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第三幕:盗賊と商人
第三節:手を握りしめて
しおりを挟むレストランではコース料理を注文し、運ばれてきた料理に俺とルナは舌鼓を打った。そして食事を終えたあとは、ゆっくり休みつつ何気ない会話を交わす。そうしたのんびりとした時間を過ごせることが、なによりも幸せなことなんだと俺は思っている。
これは一般市民には分かりづらい感覚かもしれない。なぜなら彼らにとって、それは日常の中に当たり前に存在するものだから。いつも手の届く場所にあるものを、なかなかありがたがったりしないから。
でも盗賊をやっていると、危険と隣り合わせの緊張状態で過ごす時間の方が多い。奴隷をしていた時なんて、心休まる瞬間はほとんどなかった。だからこそ穏やかなひとときを過ごせることが、どれだけ幸せなことなのか強く実感しているのだ。
人間は近くにあるものに対しては鈍感で、ないものには敏感。失ってみて初めて、その大切さや素晴らしさに気付くということだってよくある。つまりそういうことだ。
――もちろん、こうしてのんびりと過ごしている今、俺は幸せを感じている。
「バラッタ、なんかすごくいい顔になってるね。何を考えてたの?」
「えっ?」
俺がハッと我に返った時、いつの間にかルナはテーブルの上に両肘を付いて、覗きこむように俺を見つめていた。爽やかで自然な笑みを浮かべ、無邪気な子どものように興味津々に瞳を輝かせている。
息遣いすら聞こえてきそうなほど、至近距離にあるルナの顔――。
そういえば、こんなに近くでコイツの顔を見るのはいつ以来だろうか? こんなにきれいな肌をしてたっけ? こんなに大人びた感じだったっけ?
変に意識していたらなんだか照れくさくなってくる。
目を合わせていられなくなった俺はルナから思わず視線を逸らし、チラリと周囲を見回す。
するとその時、たまたま俺の目は右斜め前方のテーブルにいる、ふたり組の男たちの怪しい動きを捉える。
獲物を狙う肉食獣のような瞳、周囲を警戒するような表情、無意味に小刻みに揺らす体。そして隠しきれず、外部へ漏れてしまっている殺気――。
ヤツらの意識は隣のテーブルでウトウトしている、俺と同い年くらいの優男に向いているようだ。その優男のきれいな身なりを考えると、そこそこ裕福な家のボンボンといったところだろう。
目的は分からないが、立場を考えれば誰かに命を狙われていたとしても不思議はない。命に危機が迫っていると知った以上、このまま放っておくことなんて出来ない。
状況を把握した俺は、なるべく騒ぎにならない形で犯行を阻止するための布石を打つことにする。
「ルナ、手を握ってもいいよな?」
「へっ!?」
戸惑うルナを余所に、俺は真っ直ぐ彼女を見つめながら手を重ねた。
やや小さくて少しだけ荒れた手。柔らかな感触と温かな体温が伝わってくる。ルナは耳まで赤くして狼狽えながら、俯いて押し黙ってしまっている。
おそらく周りにいる連中には、恋人同士がいちゃついているようにしか見えないだろう。
――だが、そうやって誰も不審に思わないからこそ都合がいいのだ。
続けて俺は『決まりごと』に従って、人差し指だけを動かした。
軽く叩いたり、動きを止めたり――それを組み合わせることによって、言葉を発しなくても意思疎通を図ることが出来る。これは俺たち盗賊が使っている伝達手段のひとつ『打音通信』だ。
会話をせず秘密裏に情報のやり取りをしなければならない場面などで、この盗賊技能が役に立つ。これを応用したものとして、峠と峠、港と沖合といった長距離で情報を伝達したい時には狼煙や炎、旗を使う方法がある。
――さらにこの『決まりごと』を独自のものに変えれば、暗号としての役割も持たせることが出来る。
「っ!」
俺が指の動きを止めると、ルナは息を呑みながら顔を上げた。
一瞬だけなぜか悲しげな顔をしていたような気もするが、すぐに今までと変わらない表情と態度に戻る。そして俺が手を握った意図を理解してくれたようだ。その証拠に、今度はルナが人差し指を動かして『どうしたの?』という意味の合図を返してくる。
『窓際のテーブルにいるふたり組、隣のテーブルでウトウトしている優男の命を狙ってるぞ』
俺がそう伝えると、ルナは自然な動作で顔をわずかに動かし、チラリと視線だけを動かして辺りの様子をうかがった。
(つづく……)
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