耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか

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第ニ話【ひんやりさっぱり梅ゼリー】こぼれる想いはジュレで固めて

[2]ー2

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(あのあと、やっぱり逃げられたんだった……)

顔を上げた怜と目が合った瞬間、弾かれたように立ち上がった美寧は、そのまま脱兎のごとく自分の部屋へと駆けていってしまった。

(逃げていく子猫みたいで可愛かったな)

ふわふわの長い髪を跳ねさせながら走っていく後ろ姿を思い出して、怜はくくっ、と笑いをかみ殺す。

自分から逃げていくその姿まで、そんなふうに愛しく想えてしまうのだから、救いようがない。

一か月前に偶然拾った子猫は、もうただの子猫ではない。
変わってしまったのだ。怜にとって狂おしいほど愛しい人へと。

(三十過ぎて、十も年下のあんなちっこいのに落ちるとはな……)

「我ながらどうしようもないな」と一人ごちた怜は、もう一度楽しげに肩を揺らした。

逃げて行った彼女はあれから部屋に籠りっきりで、いつもなら一緒に食べる朝食にも出て来ず、結局怜が家を出る時になってやっと姿を現した。

目を合わせはしなかったけれど、怒っているわけではないようだった。「いってらっしゃい」と声を掛けてくれたのが何よりの証拠だろう。

けれど怜は考える。
もしかしたら、美寧はもうここには帰ってこないかもしれない、と。

美寧の本当の家がここではないことは分かっている。本人に直接聞いたことはないけれど。
これまでの彼女の口調から、彼女が何らかの事情を抱えていることには気付いていた。

けれど彼女がどんな事情を抱えていようと、怜には関係ない。ただここにいる間だけでも、彼女が安らかに心穏やかに過ごしてくれたらいいと思う。そう思っていた、その時は。


怜は仕事からの帰り道の途中にあるラプワールに、敢えて顔を出さなかった。帰ってくるのも帰ってこないのも美寧の自由。
自分に出来るせめてものことは、彼女の好物を用意して待つことくらい。

(もし帰って来たらその時は……)

怜はしばらく瞳を閉じ、それから力を込めて瞼を持ち上げる。そこには何かを決意したような強い光が宿っていた。

***

さっきまで作っていたものを冷蔵庫に仕舞うと、今度は中からアジを取り出した。帰り道に商店街の魚屋で買ってきたものだ。

いつものように夕飯の献立を頭の中で組み立てながら商店街を歩いていた時に、店頭に並べられているものが目についた。旬のアジはよく脂がのっていて、青光りしていてとても綺麗だった。
怜も自分で捌くことは出来たが、「三枚おろしにもできますよ」という店主の言葉に、「それなら」と、いつもより多めに購入したのだった。

あらかじめ三枚おろしにしてもらっているから、怜の手間は少ない。食べやすいサイズにに身を切り分けると軽く塩を振り置いておく。その間に人参、ピーマン、玉ねぎを細切りにし、油でさっと揚げる。続いてアジの水気を切って片栗粉をまぶすと、それも揚げた。
軽く油を切ったそれらを、あらかじめ用意しておいた南蛮酢に漬けたら、今夜のメインであるアジの南蛮漬けの出来上がりだ。


次に副菜に取り掛かる。

(今日はミネの好きなアボカドにしよう。)

美寧は、食は細いが好き嫌いはほとんどない。どんな料理を出しても「美味しい」と笑顔になる為作り甲斐はあるが、一方で特別に好きな物を探るのに同居当初密かに苦労した。

(初めは“食事”という言葉を聞くだけで嫌そうだったな)

最初のころの美寧を思い出して、内心苦笑する。その苦笑は表情には乗らず、この場に誰かが居たら、無表情に坦々と料理をしているように映るだろう。

洗い物をしたり、食材を切ったりする怜の手は少しも止まることなく滑らかで、料理はあっという間に出来上がっていく。

(あとは…汁物か。今日は和食だから……)

美寧のアルバイトの日の夕飯は、和食が多い。
怜は和洋中、どれも偏らずに作ることが出来るのだが、美寧が昼の賄いで洋食を食べてくる確率が高いので、一日のバランスを考えると、夜は和食か中華などのメニューになることがほとんどだ。

食の細い美寧に出来るだけ栄養を採らせたい怜は、量よりも品数を増やして色々な食材を彼女が口にできるように気を配っている。
その努力の甲斐あってか、一緒に暮らし始めて一か月経った今、美寧はここに来た当初より幾分ふっくらとしたし、肌の色つやも良くなった。

怜が小鍋に水を入れ火に掛けた時、玄関の引き戸が音を立てた。
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