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第一章 異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

第五話

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 コンコンと控えめなノックが聞こえ、天井から扉へと目を向ける。こちらの応答も無しに扉を開けてズカズカと部屋の中に入ってきたのは騎士団員の二人組だった。

 生真面目そうな雰囲気の男と陽気な笑みを浮かべた男。前者の男はじっと海を見つめてから鼻で笑い、後者の男は隣に立つ男の行動に苦笑いを浮かべていた。

「お前が聖女のおまけか」

「おまけ……と言えばそうですね」

 曖昧な返事を返すと、生真面目男は眉を上げて怒りをあらわにする。そんなに気にかかる言い方をしただろうか?

 怪訝そうに彼を見ると、舌打ちをされてそっぽ向かれてしまった。

 この人、態度に出すぎだろう。どんだけ嫌なんだよ。

「ごめんねぇ?アレクサンダーはちょっとシャイなんだ」

 陽気男は変わらず笑顔で接してきた。椅子に座っていた海の元へと近寄ると、床に片膝ついた。

「俺はクインシー・オルコット。この国の騎士団の副団長だよ。そんで、後ろにいるあの仏頂面の男は、アレクサンダー・ランドルフ。あれでも騎士団の団長なんだ。あれでもね」

 にこやかな笑みにどことなくトゲが混じる言葉。こんな爽やかに嫌味を言う人も珍しいような気がする。

 しかも嫌味をぶつけている相手は自分の上司。日本でやったら上司に嫌われるどころか、目も合わせてくれなくなるだろう。

 ちらりとアレクサンダーの方を見たが、言われた本人は気にしていないのか窓の外を眺めていた。話は聞いているが、会話には入ってこないつもりなのだろう。

 こちらとしてはそうしてもらえるとありがたい。嫌いではないのだが、アレクサンダーのようなタイプは苦手だ。なんせ顔が怖い。団長という地位についているからそうなってしまったのか、それとも生まれつき顔がイカついのか。

 それとも聖女のおまけである海が嫌いなのか。  
 杉崎があの広間で言い放った言葉は彼らも聞いている。聖女を盲信しているであろう彼らからしたら、海は排除すべき人物だろう。

 そこでハッと気づいた。もしかしてこの場で処分されるのか?

 今後、聖女にとって害となると思われる海をこの場で殺そうというのだろうか。だから騎士団団長と副団長がわざわざこの場に現れたのか。国の防衛の為に。

 殺されるかもしれないという恐怖に海は椅子から飛び上がった。慌ててクインシーから離れようと後ずさるが、飛び上がった拍子に倒れてしまった椅子の足に海の足が引っかかって転び尻もちをついた。

「え? なに、どうしたの?」

 海の突然の行動に目を丸くするクインシー。無言を貫いていたアレクサンダーも海を冷めた目で見ていた。

「殺しに……きたのか」

「え!? なんで!?」

「俺が聖女の害になるから。早いうちに処理しておこうってことか」

「そんな事しないって! 俺らはただ話を聞きに来ただけなんだって。だからそんな怖がらないでよ」

 にじり寄ってくるクインシーにぞわりと鳥肌が立つ。口ではそう言っているが、本心はわからない。クィンシーが動く度に、彼の腰にある剣の鞘が床と擦れる。その音が部屋に響いたのを皮切りに、海は恐怖心が爆発してしまった。

 死にたくない。

 まだやりたいことがある。その一心で、海は来賓室の中を逃げ回った。椅子をクインシーに投げつけ、それ以上近づいて来れないようにと机をバリケード代わりにした。何度も部屋のノブを回したが、鍵が外れることもなく、無情にもガチャガチャと音が鳴るだけだった。

「アレクサンダー! 君も彼を落ち着かせてくれ!これじゃ話にならない!」

「お前が煽ったんだろう。自分でどうにかしろ」

「あーもう!」

 海が扉をこじ開けようとしている後ろで、クインシーとアレクサンダーが話をしていたが、そんなのに構っている暇はない。早くこの場を出なければ。殺される前に逃げなくては。

「アレクサンダー!!」

 再度、クインシーがアレクサンダーを呼ぶ。アレクサンダーは舌打ちをし、海の元へと歩き出した。そして海の真後ろへと立った時、海の手が止まった。今振り返ったらきっと剣を構えたアレクサンダーがいるだろう。振り返るのが怖い。振り返ったら最後、海の人生は終わりを告げる。

「じゃじゃ馬が。人の話を聞けと言ってるだろう。俺らはお前を殺しに来たわけじゃない。確かにお前の存在は聖女にとって害となるだろう。だが、聖女はお前を殺せとは言わなかった」

「……え?」

 そろりそろりと後ろを振り返る。そこには呆れた顔をしたアレクサンダーが立っている。この部屋に来た時にまとっていた怒気は今はもうない。 
 むしろ少し優しさが見えたような気がして困惑した。殺しに来たわけじゃないと言われてもすぐに信じられなかったが、アレクサンダーの腰にあった剣が鞘ごと無くなっているのに気づいた。アレクサンダーの剣は窓の方に立てかけてあった。 
 海を怖がらせないようにと置いてきたのだろう。

「話を聞く気になったか?」

「俺……は、」

「……クインシー、何か飲み物を持ってこい」

「りょーかい!」

 まだ戸惑いを隠せない海にアレクサンダーはため息を漏らす。そんな些細なことにさえ海は肩がビクついてしまった。

 飲み物を取りに行ってくるから待っていて、とクインシーは笑顔で部屋を出ていき、その場に海とアレクサンダーの二人が残される。出来れば二人とも出て行って欲しいとは口が裂けても言えなかった。

 クインシーが部屋から出て行くと、今度は沈黙が海を襲う。静まり返った部屋で、じっとアレクサンダーからの視線。そんな状況に耐えられるわけもなく、海は何かないかと周りを見渡した。

 改めて見てみると酷い。床に転がっている椅子は足が折れてしまっていて使い物にならないし、机を横倒しにしてしまったせいで先ほどまで読んでいた本が散らばっている。いつの間にか来賓室のカーテンまでも破いてしまっていたらしい。

「やっべ、これ後で怒られるんじゃ……」

「だろうな。だが、これだけ元気なのであればなんも問題はない」

「元気?」

 暴れまくったことについて咎められるかと思ったが、そんなことは無かった。むしろ動き回ったことについて良しと見られている。

 アレクサンダーが考えていることはさっぱり分からない。第一印象はヤクザのような感じだったのに、今ではランク下がってヤンキーのようだ。しかもちょっと優しめのヤンキー。

 その後、クインシーが来るまでの間に二人で部屋の中を片付けた。帰ってきたクィンシーに「二人で部屋片付けたの?偉いねぇ、良い子にはよしよししてあげようか!」と言いながら海の頭を撫でようとしてきた。全力でその手から逃げたが。


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