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第一章 龍の料理人

第5話

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 そして私はカミルとともに、再び厨房へとやってきた。

「コカトリスはどこに置けばよいのじゃ?」

「あぁ、この上に置いてくれ。」

 ぽんぽんと私は大きなまな板を叩き、そこに置くように促した。このまな板も私が買っていたもので、インベントリの中に入っていたものだ。
 するとそれを見たカミルが首を傾げた。

「お?こんなものここにあったかの?」

「いや、私の私物だよ。インベントリとかいうのに入ってたんだ。」

「そういえば、さっきも草を出すときに使っておったな。この世界に来て早々に魔法を使えるようになるとは器用な奴じゃな。」

 さっきのことを思い出しながらカミルはまな板の上にコカトリスを置いた。小さな少女が自分の倍以上の大きさのコカトリスを片手で持ち上げ、まな板の上に置く姿はひどく不釣り合いだが……元の姿を考えればなにも不思議ではない。

 そしてまな板の上に置かれたコカトリスを今一度よくよく観察してみることにした。

「ふむ……形状は鶏そのものと何ら変わりないな。ただ妙にお腹が膨らんでいるが……これはいったい」

 妙に膨らんでいるお腹は触ってみるとゴロゴロと硬いものが入っているようだ。

「おそらく卵じゃな。体外に排出されていないところを見るに有精卵ではないじゃろ。コカトリスは有精卵ならばすぐに産み落とす習性があるからな。」

「なるほど?それは好都合だ。この卵も料理に使わせてもらおう。そういえばだが……一つ質問いいか?」

 実は一つ気になっていたことがあるのだ。料理を始める前にそれをカミルに問いかけることにした。

「うむ、何じゃ?」

「カミルはその……どれぐらい食べるんだ?」

「このコカトリス一匹なら腹八分目といったところかのっ。」

 おぉう……予想はしていたがかなりの大食感のようだ。ならやはりこのコカトリスは、すべて今日使ってしまった方がよさそうだな。それに野菜もいくつか添えればカミルを満腹にすることはできそうだ。

 カミルが大食感だということもわかったし、そろそろ始めるとするか。

「了解した。じゃあさっそく取り掛かるよ。」

 メニューはシンプルにローストチキンだな。カミルが大食感なのもあるが、何よりこいつをいちいち解体して別々の料理にしていたらかなり時間を食う。
 カミルはさっき狩りに出る前でさえかなりおなかが空いていそうだったからな。帰ってきた今は体力を消費して、もっと腹を空かせていることだろう。そういう面を思うと丸ごと料理にできるローストチキンが最適だ。

 緑色の羽毛を手でブチブチと引きちぎっていると、隣からものすごい視線を感じる。チラリと横を見てみると、カミルが興味深そうに私の作業をじっと見ていた。

「気になるか?」

「当り前じゃ。妾は普段、コカトリスは毛を燃やして丸ごとかぶりついておったからな。お主がコカトリスをどう料理するのか気になって仕方がないのじゃ。」

「そうか、まぁ料理中は危ないからあまり近づきすぎないようにな?」

「わかったのじゃ~。」

 そうカミルに注意してから、私は再びコカトリスの下処理に移る。おおかた毛をむしり取り終わった私は、コカトリスの羽毛をインベントリにすべて仕舞う。後で何かに使えるかもしれないからな。

 そしてすべての羽毛を抜き取った後、お腹に包丁を入れて内臓と例の卵を取り出す。

 内臓をキズつけないように慎重に包丁を入れることが重要だ。下手に内蔵に傷をつけてしまうと血の味が肉に移ったり、臭みが肉に移ったりして大変なことになる。

 ちなみに最近は日本で出回ってる丸鶏ってやつは、ほとんどが内臓も綺麗に処理されている上に、羽毛もきっちりとむしられて綺麗な状態のものがほとんどだ。
 毛も内臓もついている状態の丸鶏なんて滅多にお目にかかれるものではないだろう。まぁ、私は半人前の時に何度かそういった状態のやつもやったから問題なく捌けるがな。

 お腹を開くとごろりと大きな卵が転がり出てきた。ダチョウの卵も顔負けの大きさだ。

「すごい大きな卵だな。これはいったんインベントリに仕舞うか。」

 今すぐにこれを使うわけではないのでインベントリにコカトリスの卵を仕舞う。後は内臓の処理だけだ。

「これがレバー、ハツ……で、これが砂肝か。」

 主に鶏の内臓で食べられるのは、この三つの部位だけだ。他の腸とかは……。

「カミル、これとか食べるか?」

「内臓か……妾はいらんぞ?あと、その緑色の球は毒玉じゃから気を付けるのじゃぞ?」

「これ苦玉じゃないのか。わかったこいつは仕舞っておこう。」

 捨てる場所もないから内臓は一つ一つ分けてインベントリに仕舞う。まったく便利なものだな、この魔法というやつは。

「ん~……これで内臓の処理は終わりだな。あとは血をよく洗って……って井戸から水を汲んで来ないといけないか。」

 厨房の隣に設置してある井戸に向かい、井戸水をくみ上げる。濁ってないし、かなりきれいな水だな。これもインベントリに仕舞えたりしないのか?いちいち汲みに来るのは面倒なんだが……。

 そう思いインベントリに向かって水を流してみると、インベントリ水という項目が追加され何リットル入っているかがわかるようになった。

「おぉ、これは便利だ。じゃあ少し多めに汲んでいこう。」

 何度か水を汲みあげ、インベントリに放り込む。そしてインベントリに10リットル以上確保してから私は厨房へと戻った。

「水は汲めたかの?」

「あぁ、インベントリにたくさん詰めてきたよ。」

 そしてインベントリからちょろちょろと水を流しながら、鶏の血を洗う。ここでしっかりと血を洗い流しておかないと焼いたときに血生臭くなる。
 幸いカミルが首を綺麗にはねていたおかげで、そんなに血が回っている様子はないからここについている血さえしっかりと拭き取れば問題ないだろう。

「これで良しっと。後は水気を……ってしまった。拭く物がないぞ。なぁカミル、なんか使わない布とかってないか?」

「布?そんなのならごまんとあるぞ?ちょっと待っておれ。」

 そしてカミルは一人厨房を出て行った。それから少しすると大量の布を抱え戻ってきた。

「ほれ、好きなように使うがよい。」

「ありがとう。助かるよ。えっと‥‥インベントリ。」

 今使うのは二枚ぐらいあれば十分だから、残りの布はインベントリに仕舞う。そして綺麗な布で、よく洗ったコカトリスを拭く。水気を残さないようにきっちりと……。

「これで良し。後はオーブンにスイッチを入れて……予熱しておこう。」

 異世界式のオーブンにスイッチを入れて200℃に余熱をする。温度はご丁寧につまみの横に数字が書いてあるから、かなり楽に設定できる。
 ちなみにこのオーブンは異世界式のコンロの隣に設置されていたもので最初は何かわからなかったが、よく見たら上にコンロに使われている石と同じものがはめてあったから、熱に関する何かだと思っていたが……。オーブンで間違いないだろう。

「予熱してる間にコカトリスに塩胡椒を振っていこう。」

 丸鶏に塩胡椒を振るときは、肛門の中まできっちりと塩と胡椒をすり込むのが大事だ。そうすることで焼き上がりがきれいになるし、味もむらなく焼き上げることができる。

 そしてよく塩胡椒をしたコカトリスを持ち上げ、オーブン用の鉄板に移し予熱されたオーブンの中へと入れる。内臓を全て抜いているから私でもなんとか持ち上げることができた。

「ふぅ……あとはじっくり焼いていこう。」

 さてそれじゃあ、コカトリスを焼いている間に野菜の仕込みに入ろうか。
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