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謎の少女
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休み時間、ホームルームで聞けなかった質問をしようと、柊の周りの席の人が質問を投げかける。転校生に聞かれる定番として良くでてくる何処出身? 兄弟は?
そんな質問一つずつ答えていく。
「出身は山口県だよ」
出身は? と聞いた、左の窓際席の女子に返す。
「兄弟は、一応姉が一人」
前の席の男子に返す。
「可愛いの?」
「いや、憎たらしいよ」
苦笑しながら返すと、いきなり柊は胸倉を合馬に掴まれた。
「姉、だと!? なんでそっちがこないんだよ!」
そのままゆさゆさと揺らされ、頭がぐらぐらと揺れる。
――よ、酔う……。
そんな合馬を止めたのは、木屋瀬だった。
「いい加減に死ねよお前」
「え?」
その場に居合わせた人は声を揃えていっせいに木屋瀬を見る。
「すまん、噛んだ。いや、決して本心ではそんなこと思ってないぞ?」
感情を一切こめずに淡々と言い放つ。その棒読みが、本心からではなくわざと発言したと周知に理解させる。
「死ぬなら女の子に囲まれてがいいかな」
したり顔で決めたつもりでいる合馬に、誰も突っ込みを入れなかった。
「え、ちょっと、突っ込んでよ! あ、突っ込んでって変な意味じゃないからな?」
女子は自然と、柊に話をするため曲げていた体を正面に戻し、視界に合馬を入れないようにする。
「お前ってさ」
木屋瀬が溜息を吐いて首を振り。
「黙ってれば彼女できそうなのにな」
合馬を視界に入れていない女子は、揃って首を縦に振った。
「あ、ほんとそれ良く言われるけど、何でなんだろうね?」
眉間に皺を寄せて、うーんと唸って考えてみせる。普通は気づきそうなことなのに、それに気づかないからこそ今の合馬があるんだなと柊は思った。
結局合馬は唸っているだけで、チャイムが授業の始まりを教えた。
柊はまだ教科書が届いておらず、隣の合馬の教科書を見せて貰うことにしていた。授業を受けている合馬は至って普通、むしろ黙っているからこそ好青年にも思える。しっかりと授業を聞き、ノートには自分なりに工夫をした書き方に、色を分けて見やすく書き込んでいる。変態と馬鹿を除けば、合馬は間違いなくクラスの人気者になれていたであろう。
そんな彼を、柊は心底もったいないと、授業を聞きながら思った。
昼休みになっても、質問は止まることがなく、弁当を食べようとしたとき、女子からちょっと方言で受け答えしてくれない? と言われ、渋々といった具合に了承した。
「その弁当って親が作ったの?」
「自分のと姉貴の作っちょる、それがこっちにいるための条件っちゃ」
「へぇー、家庭的なんだね、私料理できないの」
「練習でそのうちできるい。……みたいなんでいい? なんか恥ずかしいから終わりね!」
「えぇー、ちょっと可愛いのにぃー」
――今日一日乗り越えれば関心もなくなるよな? それを期待して頑張るか。
話を打ち切り弁当のおかずを右手に持った箸で掴みながら、話題性が薄れるまで我慢すると決意して、左拳を握った。
昼休みに入り、気付けばいつの間にか柊は人だかりの中心にいた。
誰かが転校生がやってきたと言いふらしたのかもしれない。
他のクラスの人にも話題の定番なのか、何処から来たのかタイプはなんなのかと聞いてくる。
聞いてくる人全員がハキハキとしているのに、一人だけおどおどしている人がいた。
少し茶色い髪をしたその女子は、前髪を両サイドで留めている。日ごろから日光を浴びていないのか、白い肌をしていた。
「私も質問いいですか?」
と聞いてきた、その隣の人が質問をしてきた人に対してちょっかいを掛けている。
「いいよ? 何?」
――恥ずかしがり屋……なのかな?
「貴方は一体誰ですか? どうして……どうして……」
おどおどしているかと思えば、いきなり突拍子もないことを言ってきた。
誰か? と聞かれても、自分の名前を名乗って、今日転校してきたとしかいうことができない。
「どうして……どうして味がしないんですか!」
周囲は一斉に静まり返る。
「……え?」
その言葉を言った本人は、涙目になりそうになりながらこの場から逃げようとしていた。
振りかえって走りだそうとした腕を、隣にいた長い黒髪の女子が掴んでいる。けれど、それを振り払って人混みを掻き分けて教室から飛びだして行った。
――味って、一体なんのことだ?
柊は、しばらく静寂が訪れた教室で考えごとをしていた。ついさっきに飛びだした女子の発言について。
舐められたわけでもないのに、味がしない。舐めていなければ味がしない、というよりは分からない。これが正しい表現といえる。なのに、目の前に現れた女子は、どうして味がしないと言ったのだ。
――うーん、やっぱり分からないな。
どれだけ考えても答えは見つからなかった。上を向いて考えてみても、下を向いて目を瞑って唸ってみても、答えはでてこない。それが分かるのはその言葉を発言した本人だけだった。
「ねぇねぇ桔梗院、さっきの子と知り合いだったりするの? 可愛かったね! リスみたいで!」
柊の直ぐ近くにいた合馬が、柊の背中をバシバシと叩きながら笑う。
その後、胸の前で指を組み。
「きっとリスの妖精だ……」
上を向いて自分の世界へと入って行く。
けれど、直ぐに木屋瀬が頭を叩いてそれを阻止する。
「ったいな!」
「アホか。転校初日の奴が知り合いなわけないだろ」
「え? そこに叩いた意味ある?」
「ないな」
「あれ? 俺殴られ損?」
木屋瀬の言った通り、柊は先ほどの女子とは一切関わったことがなかった。引っ越してから学校関係で関わった人というと、校長、担任、白衣を着た教師、それとクラスメイトくらいだった。そのどれもまだまだ関わったばかりの薄い関係。
「なぁ、木屋瀬。木屋瀬はさっきの人知ってるのか?」
「司でいい」
眼鏡を人差し指で持ち上げて言う。
柊は木屋瀬の言った言葉の意味が分からず首を傾げると。
「俺の名前だ。それと、そこのアホは清一郎だ。清さの欠片もないけどな」
木屋瀬の発言に怒ったらしく合馬は、眉間に皺を寄せて木屋瀬を叩いた。
「俺はピュアだよ! 超絶ピュアだよ!」
「ピュアな奴は転校生が外人金髪巨乳美女しか認めないだなんて言わない」
「ぐぅ……」
「……話が逸れたな、馬鹿の所為で」
「え? 俺は馬鹿なの? アホじゃなかったっけ?」
「ああ、いいんだ、気にしてない」
合馬の問いかけに答えず、二人で軽くあしらった。
「さっきの子だけど、似たような人は見かけた気がするんだよな。でも、あんな子いたっけかなぁ……」
目を瞑り、木屋瀬は額に指を当てた。
「でかかっているような気がするんだけど……」
木屋瀬は複雑な表情をして、頭を掻く。
「もしかして、あいつか? でも、あんなんじゃなかったような……」
「司、分からないならいいよ」
頭を掻く速度が加速する木屋瀬を見かねた柊は、思考を走らせることを止めさせた。
「力になれなくてすまないな」
「気にするな」
「つーかーさー! 知ってるなら紹介してくれよ!」
合馬が木屋瀬の胸倉を掴んで揺する。柊にやったときと同じようにして。
「さっきの話聞いてたか? 分からないって言ってるだろ! それに、たとえ紹介したとしてもお前なら秒単位で断られるから止めておけ」
木屋瀬は腕を振り払うと、合馬は少し目に涙を浮かべながら。
「俺にも夢を見させてよ!」
「馬鹿は死んでも治らないから、来世にでもならなければ無理だな」
「そんなにっ!」
がっくりと首を落とした。
真っ白になっているようにさえも思える程に、合馬からは精気を感じらない。
「さっきの子、私知ってるよ?」
未だ柊の回りに集まっている中で、一人の女子が前へやってきた。
その言葉を聞いて真っ白だった合馬は色を取り戻し、女子の手を取り顔に顔を近付けた。
「誰? 誰!?」
相手の嫌がった表情を見た木屋瀬は、合馬を女子から引き剥がす。
「私と同じクラス、一年三組の周船寺唯さんだよ。何時も前髪で顔を隠してるから分からなかったんじゃないかな?」
「ああ、だからか」
木屋瀬はその言葉に納得をして、手を叩いた。
「周船寺?」
柊が木屋瀬と同じクラスと言い張る女子に聞いたはずが、合馬が答えた。
「知らないのか? 桔梗院。周船寺と言えば地味で根暗で冴えなくて――」
「全部同じだそれ!」
耐えかねた木屋瀬が突っ込みを入れる。
「む。ならとっておき情報を言ってやるよ」
「とっておき?」
柊は生唾を飲み込んで聞いた。
緊迫した空気が辺りを包む。
柊だけでなく、回りにいる人も合馬の次の言葉を待って静けさが訪れた。
「周船寺さんは、Bカップだ!」
何かの線の切れる音が複数聞こえた。
一本の線が切れ、それが連鎖するかのように次々と。
一人優越感に浸る合馬に、皆は口を揃えてこう言った。
「死ね!」
窓ガラスが振動するくらいその声は校内に響き渡った。
落ち着きを取り戻したのは、昼休みが終わってからだった。
他にも唯と同じクラスの子に話を聞きたかったけれど、柊を除き、その場にいた全員で合馬苛めが始まったお陰で聞くタイミングを逃してしまっていた。
その苛められた合馬はというと、柊の隣で微笑んでいた。
「なんでニヤニヤしてるんだ?」
授業中ということもあり、ヒソヒソと柊が聞くと。
「え、だって女子のパンツ見放題だったんだよ?」
合馬は殴られたとき、不自然な形で倒れていた。
痛みに耐えかねて倒れたわけではなく、女子生徒の下着を除くために故意に転がったのだと分かると、呆れて言葉もでなかった。
――反省って言葉知らないのかな、こいつ。
カサッと、机の上で紙の擦れる音が聞こえた。
柊が机の上を見ると、クシャクシャに丸められた紙が転がっていた。
中身を確認するために拡げて見ると。
『どうするんだ? 柊。放課後にでも周船寺を探すか?』
文の最後に司という文字が刻まれていた。
柊はその文の下に。
『隣のクラスって言ってたし、そうしてみるよ』
と書き加え、木屋瀬に投げ返した。
直ぐに返事が返って来るけれど、返球に失敗したみたいで机の上を転がり去り、地面に落ちる。
それを拾っていると。
「えーー……桔梗院、何している」
座席表を見つつ、歳のいった国語教師が柊を注意する。
「消しゴム拾ってました」
「気をつけなさい」
「はい、すみません」
黒板に向き直ってから、紙を拡げる。
『着いていこうか?』
『一人で大丈夫』
最後に柊が返してやり取りは終わった。
――周船寺唯……か。
柊は合馬の教科書を見て授業を進めるが、内容など一切頭には入っていなかった。ただ、隣のクラスの周船寺のことだけを考えて時間を過した。
そんな質問一つずつ答えていく。
「出身は山口県だよ」
出身は? と聞いた、左の窓際席の女子に返す。
「兄弟は、一応姉が一人」
前の席の男子に返す。
「可愛いの?」
「いや、憎たらしいよ」
苦笑しながら返すと、いきなり柊は胸倉を合馬に掴まれた。
「姉、だと!? なんでそっちがこないんだよ!」
そのままゆさゆさと揺らされ、頭がぐらぐらと揺れる。
――よ、酔う……。
そんな合馬を止めたのは、木屋瀬だった。
「いい加減に死ねよお前」
「え?」
その場に居合わせた人は声を揃えていっせいに木屋瀬を見る。
「すまん、噛んだ。いや、決して本心ではそんなこと思ってないぞ?」
感情を一切こめずに淡々と言い放つ。その棒読みが、本心からではなくわざと発言したと周知に理解させる。
「死ぬなら女の子に囲まれてがいいかな」
したり顔で決めたつもりでいる合馬に、誰も突っ込みを入れなかった。
「え、ちょっと、突っ込んでよ! あ、突っ込んでって変な意味じゃないからな?」
女子は自然と、柊に話をするため曲げていた体を正面に戻し、視界に合馬を入れないようにする。
「お前ってさ」
木屋瀬が溜息を吐いて首を振り。
「黙ってれば彼女できそうなのにな」
合馬を視界に入れていない女子は、揃って首を縦に振った。
「あ、ほんとそれ良く言われるけど、何でなんだろうね?」
眉間に皺を寄せて、うーんと唸って考えてみせる。普通は気づきそうなことなのに、それに気づかないからこそ今の合馬があるんだなと柊は思った。
結局合馬は唸っているだけで、チャイムが授業の始まりを教えた。
柊はまだ教科書が届いておらず、隣の合馬の教科書を見せて貰うことにしていた。授業を受けている合馬は至って普通、むしろ黙っているからこそ好青年にも思える。しっかりと授業を聞き、ノートには自分なりに工夫をした書き方に、色を分けて見やすく書き込んでいる。変態と馬鹿を除けば、合馬は間違いなくクラスの人気者になれていたであろう。
そんな彼を、柊は心底もったいないと、授業を聞きながら思った。
昼休みになっても、質問は止まることがなく、弁当を食べようとしたとき、女子からちょっと方言で受け答えしてくれない? と言われ、渋々といった具合に了承した。
「その弁当って親が作ったの?」
「自分のと姉貴の作っちょる、それがこっちにいるための条件っちゃ」
「へぇー、家庭的なんだね、私料理できないの」
「練習でそのうちできるい。……みたいなんでいい? なんか恥ずかしいから終わりね!」
「えぇー、ちょっと可愛いのにぃー」
――今日一日乗り越えれば関心もなくなるよな? それを期待して頑張るか。
話を打ち切り弁当のおかずを右手に持った箸で掴みながら、話題性が薄れるまで我慢すると決意して、左拳を握った。
昼休みに入り、気付けばいつの間にか柊は人だかりの中心にいた。
誰かが転校生がやってきたと言いふらしたのかもしれない。
他のクラスの人にも話題の定番なのか、何処から来たのかタイプはなんなのかと聞いてくる。
聞いてくる人全員がハキハキとしているのに、一人だけおどおどしている人がいた。
少し茶色い髪をしたその女子は、前髪を両サイドで留めている。日ごろから日光を浴びていないのか、白い肌をしていた。
「私も質問いいですか?」
と聞いてきた、その隣の人が質問をしてきた人に対してちょっかいを掛けている。
「いいよ? 何?」
――恥ずかしがり屋……なのかな?
「貴方は一体誰ですか? どうして……どうして……」
おどおどしているかと思えば、いきなり突拍子もないことを言ってきた。
誰か? と聞かれても、自分の名前を名乗って、今日転校してきたとしかいうことができない。
「どうして……どうして味がしないんですか!」
周囲は一斉に静まり返る。
「……え?」
その言葉を言った本人は、涙目になりそうになりながらこの場から逃げようとしていた。
振りかえって走りだそうとした腕を、隣にいた長い黒髪の女子が掴んでいる。けれど、それを振り払って人混みを掻き分けて教室から飛びだして行った。
――味って、一体なんのことだ?
柊は、しばらく静寂が訪れた教室で考えごとをしていた。ついさっきに飛びだした女子の発言について。
舐められたわけでもないのに、味がしない。舐めていなければ味がしない、というよりは分からない。これが正しい表現といえる。なのに、目の前に現れた女子は、どうして味がしないと言ったのだ。
――うーん、やっぱり分からないな。
どれだけ考えても答えは見つからなかった。上を向いて考えてみても、下を向いて目を瞑って唸ってみても、答えはでてこない。それが分かるのはその言葉を発言した本人だけだった。
「ねぇねぇ桔梗院、さっきの子と知り合いだったりするの? 可愛かったね! リスみたいで!」
柊の直ぐ近くにいた合馬が、柊の背中をバシバシと叩きながら笑う。
その後、胸の前で指を組み。
「きっとリスの妖精だ……」
上を向いて自分の世界へと入って行く。
けれど、直ぐに木屋瀬が頭を叩いてそれを阻止する。
「ったいな!」
「アホか。転校初日の奴が知り合いなわけないだろ」
「え? そこに叩いた意味ある?」
「ないな」
「あれ? 俺殴られ損?」
木屋瀬の言った通り、柊は先ほどの女子とは一切関わったことがなかった。引っ越してから学校関係で関わった人というと、校長、担任、白衣を着た教師、それとクラスメイトくらいだった。そのどれもまだまだ関わったばかりの薄い関係。
「なぁ、木屋瀬。木屋瀬はさっきの人知ってるのか?」
「司でいい」
眼鏡を人差し指で持ち上げて言う。
柊は木屋瀬の言った言葉の意味が分からず首を傾げると。
「俺の名前だ。それと、そこのアホは清一郎だ。清さの欠片もないけどな」
木屋瀬の発言に怒ったらしく合馬は、眉間に皺を寄せて木屋瀬を叩いた。
「俺はピュアだよ! 超絶ピュアだよ!」
「ピュアな奴は転校生が外人金髪巨乳美女しか認めないだなんて言わない」
「ぐぅ……」
「……話が逸れたな、馬鹿の所為で」
「え? 俺は馬鹿なの? アホじゃなかったっけ?」
「ああ、いいんだ、気にしてない」
合馬の問いかけに答えず、二人で軽くあしらった。
「さっきの子だけど、似たような人は見かけた気がするんだよな。でも、あんな子いたっけかなぁ……」
目を瞑り、木屋瀬は額に指を当てた。
「でかかっているような気がするんだけど……」
木屋瀬は複雑な表情をして、頭を掻く。
「もしかして、あいつか? でも、あんなんじゃなかったような……」
「司、分からないならいいよ」
頭を掻く速度が加速する木屋瀬を見かねた柊は、思考を走らせることを止めさせた。
「力になれなくてすまないな」
「気にするな」
「つーかーさー! 知ってるなら紹介してくれよ!」
合馬が木屋瀬の胸倉を掴んで揺する。柊にやったときと同じようにして。
「さっきの話聞いてたか? 分からないって言ってるだろ! それに、たとえ紹介したとしてもお前なら秒単位で断られるから止めておけ」
木屋瀬は腕を振り払うと、合馬は少し目に涙を浮かべながら。
「俺にも夢を見させてよ!」
「馬鹿は死んでも治らないから、来世にでもならなければ無理だな」
「そんなにっ!」
がっくりと首を落とした。
真っ白になっているようにさえも思える程に、合馬からは精気を感じらない。
「さっきの子、私知ってるよ?」
未だ柊の回りに集まっている中で、一人の女子が前へやってきた。
その言葉を聞いて真っ白だった合馬は色を取り戻し、女子の手を取り顔に顔を近付けた。
「誰? 誰!?」
相手の嫌がった表情を見た木屋瀬は、合馬を女子から引き剥がす。
「私と同じクラス、一年三組の周船寺唯さんだよ。何時も前髪で顔を隠してるから分からなかったんじゃないかな?」
「ああ、だからか」
木屋瀬はその言葉に納得をして、手を叩いた。
「周船寺?」
柊が木屋瀬と同じクラスと言い張る女子に聞いたはずが、合馬が答えた。
「知らないのか? 桔梗院。周船寺と言えば地味で根暗で冴えなくて――」
「全部同じだそれ!」
耐えかねた木屋瀬が突っ込みを入れる。
「む。ならとっておき情報を言ってやるよ」
「とっておき?」
柊は生唾を飲み込んで聞いた。
緊迫した空気が辺りを包む。
柊だけでなく、回りにいる人も合馬の次の言葉を待って静けさが訪れた。
「周船寺さんは、Bカップだ!」
何かの線の切れる音が複数聞こえた。
一本の線が切れ、それが連鎖するかのように次々と。
一人優越感に浸る合馬に、皆は口を揃えてこう言った。
「死ね!」
窓ガラスが振動するくらいその声は校内に響き渡った。
落ち着きを取り戻したのは、昼休みが終わってからだった。
他にも唯と同じクラスの子に話を聞きたかったけれど、柊を除き、その場にいた全員で合馬苛めが始まったお陰で聞くタイミングを逃してしまっていた。
その苛められた合馬はというと、柊の隣で微笑んでいた。
「なんでニヤニヤしてるんだ?」
授業中ということもあり、ヒソヒソと柊が聞くと。
「え、だって女子のパンツ見放題だったんだよ?」
合馬は殴られたとき、不自然な形で倒れていた。
痛みに耐えかねて倒れたわけではなく、女子生徒の下着を除くために故意に転がったのだと分かると、呆れて言葉もでなかった。
――反省って言葉知らないのかな、こいつ。
カサッと、机の上で紙の擦れる音が聞こえた。
柊が机の上を見ると、クシャクシャに丸められた紙が転がっていた。
中身を確認するために拡げて見ると。
『どうするんだ? 柊。放課後にでも周船寺を探すか?』
文の最後に司という文字が刻まれていた。
柊はその文の下に。
『隣のクラスって言ってたし、そうしてみるよ』
と書き加え、木屋瀬に投げ返した。
直ぐに返事が返って来るけれど、返球に失敗したみたいで机の上を転がり去り、地面に落ちる。
それを拾っていると。
「えーー……桔梗院、何している」
座席表を見つつ、歳のいった国語教師が柊を注意する。
「消しゴム拾ってました」
「気をつけなさい」
「はい、すみません」
黒板に向き直ってから、紙を拡げる。
『着いていこうか?』
『一人で大丈夫』
最後に柊が返してやり取りは終わった。
――周船寺唯……か。
柊は合馬の教科書を見て授業を進めるが、内容など一切頭には入っていなかった。ただ、隣のクラスの周船寺のことだけを考えて時間を過した。
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