚いたのは破壊された部屋の惨状ではなく、山口と霧島の行動だ。山口が流しに掌を向けてぴゅーっと液体を出している。そんな山口を守るように霧島が相手に向かってキッチン道具たちを投げつけていた。
「手から出したって埒が明かないでしょーがっ。吐けっ、吐けっ、吐いてすっきりしちまいなっ!!」
「えぇ~嫌よぅ。口から吐くって苦しいし汚いじゃない~」
「えぇ~じゃないっ! 状況を読めっ、この酔っ払いがっ」
山口が酔っ払い? お酒飲んでないんじゃなかったっけ?
樹の脳内にクエスチョンが沢山浮かんだが、今はそれどころではない。樹は二人の元へ移動すると犯人に向かって大きく息を吐いた。沢山吸ってお腹の筋肉を使ってハッと吹いたのは相手を吹き飛ばすイメージだったのだが、流石にそこまで思うようにはいかない。男は後方へ大きくよろけたが直ぐに体勢を立て直した。
犯人と向き合って、樹はようやく相手をしっかりと見ることが出来た。男は顔をマスクで覆い、身長は樹より少し低いくらい。腕の筋肉が異様に発達しており、上半身の半分くらいはあるのではないかという太さだ。時折口元を動かして、何やら呟いている。
「やるじゃん、じゃあ、その調子で続けて」
「え?」
「口をすぼめて細くしてアイツの胸に向かって息を吐けば、風にあおられてこっちに近づくのも大変なはずよ。あの筋肉じゃ、上半身が重すぎるわ」
霧島の言う通りに細く息を吐き出せば、上半身が重い男の体ではバランスをとるのが難しくて前に進めない。だが人の息などそんなに長く続くものではない。樹だって5秒が限度だ。吐いて直ぐ息を吸ってまた吐いたところで、樹が息を吸っている時間に相手が歩みを進めれば当たり前にここに来るのだ。
何か方法は無いか、と考えている背後で「いい加減、口から吐け―っ」という霧島の叫び声と「げぇえええ」と何かを吐くような音が聴こえた。
形勢は圧倒的に不利だ。目前に迫り来る男の動きがスローモーションのようにゆっくりと見える。「霧島さん!山口さん!」二人の名前を呼びたいが息を吐くことをやめるわけにはいかない。樹は相手を見据えたまま、迫りくる恐怖に耐えながら背後にいるであろう二人を引っ張った。息が切れる。男が腕を振り上げる。
間に合わない。
樹が咄嗟に男の手にしがみ付いた瞬間、男の体が樹ごとガクっと下がった。男が腕を振り回し、樹の体が腕を離れて壁にぶつかるかと思われた時、ガシッと樹の体を掴んだ腕があった。
「ナイスファイト」
樹が首を捩じって見上げるとそこには、うねった髪の毛を撫でつけた妙に男らしい山口の顔があった。
「待たせたね、もう大丈夫だから。茜ちゃんと部屋の隅にでもいて」
喋り方まで違う……。
緊張と弛緩とで口をぽかんと開けた樹を霧島が小突いた。
「邪魔しない様に向こうに行くよ」
「あれって……山口さんですよね?」
いつもの山口がくねくねとしたおネエのような口調なのに対し、今の山口はむしろ男臭い。山口は男を見ると「あーぁ」と声にした。
「ちょっとは格闘技をかじったようだけど、全然ダメだね。隙だらけ」
「くそっ、くそっ、僕と桜ちゃんは一緒になる運命なんだっ。あんな男には渡さない」
「へぇ、そうなんだ。彼女は嫌そうだったけど」
「うるさいっ、うるさいっ」
縦横無尽に両腕を激しく動かす男はまるで大きな駄々っ子だ。いくら山口でも高速に動く腕を受け止めるのは無理だろう。部屋の現状を見れば、樹が乗り込む前も男の攻撃を避けるのが精いっぱいだったことが伺えた。
「茜さん、俺たちも加勢に」
「大丈夫よ。お酒が抜ければ、山さんの体術は桁違いなんだから」
「お酒が抜ければ?」
「まぁ、見てて」
山口は突進してくる男にキッチンに置いてあるテーブルを蹴ってぶつけ、男が止まった瞬間に滑るようにテーブルの下に潜り込んだ。男の腕がテーブルに振り落とされる。直前、男が言葉にならないようなくぐもった声を上げた。男の体が崩れるのとテーブルが真二つに破壊されたのは、ほぼ同時だった。
「山口さんっ!!」
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