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北の森ガラス工房

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「ロバートの処置については職人ギルド長と話し合ってきた」

親方さんは苦々しい顔で口を開いた。

「将来のある若者の話だ。心を入れ替えたときには更生の余地を残してやりたい」

うんうん。それはわかる。
何もかも奪うほどの罪じゃないし、下手な厳罰は「無敵の人」を生むだけだ。

私はそう思うんだけど、ハンナさんの表情は硬い。

「俺の兄弟子にあたる北の森ガラス工房の親方から、職人を送ってくれないかと前々から聞かれていた。ロバートはそこに送り、バグズブリッジへの立ち入りを二年間禁じようと思う」

親方試験は、ロバートさんが修行をした工房がある街……バグズブリッジで行われる。つまり、ロバートさんはこの先二年間は親方にはなれないということだ。

「北の森ガラス工房は、厳しい場所にある。北の森は魔物も多いし、一番近い街は鉱山街でとても不便な場所だ」
「厳しい場所で二年間反省してもらおうということですか……」
「もちろんロバートが壊した竃のお金と薪代と迷惑料はハンナガラス工房が立て替える。これは、後ほど本人に支払わせるつもりだ」
「職人ギルドはこうした罰則が適用されているか監視します」
「ふむ。しっかりと考えられているのですね」

商人ギルドの副ギルド長が考え深そうに言う。
悪い処罰でないように思われるけど……私はハンナさんの表情が気になった。唇をキュッと結んでいる。

「夏雪草の皆さんはこの措置で良いですか?」

副ギルド長がこちらを向く。私とアナベルさんの方に視線が向いているのは多分私達二人がリーダー格と見られているから、だな。

「そうですね……」
「ちょっと待って。まず、ハンナさんの意見を聞かせてもらっても良いですか?」

私は軽くアナベルさんを制する。アナベルさんの驚いたような表情が目に入る。
うん、わかるよ。
妨害工作をした人が遠くに行くというのは安心することだ。でもね、ハンナさんの表情がね……。
うつむいてるし、唇も噛んでるし……。
「ハンナさん、ハンナさんはどう思うの?」
私がハンナさんの顔を見ると、彼女は絞り出すかのように声を出した。


「こ……こんなに……わ……私を馬鹿にした話はないです……」

ハンナさんの声は相変わらず小さくて震えていたけれど、部屋中が静まり返って彼女の声を聞いていた。
「こんなのが罰になるくらいだったら、私が罰を受けたいです」
「……!」
「わ……私を北の森工房に送ってください……!」

「お、お前そんな……!」

親方はすっかり子煩悩な父親の顔になってオロオロしている。

「……説明していただけますか?」

柔らかい口調でフェリックスさんがハンナさんの方に向き直る。
ハンナさんは頷くと説明し始めた。


「まず……ガラス工房というものは……本当は森のそばにある方が良いんです」

うお!
本来のそもそも論から来たよ!

「た……大量に薪を使いますから、か……開拓中の森のそばは理想的な環境なんです……」

緊張しているのか少しどもっている。

「い……いくらでも薪が使えれば……色々……試せることも、多いんです。……い……色ガラスを作るには鉱物を混ぜます。こ……鉱山の近くなんて……ゆ……夢みたいな場所です」

なるほど……。確かに寂れた場所で不便だろうし、魔物の恐れもあるけれど、職人としては恵まれた環境なんだ。北の森は。

「そう聞くと罰としてはちょっと良くない気がしますね……」
フェリックスさんがゆっくり言う。
「ふむ。しかし、更生の芽を摘むわけにはいかないから、という配慮だと思うのですが……。将来のある若者のことですし……」

副ギルド長が言うと、ハンナさんは、キッと副ギルド長を睨んだ。

「それでは、私の……私の将来はどうなりますか?」
「え?」
「女性職人はなかなか名前を出して仕事ができません。な……夏雪草乙女会は、もともと将来が切り開けない私達が、なんとか職人として将来を掴むための集まりなんです……。ロバートには、道がありました。私には、最初から道なんか、なかった。も……もしも、今日、ギルドの後ろだてがもらえていなかったら……、私にガラス職人としての将来はどのくらいあったと思いますか?」
「……それは……」

副ギルド長がひるむ。

「私の将来を潰そうとした人の将来を、みんなで……よってたかって心配してあげるって……変じゃないですか。それが実の父親だとか、私……」

ハンナさんは、もう泣きそうだ。

「いや、そのハンナ、これは……」
ハンナさんのお父さんは焦ったように娘に話しかけるけれど、ハンナさんは目を合わせもしなかった。

「わ……私、知ってるんです。き……北の森ガラス工房からの問い合わせ……は『職人を送ってほしい』じゃなくて……こ……『工房の跡継ぎになれそうな職人……を送ってほしい』……だった……はずです」

「は?」

いけない。声が出ちゃった。
「ちょっとそれ……自分の娘の将来を潰そうとした人にハンナさんのお父さんが次のポジションを用意してあげた……ってこと……?」
「あ、いや、これはその……」
「北の森ガラス工房の親方は腕もしっかりしたいい職人さんなんです……」

なるほど。

ロバートさんは2年頑張って親方になり、北の森ガラス工房を受け継いで、ハンナさんはハンナガラス工房の親方に……という将来像だったのか……。
それともそこまで考えてはいなくて、単にまだロバートさんとハンナさんが結婚して工房を受け継ぐことを考えていたのか……。

「……ロバートが行くくらいなら、私が行きます」
「え……?」
「北の森ガラス工房には私が行きます。マスターピースも認められているし、私の方が適任です」
「ハンナ……」
「お父さん、今日まで育ててくださってありがとうございました」
「だからそれは他の場面で聞くつもりだったやつ……!」

親方さんは、ヘナヘナと座り込む。

「いや、しかし、となると、ロバート君は皆んなに色眼鏡で見られながらバグズブリッジで徒弟としてやって行くことになる……。さすがにかわいそうではないか……」

職人ギルド長が呟くとアナベルさんが微笑んだ。

「それはご心配なさらなくても大丈夫だと思います……」
「そうかな……?」
「はい。私達、ずっと色眼鏡で見られてきましたもの」
「……!」
「真面目にやっていれば意外となんとかなるものですよ。職人としての技術は嘘をつきません」

穏やかで、でも有無を言わせない口調だった。


「……」

ロバートさんが、がっくりと肩を落とした。


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