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第四幕:埠頭の違和感
第五節:逆上するバラッタ
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「バラッタァアアアアアアァーッ!」
絹を裂いたようなルナの叫び声。それと同時に俺の全身に重い衝撃が走った。
気が付けば俺は突き飛ばされ、床に倒れ込んでいた。何が起きたのか分からず、慌てて体を起こす。
「ぐ……うぅ……」
じんわりと床に広がっていく赤い液体。それは俺のすぐ隣でうつ伏せに倒れているヤツの肩から流れ落ちている。そこには俺の体に当たるはずだったナイフが突き刺さって……。
倒れ込んでいるのはルナ。彼女は苦痛に顔を歪ませ、体を小刻みに震わせている。
ルナ……俺を庇って……ッ!?
それを理解した瞬間、俺は全身が震えた。頭の中が真っ白になった。寒気がして胸が締め付けられた。
「ルナァアアアアアァーッ!」
俺は這うようにして無我夢中でルナに近寄り、上半身を抱きかかえて強く抱きしめた。そしてすぐに俺は上着を脱いでそれを力任せに引きちぎり、彼女の傷口の周りを強く縛り付けて止血する。
この程度の出血なら、すぐに適切な処置をすれば命を落とすことはないはず。それとこういう場合、すぐにナイフを抜くと出血が酷くなってむしろ危険だ。
俺は夢中で応急処置をした。この隙だらけの状態では攻撃されても防ぐことは出来ないだろう。
でも俺なんかどうなってもいい! ルナさえ助けられれば!
健康的できれいな肌にナイフの傷が付き、そして赤い血で染まっている。それをあらためて認識した瞬間、息苦しくなってきて全身が大きく震える。こんな目に遭わせたヤツに対して殺意が湧いてくる。
「余計な邪魔が入ったか……」
ルナを傷付けたヤツは軽い身のこなしで梁から床へ降りてきた。
ソイツはローブのような服で全身を覆っている上、布で覆面をしている。性別や年齢、素性などは全くの不明。ただ、声の感じでは中年くらいの男のようだが。
「許せねぇ……よくも……よくもルナをーッ!」
俺はローブの男を呪い殺す勢いで睨み付けた。噛みしめた奥歯がゴリゴリと音を立てている。
ルナをこんな目に遭わせやがって、絶対に許さねぇ。相手がどんなやつだろうと関係ねぇ。差し違えてでもアイツを――
「落ち着いて……バラッタ……。あたしは……大丈夫……だから……」
「ルナっ!?」
ルナは俺の腕を弱々しく握りしめ、声をひねり出していた。そして狼狽える俺と目が合うと、必死に頬を緩める。
「我を……失ったら……くっ……相手の思うつぼ……だよ……はぁ……っ……」
「バカ、無理して喋るな! 分かってる! 頭は冷えてるっ!」
「ぅん……」
穏やかな笑みを浮かべ、ルナは大人しく口を閉ざした。カッカしていた俺の頭が少しはクールダウンしたのを見て、安心したのだろう。
その後、俺はフロアの隅に置いてある木箱へルナを優しく寄りかからせると、怒りを堪えながらあくまでも冷静に覆面男へ声をかける。
「テメェは何者だ? 俺が気付かないほど、完全に気配を消すなんて素人じゃねぇな?」
「同業者……とだけ言っておこう……」
「やられたぜ。今、ようやくテメェの真の目的が分かった。狙いはビッテルの命や交易船の積み荷じゃねぇ。俺の命だな?」
「さすが察しがいいな。やはり貴様は今のうちに消しておかなければな。のちのち厄介な存在になることは明白……」
「どういうことですか、それは?」
縛られたままのビッテルが訝しむような声で訊ねてきた。
おそらく眉を曇らせているんだろうが、そっちを向いて確認をすることは出来ない。そんな隙を作れば覆面男にアドバンテージを与えちまう。ヘタすりゃ一気に命を持っていかれかねない。
だから俺は視線を覆面男に向けたまま、その問いかけに答える。
「お前は囮だったんだよ。拘束して待ち伏せていたのは、俺の隙を生み出すためだったってことさ。俺がここへ忍び込んで『仕事』をするってことまで予測してな」
「そんなっ!?」
「くそ……。レストランの時点ですでに仕組まれてたんだな……。俺とビッテルが関わり合いを持つことまで計画のうちだったのか……」
俺がそう呟くと、覆面男はかすかに目元を細めた。つまりそれは肯定したと捉えていいだろう。
つまりふたり組がビッテルを狙っていたのは、俺を嵌めるための撒き餌。それにまんまと引っかかったワケか。我ながら自分のマヌケさが嫌になるぜ……。
「貴様が商人に対して快く思っていないということは調査済みだ。そして知り合ったビッテルが商人だと分かれば、幼稚な行動を起こすことは容易に想像できた。所詮、まだまだ未熟なガキだな」
「……うるせぇ」
「監視を付けさせ、今夜動く気配があると察知して私はこうして待ち受けていた。相手が商人というだけで腹を立て、事に及ぶとは愚かなことよ」
「うるせえって言ってんだよ!」
皮肉たっぷりの言葉を淡々と喋る覆面男に対し、俺は思わず声を荒げて叫んでしまった。
図星だから何も言い返せないし、ヤツの手のひらで踊らされていた自分にも苛立ちと悔しさと情けなさが膨れあがっていく。
ギルドの若手の有望株なんて、聞いて呆れるぜ……。
「面白いことを教えてやろう。まれに商人の中にも真っ当なヤツがいる。ビッテルはまさにそういう男だ。儲けたカネで薬や食料を買い、貧しい者たちへ無償で配布している。多くの商人にとっては、儲けの障害となる邪魔者よ」
「なんだとっ!?」
「……えぇ、僕のことを快く思っていない同業者はたくさんいるでしょうね」
落ち着き払ったビッテルの声が後ろから聞こえてきた。強い意志を感じるハッキリとした声と口調。あの頼りなさそうないつもの姿からは想像もつかない。
(つづく……)
絹を裂いたようなルナの叫び声。それと同時に俺の全身に重い衝撃が走った。
気が付けば俺は突き飛ばされ、床に倒れ込んでいた。何が起きたのか分からず、慌てて体を起こす。
「ぐ……うぅ……」
じんわりと床に広がっていく赤い液体。それは俺のすぐ隣でうつ伏せに倒れているヤツの肩から流れ落ちている。そこには俺の体に当たるはずだったナイフが突き刺さって……。
倒れ込んでいるのはルナ。彼女は苦痛に顔を歪ませ、体を小刻みに震わせている。
ルナ……俺を庇って……ッ!?
それを理解した瞬間、俺は全身が震えた。頭の中が真っ白になった。寒気がして胸が締め付けられた。
「ルナァアアアアアァーッ!」
俺は這うようにして無我夢中でルナに近寄り、上半身を抱きかかえて強く抱きしめた。そしてすぐに俺は上着を脱いでそれを力任せに引きちぎり、彼女の傷口の周りを強く縛り付けて止血する。
この程度の出血なら、すぐに適切な処置をすれば命を落とすことはないはず。それとこういう場合、すぐにナイフを抜くと出血が酷くなってむしろ危険だ。
俺は夢中で応急処置をした。この隙だらけの状態では攻撃されても防ぐことは出来ないだろう。
でも俺なんかどうなってもいい! ルナさえ助けられれば!
健康的できれいな肌にナイフの傷が付き、そして赤い血で染まっている。それをあらためて認識した瞬間、息苦しくなってきて全身が大きく震える。こんな目に遭わせたヤツに対して殺意が湧いてくる。
「余計な邪魔が入ったか……」
ルナを傷付けたヤツは軽い身のこなしで梁から床へ降りてきた。
ソイツはローブのような服で全身を覆っている上、布で覆面をしている。性別や年齢、素性などは全くの不明。ただ、声の感じでは中年くらいの男のようだが。
「許せねぇ……よくも……よくもルナをーッ!」
俺はローブの男を呪い殺す勢いで睨み付けた。噛みしめた奥歯がゴリゴリと音を立てている。
ルナをこんな目に遭わせやがって、絶対に許さねぇ。相手がどんなやつだろうと関係ねぇ。差し違えてでもアイツを――
「落ち着いて……バラッタ……。あたしは……大丈夫……だから……」
「ルナっ!?」
ルナは俺の腕を弱々しく握りしめ、声をひねり出していた。そして狼狽える俺と目が合うと、必死に頬を緩める。
「我を……失ったら……くっ……相手の思うつぼ……だよ……はぁ……っ……」
「バカ、無理して喋るな! 分かってる! 頭は冷えてるっ!」
「ぅん……」
穏やかな笑みを浮かべ、ルナは大人しく口を閉ざした。カッカしていた俺の頭が少しはクールダウンしたのを見て、安心したのだろう。
その後、俺はフロアの隅に置いてある木箱へルナを優しく寄りかからせると、怒りを堪えながらあくまでも冷静に覆面男へ声をかける。
「テメェは何者だ? 俺が気付かないほど、完全に気配を消すなんて素人じゃねぇな?」
「同業者……とだけ言っておこう……」
「やられたぜ。今、ようやくテメェの真の目的が分かった。狙いはビッテルの命や交易船の積み荷じゃねぇ。俺の命だな?」
「さすが察しがいいな。やはり貴様は今のうちに消しておかなければな。のちのち厄介な存在になることは明白……」
「どういうことですか、それは?」
縛られたままのビッテルが訝しむような声で訊ねてきた。
おそらく眉を曇らせているんだろうが、そっちを向いて確認をすることは出来ない。そんな隙を作れば覆面男にアドバンテージを与えちまう。ヘタすりゃ一気に命を持っていかれかねない。
だから俺は視線を覆面男に向けたまま、その問いかけに答える。
「お前は囮だったんだよ。拘束して待ち伏せていたのは、俺の隙を生み出すためだったってことさ。俺がここへ忍び込んで『仕事』をするってことまで予測してな」
「そんなっ!?」
「くそ……。レストランの時点ですでに仕組まれてたんだな……。俺とビッテルが関わり合いを持つことまで計画のうちだったのか……」
俺がそう呟くと、覆面男はかすかに目元を細めた。つまりそれは肯定したと捉えていいだろう。
つまりふたり組がビッテルを狙っていたのは、俺を嵌めるための撒き餌。それにまんまと引っかかったワケか。我ながら自分のマヌケさが嫌になるぜ……。
「貴様が商人に対して快く思っていないということは調査済みだ。そして知り合ったビッテルが商人だと分かれば、幼稚な行動を起こすことは容易に想像できた。所詮、まだまだ未熟なガキだな」
「……うるせぇ」
「監視を付けさせ、今夜動く気配があると察知して私はこうして待ち受けていた。相手が商人というだけで腹を立て、事に及ぶとは愚かなことよ」
「うるせえって言ってんだよ!」
皮肉たっぷりの言葉を淡々と喋る覆面男に対し、俺は思わず声を荒げて叫んでしまった。
図星だから何も言い返せないし、ヤツの手のひらで踊らされていた自分にも苛立ちと悔しさと情けなさが膨れあがっていく。
ギルドの若手の有望株なんて、聞いて呆れるぜ……。
「面白いことを教えてやろう。まれに商人の中にも真っ当なヤツがいる。ビッテルはまさにそういう男だ。儲けたカネで薬や食料を買い、貧しい者たちへ無償で配布している。多くの商人にとっては、儲けの障害となる邪魔者よ」
「なんだとっ!?」
「……えぇ、僕のことを快く思っていない同業者はたくさんいるでしょうね」
落ち着き払ったビッテルの声が後ろから聞こえてきた。強い意志を感じるハッキリとした声と口調。あの頼りなさそうないつもの姿からは想像もつかない。
(つづく……)
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