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第2航路:公用船契約に潜む影
第7-1便:即戦力の加入
しおりを挟むミーリアの貸切船を運航してから1か月後、私がいつものようにドックで整備の仕事をしていると不意にライルくんがやってきた。
もちろん、それだけならたまにあることだから特に驚くことじゃない。でもこの日は想像すらしなかった格好で現れたので、思わず慌てふためいてしまった。
私は誰かと見間違えたか、幻影魔法でも掛けられたのではないかと思ったくらいだ。
「ライルくん、その格好はっ? なんでソレイユの制服を着てるのっ!?」
「明日から俺もソレイユ水運所属の魔術整備師になる。今日は本社へ顔見せに来た。そういうわけだからよろしくな、シルフィ」
「いやいや、『そういうわけだから』って涼しい顔で言われても! 何の話も聞いてないからさすがに戸惑うよ……」
「まっ、急に決まったことだしな。聞いてなかったとしても無理はない。あるいはシルフィに対するフォレスさんのサプライズか」
「サプライズだとしても度が過ぎるよ……。で、つまりライルくんはルーンからの出向ってことなの?」
「いや、ルーンは辞めた」
「っ? 辞めたぁあああああぁーっ!?」
思わず私は声を裏返して叫んでしまった。あまりの声量にドックの窓ガラスがピリピリと震えている。
それと急に大声を出したので、直後に私は少しむせて呼吸が苦しくなる。驚きすぎて心臓も大きく跳ね上がり、なんか目まいもしたような……。
でも想像の遙か上を行く衝撃的な事実をサラッと告げられたのだから、それも当然だ。まさかライルくんがルーンを辞めてまでソレイユに移籍してくるなんて、鉄粉の欠片サイズほどの可能性も考えたことがなかった。
ライルくんのような優秀な魔法整備師がライバル会社へ突然の移籍。
ルーンの社内――特に整備部門は今ごろ大混乱になっているだろうな。その穴を埋められる人材の確保だって、簡単にはいかないはずだし。
これって結構な大ごとなのに、当事者のライルくんは落ち着き払っていて気にも留めていない様子でいる。あっけらかんとした感じ。彼にとっては『家にハンカチを忘れたけど、まぁいいや』ぐらいの軽い気持ちなのかも。
私の動揺をよそに、ライルくんは淡々と話を続ける。
「公用船契約の一件で、会社の姿勢と俺の考え方が合わないとハッキリしたからな。機械を冒涜するような会社で働いてられるか。幸いにもソレイユが魔術整備師を募集していると知ったんでな。応募したら即採用になった」
「ま、まぁ、ライルくんほどの整備の腕があれば、どこの会社の整備部門でも引っ張りだこだろうけど」
「ソレイユにも不満点はあるけどな。整備師が整備専属ではなく、操舵手など整備以外の業務も担当することがあるだろう?」
「操舵手の仕事も楽しいし、やりがいもあるよ」
「だといいがな……」
ライルくんは肩をすくめて大きく息をついた。
でもそんな反応を示していても、うちの会社の方針を受け入れる心構えは出来ているような気がする。あくまでも私の勘だけど、彼の表情を見ているとどことなくそんな感じがするのだ。
いずれにしてもソレイユの整備部門にとって、彼の加入は大きい。
うちの会社には初歩的な整備であれば出来る社員が何人かいるけど、魔術整備師の資格を持って高度な整備を担当できるのは私だけだった。そこへ即戦力となるライルくんが加わるなら、対応できる幅が広がる。
どちらかが病気などになったらもうひとりが代わりを務められるし、急ぎの整備が必要になった際には協力して作業をすれば手早く質の高い成果を提供することが出来る。
――と、今後のことを想像して期待に胸を膨らませていた時のこと、なんと今度はドックにミーリアがやってくる。上等そうなビジネススーツを着ているから、市長秘書の仕事をしている最中なのだろう。
もしかしたら、また船でどこかの町へ出張に行くのかもしれない。それならついでにドックへ立ち寄ったということも充分に考えられる。
でもここには機械油にまみれたパーツや薬品を拭き取ったウエスなどがたくさん置いてあるから、気を付けないと服が汚れてしまう。臭い移りだってするかもしれない。
だから顔を出してくれるのはもちろん嬉しいんだけど、綺麗な格好でここに来るのはあまりオススメできない。私も手やツナギが汚れだらけだから、うっかり彼女の肌や服に触れてしまわないように注意しないと。
「こんにちは、シルフィ。――あら? ライルさんもいらっしゃったのですね」
「どうしたの、ミーリア? ドックに顔を出すなんて珍しいね」
「うん、シルフィに話があって来たんだ。あ、これは仕事に関することだし、ちゃんとフォレスにも許可を取ってあるから安心して。整備の手を止めていてもサボりにならないよ」
「さすが『根回しのミーリア』だね」
「っ? 何その変な異名というか、ふたつ名みたいなやつ……。お願いだから定着させないでね? 何かイヤだし、ダサイし……」
ミーリアは眉をひそめながら頭を抱えていた。私としては、ふたつ名というつもりで言ったわけじゃなかったんだけど、聞きようによってはそう捉えられなくもないかもしれない。
(つづく……)
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