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第5幕:分水嶺の奏鳴曲(ソナタ)
第2-1節:南西地域は子や孫の代へ
しおりを挟む数日後の午後、私はナイルさんやポプラとともに屋敷の南西方面へ向かって歩いていた。この道の先にモーリスさんの家があるらしく、そこが今回の目的地となっている。
ただ、その場所で何をするのかまでは知らされていない。一昨日にリカルドからそこへ行くように指示されただけで、訊ねてもニヤニヤしながら『さてな?』と恍けられてしまうばかり。ちょっと意地悪だ……。
でもそういう時は年相応の男子という感じで、実はちょっとだけ安心する。領主様としての普段の顔はもちろんカッコイイとは思うけど、少し無理している部分もあるような気がするから。
しかもその心を砕いた姿を私だけに見せてくれていると思うと嬉しさもある。
なお、こちらの地域はリカルドたちが耕している畑や工事中の水路、商人ギルドなどがある繁華街とは屋敷を挟んで反対側に当たり、山の麓まで荒野が続いているだけの未開発地同然の状態となっている。
一応、山と山のわずかな隙間を切り拓いた道がトレス伯爵領のリトラーデンに繋がっているけど、狭く険しいということでそこを通行する者は滅多にいない。
そもそもリトラーデンもフィルザードと同じくエリシオン王国に属しているので国境はないし、東側へ迂回した方が安全かつ早く移動できるみたいだから、必然的にそうなるよね。
そのため、屋敷を出るとその先はどこまでも寂れた雰囲気となっている。
そうした状況を考えると、南西部を整備するとしても現時点では優先度はかなり低いと思う。もしかしたら私が生きている間には無理かもしれない。まぁ、そこは私とリカルドの子どもや孫たちにお任せということで。
…………。
……私とリカルドの子ども……か……。
そのことも忘れちゃいけない。私はリカルドの妻であり、いつかは跡継ぎを生まなければならない。時代や国が変われば、必ずしもその役割を背負わなくてもいいかもしれないけど……。
もちろん、相手がリカルドだったら私はいつでも受け入れる覚悟があるというか、とっくに心の整理は付いている。
ううん、むしろ今は彼との赤ちゃんが……ほしい……。
それは私の正直な想い。まだどうなるかよく分からないし、不安な面だってたくさんある。でももっと彼のことを知りたい。もっと近付きたい。もっと想いを重ね合いたい。そしてもっと一緒に未来を紡いでいきたい。
それがきっと私たちや領民、たくさんの存在の幸せに繋がると思うんだ。
私に出来ることなんてちっぽけで限られているけど、その積み重ねが素敵な未来を創る。そう信じている。
……あはは、まだまだ先は長いし、相変わらずやることがいっぱいだ。でも大変だけど、これはこれで毎日が充実していて『よしっ、やるぞぉっ!』って感じで気合いが入ってくる。
少し前までは何の変哲もない平民の娘で、死ぬまで平凡な人生を送るんだろうなって思ってたのに。運命って本当に面白い。
「それにしても、モーリスさんの自宅で何があるのかな……。そうだ、ナイルさんはリカルド様から何か詳細を聞いていますか?」
隣を歩くナイルさんに私が声をかけると、彼はあくまでも自分の任務である私の護衛の意識をほぼ緩めず、周囲の警戒を続けながら口を開く。
「いえ、何も。シャロン様に同行して警護を頼むとしか言われておりません」
「そうですか……」
「ですがリカルド様に話が通っているのですから、モーリスさんは今回の件でリカルド様からの承諾も受けているということ。単なる世間話などではなく、きちんと何か用事があるはずですよ」
「それはそうなんでしょうけど、やっぱり気になります」
私は口に指を当て、軽く俯いて低く唸った。
するとすかさずポプラがサッと私の何歩か前に駆け出てこちらを向き、屈託なく笑う。
「色々と考えても仕方ないのです。行けば分かるのです、きっと」
「あはは、そうだよね。モーリスさんと私たちは知らない仲じゃないんだし。ポプラくらいに気軽な感じでいる方がいいのかもね」
「そうなのですっ!」
太陽のような彼女の明るさに、私は思わず心が癒された。
本当にかけがえのない相手だ。私たちには立場として明確な主従関係があるけど、プライベートでは何でも話し合える友達。これからもずっとそばにいてほしいし、もし彼女に何かあれば力を尽くしてあげたい。
たまに瞳に陰が灯っているような時があるような気がするけど、誰にでもほかの人に言えないことってあるものだもんね。
(つづく……)
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