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第1幕:前向き少女の行進曲(マーチ)
第3-1節:純粋な気持ちを胸に……
しおりを挟む翌日になり、朝食を終えて自室へ戻った私は窓からぼんやりと景色を眺めていた。相変わらず空は青くて、遠くには高い山々が広がっている。
お屋敷の敷地内にある畑以外は、どこまでも続く赤茶けた荒れ地。もちろん、ところどころに領民の皆さんが耕している畑があるんだろうけど、ここからは確認できない。
きっと茎や葉が痩せ細っていて、遠くからだと地面の色に溶け込んでしまっているんだろうな……。
さて、これから私は何をして過ごそうか?
ちなみにポプラの話だと、リカルド様は起床したら朝食の時間までジョセフさんやナイルさんと一緒に軽く農作業。朝食後から午前中はジョセフさんと公務で、ナイルさんだけはこの時間に剣術の鍛錬や学問をしているとか。そして昼食後は3人で夕方までずっと農作業なんだそうだ。だいたいはいつもその繰り返しらしい。
農作業なら私も手伝えそうだから、午後はそこに加えさせてもらうのもいいかもしれない。ただ、そうするにしても午前中の予定は完全に空いている。
そんな感じで思案に暮れていた時、不意にお屋敷内に奇妙な音が響き始める。
それは金属同士がぶつかり合うような音。でも本物の剣を使っての稽古にしてはリズムが一定でその回数も多い。それに不規則に音が止んだり続いたりもしている。
もしかして金属を叩いているのかな? うん、鍛冶とか彫刻とか、そういう作業をしていると考えた方がしっくりいく。それならそれで、どこで誰がやっているのかが気になってくるけど……。
「ポプラ、この音の原因が何か知ってる?」
「あ、きっとご領主様が1階の作業場で農具の修理をなさっているのだと思います。朝食前に近所のフリッツさんが、先端の欠けたクワなどを持ち込むのを見かけましたので」
「リカルド様は鍛冶屋さんみたいなこともするのっ!?」
「ご領主様は炎系の魔法がお得意で、しかも手先も器用なんです。だからよく領民の皆様が農具の修理を依頼しにいらっしゃるんですよ。受け渡しはスピーナさんやナイルさんが担当していますが」
さも当然といった感じで話すポプラ。どうやら冗談ではなく、しかもこれは日常の光景らしい。
農具も使い方によっては武器になり得るから、直接の接触は避けるよう慎重にやっているとしても、一般的な領主と領民の距離感じゃないのは間違いない。ほかの地域ではあり得ないような近さ。まるで家族や親戚のような……。
私はあらためて驚き、思わず息を呑む。
「昨日も申し上げましたが、この地ではみんなが助け合って暮らしています。もちろん、平民には税があったり兵役があったり、ご領主様との立場の違いは明確にありますけど」
「親しき仲にも礼儀あり――みたいなものね。みんなちゃんとその一線は意識してるんだね」
「私とシャロン様のような関係に近いかもですね。友達のような親しみを持っていても、立場はやっぱり私が従者でシャロン様が主人ですから。だけど……だからこそ、ひとりの人間として接する瞬間は素のままの私でいたいし、シャロン様にもそうでいてほしいと思います」
「そっか……。こうして本音をさらけ出して会話をしている今が、まさにその瞬間ってことだよね、ポプラ?」
「はいっ!」
ポプラは満面に笑みを浮かべ、元気に頷いた。その雰囲気から彼女の無垢な心と素直な想いがひしひしと伝わってくる。
――あぁ、なんでこんな単純なことに気付かなかったのだろう。
彼女の姿を見ていて、私はやっと理解した。そして自分の愚かさと鈍さを痛感する。
無意識のうちに心に壁を作っていたのは私だ。相手に対して敬意を持つことを忘れてはいけないけど、だからといって過度な気遣いは却って心の距離を生んでしまう。
昨日の夕食の時、私はリカルド様たちに対してどこか他人行儀な雰囲気や建前のような意識が強く表れていたような気がする。真っ直ぐで無垢な自分を見せなかったからこそ、彼は途中で冷めた気持ちになってしまったのかもしれない。
それこそこれから一緒に暮らしていく人たちなんだから、全てを取り払って純粋な気持ちと姿でぶつかっていかないといけなかったんだ。
ただ、過ぎたことを後悔しても仕方ないし、まだ挽回するチャンスはきっとある。失敗したならそれを糧にして、次に活かせば良い。私は心の中で自分自身に喝を入れ、すぐに行動へ移すことにする。
今、私がやりたいと思ったことは――。
「ポプラ、私を作業場に案内してくれる?」
「承知しました。ご領主様の様子を見に行かれるのですね」
「それと用意してほしいものがあるんだけど――」
私はこれからやろうとしていることに必要な道具を、ポプラに揃えてもらうことにする。その後、私は準備を整えてから彼女とともに1階の作業場へ向かう。
(つづく……)
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