転生モブ令嬢は婿を取らなければいけないのに、【 皇 太 子 殿 下 】の求愛が止まりませんっ!?

indi子/金色魚々子

文字の大きさ
5 / 31
第1章 人生激変! 婿を取れ、モブ令嬢!

第1章 人生激変! 婿を取れ、モブ令嬢! ⑤

「な……っ! 泣かなくてもいいだろう? 笑ったり泣いたり忙しい奴め」

 そう言いながら、アルフレッド様は慌てている。私は涙を引っ込めたいけれど、中々うまくいかず、嗚咽交じりになっていく。アルフレッド様は制服のポケットから綺麗にアイロンがかかったハンカチを私に差し出してくれた。

「きっと兄上はすぐに戻る。信じて待っていろ」

 その声は焦りが混じっていたけれど、とても優しいものだった。私は借りたハンカチで目を抑え、何度も頷く。でも、お兄様の姿を思い浮かべるとこみ上げてくるものがある。私が俯いたまま涙を堪えていると、温かな何かが、私の頭に乗った。

「落ち着いたら教室に戻ってこい。教師には私から話をしておくから」
「……ありがとうございます」

 それは、アルフレッド様の手のひらだった。まるで子どもをあやすかのように、ぽんぽんと二度撫でられて、彼は踵を返していく。図書室の本棚の間で、ただじっと立ち尽くしていた。

***

 しばらく時間をおき、私は腫れぼったい瞼を冷ますために手洗いで顔を洗った後、教室に戻る。教室はまだ私の話で持ち切りだったらしく、みんながチラチラと私に注目してくるのが分かった。やっぱり居心地が悪い。大きく息を吐くと、ベロニカがマリリンを引き連れてやって来た。

「大変だったわねぇ、ティナ」
「え、えぇ……まあ、そうですね」
「昨日お父様から速達で手紙が来たの、シモンズさんのおたくが大変みたいだって。私、とてもびっくりしてしまって、みんなにお話ししてしまったわぁ」

 まさか、噂の発信源はベロニカだったらしい。後ろにいるマリリンはちらりと私を見て、すぐに視線をそらしてしまった。まるで「止められなくってごめんなさい」と言っているようにも見える。私は呆れながら「はぁ」とだけ返した。

「これからどうなさるの? 爵位を継ぐ嫡男がいなければ、お家が滅んじゃうかも……お婿さんでももらうしかないんじゃない?」
「え、えぇ、そうなんですが……」
「この私がお父様にお願いして、良家のご子息でもご紹介してさしあげましょうか?」

 きっとベロニカは嫌味でそんな事を言ったのだと思う。けれど、私にはまさに渡りに船だった。

「本当に!?」

 飛び上がって、ベロニカの手を握る。彼女は驚いて、私と自分の手元を交互に見比べていた。

「それ、すっごく助かる! ベロニカのお父様の紹介だって知ったら、うちの父も安心してくれるに違いないわ! ありがとう!」
「え、えぇ、まぁ……」
「本当に嬉しいわ!」

 その勢いのまま、私はベロニカにぎゅっと抱き着いていた。ベロニカの体がぎゅうっと固くなる。私はそれを無視して、強く抱きしめていた。ふっと横を見るとマリリンもびっくりして動けなくなっている。

「私、お父様に知らせないと! 手紙出してくるわね」
「えぇ、気を付けて……」

 呆気にとられたままの二人は私を見送ってくれた。私の足取りは先ほどに比べてとても軽くなっていた。そのまま学園の中にある郵便局へ向かう。便箋セットと切手を買い、さっそく手紙を書き始める。お父様の喜ぶ顔と、お母様が安心する姿が目に浮かず。たとえ性格が悪くても、ベロニカは名門ハワード家の令嬢。商船をいくつも保有し商売上手で、先祖代々王家からの誉れも高い。いい繋がりをたくさん持っているはず、きっとお父様以上に。その期待感で胸の高揚が止まらなくて、いつもなら書くことに困ってしまう手紙もどんどん筆が進んでいく。そろそろ2枚目の便箋にさしかかる……その時、手紙を覗き込むような誰かの影がさした。

「み、見ないでよ!」

 とっさにペンを置いて、手紙を隠した。顔をあげると、そこにいたのは予想だにしない人物だった。

「……アルフレッド様?」

 彼の顔色は、少し悪いようにも見える。

「あの、どうかなさったのですか? 郵便局にご用事ですか?」

 私がほんの少しだけ歩み寄ると、彼はじっと私の手元を見つめ……一気に持っていた便箋を引き抜いていった。

「ちょ……! お、お返し下さ、あぁあああ!!」

 返してもらおうと手を伸ばした瞬間、彼はそれを真っ二つに引き裂いていってしまった。いや、二つに分かれた手紙を四つ、八つ……ついには粉々にしてしまう。私の変な叫びが郵便局中に響いていく。

「な、何をなさるのですか!!」

 相手は皇太子だけれど、もうそんなのは関係ない。やっていい事と悪い事、その境を飛び越えてはいけないのは平民でも貴族でも王族でも一緒! 私が声を荒げると、彼はキッと鋭い視線を私に向ける。それはまるで怒りを孕んでいるようで、でも、どうして彼が怒っているのかさっぱり分からない。

「……見合いをする、そう書いてあったな」
「え、えぇ。お兄様がいなくなってしまったので、私が代わりに家を継いでくれる方をお婿に取ることに変わったのです」

 それが、殿下に手紙を破られる理由になるのか。私は唇をわなわな震わせて浅く呼吸を繰り返す彼の言葉を待つ。
 しかし、それは手紙を破られた以上に衝撃的なものだった。

「見合いなど、許さない」
「……はい?」
「勝手にそのような真似をして……お前は今ここで、俺の妻になると言え!」
「……はぁああ!」

 今度は素っ頓狂な声が響く。だって、彼が今口走った言葉の意味が全く理解できない。

「妻って……何をおっしゃっているのですか!? 気でも狂いましたか?」

 それはまさにプロポーズの言葉そのもの。攻略対象の一人である彼が、ヒロインではなくモブである私にそんな事を言うなんて、冗談としてはあまりにも私を侮辱している。私はフンッとそっぽを向いて、新しい便箋を取り出した。再びベロニカが良い方を紹介してくれると書こうとした瞬間、彼はそれを奪い取り、またびりびりに破いてしまう。私たちの足元には便箋の残骸が広がっていく。

「もー!! 何するのよ! もったいないじゃない!」
「だから! 俺は見合いなどするなと言っているんだ!!」
「何それ! 変な事言って、勝手に決めないでよ!」

 私たちの言い争いはどんどん過激に、そしてエスカレートしていく。彼は私が持っていた残りの便箋も奪い取り、手を高く掲げてしまう。私がどれだけ背伸びしてもジャンプしても、それには届かない。

「手紙書けないじゃない! 返して!!」
「俺の妻になると言えば返してやろう!」
「こっちは家の一大事なの! そんな冗談に付き合っている暇なんてないの!」

 ギャーギャーと喧しい言い争い。気づけば、郵便局には多くのギャラリーが集まっていた。

「ホントだ、皇太子が喧嘩してる……」
「珍しいわね、アルフレッド様が女子生徒と喧嘩だなんて……」

 ひそひそと野次馬が言っている言葉が耳に入る。それを無視して、私たちは便箋を巡って郵便局内で追いかけっこまで始めていた。じりじりと隅っこまで追い詰めても、彼は中々捕まらない。その攻防戦に嫌気がさしてきたとき、褐色の手が彼の腕を掴んだ。

「はい、喧嘩はここまで。何してるのさ、二人で」
「セオドア?」

 そこにいたのは、私の幼馴染であり攻略対象の一人であるセオドア・クーパーだった。セオドアはきょとんとしながら、私とアルフレッドを交互に見比べる。

「クーパーには関係ない。これは、俺とティナ、二人の問題だ。他の者が首を突っ込んでくるのは遠慮願いたい」
「ティナは俺の幼馴染だよ。そんなティナがこんな所で喧嘩しているのは見てられないよ」

 セオドアはケラケラと笑いながらそう返す。

「もういい、セオドア、行こう」
「え? でもあの手紙、ティナのだろ?」
「もういらない。手紙なら今度こっそり書くからいいわ」

 それに、人の目を集めすぎた。ただでさえ嫌な噂が出回っているのに、これ以上悪目立ちするのはやめておきたい。私はセオドアの手首を握って、早足で郵便局を後にする。「ティナ!」と呼ぶ声が聞こえてきたけれど、私はそれを耳に入らなかったことにした。

***

「災難だったなぁ」

 そう言ってセオドアは笑う。それが、たった今の騒動とお兄様の失踪、二つの事を差しているのはすぐに分かった。他人事だと思って……私はため息をつく。

「とてもひどい事をいうのよ、アルフレッドったら!」

 見合いをするなとか、自分の妻になれとか……思い出しただけで疑問が増していく。

「殿下はそういう質の悪い冗談を言うタイプじゃないのにな。まあ、俺は大して親しくないけどさ」

 私だってそれはよく知っている。言葉数は少ないけれど、自分の気持ちや考えをストレートに伝えて、変な事は言わない。アルフレッドルートを何度プレイしたことか……彼はイヴに対してとても真摯で一途で、そして真面目だった。彼の言葉に裏があった事なんてない。だからこそ、今回の彼の行動が理解できなくて困っていた。

「でも、ティナっていつの間に殿下と親しくなっていたんだ?」
「え?」
「殿下だってティナの事名前で呼んでたし、今、ティナだって『アルフレッド』って呼んでたじゃないか? それにさっきの喧嘩だって、こうやって俺と話している時みたいだったよ」

 私は両手で口を覆う。

「ふ、不敬罪で逮捕されるのかしら、私」
「いや、そんな事はないと思うけど。でも、殿下があんな風に話をしているの初めて見たからびっくりしちゃったよ。いつもは自分の事を『私』って呼ぶのに、『俺』なんて言ってさ」

 あの人も人間なんだなとセオドアはまだ笑っていた。

「それにしても、お兄さんの事はびっくりしたよ。まさか駆け落ちなんてする人とは思わなかったからさ。まあ、何とかなるよ」

 セオドアはいつもあっけらかんとしている。でも今は、その明るい姿に救われたような気がした。

 でも、急にアルフレッドがそんな事を言い出した理由。それが全く分からなくて、私はただモヤモヤし続けるばかりだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤

凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。 幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。 でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです! ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (完結済ー全8話)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。