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霧積温泉殺人事件
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霧積温泉はかつて草津温泉に並ぶ名湯であったという。
1910年に発生した山津波によって、四十軒以上あった旅館は全て流されてしまい、現在では金湯館のみが営業する秘湯である。
温泉好きな管理人にとって、一度は訪れたい場所だ。
この秘湯金湯館で1972年、女性旅行客が殺害された。それがこの霧積温泉殺人事件である。
当時24歳だった井上恵子さんは群馬県伊勢崎市昭和町の生まれで、高校を卒業した後、市内のガソリンスタンドに勤めていた。
そして、彼女の家族は休日になるとよく温泉宿に行っていたらしい。さすが草津や伊香保を擁する群馬県である。
1972年8月当時も夏休みを利用して、母親と1歳年下の弟、恵子さんの3人で霧積温泉に行く予定だったという。
しかし、旅行前日になって弟の都合が悪くなってしまい、その代わりに母親の友人で近所に住む奥さんを連れて行くことになった。
さらに出発当日の朝、今度は母親にまで急な仕事が入ってしまい、旅行に行けるのは恵子さんと近所の奥さんだけになってしまった。
そうなると、さすがに面識のない二人で温泉旅行に行くのは気まずいということになり、結局は恵子さん一人で向かうことを決める。
もともと恵子さんは一人で登山や旅行を楽しむアウトドア派の人間だったようだ。
そして8月12日当日の午前10時19分。彼女は一人で伊勢崎駅を出発し、途中地点の横川駅で降りたのが、正午前のことだった。
恵子さんの目的地である宿金湯館はそこからさらに13キロメートルほど離れた場所にある秘湯である。
金湯館は、客のためにマイクロバスを出しており、恵子さんはそれを待っていた。
しかし、しばらく待ってもマイクロバスがこないので、我慢できなくなった恵子さんは、通りかかった国鉄職員の車に乗せてもらい、駅から約3キロ地点にある霧積温泉連絡所へと向かった。
当時金湯館には電話がないため、この連絡所で予約とか、このマイクロバスの送迎とか、していたらしい。
そこについて恵子さんはそこにいたおばちゃんと長い時間話し込んでいたという。
「ここから金湯館までどれくらいかかりますか」
「3、4時間はかかります。そんなハイヒールでは無理ですよ」
おばちゃんにそう言われた恵子さんは、連絡所の近くにあった雑貨店で白の運動靴を購入した。
登山などで足に自信があるのか、この歩いていくという姿勢だったようだ。
しかし、結局は連絡所のおばさんから説得され、マイクロバスが来るまで待つことになった。
そして雑談をしながらしばらく待っていると、バスが到着し、彼女を乗せて目的の宿へと道を急いだ。
そうしてようやく宿に到着したのは15時過ぎだったという。
宿の職員によると、到着してから恵子さんは夕食の時以外は外出せず部屋にいたようだ。
そして、翌8月13日事件が起こることとなるこの日、恵子さんは朝8時過ぎに朝食を済ませてから持参していたカメラをアルバイトの男子学生に渡して、旅館前で記念写真を2枚撮影してもらっている。
午前10時頃にチェックアウトした彼女に旅館の若女将がバスで駅まで送っていくと声をかけた。
しかし、恵子さんは「天気がいいから歩いて帰りますから」と断り、前日に購入した運動靴を履いて宿を後にした。
この時の判断が運命の分かれ道になると誰が思うだろう。
当時はお盆休みだったということもあって、霧積温泉を訪れていた客は300人もいたのだ。
それほどの人がいたのにも関わらず、チェックアウト後の恵子さんを見たという目撃情報はほとんどなかった。
当時の服装などから、恵子さん本人を目撃していたであろうとされた証言は時系列的に2つあった。
一つ目は、チェックアウトから3時間後の13時頃、金湯館から伸びる坂の途中で恵子さんらしき女性を目撃したというもので、この姿は役場職員や観光客など7人が目撃しており、そのことからも確実な情報だろうとされている。
そして、続いての証言が最後の目撃情報となっており、最初の目撃から約1時間後の14時頃、恵子さんと思われる女性が1人で下山している姿を見たというものだった。
また、この証言をした人物は恵子さんに直接話しかけており「山奥を女性一人で歩くのは危ないから一緒に乗っていくか」と呼びかけたという。
しかし、恵子さんはなぜかこの申し出も断っている。
前年に一人旅を経験してから、恵子さんは単独行動を好む傾向があった。
これらの情報をもとに当時の足取りを確認すると、不審な点が浮かび上がる。
不思議なことに、恵子さんは1キロもない距離を約3時間もかけて歩いていたことになるのである。
この距離は一般的な成人女性が歩くのにせいぜい15分ほどしかかからないはずだ。
ならば彼女はその余分な2時間45分をどのようにして過ごしていたのだろうか。
そんな中、家で恵子さんの帰りを待つ家族は、14日になっても彼女が帰らないことを受け、当時28歳だった姉が15日に霧積温泉へと向かい、その行方を追った。
そして、16日の朝には恵子さんの父親が伊勢佐木署に捜索願を提出し、さらに家族と近所の人たちとで独自の捜索隊を組み、総勢10名で霧積温泉付近のハイキングコースや林道などの捜索を開始している。
しばらくすると、園庭の横に小屋があるのを発見し、近づいてみると大量のハエが飛んでいるのが確認できた。
これを見た父親たち捜索隊は恐る恐る小屋の扉を開けると、そこには変わり果てた姿の恵子さんが倒れていたのである。
右腕に長さ5cm、幅3cmの切り傷に左胸や首などにはなんと24箇所もの刺し傷と切り傷があった。
物置小屋は南側の8畳間と北側の6畳間があり恵子さんは8畳間の真ん中でうつぶせになっていた。
6畳間から8畳間まで6,7メートルを引きずった形跡が確認された。
ここから捜査は難航する。
300名もの宿泊客のなかには偽名で宿泊したものもおり、さらにそのアリバイの調査となると困難を極めた。
結局警察は宿泊客の犯行の可能性はないと判断した。
そこで浮かび上がってきたのが、恵子さんが帰宅する道上で釣りをしていた者の存在である。
恵子さんの発見された小屋が、土地勘のないものにはわかりにくいことや、小屋のなかで軍手や足袋を使用した形跡があったためである。
その後恵子さんのカメラを確認するとフィルム内に五枚の写真が収められていた。
2枚は旅館で学生アルバイトに撮ってもらったものである。
残る3枚は忍の池堰堤で2枚、金剛の滝で1枚であった。
旅館のマイクロバスが14時過ぎに下山したときには恵子さんの姿を発見できなかったことから、最後の目撃証言の14時前後が犯行時刻ではないかと思われる。
このことが新聞で発表されると石田と名乗る男性から、その写真は私が撮ったという証言があった。
しかしこの石田と名乗る男性は捜査本部に現れることはなく、住所や電話番号がでたらめだったため、いたずらではないかと判断された。
警察の必死捜査にも関わらず、目撃証言や物証は非常に乏しかった。
恵子さんがわずか1キロの道になぜ3時間近くもかかったのか、については後日弟の証言で軽井沢へのハイキングコースの行き方を聞いていたそうで、迷いやすい道であることから途中で断念して戻ってきたのではないかと思われる。
犯人が車で来た可能性が非常に高いことから、捜査の結果怪しいスバルR2が目撃されたという証言があったものの、運転者の割り出しには失敗している。
結局事件は迷宮入りとなり、捜査本部は1973年4月に解散した。
未解決事件として有名なこの事件だが、被害者の恵子さんが頑なに送迎を断っていたり、空白の3時間がある、また金湯館に来るのは三回目なのに来るのは初めて、と本人が言っていたりと不可思議に思うこともある。
しかし事件としては土地勘のある釣り人の通り魔的犯行で説明がつくもので、たまたま目撃者がおらず犯行を立証できなかっただけである。
管理人はヤマノススメのファンではあるが、人の少ない自然空間の防犯意識は高くもってほしいと切に願う次第である。
1910年に発生した山津波によって、四十軒以上あった旅館は全て流されてしまい、現在では金湯館のみが営業する秘湯である。
温泉好きな管理人にとって、一度は訪れたい場所だ。
この秘湯金湯館で1972年、女性旅行客が殺害された。それがこの霧積温泉殺人事件である。
当時24歳だった井上恵子さんは群馬県伊勢崎市昭和町の生まれで、高校を卒業した後、市内のガソリンスタンドに勤めていた。
そして、彼女の家族は休日になるとよく温泉宿に行っていたらしい。さすが草津や伊香保を擁する群馬県である。
1972年8月当時も夏休みを利用して、母親と1歳年下の弟、恵子さんの3人で霧積温泉に行く予定だったという。
しかし、旅行前日になって弟の都合が悪くなってしまい、その代わりに母親の友人で近所に住む奥さんを連れて行くことになった。
さらに出発当日の朝、今度は母親にまで急な仕事が入ってしまい、旅行に行けるのは恵子さんと近所の奥さんだけになってしまった。
そうなると、さすがに面識のない二人で温泉旅行に行くのは気まずいということになり、結局は恵子さん一人で向かうことを決める。
もともと恵子さんは一人で登山や旅行を楽しむアウトドア派の人間だったようだ。
そして8月12日当日の午前10時19分。彼女は一人で伊勢崎駅を出発し、途中地点の横川駅で降りたのが、正午前のことだった。
恵子さんの目的地である宿金湯館はそこからさらに13キロメートルほど離れた場所にある秘湯である。
金湯館は、客のためにマイクロバスを出しており、恵子さんはそれを待っていた。
しかし、しばらく待ってもマイクロバスがこないので、我慢できなくなった恵子さんは、通りかかった国鉄職員の車に乗せてもらい、駅から約3キロ地点にある霧積温泉連絡所へと向かった。
当時金湯館には電話がないため、この連絡所で予約とか、このマイクロバスの送迎とか、していたらしい。
そこについて恵子さんはそこにいたおばちゃんと長い時間話し込んでいたという。
「ここから金湯館までどれくらいかかりますか」
「3、4時間はかかります。そんなハイヒールでは無理ですよ」
おばちゃんにそう言われた恵子さんは、連絡所の近くにあった雑貨店で白の運動靴を購入した。
登山などで足に自信があるのか、この歩いていくという姿勢だったようだ。
しかし、結局は連絡所のおばさんから説得され、マイクロバスが来るまで待つことになった。
そして雑談をしながらしばらく待っていると、バスが到着し、彼女を乗せて目的の宿へと道を急いだ。
そうしてようやく宿に到着したのは15時過ぎだったという。
宿の職員によると、到着してから恵子さんは夕食の時以外は外出せず部屋にいたようだ。
そして、翌8月13日事件が起こることとなるこの日、恵子さんは朝8時過ぎに朝食を済ませてから持参していたカメラをアルバイトの男子学生に渡して、旅館前で記念写真を2枚撮影してもらっている。
午前10時頃にチェックアウトした彼女に旅館の若女将がバスで駅まで送っていくと声をかけた。
しかし、恵子さんは「天気がいいから歩いて帰りますから」と断り、前日に購入した運動靴を履いて宿を後にした。
この時の判断が運命の分かれ道になると誰が思うだろう。
当時はお盆休みだったということもあって、霧積温泉を訪れていた客は300人もいたのだ。
それほどの人がいたのにも関わらず、チェックアウト後の恵子さんを見たという目撃情報はほとんどなかった。
当時の服装などから、恵子さん本人を目撃していたであろうとされた証言は時系列的に2つあった。
一つ目は、チェックアウトから3時間後の13時頃、金湯館から伸びる坂の途中で恵子さんらしき女性を目撃したというもので、この姿は役場職員や観光客など7人が目撃しており、そのことからも確実な情報だろうとされている。
そして、続いての証言が最後の目撃情報となっており、最初の目撃から約1時間後の14時頃、恵子さんと思われる女性が1人で下山している姿を見たというものだった。
また、この証言をした人物は恵子さんに直接話しかけており「山奥を女性一人で歩くのは危ないから一緒に乗っていくか」と呼びかけたという。
しかし、恵子さんはなぜかこの申し出も断っている。
前年に一人旅を経験してから、恵子さんは単独行動を好む傾向があった。
これらの情報をもとに当時の足取りを確認すると、不審な点が浮かび上がる。
不思議なことに、恵子さんは1キロもない距離を約3時間もかけて歩いていたことになるのである。
この距離は一般的な成人女性が歩くのにせいぜい15分ほどしかかからないはずだ。
ならば彼女はその余分な2時間45分をどのようにして過ごしていたのだろうか。
そんな中、家で恵子さんの帰りを待つ家族は、14日になっても彼女が帰らないことを受け、当時28歳だった姉が15日に霧積温泉へと向かい、その行方を追った。
そして、16日の朝には恵子さんの父親が伊勢佐木署に捜索願を提出し、さらに家族と近所の人たちとで独自の捜索隊を組み、総勢10名で霧積温泉付近のハイキングコースや林道などの捜索を開始している。
しばらくすると、園庭の横に小屋があるのを発見し、近づいてみると大量のハエが飛んでいるのが確認できた。
これを見た父親たち捜索隊は恐る恐る小屋の扉を開けると、そこには変わり果てた姿の恵子さんが倒れていたのである。
右腕に長さ5cm、幅3cmの切り傷に左胸や首などにはなんと24箇所もの刺し傷と切り傷があった。
物置小屋は南側の8畳間と北側の6畳間があり恵子さんは8畳間の真ん中でうつぶせになっていた。
6畳間から8畳間まで6,7メートルを引きずった形跡が確認された。
ここから捜査は難航する。
300名もの宿泊客のなかには偽名で宿泊したものもおり、さらにそのアリバイの調査となると困難を極めた。
結局警察は宿泊客の犯行の可能性はないと判断した。
そこで浮かび上がってきたのが、恵子さんが帰宅する道上で釣りをしていた者の存在である。
恵子さんの発見された小屋が、土地勘のないものにはわかりにくいことや、小屋のなかで軍手や足袋を使用した形跡があったためである。
その後恵子さんのカメラを確認するとフィルム内に五枚の写真が収められていた。
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旅館のマイクロバスが14時過ぎに下山したときには恵子さんの姿を発見できなかったことから、最後の目撃証言の14時前後が犯行時刻ではないかと思われる。
このことが新聞で発表されると石田と名乗る男性から、その写真は私が撮ったという証言があった。
しかしこの石田と名乗る男性は捜査本部に現れることはなく、住所や電話番号がでたらめだったため、いたずらではないかと判断された。
警察の必死捜査にも関わらず、目撃証言や物証は非常に乏しかった。
恵子さんがわずか1キロの道になぜ3時間近くもかかったのか、については後日弟の証言で軽井沢へのハイキングコースの行き方を聞いていたそうで、迷いやすい道であることから途中で断念して戻ってきたのではないかと思われる。
犯人が車で来た可能性が非常に高いことから、捜査の結果怪しいスバルR2が目撃されたという証言があったものの、運転者の割り出しには失敗している。
結局事件は迷宮入りとなり、捜査本部は1973年4月に解散した。
未解決事件として有名なこの事件だが、被害者の恵子さんが頑なに送迎を断っていたり、空白の3時間がある、また金湯館に来るのは三回目なのに来るのは初めて、と本人が言っていたりと不可思議に思うこともある。
しかし事件としては土地勘のある釣り人の通り魔的犯行で説明がつくもので、たまたま目撃者がおらず犯行を立証できなかっただけである。
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