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第5章 あなただけのヒロインになりたい
第5章 あなただけのヒロインになりたい ⑤
「セオドアに誘われたのは本当だけど……返事はしていない、です」
「ティナのその言葉、信じていいんだな」
私は何度も頷いた。それを見て、彼は安堵の息を漏らした。
「イヴからその話を聞いた時、どれだけ肝が冷えたか……。本当に良かった、あの約束を忘れたのかと思った」
私は小指に残る熱を思い出した。
「他の男の元に行くなら、先に俺に返事をしてからにしてほしい。……まだティナの気持ちは定まらないか?」
私の脳裏によぎるイヴのあの意地悪な笑みが、その熱すらかき消して行ってしまった。こんなに私に優しくしてくれる彼も、きっとイヴに靡いてしまうに違いない。ここでのイベントを発生させたイヴに私は敵うのだろうか? 不安ばかりが胸に積もっていく。
「顔色が悪いな? どうかしたのか?」
「い、いいえ。あの……考えたいことがあるので、一人にしてもらえませんか?」
「……分かった」
アルフレッドは渋々と言った様子で天文台の階段を降りていった。私はその場にへたり込み、制服が汚れるのも気にしないで大の字に横たわった。
「今からでも、イヴの攻略を失敗させることってできないのかな?」
私が見ている限り、イヴはアルフレッド攻略へのフラグを完璧に立てている。でも、祝賀パーティーに出られない事情が……当日眠ってしまって起きられなかったら! 実家から数日は目を覚まさない強力な眠り薬を用意して……と考えるけれど、そんな薬があるはずはない。それならいっそのことベロニカと協力して学園から追い出してしまう? いや、そんな事をしたらアルフレッドから幻滅されてしまうし、失敗したらベロニカと共に学園から追い出されることになる。それだけはどうしても避けたいのに。
考えれば考えるほど、とんちんかんな発想ばかり思いつく。いっそのこと、皇太子妃ではなく側室になればいいんじゃないか、とか。私は大きく息を吐いてから起き上がった。
「本当に埃っぽいわね、ここ」
アルフレッドとイヴはこの埃臭さが気にならなかったのかしら? そう疑ってしまうほど気になってしまうくらい。どれだけ考えても、良い答えなんて出てこない。私は階段を降り、天文台から離れていった。今日はもう授業を欠席して寮で休もうかな、そんな事を考えていた時、誰かが私の腕を引いた。驚きのあまり体が大きく震える。
「そんなにびっくりすることないじゃない! まるで私がひどい事をしているみたいでしょ!」
振り返ると、ぷりぷりと怒っているベロニカが立っていた。その後ろには心配そうに私を見つめるマリリンもいる。
「ティナ、暇でしょ? 暇よね?」
「え?」
「私、これから買い物に行くの。ついてきなさい」
「ちょっと、授業はいいんですか?」
まさにさぼろうとしていた私が言うべきセリフではなかった。私が戸惑っていると、マリリンがこっそり耳打ちする。
「ティナさんが元気なさそうだから、外で気晴らししましょうってことですよ」
「そうなの?」
「ベロニカさんの優しさって分かりづらいけど、たぶんそう言うことだと思います」
そう言って、マリリンはにっこりと笑う。
「ほら、見つからない内に私服に着替えに行くわよ。バレたら大変なんだから!」
***
私たちは寮に戻って私服に着替えてから、こっそり学園から抜け出した。幸いなことに門番は交代の時間だったらしく、校門を無事に突破できた。きっと私たちが学園を飛び出していることなんて、誰も気づいていないに違いない……多分。
「私、授業をさぼるのは初めてです!」
マリリンが一番はしゃいでいる。それに引き換え、言い出しっぺのベロニカは少しおどおどしていた。
「どうしたんですか? ベロニカさん。ほら、行きましょう!」
「な、何か視線感じない? 首筋のあたりがチクチクするんだけど」
「そうですか?」
私は振り返る。よく目を凝らしてみたけれど、校舎から私たちの事を見ている人はいない。
「それでどこに行くんですか?」
私がそう問いかけると、二人はにやりと笑った。そして、こう口をそろえる。
「ドレスを買いに行くのよ!」
私は二人に引っ張られ、ベロニカがいつも言っているショップに向かう。
「まだドレスは早いんじゃないですか? 卒業試験だってある訳だし……」
「今の内から見ておいて、まわりと差をつけるのよ。祝賀パーティーで一番輝く姿を見せつけるためには早い内から探しておかないと」
「それに、今は人さらいが出るかもしれないから街に出かけるのは危ないって……」
「三人も一緒にいたら大丈夫ですって! 狙われているのは一人で出歩いている人ばかりだって新聞にも載っていましたし」
ベロニカはキョロキョロと周りを見渡している。人さらいに怯えているのかと思ったら、どうやら学園の関係者がいないか心配できりがないらしい。マリリンの背中に隠れているけれど、そっちの方が逆に怪しいくらいだ。
「ほら、ベロニカさん、着きましたよ。ここですよね? いつも来ているショップって」
先導して歩いていたマリリンが立ち止まる。無事にたどりついてほっとしたのか、ベロニカは途端に胸を張って「行きましょう」と歩き出した。
「あら、ベロニカ様! いらっしゃいませ~」
ベロニカに気づいた店員が素早く寄ってくる。
「今日はどのようなものをお探しに?」
「卒業祝賀パーティー用のドレスを探しにね。友達も連れて来たわ」
友達。その言葉に私とマリリンは驚いて顔を見合わせる。びっくりしているのに気づいたベロニカは「何よ!」と途端に不機嫌になる。
「さあ、ドレスは奥にございますよ」
店員はちょっと怒っているベロニカの背中を押して奥まで連れていく。どうやら、機嫌を損ねた彼女の対応に慣れている様子だった。私たちは少し動揺しながらもその後に続く。
「わぁっ!」
壁一面に吊るされた色とりどりのドレスにマリリンが嬉しそうな声をあげた。確かに、この量は圧巻。私が以前ドレスを買った時は外商に来てもらったから、こんなにたくさんの中からは選ぶことはできなかった。これだけあれば、ベロニカ曰く「周りと差をつける」ことができる一着を選ぶことができるかもしれない。ベロニカはすでに機嫌を取り戻していて店員とあれこれと相談を始めている。マリリンは楽しそうに気に入ったドレスを手に取っていた。私は近くにあった椅子に座る。二人みたいに楽しくドレスを選ぶ気分にはなれなかった。
「何よ、ティナ。連れてきてあげたっていうのにつまらない顔するんじゃないわよ」
そんな私の元に、ベロニカがツカツカと足音を鳴らして歩み寄ってきた。私は「はあ」と気の抜けた返事をする。
「見合いが上手くいかないのが気に入らないの? ……いや、違うわね。あんた、アルフレッド様の事でうじうじ悩んでいるんでしょ?」
ベロニカは鋭い視線で私を射抜いた。私はとっさに顔を逸らしてしまうが、それがベロニカにとって「答え」となってしまった。彼女は「なるほどね」と小さく呟く。
「このところ変だったのは、アルフレッド様とあの貧乏転校生が妙に仲良さそうだったから嫉妬してたせいなんでしょ!」
嫉妬。その言葉がずしんとのしかかって、何だか恥ずかしくなってしまった。
「うじうじ悩んで、あなた、とてもみっともないわ!」
そう言って、彼女は私の頭に手刀を振り下ろした。ズドン! と鈍った音が聞こえてくる。あまりの痛みに私は頭を押さえてそのまま体を丸めてしまっていた。
「ベ、ベロニカさん、暴力はちょっと……」
「ティナの目を覚まさせるために必要なのよ! いい、聞きなさい! あんたはこの私より可愛くないし、家柄も我が家より下よ。それでもね、それでもねぇ――」
ベロニカの言葉はそこで途切れた。私は痛む頭を押さえながら顔をあげ、目に飛び込んできた光景に言葉を失っていた。
「それでも、アルフレッド様はティナを選ぶのよ! それが分かっているのに、どうしてそんなにうじうじ悩んでいるのよ! バカ!!」
ポロポロと、彼女の目から涙があふれていた。それに困惑していると、マリリンがそっとベロニカの肩に手を乗せる。
「私も、先ほど同じことを思いました。殿下がティナさんを連れて行ってしまったとき、やっぱり殿下はティナさんの事を大切に想っていらっしゃるんだって。ベロニカさんも同じだったみたいで、その時もこんな風に泣いていたんですよ」
「言わなくていいじゃない、それ!」
ベロニカはハンカチで目元を抑える。
「あんなの見せられたら、諦めるしかないじゃない! この私からアルフレッド様を奪ったのだから、胸を張りなさい! あんな貧乏女に奪われようものなら、末代まで呪ってやるんだから!」
「ベロニカ……」
私は立ち上がり、そのままぎゅっとベロニカを抱きしめていた。彼女は私の胸の中で嗚咽を漏らし、鼻をすすった。
「ティナのその言葉、信じていいんだな」
私は何度も頷いた。それを見て、彼は安堵の息を漏らした。
「イヴからその話を聞いた時、どれだけ肝が冷えたか……。本当に良かった、あの約束を忘れたのかと思った」
私は小指に残る熱を思い出した。
「他の男の元に行くなら、先に俺に返事をしてからにしてほしい。……まだティナの気持ちは定まらないか?」
私の脳裏によぎるイヴのあの意地悪な笑みが、その熱すらかき消して行ってしまった。こんなに私に優しくしてくれる彼も、きっとイヴに靡いてしまうに違いない。ここでのイベントを発生させたイヴに私は敵うのだろうか? 不安ばかりが胸に積もっていく。
「顔色が悪いな? どうかしたのか?」
「い、いいえ。あの……考えたいことがあるので、一人にしてもらえませんか?」
「……分かった」
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「今からでも、イヴの攻略を失敗させることってできないのかな?」
私が見ている限り、イヴはアルフレッド攻略へのフラグを完璧に立てている。でも、祝賀パーティーに出られない事情が……当日眠ってしまって起きられなかったら! 実家から数日は目を覚まさない強力な眠り薬を用意して……と考えるけれど、そんな薬があるはずはない。それならいっそのことベロニカと協力して学園から追い出してしまう? いや、そんな事をしたらアルフレッドから幻滅されてしまうし、失敗したらベロニカと共に学園から追い出されることになる。それだけはどうしても避けたいのに。
考えれば考えるほど、とんちんかんな発想ばかり思いつく。いっそのこと、皇太子妃ではなく側室になればいいんじゃないか、とか。私は大きく息を吐いてから起き上がった。
「本当に埃っぽいわね、ここ」
アルフレッドとイヴはこの埃臭さが気にならなかったのかしら? そう疑ってしまうほど気になってしまうくらい。どれだけ考えても、良い答えなんて出てこない。私は階段を降り、天文台から離れていった。今日はもう授業を欠席して寮で休もうかな、そんな事を考えていた時、誰かが私の腕を引いた。驚きのあまり体が大きく震える。
「そんなにびっくりすることないじゃない! まるで私がひどい事をしているみたいでしょ!」
振り返ると、ぷりぷりと怒っているベロニカが立っていた。その後ろには心配そうに私を見つめるマリリンもいる。
「ティナ、暇でしょ? 暇よね?」
「え?」
「私、これから買い物に行くの。ついてきなさい」
「ちょっと、授業はいいんですか?」
まさにさぼろうとしていた私が言うべきセリフではなかった。私が戸惑っていると、マリリンがこっそり耳打ちする。
「ティナさんが元気なさそうだから、外で気晴らししましょうってことですよ」
「そうなの?」
「ベロニカさんの優しさって分かりづらいけど、たぶんそう言うことだと思います」
そう言って、マリリンはにっこりと笑う。
「ほら、見つからない内に私服に着替えに行くわよ。バレたら大変なんだから!」
***
私たちは寮に戻って私服に着替えてから、こっそり学園から抜け出した。幸いなことに門番は交代の時間だったらしく、校門を無事に突破できた。きっと私たちが学園を飛び出していることなんて、誰も気づいていないに違いない……多分。
「私、授業をさぼるのは初めてです!」
マリリンが一番はしゃいでいる。それに引き換え、言い出しっぺのベロニカは少しおどおどしていた。
「どうしたんですか? ベロニカさん。ほら、行きましょう!」
「な、何か視線感じない? 首筋のあたりがチクチクするんだけど」
「そうですか?」
私は振り返る。よく目を凝らしてみたけれど、校舎から私たちの事を見ている人はいない。
「それでどこに行くんですか?」
私がそう問いかけると、二人はにやりと笑った。そして、こう口をそろえる。
「ドレスを買いに行くのよ!」
私は二人に引っ張られ、ベロニカがいつも言っているショップに向かう。
「まだドレスは早いんじゃないですか? 卒業試験だってある訳だし……」
「今の内から見ておいて、まわりと差をつけるのよ。祝賀パーティーで一番輝く姿を見せつけるためには早い内から探しておかないと」
「それに、今は人さらいが出るかもしれないから街に出かけるのは危ないって……」
「三人も一緒にいたら大丈夫ですって! 狙われているのは一人で出歩いている人ばかりだって新聞にも載っていましたし」
ベロニカはキョロキョロと周りを見渡している。人さらいに怯えているのかと思ったら、どうやら学園の関係者がいないか心配できりがないらしい。マリリンの背中に隠れているけれど、そっちの方が逆に怪しいくらいだ。
「ほら、ベロニカさん、着きましたよ。ここですよね? いつも来ているショップって」
先導して歩いていたマリリンが立ち止まる。無事にたどりついてほっとしたのか、ベロニカは途端に胸を張って「行きましょう」と歩き出した。
「あら、ベロニカ様! いらっしゃいませ~」
ベロニカに気づいた店員が素早く寄ってくる。
「今日はどのようなものをお探しに?」
「卒業祝賀パーティー用のドレスを探しにね。友達も連れて来たわ」
友達。その言葉に私とマリリンは驚いて顔を見合わせる。びっくりしているのに気づいたベロニカは「何よ!」と途端に不機嫌になる。
「さあ、ドレスは奥にございますよ」
店員はちょっと怒っているベロニカの背中を押して奥まで連れていく。どうやら、機嫌を損ねた彼女の対応に慣れている様子だった。私たちは少し動揺しながらもその後に続く。
「わぁっ!」
壁一面に吊るされた色とりどりのドレスにマリリンが嬉しそうな声をあげた。確かに、この量は圧巻。私が以前ドレスを買った時は外商に来てもらったから、こんなにたくさんの中からは選ぶことはできなかった。これだけあれば、ベロニカ曰く「周りと差をつける」ことができる一着を選ぶことができるかもしれない。ベロニカはすでに機嫌を取り戻していて店員とあれこれと相談を始めている。マリリンは楽しそうに気に入ったドレスを手に取っていた。私は近くにあった椅子に座る。二人みたいに楽しくドレスを選ぶ気分にはなれなかった。
「何よ、ティナ。連れてきてあげたっていうのにつまらない顔するんじゃないわよ」
そんな私の元に、ベロニカがツカツカと足音を鳴らして歩み寄ってきた。私は「はあ」と気の抜けた返事をする。
「見合いが上手くいかないのが気に入らないの? ……いや、違うわね。あんた、アルフレッド様の事でうじうじ悩んでいるんでしょ?」
ベロニカは鋭い視線で私を射抜いた。私はとっさに顔を逸らしてしまうが、それがベロニカにとって「答え」となってしまった。彼女は「なるほどね」と小さく呟く。
「このところ変だったのは、アルフレッド様とあの貧乏転校生が妙に仲良さそうだったから嫉妬してたせいなんでしょ!」
嫉妬。その言葉がずしんとのしかかって、何だか恥ずかしくなってしまった。
「うじうじ悩んで、あなた、とてもみっともないわ!」
そう言って、彼女は私の頭に手刀を振り下ろした。ズドン! と鈍った音が聞こえてくる。あまりの痛みに私は頭を押さえてそのまま体を丸めてしまっていた。
「ベ、ベロニカさん、暴力はちょっと……」
「ティナの目を覚まさせるために必要なのよ! いい、聞きなさい! あんたはこの私より可愛くないし、家柄も我が家より下よ。それでもね、それでもねぇ――」
ベロニカの言葉はそこで途切れた。私は痛む頭を押さえながら顔をあげ、目に飛び込んできた光景に言葉を失っていた。
「それでも、アルフレッド様はティナを選ぶのよ! それが分かっているのに、どうしてそんなにうじうじ悩んでいるのよ! バカ!!」
ポロポロと、彼女の目から涙があふれていた。それに困惑していると、マリリンがそっとベロニカの肩に手を乗せる。
「私も、先ほど同じことを思いました。殿下がティナさんを連れて行ってしまったとき、やっぱり殿下はティナさんの事を大切に想っていらっしゃるんだって。ベロニカさんも同じだったみたいで、その時もこんな風に泣いていたんですよ」
「言わなくていいじゃない、それ!」
ベロニカはハンカチで目元を抑える。
「あんなの見せられたら、諦めるしかないじゃない! この私からアルフレッド様を奪ったのだから、胸を張りなさい! あんな貧乏女に奪われようものなら、末代まで呪ってやるんだから!」
「ベロニカ……」
私は立ち上がり、そのままぎゅっとベロニカを抱きしめていた。彼女は私の胸の中で嗚咽を漏らし、鼻をすすった。
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