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激動のロンダルシア大陸
55.アルン動乱
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何があったの……?
アルン王都は陥落していた。
建物は見る影もなく、至る所で残骸が燻っている。
皆はどこに!?
まさか……まさか、まさか、まさか!まさか!!
疲れはてた身体を酷使して走る!
いるとしたら、王宮か、ギルドだ!
あっ……!
ボクの目の前には焼け落ちたギルドがあった。
冒険者だろうか……たくさんの死体があった。
ボクの大切な仲間達は……まさか……。
積み上げられたそれらの中には……居なかった。
王宮へ行こう……。
王宮は案外すぐに見つけられた。破壊されたとはいえ、巨大な天蓋のドームが未だにその存在感を放っていたからだ。きっと皆はあそこにいるに違いない!
ボクの心の天秤は期待と恐怖の間をひたすら揺れ動いていた。
王宮の前に立つ。
これは……人間の戦争ではない……魔物の襲撃だ。破壊の質が違う。人間への憎しみか、破壊への快楽か。“徹底的”と言えるまでの崩壊に、まるで心臓を鷲掴みされたかのような戦慄が過(よぎ)る。
瓦礫を掻き分けて進む。
死体を掻き分けて探す。
仲間は……ボクの大切な仲間達はどこに行った!
誰もいない……不安が襲う、恐怖が増大する。
ボクはまた間違えたの?皆で王都に行き、魔物と戦うべきだったの?また取り返しがつかない過ちを繰り返したの?悲しみにうちひしがれる。死にたい……。
「リンネ様!!」
「!!!」
「リンネ様!!!」
王宮の片隅から見慣れた狐耳が跳ね寄る。
「クルンちゃん!!ありがとう!!生きていてくれて、本当にありがとう!!!」
「リンネ様!大丈夫です!大丈夫です!
みんな、生きています!無事です!!」
「!!
よがだあぁあぁぁぁ~……」
もう、言葉にならないくらい嬉しかった……。
叱られてもいい、殴られてもいい、早く会いたい。皆に会いたい!!抱き締めたい!!
ボクはそのまま泣き崩れて意識を失った……。
★☆★
「リンネ様、目が覚めたです?」
「あっ……ボクは寝ちゃったんだ。ごめん。
えっと……皆はどこに……いるの?」
「ここに居ないです。移動したです」
王都の瓦礫の上でボクは寝ていたみたい。
徹夜で歩き続けた身体的な疲労と緊張続きだったことによる精神的な消耗……気付いたら限界に達していたようだ。ふさふさな尻尾枕とはお別れだ。
目覚めたボクに、クルンちゃんは何があったのかを教えてくれた。
ボクがグスカを討つためにスカイに乗って飛び立つとき、実は皆は起きていたそうだ。でも、ボクを引き留めず、信じて行かせてくれた。クルンちゃんの占いで、ボクがグスカを倒すことを知っていたからだ。それでも、皆は不安で震えていたらしい。
他にも占いで分かったことがあった。それは、これからアルン王都に魔物の大軍が攻め込むことだった。
翌朝アルン王都に辿り着いたとき目にしたものは、壊滅した王都とたくさんの死体だった。既に魔物の姿はなかった。レオン王子と、臨時政権を担う西の三賢《マギラ》の姿も、そこにはなかった。
運よく生き延びた者から聞かされたのは、想像を絶する悪夢だった。推定2万体ものヴァンパイアによる奇襲……主力を失っていたアルン王国軍はなす統べなく蹂躙された。
西の賢者達《マギラ》は王都と運命を共にした。レオン王子は彼等の遺志を継ぎ、果敢にも抵抗を続けた。すると、まるで夕陽の光に神の力が宿ったかのように、ヴァンパイアの大軍が突如焼失したそうだ。
生き延びた民を引き連れて、レオン王子は西の副都ニューアルンへと避難していった。それを聞いたメルちゃん達は、レオン王子を追うようにして西に向かったそうだ。
それがちょうど昨日の話。クルンちゃんは、ボクが今日王都に到着することを占いで知り、1人で王都に残っていたらしい。
「ヴァンパイアが……。もっと早くボクがグスカを倒せていたら、たくさんの人が死なずに済んだのに……」
「リンネ様、違いますです。あのタイミングだから倒せたです。グスカを倒したから王子は助かったです。間違いないです」
「それでも!ボクが……」
「リンネ様!レン様から手紙を預かったです」
「レンちゃんから……」
ボクはクルンちゃんから手紙を受け取った。読むのが怖い……。手紙を持つ手が震える。でも、今すぐ読むべきだと第六感が叫ぶ。震える手を叱りつけ、ボクは勇気を振り絞って手紙を開いた。
『リンネちゃんへ
言いたいこと、たっくさんあるけど、1番はこれ。
今すぐフリーバレイでのことを誤りたい。あたしがバカだった。ごめんなさい!勇気がなくて、直接言えなくて本当にごめんなさい!!
実は、彼らは既に眷属(ヴァンパイア)化が始まっているから自らの手で命を絶ちたいと言って自身を斬り刻んだ。その意思を尊重したかった。だから回復魔法は必要ないって思った。
でも、あたしが間違ってた。彼らは最期にあなたの優しさに触れる機会を与えられた。それをあたしが奪うところだった!
彼らはきっと天国からリンネちゃんを応援してる。あたし達はリンネちゃんのすぐ隣から応援したい。みんなリンネちゃんの味方だから、もう悩まないで。一緒に頑張って日本に帰ろうね。
永遠の親友、レンより。』
感情を言葉には表せなかった。
何度も何度も、何度も読み返した。
伝わるのは優しさ、湧き起こるのは勇気。
何があっても皆が味方でいてくれる。あんなにケンカしても親友だって言ってくれる。こんなバカなボクを応援してくれる。それだけで十分、ボクは頑張れる。
「……リンネ様?」
「ごめん、クルンちゃんもボク達の仲間で親友なんだから、様なんて付けないで。“ちゃん”でいいんだから」
「分かりましたです!何度も皆さんに言われたです。でも、リンネ様……ちゃんが言うなら直すです。リンネちゃん様はいつも正しいです。クルンは、リンネちゃん様が大好きです」
「この可愛い子は!もぅ、こうしてやるっ!」
「ひゃあ~!!」
ボクは逃げる狐っ娘を捕まえて全身こちょこちょの刑を実行した。
★☆★
「クルンちゃん、ボク達はどうすれば良い?」
「ニューアルンで皆が待っています。でも、不吉です。皆さんが危ないです。急ぐです」
「行こう!!」
ボクは、静かに瞳を閉じて集中する。指環を握りしめて作った左の拳を胸に合わせる。魂があるとしたらきっとここだ。指環と魂を合わせるように、スノーとスカイに再び逢いたいと強く願う。
一陣の風がボク達を撫でるように、魂が共鳴しているかのように吹き抜ける。その一瞬。左腕を伸ばして指先をまっすぐに突き出す!
「親愛なる竜たちよ!友として再び請い願う!ボクに力を貸して!!」
指環から湧き出た光の奔流は、やがて地上と空中に巨大な魔法陣を描き出す。光が一際大きく煌めいた瞬間、そこから2匹の光り輝くドラゴンが現れた。首には赤と青のリボンが結ばれていた。魂が引き起こした奇跡だった。
「スノー!!スカイ!!」
2匹のドラゴンは甘えるようにボクにすり寄ってくる。綺麗な瞳は、こころなしか潤んでいるように見えた。クルンちゃんが何やらドラゴン達と話をしている。凄く気になるけど、今ボクに出来ることは、これだけ……。
「ありがとう!ありがとう!!」
ボクは、強く、強く抱き締めた。
★☆★
ボクとクルンちゃんはスカイに乗って一路ニューアルンを目指した。ボクの興奮が伝わったかのように、スカイは力強く飛んだ。
ニューアルンまでは馬車で2日の行程だ。この調子なら5時間掛からずに到着するだろう。メルちゃん達に途中で追いつけるかもしれない。
『シュルル!』
「リンネちゃん様!馬車です!見えたです!」
「ほんとだ!クルンちゃん、様はいらないよ?」
「はいです!」
前方500mほど先に、砂塵を舞い上げながら見慣れた馬車が疾走するのが見えた。追いついた!
「スカイ、お願いね」
『シュルルルッ!』
分かってると言わんばかりに強く羽ばたいたスカイは、馬車を通り過ぎた街道沿いに着地し、ボク達を降ろしてくれた。
「ありがとう!!ゆっくり休んでね」
『シュルルッ!』
優しく翼を撫でてあげてから指環に戻す。
やっと皆に会える!でも、緊張してきた。
何を話せば良いのか分からない……どうしよ。
馬車はボク達に気付いたようで、徐々に速度を緩め始めた。見慣れた馭者さんの笑顔が見えた。窓からアユナちゃんが手を振っている。レンちゃんが恥ずかしそうに顔を出したり引っ込めたりしている。
「ただいま!!」
こんな言葉しか思い付かなかった。でも、精一杯の笑顔で言えたよ。
「「「『おかえりなさい!!!』」」」
何でもないやり取りが嬉しかった。
ボクは無意識に走り出していた。
「みんな、ごめんなさい!!」
止まった馬車から皆が飛び出してきた!
誰も何も言わずに泣きながら抱き締め合った。
もう、ボク達には言葉はいらなかったね。
皆が生きているだけで幸せだ!幸せって、こんな身近なところにあるんだね!見落としていたよ。
ボク達は馬車の中でたくさんの話をした。何日間も溜め込んだ話題を皆が吐き出していった。くだらない話で笑いあい、辛い話で涙を共有した。勿論、ミルフェちゃんからの親書の話とか、真面目な話もちゃんとした!やっぱり皆が大好きだ。皆に出会えて本当に良かった!
「レンちゃん、お手紙ありがと。泣いちゃったよ!」
「うへ~!恥ずかしい!でも、あたしも書きながら泣いてたし」
「うん、鼻水がたくさん付いてた!」
「うそ!?」
「冗談!でもね、『謝りたい』が『誤りたい』になってた。この人、本当に謝りたいの!?って、思った!!」
「また、うそでしょ!!」
「今度は、ホント!!あはははっ!!」
「ごめ~ん!今謝ったから許して?あはっ!」
「うん!ボクも、ごめ~ん!ふふふっ!」
『リンネちゃん、そんなことより、ニューアルンに着いたらお風呂に入ろうね!』
「ご……ごめんなさい……」
2時間後、ボク達はニューアルンに到着した。
ギルドを訪れるとすぐに皆でお風呂に入った。勿論、馭者さんは別々だけど。
久しぶりの皆とのお風呂は本当に楽しかった。クルンちゃんってば、耳と尻尾以外は全く人間と一緒なんだね。アユナちゃんの羽を皆で洗ってあげた。純白じゃないと天使じゃない。堕天使になっちゃう。
ボクも、皆にごしごしと洗われた。グスカと戦う前日に入って以来だから、ヤバいことになっていたかもしれない。でも、今は髪もさらさらを取り戻し、メルちゃんがポニテに結んでくれた。よし、気合いが入った!
「さぁ、レオン王子に会いに行くよ!!
クルンちゃんが不吉な占いが出たって言ってるから、気を付けようね?」
「「「『「応ッ!!」』」」」
★☆★
副都ニューアルンでは暴動が起きていた。
レオン王子が避難させた王都の住民とニューアルン市民間のいざこざが原因だった。グスカに殺された兵士達への賠償もないまま、大量の物資が徴収されたからだ。
「レオンを出せ!」
「役立たずの王子を捕らえろ!」
「レオンを魔族に引き渡せ!」
『俺は王都の民を魔物から救って凱旋したんだぞ!俺が剣をかざすと吸血鬼どもは焼けて灰になったんだ!俺は神に選ばれた英雄だ!』
市長の屋敷を取り囲む市民達に、レオン王子はいかに自分が凄いのかを訴えている。
『リンネちゃんがグスカを倒したからヴァンパイアがぜ~んぶ消えたんでしょ?あのイケメン王子……私は、だいっきらい!!』
イケメン好きのアユナちゃんが珍しくぷりぷり怒っていらっしゃる。
「英雄ならこんな所にいないで戦ってこい!」
「お前がいたから魔物が攻めてきたんだ!」
「神の加護があるなら今、見せろよ!」
『ぐっ!ここに魔物が攻めて来ても、俺はお前達を助けないからな!!』
レオン王子って、こんな人だったっけ?サキュバスのヴェローナに操られて西の勇者をしていた頃の方がまだマシな気がする……。
「リンネさん、とにかく王子にミルフェ王女からの親書を渡しましょう!」
ボク達は暴徒に成り済まして屋敷に近づき、そのまま侵入することに成功した。途中、怪しまれないようにレオン王子の悪口を大声で叫んだのはご愛嬌。
屋敷に入ると、使用人を捕まえて事情を説明し、市長を交えて王子との話し合いの機会を得た。
★☆★
『ミルフェ王女が国王か。無事で何よりだが、それにしても、同盟か。ふむ……』
「まずは、今の状況を何とかすべきですよ」
『俺が得た神の力を見せられれば良いのだが、まだ使いこなせなくてな!』
いや、さっき王子の側近から聞いたけど、ヴァンパイアが攻めてきてからずっと王宮内を逃げ回ってたそうじゃない。この人、ダメだ。
『良いことを考えたぞ!!紙とペンを貸せ!』
「何ですか?」
『英雄たる俺がミルフェ新国王を妻に迎えてロンダルシア帝国を作る!レオン皇帝誕生だ!それから、お前達は皆、側室に迎えてやる。勇者が英雄の子を産むんだ、世界は安泰だな!!』
レオンヤバい。アレクシオス第1王子以上にヤバい。メルちゃんがメイスの素振りを始めたよ。長生き出来ないね……。
「全力で断る!!レオン、あなた自身の目でこの国を、世界を見てみなさい!人々がどれだけ苦しんでいるか!!ボクは、がミルフェちゃんに相応しいなんて思わない」
『勇者リンネ……命の恩人だとしても、無礼だ!』
「いいえ。何度でも言う。あなたには国も世界も救えない!だから、誰もあなたには従わない!」
『俺は神に……』
「違います!それはリンネさんが魔人グスカを倒したからヴァンパイアが焼失したんです。アルンを救う為に、リンネさんはたった1人で魔人の居城に向かった……貴方にはそれが出来ますか?勇者リンネを侮辱することは許しません!!」
『魔人を!?』
アイちゃんが怒ってる。初めて見たよ……。
レオン王子がさすがに俯いちゃった。
「王子!暴動が止まりません!市民が屋敷に雪崩れ込んできます。私も市長としてこれ以上は貴方を庇いだてできません」
市長が衛兵に命じてレオン王子を捕縛した。
これはもう、革命だよね!?
「市長さん、待ってください。ボクに……市民と話をさせてください」
早まった。考えなしに言っちゃった。誰か、バトンタッチお願い……。うは、皆がボクを眩しそうに見てるよ。もぅ!分かりましたよっ!!
「市民の皆さん!ボクは、フリージア王国から来ました、勇者リンネです!!」
“勇者”という単語で場が静まり返る。大丈夫、さっき一緒に王子を罵ってた姿は見られてない。
「アルン王国を苦しめた魔人グスカは、ボクが倒しました!!」
皆が唖然としている。そりゃ、こんな美少女が魔人を倒したなんて信じないよね。
見せてやろう。魔力を練る、練る……練る!!
「サンダーバースト!!!」
半径15mもの巨雷が町の外に落ちる!闇が切り裂かれる!とてつもない光量と爆風が遠く離れたここにも届く!
「ボクはこの力を、世界を救う為に惜しまずに使います!でも、それでも、魔を払うことは出来ません!」
場に動揺が走る。
「でも!人類が1つになれば、絶対に勝てます!今こそ東西両国はかつてのようにまとまり、協力して戦うときです!!
そして、平和な、幸せな世界を、皆さんの手で作り上げましょう!!皆さんで新しい時代を作るんです!!」
精一杯の笑顔と可愛いポーズで言い切る。
市民の大歓声がこだまする。
世界を救うぞ、時代を切り開くぞという力強い声がこだまする。大丈夫そうだ。
はっきり言って、陳腐な言葉なんかより、美少女の笑顔の方が効果がある。実は知っていた……。
アルン王都は陥落していた。
建物は見る影もなく、至る所で残骸が燻っている。
皆はどこに!?
まさか……まさか、まさか、まさか!まさか!!
疲れはてた身体を酷使して走る!
いるとしたら、王宮か、ギルドだ!
あっ……!
ボクの目の前には焼け落ちたギルドがあった。
冒険者だろうか……たくさんの死体があった。
ボクの大切な仲間達は……まさか……。
積み上げられたそれらの中には……居なかった。
王宮へ行こう……。
王宮は案外すぐに見つけられた。破壊されたとはいえ、巨大な天蓋のドームが未だにその存在感を放っていたからだ。きっと皆はあそこにいるに違いない!
ボクの心の天秤は期待と恐怖の間をひたすら揺れ動いていた。
王宮の前に立つ。
これは……人間の戦争ではない……魔物の襲撃だ。破壊の質が違う。人間への憎しみか、破壊への快楽か。“徹底的”と言えるまでの崩壊に、まるで心臓を鷲掴みされたかのような戦慄が過(よぎ)る。
瓦礫を掻き分けて進む。
死体を掻き分けて探す。
仲間は……ボクの大切な仲間達はどこに行った!
誰もいない……不安が襲う、恐怖が増大する。
ボクはまた間違えたの?皆で王都に行き、魔物と戦うべきだったの?また取り返しがつかない過ちを繰り返したの?悲しみにうちひしがれる。死にたい……。
「リンネ様!!」
「!!!」
「リンネ様!!!」
王宮の片隅から見慣れた狐耳が跳ね寄る。
「クルンちゃん!!ありがとう!!生きていてくれて、本当にありがとう!!!」
「リンネ様!大丈夫です!大丈夫です!
みんな、生きています!無事です!!」
「!!
よがだあぁあぁぁぁ~……」
もう、言葉にならないくらい嬉しかった……。
叱られてもいい、殴られてもいい、早く会いたい。皆に会いたい!!抱き締めたい!!
ボクはそのまま泣き崩れて意識を失った……。
★☆★
「リンネ様、目が覚めたです?」
「あっ……ボクは寝ちゃったんだ。ごめん。
えっと……皆はどこに……いるの?」
「ここに居ないです。移動したです」
王都の瓦礫の上でボクは寝ていたみたい。
徹夜で歩き続けた身体的な疲労と緊張続きだったことによる精神的な消耗……気付いたら限界に達していたようだ。ふさふさな尻尾枕とはお別れだ。
目覚めたボクに、クルンちゃんは何があったのかを教えてくれた。
ボクがグスカを討つためにスカイに乗って飛び立つとき、実は皆は起きていたそうだ。でも、ボクを引き留めず、信じて行かせてくれた。クルンちゃんの占いで、ボクがグスカを倒すことを知っていたからだ。それでも、皆は不安で震えていたらしい。
他にも占いで分かったことがあった。それは、これからアルン王都に魔物の大軍が攻め込むことだった。
翌朝アルン王都に辿り着いたとき目にしたものは、壊滅した王都とたくさんの死体だった。既に魔物の姿はなかった。レオン王子と、臨時政権を担う西の三賢《マギラ》の姿も、そこにはなかった。
運よく生き延びた者から聞かされたのは、想像を絶する悪夢だった。推定2万体ものヴァンパイアによる奇襲……主力を失っていたアルン王国軍はなす統べなく蹂躙された。
西の賢者達《マギラ》は王都と運命を共にした。レオン王子は彼等の遺志を継ぎ、果敢にも抵抗を続けた。すると、まるで夕陽の光に神の力が宿ったかのように、ヴァンパイアの大軍が突如焼失したそうだ。
生き延びた民を引き連れて、レオン王子は西の副都ニューアルンへと避難していった。それを聞いたメルちゃん達は、レオン王子を追うようにして西に向かったそうだ。
それがちょうど昨日の話。クルンちゃんは、ボクが今日王都に到着することを占いで知り、1人で王都に残っていたらしい。
「ヴァンパイアが……。もっと早くボクがグスカを倒せていたら、たくさんの人が死なずに済んだのに……」
「リンネ様、違いますです。あのタイミングだから倒せたです。グスカを倒したから王子は助かったです。間違いないです」
「それでも!ボクが……」
「リンネ様!レン様から手紙を預かったです」
「レンちゃんから……」
ボクはクルンちゃんから手紙を受け取った。読むのが怖い……。手紙を持つ手が震える。でも、今すぐ読むべきだと第六感が叫ぶ。震える手を叱りつけ、ボクは勇気を振り絞って手紙を開いた。
『リンネちゃんへ
言いたいこと、たっくさんあるけど、1番はこれ。
今すぐフリーバレイでのことを誤りたい。あたしがバカだった。ごめんなさい!勇気がなくて、直接言えなくて本当にごめんなさい!!
実は、彼らは既に眷属(ヴァンパイア)化が始まっているから自らの手で命を絶ちたいと言って自身を斬り刻んだ。その意思を尊重したかった。だから回復魔法は必要ないって思った。
でも、あたしが間違ってた。彼らは最期にあなたの優しさに触れる機会を与えられた。それをあたしが奪うところだった!
彼らはきっと天国からリンネちゃんを応援してる。あたし達はリンネちゃんのすぐ隣から応援したい。みんなリンネちゃんの味方だから、もう悩まないで。一緒に頑張って日本に帰ろうね。
永遠の親友、レンより。』
感情を言葉には表せなかった。
何度も何度も、何度も読み返した。
伝わるのは優しさ、湧き起こるのは勇気。
何があっても皆が味方でいてくれる。あんなにケンカしても親友だって言ってくれる。こんなバカなボクを応援してくれる。それだけで十分、ボクは頑張れる。
「……リンネ様?」
「ごめん、クルンちゃんもボク達の仲間で親友なんだから、様なんて付けないで。“ちゃん”でいいんだから」
「分かりましたです!何度も皆さんに言われたです。でも、リンネ様……ちゃんが言うなら直すです。リンネちゃん様はいつも正しいです。クルンは、リンネちゃん様が大好きです」
「この可愛い子は!もぅ、こうしてやるっ!」
「ひゃあ~!!」
ボクは逃げる狐っ娘を捕まえて全身こちょこちょの刑を実行した。
★☆★
「クルンちゃん、ボク達はどうすれば良い?」
「ニューアルンで皆が待っています。でも、不吉です。皆さんが危ないです。急ぐです」
「行こう!!」
ボクは、静かに瞳を閉じて集中する。指環を握りしめて作った左の拳を胸に合わせる。魂があるとしたらきっとここだ。指環と魂を合わせるように、スノーとスカイに再び逢いたいと強く願う。
一陣の風がボク達を撫でるように、魂が共鳴しているかのように吹き抜ける。その一瞬。左腕を伸ばして指先をまっすぐに突き出す!
「親愛なる竜たちよ!友として再び請い願う!ボクに力を貸して!!」
指環から湧き出た光の奔流は、やがて地上と空中に巨大な魔法陣を描き出す。光が一際大きく煌めいた瞬間、そこから2匹の光り輝くドラゴンが現れた。首には赤と青のリボンが結ばれていた。魂が引き起こした奇跡だった。
「スノー!!スカイ!!」
2匹のドラゴンは甘えるようにボクにすり寄ってくる。綺麗な瞳は、こころなしか潤んでいるように見えた。クルンちゃんが何やらドラゴン達と話をしている。凄く気になるけど、今ボクに出来ることは、これだけ……。
「ありがとう!ありがとう!!」
ボクは、強く、強く抱き締めた。
★☆★
ボクとクルンちゃんはスカイに乗って一路ニューアルンを目指した。ボクの興奮が伝わったかのように、スカイは力強く飛んだ。
ニューアルンまでは馬車で2日の行程だ。この調子なら5時間掛からずに到着するだろう。メルちゃん達に途中で追いつけるかもしれない。
『シュルル!』
「リンネちゃん様!馬車です!見えたです!」
「ほんとだ!クルンちゃん、様はいらないよ?」
「はいです!」
前方500mほど先に、砂塵を舞い上げながら見慣れた馬車が疾走するのが見えた。追いついた!
「スカイ、お願いね」
『シュルルルッ!』
分かってると言わんばかりに強く羽ばたいたスカイは、馬車を通り過ぎた街道沿いに着地し、ボク達を降ろしてくれた。
「ありがとう!!ゆっくり休んでね」
『シュルルッ!』
優しく翼を撫でてあげてから指環に戻す。
やっと皆に会える!でも、緊張してきた。
何を話せば良いのか分からない……どうしよ。
馬車はボク達に気付いたようで、徐々に速度を緩め始めた。見慣れた馭者さんの笑顔が見えた。窓からアユナちゃんが手を振っている。レンちゃんが恥ずかしそうに顔を出したり引っ込めたりしている。
「ただいま!!」
こんな言葉しか思い付かなかった。でも、精一杯の笑顔で言えたよ。
「「「『おかえりなさい!!!』」」」
何でもないやり取りが嬉しかった。
ボクは無意識に走り出していた。
「みんな、ごめんなさい!!」
止まった馬車から皆が飛び出してきた!
誰も何も言わずに泣きながら抱き締め合った。
もう、ボク達には言葉はいらなかったね。
皆が生きているだけで幸せだ!幸せって、こんな身近なところにあるんだね!見落としていたよ。
ボク達は馬車の中でたくさんの話をした。何日間も溜め込んだ話題を皆が吐き出していった。くだらない話で笑いあい、辛い話で涙を共有した。勿論、ミルフェちゃんからの親書の話とか、真面目な話もちゃんとした!やっぱり皆が大好きだ。皆に出会えて本当に良かった!
「レンちゃん、お手紙ありがと。泣いちゃったよ!」
「うへ~!恥ずかしい!でも、あたしも書きながら泣いてたし」
「うん、鼻水がたくさん付いてた!」
「うそ!?」
「冗談!でもね、『謝りたい』が『誤りたい』になってた。この人、本当に謝りたいの!?って、思った!!」
「また、うそでしょ!!」
「今度は、ホント!!あはははっ!!」
「ごめ~ん!今謝ったから許して?あはっ!」
「うん!ボクも、ごめ~ん!ふふふっ!」
『リンネちゃん、そんなことより、ニューアルンに着いたらお風呂に入ろうね!』
「ご……ごめんなさい……」
2時間後、ボク達はニューアルンに到着した。
ギルドを訪れるとすぐに皆でお風呂に入った。勿論、馭者さんは別々だけど。
久しぶりの皆とのお風呂は本当に楽しかった。クルンちゃんってば、耳と尻尾以外は全く人間と一緒なんだね。アユナちゃんの羽を皆で洗ってあげた。純白じゃないと天使じゃない。堕天使になっちゃう。
ボクも、皆にごしごしと洗われた。グスカと戦う前日に入って以来だから、ヤバいことになっていたかもしれない。でも、今は髪もさらさらを取り戻し、メルちゃんがポニテに結んでくれた。よし、気合いが入った!
「さぁ、レオン王子に会いに行くよ!!
クルンちゃんが不吉な占いが出たって言ってるから、気を付けようね?」
「「「『「応ッ!!」』」」」
★☆★
副都ニューアルンでは暴動が起きていた。
レオン王子が避難させた王都の住民とニューアルン市民間のいざこざが原因だった。グスカに殺された兵士達への賠償もないまま、大量の物資が徴収されたからだ。
「レオンを出せ!」
「役立たずの王子を捕らえろ!」
「レオンを魔族に引き渡せ!」
『俺は王都の民を魔物から救って凱旋したんだぞ!俺が剣をかざすと吸血鬼どもは焼けて灰になったんだ!俺は神に選ばれた英雄だ!』
市長の屋敷を取り囲む市民達に、レオン王子はいかに自分が凄いのかを訴えている。
『リンネちゃんがグスカを倒したからヴァンパイアがぜ~んぶ消えたんでしょ?あのイケメン王子……私は、だいっきらい!!』
イケメン好きのアユナちゃんが珍しくぷりぷり怒っていらっしゃる。
「英雄ならこんな所にいないで戦ってこい!」
「お前がいたから魔物が攻めてきたんだ!」
「神の加護があるなら今、見せろよ!」
『ぐっ!ここに魔物が攻めて来ても、俺はお前達を助けないからな!!』
レオン王子って、こんな人だったっけ?サキュバスのヴェローナに操られて西の勇者をしていた頃の方がまだマシな気がする……。
「リンネさん、とにかく王子にミルフェ王女からの親書を渡しましょう!」
ボク達は暴徒に成り済まして屋敷に近づき、そのまま侵入することに成功した。途中、怪しまれないようにレオン王子の悪口を大声で叫んだのはご愛嬌。
屋敷に入ると、使用人を捕まえて事情を説明し、市長を交えて王子との話し合いの機会を得た。
★☆★
『ミルフェ王女が国王か。無事で何よりだが、それにしても、同盟か。ふむ……』
「まずは、今の状況を何とかすべきですよ」
『俺が得た神の力を見せられれば良いのだが、まだ使いこなせなくてな!』
いや、さっき王子の側近から聞いたけど、ヴァンパイアが攻めてきてからずっと王宮内を逃げ回ってたそうじゃない。この人、ダメだ。
『良いことを考えたぞ!!紙とペンを貸せ!』
「何ですか?」
『英雄たる俺がミルフェ新国王を妻に迎えてロンダルシア帝国を作る!レオン皇帝誕生だ!それから、お前達は皆、側室に迎えてやる。勇者が英雄の子を産むんだ、世界は安泰だな!!』
レオンヤバい。アレクシオス第1王子以上にヤバい。メルちゃんがメイスの素振りを始めたよ。長生き出来ないね……。
「全力で断る!!レオン、あなた自身の目でこの国を、世界を見てみなさい!人々がどれだけ苦しんでいるか!!ボクは、がミルフェちゃんに相応しいなんて思わない」
『勇者リンネ……命の恩人だとしても、無礼だ!』
「いいえ。何度でも言う。あなたには国も世界も救えない!だから、誰もあなたには従わない!」
『俺は神に……』
「違います!それはリンネさんが魔人グスカを倒したからヴァンパイアが焼失したんです。アルンを救う為に、リンネさんはたった1人で魔人の居城に向かった……貴方にはそれが出来ますか?勇者リンネを侮辱することは許しません!!」
『魔人を!?』
アイちゃんが怒ってる。初めて見たよ……。
レオン王子がさすがに俯いちゃった。
「王子!暴動が止まりません!市民が屋敷に雪崩れ込んできます。私も市長としてこれ以上は貴方を庇いだてできません」
市長が衛兵に命じてレオン王子を捕縛した。
これはもう、革命だよね!?
「市長さん、待ってください。ボクに……市民と話をさせてください」
早まった。考えなしに言っちゃった。誰か、バトンタッチお願い……。うは、皆がボクを眩しそうに見てるよ。もぅ!分かりましたよっ!!
「市民の皆さん!ボクは、フリージア王国から来ました、勇者リンネです!!」
“勇者”という単語で場が静まり返る。大丈夫、さっき一緒に王子を罵ってた姿は見られてない。
「アルン王国を苦しめた魔人グスカは、ボクが倒しました!!」
皆が唖然としている。そりゃ、こんな美少女が魔人を倒したなんて信じないよね。
見せてやろう。魔力を練る、練る……練る!!
「サンダーバースト!!!」
半径15mもの巨雷が町の外に落ちる!闇が切り裂かれる!とてつもない光量と爆風が遠く離れたここにも届く!
「ボクはこの力を、世界を救う為に惜しまずに使います!でも、それでも、魔を払うことは出来ません!」
場に動揺が走る。
「でも!人類が1つになれば、絶対に勝てます!今こそ東西両国はかつてのようにまとまり、協力して戦うときです!!
そして、平和な、幸せな世界を、皆さんの手で作り上げましょう!!皆さんで新しい時代を作るんです!!」
精一杯の笑顔と可愛いポーズで言い切る。
市民の大歓声がこだまする。
世界を救うぞ、時代を切り開くぞという力強い声がこだまする。大丈夫そうだ。
はっきり言って、陳腐な言葉なんかより、美少女の笑顔の方が効果がある。実は知っていた……。
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