記憶のもり

芝樹享

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記憶のもり

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 新緑に彩られた道をひとりの女性が歩いていた。首から頑丈なベルトにぶら下がって一眼レフのカメラが左右に揺れている。時折鼻歌を歌いながらそよ風を気持ちよく浴びている。
 カメラの横で、マスコット人形のウサギがジャンプした格好でポーズをとっている。女性の年齢は、20代後半だろうか、りんとした姿に足は長く歩幅も大きい。モデルのようにすらりと細身な体つきである。やわらかい風に吹かれ、肩にかかる髪がなびいている。
 顔は小顔に合う様にえらんだのか、涼しい色の水色のチュニックを着ている。どこを目指しているとも思えない足取りであった。

 女性は、草潟くさかたという。
 堤防に面した階段をゆっくりと登っていく。遠方にみえる稜線がかった山々を、フレームからから覗き込んだ。彼女は写真家ではないが、買ったばかりのデジタル一眼レフを使いたくて待ちきれずにいた。
 心がすっきりと晴れ渡りそこらじゅうにあるモノを手当たり次第にフレームへ収めていく。
 休日を有意義に過ごしたのは、何年ぶりだろうか、と思い起こした。地元の田舎町を歩く中で、ふと、目に留まったポスターに女性は、自然に魅かれた。
 ポスターには奇妙な言い回しがかかれている。

『あなたの過去に落とした品物、失くした品物、探しあてます』
 
 興味を持った女性は、ポスターに示された場所へとむかった。



 シャッターの閉まった店が立ち並んだ商店街へと足を踏み入れる。ポスターを目印に湿り気を帯びた細い道へと進んだ。昼間だというのに街灯がついている。
 うっすらと暗がりの中を不安な顔で、草潟はゆっくりと歩んでいく。細道が続く中少し見上げた彼女は、ぽつりと灯る看板が目に留まった。

『記憶のもり』

 入り口には扉はなく、誰でも出入りが出来るようになっていた。ポスターと同じ貼紙があった。
 店先には、古いつぼや理由のわからないポーズをした銅像。天井から吊るされた何かの紋章を施したおまもり。鍵を掛けられるようになっている分厚い本。鏡らしいのだが、その横を通っても草潟の身体が映らない奇妙な鏡など、骨董品なのか奇妙な品なのかわからない品物がならんでいる。辺りには木の匂いなのか香まで漂っている。
「こん、にち、わぁ」
 恐るおそる草潟は、奥へとはいった。

 それにしても、と草潟はおもった。
 奥に行くにしたがって小さい小瓶や小物が陳列されている。得体の知れない生き物がうごめく瓶や変なマークの書物、黄金色にかがやく鈴や奇妙な形の幾何学模様のアクセサリーが所狭しとならんでいる。
 草潟は店主を探し回った。本当に過去の落し物やなくしモノを見つけてくれる店なのだろうか、どうみても骨董屋に思えてくる。

 疑いの心を持ちながら、手に持っているポスターへと目を落とした。再度、店を見回す。
「いらっしゃい」
 しわがれた声がした。奥から現れたのは白髪の年老いた男が、身長に似合いそうにない白いエプロンを身につけ、女性をみつめている。
「ほぉ、珍しい。若い女の人がくるとは」
 店主は、久々なのか草潟をめ回すようにみつめている。
 不気味な顔で彼女は、店主の双眸そうぼうに少し悪寒を感じた様子だった。見るからに異様な目の輝きだったからだろう。
「お前さん、そのポスターを見なすったのか?」
 店主の老人は、草潟の手にあるポスターに気づいたようだ。
「ええ、まあ……」
「ほぉ、こんなものにも効き目があるとはなぁ」
 白髪の店主は、異様な眼をさらに大きくしてポスターを注視している。
 ためらいながらも、草潟は店主にたずねた。
「あの、このポスターに書かれていることって本当ですか? 失くしたモノを探し当てるなんて」
「おお、もちろんじゃ」
「でも、ココに置かれているものってみんな、骨董みたいですけど」
「ココにあるものはみんな理由ありなモノでな。古くて不思議なモノを集めるのが趣味になったのだ!」
「趣味で?」
 草潟は小首をかしげた。


 白髪の店主は、人差し指を波打つように躍らせ、草潟にくるように指示する。店主に従い近寄っていく。
 暗がりの廊下を白髪の店主を頼りに女性は、足を動かした。
 しばらく進むと、地下へ降りる階段が現れた。
「足元に気をつけなされ」
 狭い通路に薄暗いかいだん。草潟はますます不安な表情を浮かべる。
 階段を降りきるとほのかに明るい光がもれている扉があった。
 草潟は、子供のころに探検した廃れた遊園地のことを思い起こした。
「さあ、入りなされ! 来明斎らいめいさいさまがてくれる」
「え、あなたが探し当てるんじゃ?」
「わしは、ここまでの案内役じゃ。中に本当の鑑定人がおる」
 本当の鑑定人? 半信半疑ながら、ココまで来た以上扉をあけないわけにはいかない。
「わしはここで待っておるでな」


 草潟はおもいきって扉をあけた。
 室内は安心させるほどの照明がつき、分厚いカーテンで奥と手前で区分されている。
「失くし物ですか? それとも落とされたものでしょうか?」
 愛想うよく笑顔をふりまく二十代前半の女性が声を掛けてきた。
「過去に祖父からもらった万年筆をさがしてほしいのですが……」
 変わらない顔つきで驚くこともなく淡々と佇んでいる。
「かしこまりました。少々お待ちを……」


 笑顔の中に目玉を大きくした二十代前半の女性は、かたわらにあった呼び鈴を手に持ち鳴らしはじめた。
 高い鐘の音が響きわたる。
「来明斎さま、この方の祖父からの万年筆を捜して欲しいとのことです」
 カーテンからぬっと出てきたのは、子供と思われるかわいらしい手だった。
 カーテンに隠れシルエットは、6歳ぐらいの身長だった。
 二十代前半の女性は、助手のようになにやらカーテン越しで、来明斎という人の話に耳を傾けている様子である。草潟には、何を言っているのかがわからなかった。
 どうやら、来明斎――――――代弁役を二十代前半の女性はしているようだった。
「来明斎は、あなたに触れたいとおっしゃっておられます。カーテンのそばまでお出でください」
 代弁者の女性は、そそくさと下がるとどこからか折り畳み椅子をカーテンの傍に置く。どうぞ、と座るように薦められ草潟は、ゆっくりと座った。
「来明斎さまが額を突き出すようにと」
 言われるがままに草潟は、額をカーテン越しに突き出すように前のめりに屈んだ。
「こう、ですか?」
 次の瞬間、ちいさな掌が草潟の額に当たる。
 ひゃっ、と驚くほどに掌が、冷たいことに草潟は、一瞬飛び跳ねた。草潟には、額から記憶が吸い取られているような何ともいえない嫌悪感におそわれる。それが時間にしておよそ1分ほどあった。
「貴方のお爺様は戦争を経験された方だったのですか?」
 代弁者ではない子供のようなやさしい声が、草潟の耳にはいってくる。

 (なんだ、普通に話せるじゃない)

 代弁者を使ってまで会話を極限まで抑えたい理由でもあるのだろうかと、草潟はおもった。
 その言葉を読みすかしたように、カーテン越しの来明斎となのる人物は、含み笑いの声だけが聴こえてくる。
「お主、いま、代弁者をつかってワシが極力会話しないわけを考えておったな」
 子供の高い声と思いきや、口調や言い回しは年寄りくさくなる。
「また、何か、わしの悪口を思いおったな」
 草潟はどきりっと心臓の鼓動がはねあがる。
「フフフッ、まあいい。大目にみよう。失くしたという万年筆はどういう色だ? 茶色か?」
 低いがすっきりした声が返ってくる。
「なぜ、茶色だと?」
「フフフッ」
 何かを知ってそうな笑い方である。
「そなたの万年筆の場所は心にあるのだな?」
 手は顔の額から移動し、つむじまでゆっくりとなぞっている。女性は少し違和感を持ったが、眼をつむった。
「そなたの万年筆の場所が視えた。貴方の生まれた家の机の中に保管されているようだな」
 いい終わると同時に手が彼女から離れていく。
「実家?」
「その万年筆のをそなたの記憶から引き出させていただいた。とは、いわば万年筆のそなたと出会うまでの人生のようなものでな」
「記憶のもり?」
「次いでといっては何だが、浅い記憶の中であなたの救いを求めている人形が視えておる」
「人形?」
「マスコット人形の存在のような」
「マス、コット人形?」
 ふと、カメラの傍にぶら下げていた人形の存在を確かめようとした。しかし、そこにぶら下がっているはずのアクセサリーが無くなっていた。
「え、あれ? マスコット人形が?」
 悲しい顔に変わっていく。
「お気に入りだったのに」
「上の店先でそなたを待っておるぞ。早くいってやるといい」
「あ、ありがとうございます」
 扉から出ようとしたとき、代弁者の女性が立ちふさがった。


「すみません、お代をいただけませんか?」
「お、お代? おいくらですか?」
 財布を取り出し、どのくらいだろうかと予算を確認している。
「10ハートになります」
「10はーと? あの、それってどういう?」
「失礼しました。この世界では物質交換なのですね」
 サポートの女性は困惑した。
「1ハートは、あなたの心。つまり感謝の心です」
「えっ? 感謝の?」
「手に感謝を詰め込んで、拳にしてください。それが1ハートです」
 女性は手で拳を作る。
「それを私が持っている瓶に10回繰り返していただければいいのです」
 サポートの女性は500ミリサイズの瓶を抱えている。
 草潟は胸に手を当て拳にする。
「これを10回繰り返せばいいの?」
「ええ、もちろん」
「ほん、とうに?」
 女性はお金を払わないことに喜びを感じつつも、無料にしては原始的なことを要求されたことに少し奇妙さを受ける。言われたとおりに、気持ちを込め、瓶の中へといれる。
「ありがとうございました。あなたに幸運が訪れますように」


 すでに扉の前には、案内役の白髪の店主がいる。
「ほぉ、ほぉ。どうじゃった? 役に立てたかの?」
「ええ、さっそく失くしたモノを取りに実家に帰りたいと思います」
「ほぉ、それはよかった。役に立てたんじゃな。それと、これはお前さんが落としたものじゃな?」
 店主が持っていたのは、紛れもなく女性のお気に入りのうさぎのマスコット人形だった。生意気にも上目でふんぞり返り、仁王立ちしている姿である。
「あらっ?」
 女性は、落とす前のポーズと違和感があることにきづく。
「これ、落とす前のポーズと違っているような?」
「なぁに、このマスコット人形に訊いたらな、このポーズの方があんたを常に監視できるから落とすこともないっというんじゃ」
「マスコット、人形に、きいた? おじいさん、人形と話が出来るの?」
「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ」
 白髪の店主はこの上ないほどの満面の笑みをうかべた。


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