幕末最強の剣士が仲間に裏切られて異世界に転生したら、人類は竜の侵略で滅亡しかけてました

高見 梁川

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第九話 竜殺しの実力

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 秋吉の顔面は蒼白になった。艦の実力では全く敵う相手ではないからだ。
 鬼山魁の勢力は完全に排除したはずだが、むしろそのことが彼らを刺激してしまうことになったのかもしれない。
 事実、あまりに完璧な警戒態勢が魁の疑念を呼び、覚悟を決めさせてしまった部分はある。
 もちろん正宗たちは、その場合の対抗策も打っているが、それは秋吉大尉に知らされてはいなかった。ニードトゥノウということだ。
「鬼山魁の手先か?」
「すまん……どうやらその可能性が高い。まさか敵がこれほど強硬手段に出てくるとは予想しなかった」
 仮にも同じ帝国海軍に所属するもの同士が砲火を交えるなど、ご一新の幕府軍との戦い以来のことである。ニ・二六事件ですら帝国軍同士は直接交戦には踏みきっていない。
 こちらが輸送船と侮っているのかもしれないが、あまりにリスクの高すぎる行為であった。
「坊っちゃまは渡しません。たとえ誰が相手でも」
 相手が誰であろうと弥助の敵とは死ぬまで戦う、と静かに決意を固める葉月をみて、秋吉もまた覚悟を決めた。
「我々も奴らに従う気はない。私の任務は君たちを守ることなのだから」
 しかし武装からいって勝ち目は薄いのも確かである。いったいどうやって彼らを撃退するべきか。これから訪れるであろう海兵を人質にすればなんとかいけるか?
「――――大義名分はどちらにありますか?」
 たった十四歳の少年とは到底思えぬ冷たい声の響きであった。
「や、弥助君?」
「連中の方が無法である、と証明できるのならさして難しいことはありません」
 かつて仏生寺弥助であったころ、強いだけでは乗り越えられぬものがあると知った。政治や名分というものがなければ、いかに優秀ではあっても所詮一個人は集団によって粛清される。
 鬼山家の真の後継者であるはずの弥助が、人目を忍びダンプ諸島で逼塞していたのもそのためだ。
強いだけでは生きていけない。しかし強くなくては生きていけない。
 戦うからには必ず勝つ。だが勝ったそのあとの立ち位置を見定めておかなくては、自分は大切な葉月や剛三を守り切ることができない。
 ゆえに自分の立ち位置を確認することは、弥助にとって絶対に必要なことであった。
「問題はない。我々の任務はあらゆる命令に上位する」
 秋吉は背筋に氷柱を無理やり押し込まれたような思いであった。先ほどから鳥肌が止まらない。
 弥助が全く虚勢や誇張ではなく、本気で海防艦ごとき相手にならないと考えているのがわかるからだ。
 これまで頭でしかわかっていなかった、弥助が竜を殺した少年であるということを、ようやく秋吉は皮膚感覚で理解したのである。
「――では、ぶったおすだけですね」
 もう政治を侮っていた前世の弥助ではない。今後の弥助の価値を高めるためにも、できるだけ派手に、かつできるかぎり生き証人を残したまま圧倒的な力を見せつけるつもりであった。


「高萩、停船します」
「無線妨害は問題ないな?」
「現在正常作動中。問題ありません」
 石垣級海防艦波照間の艦長である高坂大尉は、思わず笑みがこぼれるのを抑えることができなかった。
「短艇(カッター)下ろせ!」
 完全武装の海兵部隊を率いてあの高萩を占拠する。
 あとは鬼山魁少将がそれをどう政治的に利用するかだけである。仮に責任問題にされても民間に対する鬼山派閥の力は大きい。
 どう転ぼうと高坂の栄達は約束されたようなものであった。
「海軍省法務局より特命である! この船に我が国の国益を乱す恐れありと認め、これを接収する。抵抗は   実力をもってこれを排除せよ、とある。無駄な抵抗はするな」
 これみよがしに海軍省法務局の令状をみせつける高坂を、秋吉は睨みつけた。
「我々の受けた特命は海軍省法務局に上位する。速やかに撤収して謝罪せよ。軍法会議となれば貴様一人の責任では収まらんぞ?」
「どうしても命令は聞けんということか?」
 最初から無理を押し通していることなど百も承知である。これは純然たる海軍内部における権力闘争なのだ。高坂は秋吉の甘さを鼻で嗤った。
「聞く理由がないな。海軍大臣に確認してもよいが、先ほどから妨害電波を飛ばしているのは貴様らだろう?」
「やむを得ん。拘束しろ。抵抗すれば射殺しても構わん」
 高坂は勝利を確信していた。
 海軍省法務局はすでに高萩に対する命令を精査しており、高萩に対するいかなる命令も海軍は発していないことを確認していた。つまりは正式な命令の存在しない非合法な命令――海軍上層部による私的な命令、特秘ということだ。
 そんな私的な命令で裁判は戦えない。もし軍法会議になっても百パーセント正規の命令である自分たちが勝つ。
 その確信が高坂に強気な態度を取らせていた。
「どうした? 早く拘束しろ!」
 いつまでたっても命令を実行しない部下たちに高坂はいらだつ。
 しかし振り返ったその先に部下たちはいなかった。なぜか一人の例外もなく意識を刈り取られ甲板に倒れている。
 完全編成の横須賀鎮守府から連れてきた精鋭陸戦隊である。子供の遊びで連れてきたわけではない。来るべき本土決戦において、海軍が中核兵力として期待していた戦力のはずだ。
 高坂は現実の光景が理解できずに困惑した。
「い、いったい何が……」
「弱すぎて話にならない。これが陸戦隊の精鋭とは情けないな」
「誰だっ! 貴様!」
 いつの間にか一人の少年が高坂の背後で刀を弄んでいる。この少年が音もなく陸戦隊を全滅させたことを、本能的に高坂は悟った。
「こ、こんなことをしてただで済むと思っているのか? 我々がその気になればいつでも高萩を撃沈できるのだぞ?」
「ほう、どうやって?」
「こうやって、だ!」
 おもむろに高坂は腰の拳銃を抜いて信号弾を打ち上げた。
 その信号を合図に、波照間の四十口径十二・七サンチ砲が急速に砲台(ターレット)を回し砲身を高萩へと向ける。
 あらかじめ赤の信号弾は異常事態の発生により威嚇攻撃と決められていた。
 目をつぶってもような外さない近距離である。
 高萩の左舷に綺麗な水柱が三つ林立して、波照間はいつでも高萩を撃沈できることを見せつけた。
「降伏しろ! お前も高萩を沈めたくはないだろう?」
「……別に沈めるだけなら簡単なんだがなあ……」
 弥助は天を仰いで嘆息した。下手に沈めれば多くの乗組員の命が失われる。おそらくは大多数の人間はことの真相を知るまい。何も知らぬ兵士を無差別に殺すのは、さすがに弥助の好むところではなかった。
「沈める? お前はいったい何を言ってるんだ?」
 高坂はごく自然に弥助の頭を疑った。
 駆逐艦や巡洋艦には及ばぬとはいえ、海防艦は歴とした軍艦である。そう名乗るにふさわしい武装と装甲がある。間違っても輸送船に撃沈されるようなお粗末なものではない。
「仕方がない。武装だけ斬り飛ばすか」
 ひゅう、と弥助は特殊な呼吸法で丹田へと力をこめた。
「――――合気の法、天を穿つ雷」
 初めに錬気あり。錬気を集めて発気を成す。気をもって空(くう)と合一す。これすなわち合気なり。
 体内の気を練り上げて放出するのが発気であるとすれば、大気中の気を自らの気と合一させて自在とするのが合気である。
 その出力はもはや発気のそれではない。鬼の血を色濃く引く、ごく限られた天才だけに許された技、それが合気であった。ヒノモト帝国広しといえど、この合気を完全に使いこなすことのできる人間は十指にも満たないであろう。
 そして神器たる女郎兼光は、こともなげにその人外の出力に耐えてのける。むしろ力を増大することすら可能であった。並みの神刀なら力に耐えきれずすぐに折れ飛んでしまうだろう。
 伊達に女郎兼光が対竜用の決戦兵器とされているわけではないのである。
 高坂は弥助の気を視認できるほどの力はないが、生物が生まれ持った本能によって、尋常ならざる力が弥助の刀に集中しているのを理解した。
 その勘は決して間違っていないことはすぐにわかった。。
 全く気負うそぶりすら見せず、弥助は無造作に兼光を鞘から抜きはらった。
――――一閃
 常人の目にはただ剣を振ったように思ったかもしれない。が、実は弥助は一瞬にして二つの斬撃を波照間へと放っている。
 その場にいた人間で、それを理解することができたのは葉月だけであろう。それほどに速く、冴え冴えとした連撃であった。
 弥助が放った斬撃は瞬く間に二つの雷となって、一瞬で波照間の十二・七センチ砲を二門とも吹き飛ばした。否、斬り飛ばした。
 雷のように見えたのは、合気による気の放出が疑似的にそう見えただけで、あくまでも弥助が飛ばしたそれは斬撃だった。紙のように斬り裂かれた鮮やかな砲台の断面をみれば、弥助がその気であれば波照間の船体を真っ二つに斬り裂くのも容易いことがわかったであろう。それどころか、あの大和ですら耐えられるかどうか。
 これで事実上、波照間は戦闘能力を喪失した。
「ま、手加減が必要な分、竜より面倒だったな。沈めるだけなら楽なんだが…………というわけで降伏してください。貴方もあの艦を沈めたくはないでしょう?」
「き、貴様! 自分が何をしたかわかっているのか? あの艦は帝国海軍の所属なんだぞ!」
「高萩を撃沈しようとした人がよく言いますね」
「輸送船と軍艦をいっしょにするな! 輸送船などいくら沈んでも構わんが、軍艦が沈んではならんのだ!」
「お前はまだそんなことを言っているのか! ヴァージニア共和国にあれほど補給線を叩かれたのをもう忘れたか!」
 高坂の暴論に思わず秋吉が怒りの声をあげた。
 補給線の軽視が帝国を敗戦の一歩手前まで追いこんだというのに、いまだにそんな軍艦至上主義の士官がいることが驚きであった。
『竜』の出現以来、そうした悪しき精神論の軍人は排除され、大量に予備役に編入されていたからだ。
「波照間を攻撃した罪は重いぞ! もう貴様らは破滅だ!」
「――破滅するのはお前たちだ」
 これまで黙っていた剛三が、悪戯されたことに気づいた子供のように唇を尖らせ、鼻を鳴らしながら断言した。後頭部に仲間から雪玉でもぶつけられたようなきまり悪そうな表情だった。
 全くあの人は――――
 罠に嵌めたであろう上官の顔を思い出し、剛三は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
「帝国四鬼を嘗めるなよ? 最初からこうなることがわかっていて、百目鬼の当主はお前たちを罠に嵌めたんだよ。こうなってはもう鬼山魁も逃げられまい」
「何を馬鹿な――――」
 仮初とはいえ、鬼山魁は鬼山家の当主。たとえなにかあってもトカゲのしっぽ斬りで、彼を排除することは不可能に近いはずであった。
 だからこそ高坂は鬼山派に自分の将来を託したのである。
 そう簡単に捕まるようでは派閥の長は務まらない。
「勝手に囮に使うとは相変わらずお人が悪い。全く、あの人に信用されると、いつも現場はいらぬ苦労をする羽目になる」
 かつて百目鬼将暉を上官として、数々の困難なミッションを遂行させられた、否、押しつけられた剛三の嘘偽らざる本音であった。
「波照間に信号を送れ。別に逃げても構わんが、それではお前の肩身が狭かろう」
 高坂を拘束しながら秋吉は諭すように言う。
 弥助の斬撃に度肝を抜かれていた波照間が、降伏旗を揚げたのはそれから三十分ほど後のことであった。
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