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第一章 龍の料理人
第1話
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ホテル・ベイ……全国顧客満足度No.1、2030年ワールドホテルガイド五つ星獲得という華々しい業績を上げている日本最高峰のホテル。
このホテルの中にある三つ星レストラン『エデン』で、私こと八意 実は料理長として働いていた。
「実さん、ベシャの確認お願いします。」
「わかった。今行こう。」
今年入ったばかりの新人の斎藤に味の確認をお願いされたので、一旦こちらの仕込みの手を止めて斎藤の方へと向かった。
ちなみにベシャとはベシャメルソースの略称で、一般的に知れ渡っている名前で言うならばホワイトソースという基本中の基本のソースだ。作り方はいたって簡単で、小麦粉とバターを炒めそこに牛乳を入れてダマにならないように引き伸ばしていくだけ。
そう、たったそれだけなのだが……。
私は斎藤が作ったベシャメルソースをスプーンで一口味見し、首を横に振った。
「……ダメだ。」
「えっ!?こ、今回はダマもないですよ?いったいど、どこがダメなんです?」
うろたえた様子を見せる斎藤に私は、なぜこのベシャメルソースが使えないものなのかを言った。
「まず一つ、小麦粉にしっかり火が入っていない。自分で味見してわからないか?この小麦粉の粉っぽさが……。」
「う、た、確かにちょっと粉っぽさがあったような……。」
ベシャメルソースの作り方は簡単だが、それゆえに繊細で奥深い。一つ手を抜けば味が落ち、美味しくないものが出来上がる。またその逆もしかりで、丹精込めて作られたベシャメルソースというのは一口、口に含めばわかるほど滑らかで美味しいソースに仕上がる。
「そして、今ダマがない……と言ったな?お前がさっき、せっせとダマになったベシャをシノアで裏ごしていたのを見ていないとでも思ったか?」
「うっ!!そ、それは……」
シノアとはスープなどを裏漉す調理器具のことだ。
先ほど私が仕込みをしている裏で、斎藤はこそこそとバレないようにシノアでベシャメルソースを裏ごしていた。まぁそれもしっかりと料理長である私の目には映っていたんだが。
「いいか?そういう悪知恵をつけるんじゃなく、確かな技術を身につけてくれ。この業界は腕がないと上には行けないぞ?」
「は、はい……。」
「もういい、ベシャは私がやろう。斎藤、お前はサラダの仕込みをしていろ。」
「はい……。」
気の弱い返事をしてうつむく斎藤を私は冷たく突き放す。もうこれでもう何度目の失敗だろうか……。何度やらせてみても全く成長が感じられない。
自分で作った出来損ないのベシャメルソースを捨て、サラダの仕込みに移った斎藤の背中をみて、深くため息を吐きながら私はベシャメルソースを作り始めた。
「さて……やるか。」
まずは小麦粉とバターを弱火でじっくりと炒めていく。この時火が強すぎたり、炒める手を止めると、小麦粉に完全に火が通る前に焦げてしまうことがある。
次に牛乳、これは小麦粉とバターを炒めている傍らで温めておく。なぜ温めておくか……それは冷たい牛乳を入れるとバターが分離したり、ダマができるからだ。
そして淡々とベシャメルソースを作っている最中、チラリと斎藤の方に目を向けると、相変わらずサラダを千切ってはいるものの、鼻の下を伸ばしながらウエイトレスの女の子と話をしていた。
まったく、さっきの落ち込んだ表情はどこへやら……。
「……あれはダメだな。」
鼻の下を伸ばしきってウエイトレスと無駄話をする斎藤を見て、ボソリと私は誰にも聞こえないように小声で呟いた。
ちなみにダメ……というのは長く持たないと言う意味だ。良く見積もっても来月か、再来月にはこの調理場にはいないだろう。
……おっと、斎藤を気にかけている場合じゃないな。
チラリと斎藤の方に目線を向けている間に、小麦粉に火が入りほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐり始めた。
こうなった後は、温めた牛乳を何回かに分けて入れて良く練るだけでベシャメルソースは完成する。
「良し。後はあたりをつけるだけだ。」
あたりとは、業界用語で味付け等のことを意味する。飲食店に勤めていれば、よく耳にする言葉だ。
ベシャメルソースのあたりは基本、塩とホワイトペッパーでつける。
が、どうにもそれだけだと奥深さが足りない。そこで使うのは、このパルメザンチーズ……通称粉チーズだな。これを少し加えてやることで、ベシャメルソースにチーズのコク、うま味をプラスし奥深さを実現することができる。
そうしてあたりをつけたベシャメルソースをスプーンで一口、味見する。
「……うん。これで良し。」
きっちりとあたりを決めたベシャメルソースは一度ダマが無くても裏漉し、少しでも口当たりをよくする。そして最後保存する際、裏漉したベシャメルソースが乾かないように上から落としラップをしてやれば完璧だ。
「さて、仕込みに戻るか。まだまだやることがたくさん残っている。」
ディナー営業へ向けて仕込みはまだまだある。手を止めている暇は無い。
私はベシャメルソースを冷まして冷蔵庫へとしまった後、再び手を止めていた仕込みに取りかかった。
◇
そして時は流れ時刻は22:30分、今日もラストオーダーの時間がやって来た。いつも通りならお客様の最後の注文を聞き終えたウェイターが厨房にいる全員に聞こえるようにオーダーを読み上げるのだが……。
なにやら困ったことがあったらしく、私のもとへと駆け寄ってくる。
「実さん、ちょっといいですか?」
「どうした?無茶振りでもあったか?」
「あ、い、いえ!!そうじゃないんですが……。」
たまにあるお客様のメニューに無いものの注文か?と思いウェイターに問いかけるが、彼は困り果てた表情を浮かべながら首を横に振る。
「じゃあいったい何があったんだ?」
「じ、実は一風変わった……というか、かなり変わった服を御召しになったお客様がいらっしゃったんです。」
「なんだ……そんなことか。別にそんなこと構いやしない。入れてやれ。」
服が変わっていようが、わざわざ食べに来てくださったお客様を断る理由はない。
「わ、わかりました。あ、あぁそうだ!!他のお客様のラストオーダーはドリンクだけでした。」
「そうか……わかった。」
ということは、後はその例の一風変わった服を召したお客様の注文だけ……だな。
それならこんなに厨房に人数はいらない。たまには早く帰らせてやるか。
「後は私がやっておく、今日は早めに帰って疲れを癒しておけ。明日も満席、予約が入ってるからな。」
「「「「はいっ!!お疲れ様でした!!」」」」
基本的にここでは、私の命令は絶対だ。何年か一緒にやってる奴らはそれをわかっているから、新人達を引き連れこちらに一礼をして厨房を後にしていった。
そして私以外の料理人が厨房からいなくなると同時に、さっきのウェイターが再び私のもとへと戻ってきた。
「み、実さんあの……。」
「ん?また何かあったのか?」
「さっき話したお客様なんですが、実さん宛てに置き手紙を残してどこかへ行ってしまったみたいなんです。」
「いなくなった?それに手紙だと?」
「こ、これなんですけど……。」
差し出された手紙には確かに宛名に私の名前が書いてあった。そして表には英語で「Invitation」と記載してある。Invitationとは日本語訳で招待状という意味だ。
招待状……?これはいったい……。
丁寧に封された手紙を開けると中には一枚の何かが描かれた紙が入っていた。綺麗に折り畳まれたそれを取り出し、広げてみるとそこには複雑な魔法陣らしきものが描かれていた。
「……悪戯か。くだらないことをする。」
私に対する悪戯目的で作られたのであろうそれを、手でくしゃくしゃに丸めゴミ箱に捨てようとした時だった。
「ッ!!……切ったか。」
紙の縁で指を浅く切ってしまったらしく、指に鋭い痛みが走る。
そして指先から流れ出した一滴の鮮血がポタリ……と垂れ、たまたま描かれた魔法陣に滴り落ちた時だった。
信じられないことに、突然私の足元に紙に描かれた魔法陣と全く同じものが現れ、激しく発光し始めたのだ。
「くっ!?な、なんだこれはッ!!」
何が起こっているのかもわからないまま、私の体は強烈な光に飲み込まれてしまう。
そして光が収まった時……そこにはもう八意 実の姿は無く。ただ、一枚の手紙が落ちていただけだった。
その手紙には実が見た魔法陣は描かれておらずただ、「ようこそ」とだけ書かれていた。
このホテルの中にある三つ星レストラン『エデン』で、私こと八意 実は料理長として働いていた。
「実さん、ベシャの確認お願いします。」
「わかった。今行こう。」
今年入ったばかりの新人の斎藤に味の確認をお願いされたので、一旦こちらの仕込みの手を止めて斎藤の方へと向かった。
ちなみにベシャとはベシャメルソースの略称で、一般的に知れ渡っている名前で言うならばホワイトソースという基本中の基本のソースだ。作り方はいたって簡単で、小麦粉とバターを炒めそこに牛乳を入れてダマにならないように引き伸ばしていくだけ。
そう、たったそれだけなのだが……。
私は斎藤が作ったベシャメルソースをスプーンで一口味見し、首を横に振った。
「……ダメだ。」
「えっ!?こ、今回はダマもないですよ?いったいど、どこがダメなんです?」
うろたえた様子を見せる斎藤に私は、なぜこのベシャメルソースが使えないものなのかを言った。
「まず一つ、小麦粉にしっかり火が入っていない。自分で味見してわからないか?この小麦粉の粉っぽさが……。」
「う、た、確かにちょっと粉っぽさがあったような……。」
ベシャメルソースの作り方は簡単だが、それゆえに繊細で奥深い。一つ手を抜けば味が落ち、美味しくないものが出来上がる。またその逆もしかりで、丹精込めて作られたベシャメルソースというのは一口、口に含めばわかるほど滑らかで美味しいソースに仕上がる。
「そして、今ダマがない……と言ったな?お前がさっき、せっせとダマになったベシャをシノアで裏ごしていたのを見ていないとでも思ったか?」
「うっ!!そ、それは……」
シノアとはスープなどを裏漉す調理器具のことだ。
先ほど私が仕込みをしている裏で、斎藤はこそこそとバレないようにシノアでベシャメルソースを裏ごしていた。まぁそれもしっかりと料理長である私の目には映っていたんだが。
「いいか?そういう悪知恵をつけるんじゃなく、確かな技術を身につけてくれ。この業界は腕がないと上には行けないぞ?」
「は、はい……。」
「もういい、ベシャは私がやろう。斎藤、お前はサラダの仕込みをしていろ。」
「はい……。」
気の弱い返事をしてうつむく斎藤を私は冷たく突き放す。もうこれでもう何度目の失敗だろうか……。何度やらせてみても全く成長が感じられない。
自分で作った出来損ないのベシャメルソースを捨て、サラダの仕込みに移った斎藤の背中をみて、深くため息を吐きながら私はベシャメルソースを作り始めた。
「さて……やるか。」
まずは小麦粉とバターを弱火でじっくりと炒めていく。この時火が強すぎたり、炒める手を止めると、小麦粉に完全に火が通る前に焦げてしまうことがある。
次に牛乳、これは小麦粉とバターを炒めている傍らで温めておく。なぜ温めておくか……それは冷たい牛乳を入れるとバターが分離したり、ダマができるからだ。
そして淡々とベシャメルソースを作っている最中、チラリと斎藤の方に目を向けると、相変わらずサラダを千切ってはいるものの、鼻の下を伸ばしながらウエイトレスの女の子と話をしていた。
まったく、さっきの落ち込んだ表情はどこへやら……。
「……あれはダメだな。」
鼻の下を伸ばしきってウエイトレスと無駄話をする斎藤を見て、ボソリと私は誰にも聞こえないように小声で呟いた。
ちなみにダメ……というのは長く持たないと言う意味だ。良く見積もっても来月か、再来月にはこの調理場にはいないだろう。
……おっと、斎藤を気にかけている場合じゃないな。
チラリと斎藤の方に目線を向けている間に、小麦粉に火が入りほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐり始めた。
こうなった後は、温めた牛乳を何回かに分けて入れて良く練るだけでベシャメルソースは完成する。
「良し。後はあたりをつけるだけだ。」
あたりとは、業界用語で味付け等のことを意味する。飲食店に勤めていれば、よく耳にする言葉だ。
ベシャメルソースのあたりは基本、塩とホワイトペッパーでつける。
が、どうにもそれだけだと奥深さが足りない。そこで使うのは、このパルメザンチーズ……通称粉チーズだな。これを少し加えてやることで、ベシャメルソースにチーズのコク、うま味をプラスし奥深さを実現することができる。
そうしてあたりをつけたベシャメルソースをスプーンで一口、味見する。
「……うん。これで良し。」
きっちりとあたりを決めたベシャメルソースは一度ダマが無くても裏漉し、少しでも口当たりをよくする。そして最後保存する際、裏漉したベシャメルソースが乾かないように上から落としラップをしてやれば完璧だ。
「さて、仕込みに戻るか。まだまだやることがたくさん残っている。」
ディナー営業へ向けて仕込みはまだまだある。手を止めている暇は無い。
私はベシャメルソースを冷まして冷蔵庫へとしまった後、再び手を止めていた仕込みに取りかかった。
◇
そして時は流れ時刻は22:30分、今日もラストオーダーの時間がやって来た。いつも通りならお客様の最後の注文を聞き終えたウェイターが厨房にいる全員に聞こえるようにオーダーを読み上げるのだが……。
なにやら困ったことがあったらしく、私のもとへと駆け寄ってくる。
「実さん、ちょっといいですか?」
「どうした?無茶振りでもあったか?」
「あ、い、いえ!!そうじゃないんですが……。」
たまにあるお客様のメニューに無いものの注文か?と思いウェイターに問いかけるが、彼は困り果てた表情を浮かべながら首を横に振る。
「じゃあいったい何があったんだ?」
「じ、実は一風変わった……というか、かなり変わった服を御召しになったお客様がいらっしゃったんです。」
「なんだ……そんなことか。別にそんなこと構いやしない。入れてやれ。」
服が変わっていようが、わざわざ食べに来てくださったお客様を断る理由はない。
「わ、わかりました。あ、あぁそうだ!!他のお客様のラストオーダーはドリンクだけでした。」
「そうか……わかった。」
ということは、後はその例の一風変わった服を召したお客様の注文だけ……だな。
それならこんなに厨房に人数はいらない。たまには早く帰らせてやるか。
「後は私がやっておく、今日は早めに帰って疲れを癒しておけ。明日も満席、予約が入ってるからな。」
「「「「はいっ!!お疲れ様でした!!」」」」
基本的にここでは、私の命令は絶対だ。何年か一緒にやってる奴らはそれをわかっているから、新人達を引き連れこちらに一礼をして厨房を後にしていった。
そして私以外の料理人が厨房からいなくなると同時に、さっきのウェイターが再び私のもとへと戻ってきた。
「み、実さんあの……。」
「ん?また何かあったのか?」
「さっき話したお客様なんですが、実さん宛てに置き手紙を残してどこかへ行ってしまったみたいなんです。」
「いなくなった?それに手紙だと?」
「こ、これなんですけど……。」
差し出された手紙には確かに宛名に私の名前が書いてあった。そして表には英語で「Invitation」と記載してある。Invitationとは日本語訳で招待状という意味だ。
招待状……?これはいったい……。
丁寧に封された手紙を開けると中には一枚の何かが描かれた紙が入っていた。綺麗に折り畳まれたそれを取り出し、広げてみるとそこには複雑な魔法陣らしきものが描かれていた。
「……悪戯か。くだらないことをする。」
私に対する悪戯目的で作られたのであろうそれを、手でくしゃくしゃに丸めゴミ箱に捨てようとした時だった。
「ッ!!……切ったか。」
紙の縁で指を浅く切ってしまったらしく、指に鋭い痛みが走る。
そして指先から流れ出した一滴の鮮血がポタリ……と垂れ、たまたま描かれた魔法陣に滴り落ちた時だった。
信じられないことに、突然私の足元に紙に描かれた魔法陣と全く同じものが現れ、激しく発光し始めたのだ。
「くっ!?な、なんだこれはッ!!」
何が起こっているのかもわからないまま、私の体は強烈な光に飲み込まれてしまう。
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