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第一章 龍の料理人

第50話

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 三枚に下ろし、柵を取った魚の身をある程度の大きさに切り分け、塩を振り馴染ませる。その間揚げ物に使う野菜を切り、それに打ち粉をした。

「これで材料の準備は終わりだ。」

 食材の下ごしらえを終えた私はインベントリを開き、そこから一升瓶ほどの大きさの瓶に入ったあるものを取り出した。

「揚げ物となればこれの出番だな。」

 この一升瓶の中に入っている液体は種子油だ。カミルと共にライネル商会に行った時に、あの商会主に勧められて買った。
 ちなみに種子油っていうのは、ゴマ油とかそういう種から油を抽出した物のことだ。

「確か花の種から油を取った……って言ってたから、もしかすると菜種油みたいなものなのかもしれないな。」

 試しに瓶の蓋を開けて、香りを嗅いでみると確かにふんわりと花の香りがする。味はどうだろう?
 手の甲に少しそれを垂らし、味見をする。

「……くどくはない。それどころかとてもあっさりとしているな。」

 これなら今から作ろうとしていた揚げ物に最適だろう。そう判断した私は、揚げ物用の銅鍋にその油を注ぎ加熱を始めた。ここから180℃位まで温度を上げるぞ。

 そして油を加熱している間、私は揚げ物の衣を作る。

「よく冷やした小麦粉に卵と水を混ぜた卵水を混ぜて……荒く混ぜる。」

 この衣の材料から見てわかるように、今から作る揚げ物は天ぷらだ。こうやって小麦粉と卵水を混ぜて天ぷらの衣を作る際は、混ぜ過ぎに注意しないといけない。かき混ぜすぎると小麦粉からグルテンという物質が発生し、揚げ上がりの衣が固く、サクサクにならないんだ。

 最近は天ぷら粉……って便利なものが流通しているから家庭ではそれを使った方が失敗はしないだろう。天ぷら粉自体は飲食店でも重宝されている物だしな。

 そして完成した天ぷら衣を少し油に垂らしてみると、垂れた衣が一度鍋の真ん中付近まで沈み、すぐに浮き上がって来た。これが180℃位の温度の状態だ。

「後は先に野菜を揚げて、後から魚を揚げればいい。」

 打ち粉した野菜を衣にくぐらせ、熱した油へと入れていく。先に野菜から揚げる理由は、魚から先に揚げてしまうと魚の匂いが油についてしまうからだ。

 そしてカラリと綺麗に揚がった天ぷらは、良く油を切って盛り付けていく。
 今回は塩と、好みでライムルの果汁を搾って食べてもらおうか。生憎醤油がないから天つゆは用意できなかったからな。

 ……そういえば、エルフは菜食主義の文化がある。と、さっき言っていたな。なら醤油に近い調味料とかも作っていたりしないだろうか?もしあるのなら是非とも購入したいところだが……いや、過度な期待は持たないようにしておこう。外れたときにショックが大きいからな。
 
「これで最後だな。」

 天ぷらを揚げ終えた私は、カミル達の元へ揚げたてのそれを運ぶ。

「はいよ、お待たせ。」

「おぉ~?これは……なんじゃ?」

「魚と野菜が何かに包まれてるわね。」

 不思議そうに天ぷらを眺めるカミル達に私は料理の説明をする。

「それは天ぷら……って料理だ。野菜と魚を衣で包んで油で揚げた料理だな。単純な料理だが、素材の味を直に味わえる。そこの塩をつけて食べてくれ。」

 料理の説明をすると、塩とライムルが添えてある皿と天ぷらを交互に見てカミルが私に質問を投げ掛けてくる。

「何でライムルの実まで置いてあるのじゃ?」

「好みでつけて食べてくれってことだ。塩だけの味だと飽きるかもしれないからな。」

「オイラ、ライムルは大好きだゾ!!だからつけてみようカナ。」

「私も後でつけてみよ~っと。」

「むぅ……妾は食べてから決めるのじゃ。」

 そう皆が楽しそうに口にしている最中、一人マームだけ思い悩んでいるような表情を浮かべていた。

「マームはまだわかんないよな。」

「うん……どうすればいいかわかんない。」

「そういう時はまず食べてみればいいさ。」

 箸で魚の天ぷらを一つつまみ上げ、それに軽く塩をつけた。そして私はそれをマームに差し出す。

「ほら、口開けて。」

「ん、あ~……。」

 大きく口を開け、迎え入れる準備ができているマームに私は天ぷらを食べさせてあげた。マームがそれを咀嚼すると、サクサクと小気味良い音がこちらまで聞こえてくる。

「……どうだ?」

「さくさく……ふわふわでおいしい。」

「なら良かった。」

 マームの口に合ったことにホッと胸を撫で下ろしていると、彼女はおもむろに切り分けたライムルに手を伸ばした。

「こっちも食べてみる。……こうすればいい?」

「あっマームそれは気をつけてかけて……。」

 そう忠告しようとした時には時すでに遅く、マームはたっぷりとライムルの果汁をかけた天ぷらを口に運んでいた。

「あ~……むっ…………きゅっ!?」

「すまん、言うのが遅くなった。それは一滴か二滴位かければ丁度いいんだ。」

 あまりに酸っぱかったのか、マームは驚いた表情を浮かべ口を×の形にすぼめている。

「ぷっく……くくく、なんじゃマーム随分面白い表情を浮かべておるのぉ~。」

 そんなマームの表情を見てカミルは思わず笑ってしまっている。

「く、口がすごいきゅっ……てなった。これ何?おいしくない。」

「それが酸っぱいって味だ。」

「……酸っぱい。酸っぱいの美味しくない……絶対もうかけない。」

 酸っぱい物でも用法用量を守れば、美味しく感じるんだが……まぁそれは後で教えてあげよう。多分、今教えてあげてもさっきのイメージが深く根付いているだろうから、なかなか……ツラいと思う。

「くっくく……さて、面白いものも見れたことじゃ。妾も食べるとするかの~。」

「私もた~べよ~っと。」

「オイラも食べるゾ!!」

 マームが食べたのに触発され、カミル達も天ぷらを食べ始めた。

「まだこっちのお造りもあるからな。たくさん食べてくれ。」

「うっ……また酸っぱいのがある。」

 お造りの付け合わせに盛り込まれたライムルを見てマームは露骨に嫌な顔を浮かべる。

「マームは無理せず……な?」

 多分言わなくてもライムルには手をつけないと思うが……念のためな。
 そして皆が食事をする中、私は食後のデザートの仕込みに移るのだった。
 
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