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北極点に立つ者
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凍傷で足の指を失いながらも8度めの挑戦でついに北極点に立ったとされるピアリーだが……
北極点到達は知名度からすると南極点到達にまったく及ばない。
冒険家アムンゼンと悲劇のスコット大佐の逸話などは管理人も小学生のころから知っていたし、スコット大佐の南極探検隊のたどったあまりに過酷な結末などはいつかこのホームページでもとりあげたいと思っている。
だがロバート・E・ピアリーが北極点に到達したことを知ったのは大学生のときである。すぐにこの偉業がマイナーであるわけがわかった。
要するに胡散臭いのだ。
人類初の北極点到達という偉業は現在ではほぼ否定されており、当時においても虚偽と醜聞に塗れていた。
凍傷で足の指を失ってまで探検をあきらめず、私財をなげうって生命の危機にひんしてまで極点を目指した冒険家にいったい何があったのか。
栄光を求める人間に魔が差すということはやむを得ないことでもあるのだろうか……。
ロバート・E・ピアリーは1856年5月6日ペンシルヴァニア州のクレソンで生を受けた。
その後アメリカ海軍に入隊したピアリーは北極に興味を持ち1890年代からたびたび北極点に挑戦を始める。
1891年のピアリーのグリーンランド探検隊のなかには後年、初の極点到達をめぐって宿命のライバルとなるフレデリック・クックが含まれていた。
クックは非常に有能な探検家であり、当初ピアリーは彼を右腕として信頼していたが、後日探検記録を出版する際の著作権などをめぐって二人は決裂。
二度とパーティーをともにすることはなかった。
金銭問題がこじれているあたり、すでに二人の人間性が垣間見えたような気がするのは気のせいだろうか?
その後ピアリーは精力的に北極に挑戦し続ける。
対するクックもまたピアリーとは別に北極点への挑戦を開始、1906年にはマッキンリー山初登頂で世界にその名を轟かせた。
しかしこの登頂がのちにクックの命取りになるとはこのとき誰も考えもしなかったであろう。
ピアリーは海軍中佐であったこともあり、当時の大統領セオドア・ルーズベルトから支持を得るなど、すでに彼の冒険は国家事業となりつつあった。
スポンサーも社会的に地位のあるものが多く、新聞社などの注目もピアリー以外の探検家とは一線を画すものであった。
そしてついに彼は8度目となる最後の北極点への冒険を開始する。
イヌイットとの間に妾をもっていたピアリーは原住民であるイヌイットの知恵と支援を受け最後の冒険を黙々と遂行した。
北極点に近づくにつれて少なくなっていく仲間たち。
同行者のバートレットを引きかえさせた後は現在地を正確に測ることが出来るのはピアリー一人になっていた。
1909年4月6日、ピアリーはついに北極点に人類最初の一歩を記したのである。
一方運命の1909年を先立つこと2年前の1907年、クックは北極点を目指して旅立ったまま行方不明となっていた。
世間一般ではすでに彼は死亡したものと受け止められていたのである。
ところがここでピアリーのもとに運命のいたずらが訪れる。
北極点到達から帰国の途についたピアリーは立ち寄ったグリーンランドの港イータで、偶然一人のアメリカ人と出会うのである。
男の名はハリー・ホイットニー。
資産家である彼は旅行がてら捕鯨に同行しイータで足止めされていたのである。
ハリーは帰国するためにピアリーの船に乗船させてもらうことを申し出ていた。
そして、交換条件としてある驚くべき事実をピアリーに告げたのである。
「数週間前氷原でクック博士を見ました。彼は生きています」
ようやく生涯の夢を達成したかに思っていたピアリーの前にかつての仲間が立ちふさがる。
悪夢にも似た思いでピアリーはハリーの乗船を許可した。
その代わりに、ピアリーはハリーがクックから委託されたという北極での探検資料をその場で投棄することを約束させたのだった。
探検の達成を証明する資料として、日付入りの日記や天体観測などの資料は欠かすことのできない資料となる。
これらが捨てられてしまったことでクックが生命を賭けて築きあげてきた探検の記録は永久にグリーンランドの氷壁の中に葬り去られたのである。
クックが文明社会に戻ってきたのはピアリーよりも2日早い1909年の9月4日であった。
デンマークの首都コペンハーゲンに到着したクックは熱狂的な歓迎を受けた。
母国であるアメリカでもクックは大々的な歓迎を受け1908年の4月21日、クックが北極点に到達したことを連日新聞は大きく報道したのである。
帰国したピアリーは失意の中で名誉の回復を諦めなかった。
彼には全米でも屈指のスポンサーがおり、その中には新聞王トマス・ハバードをはじめとするマスコミも多かったからである。
スポンサーと連絡をとったピアリーはクックの北極点到達は虚偽であり、自分たちこそが本物の極点到達者であると主張した。
ピアリーがそんな陰謀をめぐらしていることなど、全米各地で得意げに講演して歩いていたクックは知る由もなかった。
マスコミを操るピアリーの影響力はクックの想像を超えて大きかった。
ピアリーはクックに同行したイヌイットから「常に陸地は見えていた」という証言を引き出すとニューヨークタイムズ社にこれをリークする。
厚い氷に覆われた北極点は陸地からは遠く離れた場所になるからである。
しかも追い打ちをかけるように1906年北米最高峰であるマッキンリー山に同行したエド・バリルがクックのマッキンリー初登頂は嘘であったと証言したのである。
これが最後の決め手となった。
クックは詐欺まがいの山師であるとみなされ、公的にピアリーが北極点の初到達者であると認められたのである。
確かにクックに山師的な部分があったことは否定できない。
だがクックにとってとどめとなったエド・バレルの証言にはピアリーの強い意志が介在していた。
実はピアリーは弁護士とともにエド・バリルに対し5000ドルもの小切手を支払っているのである。
もちろん見ず知らずの他人であるエド・バリルにピアリーが大金を支払う理由など言わずとも知れていた。
果してクックはピアリーより先に北極点に到達していたのか。そもそもピアリー自身到達した場所は本当に極点であったのか。
北極点の問題は南極と違い北極はただ氷があるだけで氷は季節によって流動するということである。
旗を立てたり何らかのものを証拠に埋めていくという手段は使えないのだ。
そのため北極探検の冒険家は毎日辿ったルートと距離、太陽の位置や星の位置などを記録し証拠としなければならない。
その結果クックの日誌には数多くの矛盾点があり、ピアリーが卑劣な手を使うまでもなく彼が北極に到達していないことは現代では明らかになっている。
皮肉にもピアリーの工作は事実であったのである。
そもそもクックは北極点に近くにさえ行っていなかった。
対するピアリーはどうなのだろうか。
実はこちらも怪しさ満点なのである。
なぜか到達したその日の日誌が記されていなかったり、証言者のいない召使と二人きりになってから37日間に765kmも走破している。
同じ白人たちの仲間と行動していたときとは倍近い速度で北極点へ爆走しているのである。
さすがにこれは怪しいと言わざるを得ない。
ほかにも意図的と思われる日誌の欠落、何より土木技師であり測量技術をもっていたはずのピアリーが記念に撮影した写真はすべて正確に影の距離が測定できないものであった。
北極点では24時間太陽は一定の角度を保つために影の長さで太陽の角度を割り出すことが出来る。
もちろんこんなことは常識としてピアリーも知っていたはずだ。
にもかかわらず測定することのできない写真を撮影したことに何らかの意図を感じてしまうのは管理人だけだろうか。
測量技術の低さによりわずかに極点からずれていたという説もあるが、2013年現在もなお北極点の正式な到達者はピアリーと認定され続けている。
北極点到達は知名度からすると南極点到達にまったく及ばない。
冒険家アムンゼンと悲劇のスコット大佐の逸話などは管理人も小学生のころから知っていたし、スコット大佐の南極探検隊のたどったあまりに過酷な結末などはいつかこのホームページでもとりあげたいと思っている。
だがロバート・E・ピアリーが北極点に到達したことを知ったのは大学生のときである。すぐにこの偉業がマイナーであるわけがわかった。
要するに胡散臭いのだ。
人類初の北極点到達という偉業は現在ではほぼ否定されており、当時においても虚偽と醜聞に塗れていた。
凍傷で足の指を失ってまで探検をあきらめず、私財をなげうって生命の危機にひんしてまで極点を目指した冒険家にいったい何があったのか。
栄光を求める人間に魔が差すということはやむを得ないことでもあるのだろうか……。
ロバート・E・ピアリーは1856年5月6日ペンシルヴァニア州のクレソンで生を受けた。
その後アメリカ海軍に入隊したピアリーは北極に興味を持ち1890年代からたびたび北極点に挑戦を始める。
1891年のピアリーのグリーンランド探検隊のなかには後年、初の極点到達をめぐって宿命のライバルとなるフレデリック・クックが含まれていた。
クックは非常に有能な探検家であり、当初ピアリーは彼を右腕として信頼していたが、後日探検記録を出版する際の著作権などをめぐって二人は決裂。
二度とパーティーをともにすることはなかった。
金銭問題がこじれているあたり、すでに二人の人間性が垣間見えたような気がするのは気のせいだろうか?
その後ピアリーは精力的に北極に挑戦し続ける。
対するクックもまたピアリーとは別に北極点への挑戦を開始、1906年にはマッキンリー山初登頂で世界にその名を轟かせた。
しかしこの登頂がのちにクックの命取りになるとはこのとき誰も考えもしなかったであろう。
ピアリーは海軍中佐であったこともあり、当時の大統領セオドア・ルーズベルトから支持を得るなど、すでに彼の冒険は国家事業となりつつあった。
スポンサーも社会的に地位のあるものが多く、新聞社などの注目もピアリー以外の探検家とは一線を画すものであった。
そしてついに彼は8度目となる最後の北極点への冒険を開始する。
イヌイットとの間に妾をもっていたピアリーは原住民であるイヌイットの知恵と支援を受け最後の冒険を黙々と遂行した。
北極点に近づくにつれて少なくなっていく仲間たち。
同行者のバートレットを引きかえさせた後は現在地を正確に測ることが出来るのはピアリー一人になっていた。
1909年4月6日、ピアリーはついに北極点に人類最初の一歩を記したのである。
一方運命の1909年を先立つこと2年前の1907年、クックは北極点を目指して旅立ったまま行方不明となっていた。
世間一般ではすでに彼は死亡したものと受け止められていたのである。
ところがここでピアリーのもとに運命のいたずらが訪れる。
北極点到達から帰国の途についたピアリーは立ち寄ったグリーンランドの港イータで、偶然一人のアメリカ人と出会うのである。
男の名はハリー・ホイットニー。
資産家である彼は旅行がてら捕鯨に同行しイータで足止めされていたのである。
ハリーは帰国するためにピアリーの船に乗船させてもらうことを申し出ていた。
そして、交換条件としてある驚くべき事実をピアリーに告げたのである。
「数週間前氷原でクック博士を見ました。彼は生きています」
ようやく生涯の夢を達成したかに思っていたピアリーの前にかつての仲間が立ちふさがる。
悪夢にも似た思いでピアリーはハリーの乗船を許可した。
その代わりに、ピアリーはハリーがクックから委託されたという北極での探検資料をその場で投棄することを約束させたのだった。
探検の達成を証明する資料として、日付入りの日記や天体観測などの資料は欠かすことのできない資料となる。
これらが捨てられてしまったことでクックが生命を賭けて築きあげてきた探検の記録は永久にグリーンランドの氷壁の中に葬り去られたのである。
クックが文明社会に戻ってきたのはピアリーよりも2日早い1909年の9月4日であった。
デンマークの首都コペンハーゲンに到着したクックは熱狂的な歓迎を受けた。
母国であるアメリカでもクックは大々的な歓迎を受け1908年の4月21日、クックが北極点に到達したことを連日新聞は大きく報道したのである。
帰国したピアリーは失意の中で名誉の回復を諦めなかった。
彼には全米でも屈指のスポンサーがおり、その中には新聞王トマス・ハバードをはじめとするマスコミも多かったからである。
スポンサーと連絡をとったピアリーはクックの北極点到達は虚偽であり、自分たちこそが本物の極点到達者であると主張した。
ピアリーがそんな陰謀をめぐらしていることなど、全米各地で得意げに講演して歩いていたクックは知る由もなかった。
マスコミを操るピアリーの影響力はクックの想像を超えて大きかった。
ピアリーはクックに同行したイヌイットから「常に陸地は見えていた」という証言を引き出すとニューヨークタイムズ社にこれをリークする。
厚い氷に覆われた北極点は陸地からは遠く離れた場所になるからである。
しかも追い打ちをかけるように1906年北米最高峰であるマッキンリー山に同行したエド・バリルがクックのマッキンリー初登頂は嘘であったと証言したのである。
これが最後の決め手となった。
クックは詐欺まがいの山師であるとみなされ、公的にピアリーが北極点の初到達者であると認められたのである。
確かにクックに山師的な部分があったことは否定できない。
だがクックにとってとどめとなったエド・バレルの証言にはピアリーの強い意志が介在していた。
実はピアリーは弁護士とともにエド・バリルに対し5000ドルもの小切手を支払っているのである。
もちろん見ず知らずの他人であるエド・バリルにピアリーが大金を支払う理由など言わずとも知れていた。
果してクックはピアリーより先に北極点に到達していたのか。そもそもピアリー自身到達した場所は本当に極点であったのか。
北極点の問題は南極と違い北極はただ氷があるだけで氷は季節によって流動するということである。
旗を立てたり何らかのものを証拠に埋めていくという手段は使えないのだ。
そのため北極探検の冒険家は毎日辿ったルートと距離、太陽の位置や星の位置などを記録し証拠としなければならない。
その結果クックの日誌には数多くの矛盾点があり、ピアリーが卑劣な手を使うまでもなく彼が北極に到達していないことは現代では明らかになっている。
皮肉にもピアリーの工作は事実であったのである。
そもそもクックは北極点に近くにさえ行っていなかった。
対するピアリーはどうなのだろうか。
実はこちらも怪しさ満点なのである。
なぜか到達したその日の日誌が記されていなかったり、証言者のいない召使と二人きりになってから37日間に765kmも走破している。
同じ白人たちの仲間と行動していたときとは倍近い速度で北極点へ爆走しているのである。
さすがにこれは怪しいと言わざるを得ない。
ほかにも意図的と思われる日誌の欠落、何より土木技師であり測量技術をもっていたはずのピアリーが記念に撮影した写真はすべて正確に影の距離が測定できないものであった。
北極点では24時間太陽は一定の角度を保つために影の長さで太陽の角度を割り出すことが出来る。
もちろんこんなことは常識としてピアリーも知っていたはずだ。
にもかかわらず測定することのできない写真を撮影したことに何らかの意図を感じてしまうのは管理人だけだろうか。
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