1 / 1
記憶のもり
しおりを挟む新緑に彩られた道をひとりの女性が歩いていた。首から頑丈なベルトにぶら下がって一眼レフのカメラが左右に揺れている。時折鼻歌を歌いながらそよ風を気持ちよく浴びている。
カメラの横で、マスコット人形のウサギがジャンプした格好でポーズをとっている。女性の年齢は、20代後半だろうか、凛とした姿に足は長く歩幅も大きい。モデルのようにすらりと細身な体つきである。やわらかい風に吹かれ、肩にかかる髪がなびいている。
顔は小顔に合う様にえらんだのか、涼しい色の水色のチュニックを着ている。どこを目指しているとも思えない足取りであった。
女性は、草潟という。
堤防に面した階段をゆっくりと登っていく。遠方にみえる稜線がかった山々を、フレームからから覗き込んだ。彼女は写真家ではないが、買ったばかりのデジタル一眼レフを使いたくて待ちきれずにいた。
心がすっきりと晴れ渡りそこらじゅうにあるモノを手当たり次第にフレームへ収めていく。
休日を有意義に過ごしたのは、何年ぶりだろうか、と思い起こした。地元の田舎町を歩く中で、ふと、目に留まったポスターに女性は、自然に魅かれた。
ポスターには奇妙な言い回しがかかれている。
『あなたの過去に落とした品物、失くした品物、探しあてます』
興味を持った女性は、ポスターに示された場所へとむかった。
シャッターの閉まった店が立ち並んだ商店街へと足を踏み入れる。ポスターを目印に湿り気を帯びた細い道へと進んだ。昼間だというのに街灯がついている。
うっすらと暗がりの中を不安な顔で、草潟はゆっくりと歩んでいく。細道が続く中少し見上げた彼女は、ぽつりと灯る看板が目に留まった。
『記憶のもり』
入り口には扉はなく、誰でも出入りが出来るようになっていた。ポスターと同じ貼紙があった。
店先には、古いつぼや理由のわからないポーズをした銅像。天井から吊るされた何かの紋章を施したおまもり。鍵を掛けられるようになっている分厚い本。鏡らしいのだが、その横を通っても草潟の身体が映らない奇妙な鏡など、骨董品なのか奇妙な品なのかわからない品物がならんでいる。辺りには木の匂いなのか香まで漂っている。
「こん、にち、わぁ」
恐るおそる草潟は、奥へとはいった。
それにしても、と草潟はおもった。
奥に行くにしたがって小さい小瓶や小物が陳列されている。得体の知れない生き物がうごめく瓶や変なマークの書物、黄金色にかがやく鈴や奇妙な形の幾何学模様のアクセサリーが所狭しとならんでいる。
草潟は店主を探し回った。本当に過去の落し物やなくしモノを見つけてくれる店なのだろうか、どうみても骨董屋に思えてくる。
疑いの心を持ちながら、手に持っているポスターへと目を落とした。再度、店を見回す。
「いらっしゃい」
しわがれた声がした。奥から現れたのは白髪の年老いた男が、身長に似合いそうにない白いエプロンを身につけ、女性をみつめている。
「ほぉ、珍しい。若い女の人がくるとは」
店主は、久々なのか草潟を嘗め回すようにみつめている。
不気味な顔で彼女は、店主の双眸に少し悪寒を感じた様子だった。見るからに異様な目の輝きだったからだろう。
「お前さん、そのポスターを見なすったのか?」
店主の老人は、草潟の手にあるポスターに気づいたようだ。
「ええ、まあ……」
「ほぉ、こんなものにも効き目があるとはなぁ」
白髪の店主は、異様な眼をさらに大きくしてポスターを注視している。
ためらいながらも、草潟は店主に訊ねた。
「あの、このポスターに書かれていることって本当ですか? 失くしたモノを探し当てるなんて」
「おお、もちろんじゃ」
「でも、ココに置かれているものってみんな、骨董みたいですけど」
「ココにあるものはみんな理由ありなモノでな。古くて不思議なモノを集めるのが趣味になったのだ!」
「趣味で?」
草潟は小首をかしげた。
白髪の店主は、人差し指を波打つように躍らせ、草潟にくるように指示する。店主に従い近寄っていく。
暗がりの廊下を白髪の店主を頼りに女性は、足を動かした。
しばらく進むと、地下へ降りる階段が現れた。
「足元に気をつけなされ」
狭い通路に薄暗いかいだん。草潟はますます不安な表情を浮かべる。
階段を降りきるとほのかに明るい光がもれている扉があった。
草潟は、子供のころに探検した廃れた遊園地のことを思い起こした。
「さあ、入りなされ! 来明斎さまが視てくれる」
「え、あなたが探し当てるんじゃ?」
「わしは、ここまでの案内役じゃ。中に本当の鑑定人がおる」
本当の鑑定人? 半信半疑ながら、ココまで来た以上扉をあけないわけにはいかない。
「わしはここで待っておるでな」
草潟はおもいきって扉をあけた。
室内は安心させるほどの照明がつき、分厚いカーテンで奥と手前で区分されている。
「失くし物ですか? それとも落とされたものでしょうか?」
愛想うよく笑顔をふりまく二十代前半の女性が声を掛けてきた。
「過去に祖父からもらった万年筆をさがしてほしいのですが……」
変わらない顔つきで驚くこともなく淡々と佇んでいる。
「かしこまりました。少々お待ちを……」
笑顔の中に目玉を大きくした二十代前半の女性は、傍らにあった呼び鈴を手に持ち鳴らしはじめた。
高い鐘の音が響きわたる。
「来明斎さま、この方の祖父からの万年筆を捜して欲しいとのことです」
カーテンからぬっと出てきたのは、子供と思われるかわいらしい手だった。
カーテンに隠れシルエットは、6歳ぐらいの身長だった。
二十代前半の女性は、助手のようになにやらカーテン越しで、来明斎という人の話に耳を傾けている様子である。草潟には、何を言っているのかがわからなかった。
どうやら、来明斎―――易者占い師か星占い師らしい―――代弁役を二十代前半の女性はしているようだった。
「来明斎は、あなたに触れたいとおっしゃっておられます。カーテンの傍までお出でください」
代弁者の女性は、そそくさと下がるとどこからか折り畳み椅子をカーテンの傍に置く。どうぞ、と座るように薦められ草潟は、ゆっくりと座った。
「来明斎さまが額を突き出すようにと」
言われるがままに草潟は、額をカーテン越しに突き出すように前のめりに屈んだ。
「こう、ですか?」
次の瞬間、ちいさな掌が草潟の額に当たる。
ひゃっ、と驚くほどに掌が、冷たいことに草潟は、一瞬飛び跳ねた。草潟には、額から記憶が吸い取られているような何ともいえない嫌悪感におそわれる。それが時間にしておよそ1分ほどあった。
「貴方のお爺様は戦争を経験された方だったのですか?」
代弁者ではない子供のようなやさしい声が、草潟の耳にはいってくる。
(なんだ、普通に話せるじゃない)
代弁者を使ってまで会話を極限まで抑えたい理由でもあるのだろうかと、草潟はおもった。
その言葉を読みすかしたように、カーテン越しの来明斎となのる人物は、含み笑いの声だけが聴こえてくる。
「お主、いま、代弁者をつかってワシが極力会話しないわけを考えておったな」
子供の高い声と思いきや、口調や言い回しは年寄りくさくなる。
「また、何か、わしの悪口を思いおったな」
草潟はどきりっと心臓の鼓動がはねあがる。
「フフフッ、まあいい。大目にみよう。失くしたという万年筆はどういう色だ? 茶色か?」
低いがすっきりした声が返ってくる。
「なぜ、茶色だと?」
「フフフッ」
何かを知ってそうな笑い方である。
「そなたの万年筆の場所は心にあるのだな?」
手は顔の額から移動し、つむじまでゆっくりとなぞっている。女性は少し違和感を持ったが、眼を瞑った。
「そなたの万年筆の場所が視えた。貴方の生まれた家の机の中に保管されているようだな」
いい終わると同時に手が彼女から離れていく。
「実家?」
「その万年筆の記憶のもりをそなたの記憶から引き出させていただいた。記憶のもりとは、いわば万年筆のそなたと出会うまでの人生のようなものでな」
「記憶のもり?」
「次いでといっては何だが、浅い記憶の中であなたの救いを求めている人形が視えておる」
「人形?」
「マスコット人形の存在のような」
「マス、コット人形?」
ふと、カメラの傍にぶら下げていた人形の存在を確かめようとした。しかし、そこにぶら下がっているはずのアクセサリーが無くなっていた。
「え、あれ? マスコット人形が?」
悲しい顔に変わっていく。
「お気に入りだったのに」
「上の店先でそなたを待っておるぞ。早くいってやるといい」
「あ、ありがとうございます」
扉から出ようとしたとき、代弁者の女性が立ちふさがった。
「すみません、お代をいただけませんか?」
「お、お代? おいくらですか?」
財布を取り出し、どのくらいだろうかと予算を確認している。
「10ハートになります」
「10はーと? あの、それってどういう?」
「失礼しました。この世界では物質交換なのですね」
サポートの女性は困惑した。
「1ハートは、あなたの心。つまり感謝の心です」
「えっ? 感謝の?」
「手に感謝を詰め込んで、拳にしてください。それが1ハートです」
女性は手で拳を作る。
「それを私が持っている瓶に10回繰り返していただければいいのです」
サポートの女性は500ミリサイズの瓶を抱えている。
草潟は胸に手を当て拳にする。
「これを10回繰り返せばいいの?」
「ええ、もちろん」
「ほん、とうに?」
女性はお金を払わないことに喜びを感じつつも、無料にしては原始的なことを要求されたことに少し奇妙さを受ける。言われたとおりに、気持ちを込め、瓶の中へといれる。
「ありがとうございました。あなたに幸運が訪れますように」
すでに扉の前には、案内役の白髪の店主がいる。
「ほぉ、ほぉ。どうじゃった? 役に立てたかの?」
「ええ、さっそく失くしたモノを取りに実家に帰りたいと思います」
「ほぉ、それはよかった。役に立てたんじゃな。それと、これはお前さんが落としたものじゃな?」
店主が持っていたのは、紛れもなく女性のお気に入りのうさぎのマスコット人形だった。生意気にも上目でふんぞり返り、仁王立ちしている姿である。
「あらっ?」
女性は、落とす前のポーズと違和感があることにきづく。
「これ、落とす前のポーズと違っているような?」
「なぁに、このマスコット人形に訊いたらな、このポーズの方があんたを常に監視できるから落とすこともないっというんじゃ」
「マスコット、人形に、きいた? おじいさん、人形と話が出来るの?」
「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ」
白髪の店主はこの上ないほどの満面の笑みをうかべた。
完
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる