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第一章 龍の料理人

第81話

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 そして少しすると、エルードが一枚の布を持ってこちらへと息を切らしながら戻ってきた。

「はぁっ……はぁ~……お待たせしました。こちらで良いですか?」

 渡された布を広げて見てみると、とてもきめ細かい事が見てとれた。これならば問題なくできるだろう。

「これなら大丈夫だ。後は……この瓶の口に漏斗を入れて、この上からこいつを布で搾る。」

 さっきの豆を発酵させた固形物を布で包み、ぎゅっと搾り上げる。すると、ポタポタと液体が滴り瓶の中へと溜まっていく。そして一本の瓶がいっぱいになるぐらいまでそれを搾った後に、私はそれをエルードに差し出した。

「これなら見た目も問題ないだろ?」

「おぉ!!なるほどっ……搾って液体だけを抽出するというのは思い付きませんでした。これならば問題なく売り手がつくと思います。」

 エルードはちゃぷちゃぷといっぱいに入った醤油の瓶を持ち喜びに震えている。そんな彼に私は一つだけ注意点を教えてあげた。

「その搾った液体は一度しっかりと加熱処理しておいた方がいい。」

「え?どうしてですか?」

「そいつには、発酵を助ける精霊だけじゃなくお腹を痛くする精霊も含まれてる可能性があるからな。仮にそれを売り出したとして、腹が痛くなった……と苦情が来るのも嫌だろ?」

「そ、それは確かに……。」

「まぁ、加熱処理といっても一度火にかけて沸騰させるだけで充分だ。簡単だからそれぐらいはできるだろ?」

「はい!!」

 私の言葉にエルードは大きく頷いた。

「さて、この量を搾るのは大変だろう。少し手伝ってやる。そこの空の樽借りるぞ。」

「え?あ、は……はい。」

 私は完全に発酵した物に手を翳しポツリと呟く。

「抽出……醤油。」

 そう口ずさんだ瞬間に私の手の上に大量に醤油が集まり始める。最後の一滴まで抽出した醤油を空いていた樽へと移し、私はエルードの方へと向き直る。

「これで良しだ。」

「…………。」

 私が抽出の魔法を使い、醤油を抽出する姿をみてエルードは口を大きく開けて固まっていた。

「ん?おい、終わったぞ?」

「あ……す、すみません。驚きで少し固まってしまってました。とても便利な魔法をお持ちなのですね?」

「まぁな。これでそっちのはもうただの搾りカスになった。……もうそっちは要らないな?」

「そうですね、こっちがあればもう要らないですね。」

「なら、こっちの搾りカス……私がもらってもいいか?」

「もうお好きなだけどうぞ。ここまでしてもらっている手前何も言えませんよ。」

 苦笑いしながらエルードは頷いた。

「それなら遠慮なく……。」

 私は醤油を抽出した後に残った搾りカスをインベントリにしまう。これも後でしっかりと有効活用させてもらおう。

「後、こちらの瓶はお返ししますよ。」

「ん?いいのか?」

「はい、もうそれ以上のことをしていただきましたから。」

 エルードから私がさっきやって見せた時に使った瓶を手渡してきた。当然の如く、中にはたっぷりと醤油が入っている。

「さて……それでは定期的にこちらをお売りするという契約ですが。無くなり次第こちらにお越しになりますか?」

「う~ん、そうだな。それでもいいが……。」

 他に何かいい方法はないかな……。頭を捻っていると、マームが手を挙げた。

「ミノル、それなら私の蜂使えばいい。」

「いいのか?」

「うん。もうこの場所覚えてるし……問題ない。」

「じゃあお願いできるか?」

「うん、任せて。」

「と、いうわけで……無くなり次第こちらから使者を送るよ。大きな蜂だから一発でわかると思う。」

「畏まりました。ではこちらを渡しておきます。」

 エルードは私に何やら紋章か刻まれたペンダントのような物を差し出してきた。

「これは?」

「こちらは私の問屋へ商いに来られる方に渡している紋章です。これを持ってさえいれば勝手にこの国に入っても攻撃されたり罪に問われることはございません。」

「なるほど。じゃあこれを持たせてやればいいんだな?」

「そういうことです。」

 無条件で入国できる入国許可証みたいなものか。こいつは良いものをもらったな。

「じゃあマーム、これを蜂に渡してあげてくれ。」

「ん、わかった。」

 私にはちゃんとした正規の入国許可証があるからこれはマームに渡しておく。

「さて……買うものも買えたからそろそろお暇させてもらうよ。良いものをたくさん買わせてもらった。ありがとう。」

「いえいえ!!こちらとしてもとても良い商いになりました。今後ともよろしくお願いいたします。」

 とても有益な買い物を終えて私達はエルードの問屋を後にした。

「後は寄りたい場所は無いのかの?」

「あぁ、もう用事はないかな。」

「ってことは、帰ってからまたどこかに寄りたいってことね?」

「そう言うことだな。ここでは肉とか魚は一切買えなかったから……まぁカミル達が肉とか魚がなくても良いってなら……」

「「それは嫌!!」」

 カミルとヴェルは口を揃えて言った。やはり料理に肉か魚は欲しいらしい。

「……だよな。」

 そうなれば帰り道どこかの街でサクッと肉か魚を買って帰るとしようか。

「肉と魚……って言ったらどっちがいい?」

「妾はどっちでも良いのじゃ。」

「私もどっちでもいいわ~。でもどっちかは食べたいわね。」

 じゃあノノとマームに聞いてみるか。

「ノノ、肉と魚どっちがいい?」

「あう~……あう!!」

「ノノは魚が食べたいって言ってる。ちなみに……私も魚がいい。」

「わかった。じゃあ今日は魚だ。ってことでカミル、帰り道ボルドに寄ってくれ。」

「わかったのじゃ~。」

 エルフの国を後にした私達は帰り道に海街のボルドへと寄り、新鮮な魚を購入して城へと帰るのだった。
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