耳が痛い話にご注意を。

はじめ

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第一章 愛多ければ憎しみ至る

契りを結ぶ

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 大学付近にあるコンビニでレギュラーサイズのコーヒーを二つ買う。ホットかアイスか聞いていなかったが、まあ寒いって言ってたくらいだしホットでいいだろう。
 二つのカップを手に持って車に戻ると、逢坂が車の外で待っていた。
「ありがとう」
「寒かったろ」
「でも二つ手に持ってたらドア開けられないでしょ」
「そういうところ気が利くのな」
「まあそれなりにモテてきたからね。こういうことには慣れてるのよ」
「その一言がなければ完璧だったな」
 そうは言ったものの、ドアを開ける様子はない。
 逢坂の意図を察した俺は、彼女の正面に回るようにコンビニに備え付けてある手すりのようなものにもたれかかって、コーヒーを口に含んだ。
 まだ熱い液体を口の中で転がす。少しだけ舌を火傷しそうだ。
「今日はありがとう」
「何が?」
「そうは言っても少し傷付いてたのよ。気晴らしになったわ」
「そ」
 中身を知ってる俺からしたらそれが表面上のもの、というのはすぐにわかった。
「言及しないのね」
「ジェントルマンだからな」
「バカ言いなさいよ。正直珍しいと思ったわ。今まで私に近寄ってきた男はみんな媚び売ってきたもの」
 学校一の美少女・逢坂智美。引く手数多で、言い寄ってくる男はもちろん多いのだろう。
 だが俺は違う。半年くらい、誰かを好きになったことがないのだ。もちろんそれは恋愛的に女性を好きになることも、友情的に男友達を好きになることも含む。一切の、人、と称される何かに対して大した興味が持てなくなった。人間観察と称して他人の動向を観察することはあっても、そこに対して情けをかけたり、指摘をしたりなんてことは一切しなくなったのだ。
 それはもちろん、この学校のマドンナにも当てはまる。
 綺麗だとは思う。可愛いとも思う。けれど、どこかで人というものに対して俺は諦めていた。所詮逢坂も、次の蓑を探しているだけなのだと。
「新倉くんがどの程度私のことを見ているのは知らないけど、少なくとも私から見た・・新倉くんは私のことを底なしに肯定はしていない」
「こっちが気を使って見ない・・・ようにしてるのに、礼儀を知らんやつだな」
見えてない・・・・・からいいじゃない。それが肯定していないと思った証拠だし。それに、新倉くんはほんとに見ない・・・ようにしてるのかしら?」
 図星だった。そもそも俺は逢坂にそこまで多くのことが見えてない・・・・・。静かだと感じたのもそのせいだ。
 俺はこの超常的な洞察力をコントロールできない。逆に言えば、どこかで自分に対して心が向けられると勝手に相手の心が見えてしまう。
 会話の流れからすると逢坂も同じようで、見ようとして見てるのではなく、見えてしまうのだ。
「なんだつまり、逢坂は俺に対して浅はかならぬ気持ちを向けている、ということか?」
 俺が読み取れるのは、今わかっている限りでは、浅はかな思惑や甘え、不純な動機だ。逆にそれが見えないということは、本人にそういった思いが存在しないことになる。
「気持ちを向けていない、というのもありえるけどね」
「この状況でそれはないだろう」
「まあそれもそうね」
 逢坂はカップを傾けてコーヒーを飲み干した。
「調べてみない?」
 唐突な提案だった。
「何をだ?」
「決まってるでしょ。この症状よ。正直少し不便じゃない? 意図に関係なく相手の心が読めてしまう、なんて。せめてコントロールできるようになりたいと思わない?」
 実はどこかで読心術を誇らしく思ってはいた。だが、見なくていいものまで見えてしまうことが正直心苦しくもあった。それにこうやって定期的に整理しに出ないといけないのも面倒ではあった。
「不便なのは認める。けどどうやって調べるつもりなんだ?」
 前例のないこの事象を何もないところから解決に向かわせるような方法が、俺には思いつかなかった。
「治す方法は私にもわからないわ。けれど人が無意識に行ってることって、実は意識の1番内側の見えない部分である、と私は考えているのよね」
「えらく高尚な話になりそうだな」
「私の持論は正直どうでもいいわ。結局、無意識が意識であるなら、私たちに現れた症状の範囲や特性を知ればある程度コントロールできるようになると思うのよね」
 逢坂の見解としては、今無意識に行っている心を読むという行為を意識の表層に敢えて置くことで、逆にコントロールできるようになるのではないか、ということだった。要は、意図的に心を読もうとする、ということだ。
「それ本当に効くのか……?」
「効くか効かないかは試してみないとわからないわ。他に意見があるなら聞くけど」
 腕を組みながら俺を見つめる逢坂。
「あるけどないっす。もし効かなかったらその時話すってことで」
「よろしい。じゃあ早速明日から始めようかね」
 ここで問答をしたところで正解は出ないと判断した俺は、意見を脳内メモリーに記憶して口から出力することをやめた。
 前例がないものを解消するのだ。ああだ、こうだ、と言う前にいろいろ試した方が早い可能性が高い。
「方法としては、話す相手の心を積極的に見ようとすること。もちろん、私と話すときもね」
「それはお互い、ということでいいか?」
「もちろんよ。これはお互いの症状の範囲を知るためでもあるからね」
 果たして本当に見えないだけなのか。お互い心が見えるから見えないのか。意図的に範囲内にあることを考えるとどうなるのか。そういった細かい範囲の調査はこの二人でしかできない。
「あ、あと学校ではあまり絡まないようにしないとね」
「そうだな。俺もこれ以上噂になりたくない」
 学年一の美少女こと逢坂智美と不気味な雰囲気の新倉理也、交際疑惑!? なんて銘打ってスクープされて仕舞えば途端に危険になる。主に俺の命が。
「さ、これで私たちは同盟関係よ。くれぐれも他言無用なのをお忘れなく」
「こんなこと言えるかよ。というか言っても誰も信じねぇ」
 人の心が読める、なんてファンタジーの世界じゃあるまいし、それこそもっと孤立することになるだろう。大して気にしていないとはいえ、これ以上立場が悪くなるのは御免だ。
「そういえば、さ」
 話の流れが早くすっかり忘れていたことがあった。
「どうして俺の馬鹿みたいな話を信じたんだ?」
 そのファンタジーみたいな話をすんなり信じたやつがここにいた。
「なんでってそりゃ、付いてた尾ひれの中にそういうのがあったから前々から気になってたのよ。『あいつは心が読めるんじゃないか』って」
 おっと、これは自分でも予想外な尾ひれのつき方だった。
「もしかしたら自分と同じ症状をもっているかもしれない人がいる。だからいろいろとあなたの身辺情報は調べさせてもらったわ」
「俺にプライバシーってないのな」
「まあ目的の情報は得られなかったけどね。みんな表面的なところしか見てないんだもの。『あいつはやばいから近づくな』、そればっかり」
「ふーん」
「怒らないの?」
「怒ってなんとかなる問題なら怒ってる」
「あなた時々、見てる・・・のかわからないくらい冷淡なときあるわよね」
 余計なお世話だ、と言って俺はコーヒーカップをゴミ箱に捨てた。
「じゃあ何か? 最初に俺に『私はどう思ってるでしょう?』なんて聞いてきたのは」
「ええ、カマかけたのよ。あと微妙だけど声似せないで」
 続いて逢坂もコーヒーカップをゴミ箱に捨てた。
「正直少し嬉しかったわ。ビンタまでくらって傷付いてないなんて側から見てもちゃんちゃらおかしな話ではあるんだけど、私はそれを見事に言い当てたあなたに感動していたわ」
「世間的には気遣うのが正解なんだろうけどな。あの瞬間の俺はこの場をどうやって乗り切ろう、と必死だったから。すまんな」
「気遣われてたら気付けなかった。むしろありがとう、よ。気遣いなんてもう分けるほどもらってるし」
 嫌味ったらしく言い放つ。が、それでも俺には何も見えて・・・いない。気に入られよう、だとか、仲良くなろう、なんて浅はかな考えが彼女にないことを示していた。
「むしろ、新倉くんはどうして信じてくれたの?」
 俺の隣に並びながら、逢坂が問うてきた。
「自分がそうだとは言え、そんなファンタジーじみた話を信じるとは思えないけど」
「まあ、普通に言われただけなら疑ってただろうな」
 俺は敢えてその場から離れ、再び逢坂と対面するように移動した。
「敵意を出させないようにするために先に作り話を言うやつはよくいるけど、それだったら俺に見えてるはずだろ? 逢坂がその話をしている間、一度も俺には見えなかった。だから信じるしかなかった」
 あくまでお互い見える存在でも見ることができる、と仮定した上での結論ではあるが、ある程度のことが逢坂から見えていたので、あの状況では信じるしかなかっただけだ。
「思ったよりちゃんと頭はたらかせてるのね」
「多少はね。伊達に半年もコレと付き合ってない」
「私は一年だけどね」
「さいですか」
「ふふ。じゃあまた、いつか会いましょう。これ、私の連絡先だから」
 そう言って逢坂はカバンのポケットから小さい紙を取り出して俺に差し出した。
「まるでここまでのこと想定してたみたいだな」
「さあ、どうでしょうね?」
 不敵な笑みを浮かべながら、逢坂は俺に背を向けた。
「送るよ」
「何言ってるの? ここが私の家」
 そう言って指差したのはコンビニの真裏にあるアパートだった。
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