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第一幕:絶望の中に
第二節:闇夜の中に差し込む光
しおりを挟む程なくその声の主は切っ先を俺に向けたまま、視界に入る位置へゆっくりと移動してくる。
それは見覚えのある中年の男。いつも俺たち奴隷を監視しているヤツのひとりだ。
しかも気がつけば、周りには灯りを持った若手の男や捜索に加わっていたと思われる目つきの悪い男の姿もある。つまり複数の追っ手たちにすっかり囲まれてしまっているということだ。
もし運良く逃げ出せたとしても、俺には走るための体力が残っていない。あと数十分くらい休めていれば、少しは回復したかもしれないが……。
――あぁ、終わった。目の前には絶望しかない。
全身から力が抜け、呆然としてしまう。もう何も考えられない。考える気力すら湧かない。悔しさだけがこみ上げてくる。
「ちく……しょぅ……あと一歩……だったのに……」
「残念だったな、小僧。俺たちの本職は盗賊なんだ。追跡や忍び足なんて朝飯前。あちこちに逃亡者の位置を知らせるワナも仕掛けてある。たまーにお前のような不届き者が出るんでな、ククク」
「う……ぐ……」
俺は奥歯を噛みしめた。
相手の方が何枚も上だったこと、自分自身の見通しの甘さと力のなさ、不条理な運命ばかり突きつける神への怒り――。自然と湧き上がってきた涙が泥まみれの頬を伝っていく。
そんな情けない俺の姿を見て、監視役の男たちはニタニタと蔑むように笑っている。
「逃亡者がどうなるか、分かっているよな? ――おらぁっ!」
「がはっ!」
…………。
一瞬、目の前が暗くなって意識が飛びそうになった。辛うじてそれに耐えたあと、刹那の時間差で衝撃と痛みが腹を稲妻のように突き抜けていく。
うまく息が……出来ない…………。
監視役の男がその図太い足を俺の腹へ思い切り落としてきやがった。しかもカカトの部分が鳩尾に当たるように。生かさず殺さず、最大限のダメージを与える力加減。さすが苦痛の与え方をよく知ってやがる。
俺はせめてもの抵抗として、監視役の男を呪い殺すくらいの念を込めて睨み付けた。もちろん、そんなことをしたところで屁の突っ張りにもならないことくらいは分かってる。
でもこんなゲス野郎に、心だけは死んでも屈したくないんだ! 屈するもんか!
「その生意気な目、いいねぇ。それが徐々に光を失っていくところを見るのが、俺は大好きなんだ。簡単に死ねると思うなよ? クソガキ!」
「ぐぼはぁっ! あ……は……が……」
監視役の男は全身のあらゆるところへ蹴りを入れてきた。
何度も何度も何度も何度も……。
普通の人間なら死んでしまってもおかしくないと感じるくらいに。でも俺は未だに意識を失わないまま、苦痛を感じ続けている。
ずっと数え切れないほど痛めつけられてきたから、ダメージを受け流すように体が無意識のうちに動いてしまっているのだろう。その上、奴隷生活に耐えられたくらいに体が丈夫だ。それらが俺の不幸を増大させている。
口の中には血の味が広がり、体は裸で吹雪の中にいるかのように寒い。
「さて、そろそろ楽にしてやるか。見せしめとして、ほかの奴隷どもには首を晒してやることにしよう」
俺の頬に刀身が軽く当てられた。かすかな切り傷から血が滲み、肌を伝う。
監視役の男はさらに刀身の平らな部分でペチペチと軽く叩いてきて、ほのかに鉄と油の臭いが漂ってくる。金属の冷たさに関しては、体の痛みによって打ち消されてしまっているのか、それとも感覚が麻痺してしまっているのか、全く感じ取れない。
あぁ、もはやこれまで。事ここに至っては、じたばたしない。そんなことをしても惨めなだけだ。
俺は覚悟を決め、静かに目を閉じてその瞬間を待つ。
「……待て」
不意に聞いたことのない声がした。
それは低音で威厳が漂う感じ。響き具合から推測すると、少し距離が離れているのだろう。そして程なく、落ち葉を踏みしめる音が徐々に大きくなってくる。つまり誰かがこちらへ近寄ってきているということだ。
「あっ、兄貴っ!?」
監視役の男の驚愕したような叫び声がした。しかも兄貴と呼んだとうことは、こいつらよりも立場が上の人間ということか……?
俺はゆっくりと目蓋を開け、横目で様子をうかがうことにする。
すると監視役の男のすぐ横に三十代半ばくらいの屈強な男が立っていた。露出した腕は隆々とした筋肉が脈動し、体格はこの場にいる誰よりも一回り大きい。また、鋭い目つきというわけではないが、表情には威厳と自信に満ちたような気配が漂っている。
なんだろう、この懐が深そうでいて熱い激情を内に秘めているようなオーラは……。
その存在感だけで場の空気を完全に掌握している。明らかに監視役の男たちとは格が違うって、本能的に分かる。
(つづく……)
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