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第一章 龍の料理人

第107話

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 一先ず無毒化したベネノボアは、ライネルの肉屋でシーラに解体してもうことにした。流石にこういった類いの解体の心得は私にはないからな。プロに頼んだ方が確実というものだ。

「私無毒化されたベネノボアは初めて見ました!!それじゃあ早速解体してきます!!」

 店の奥へと向かうシーラを私は声をかけて引き留めた。

「あ、その解体の様子を見せてもらうことはできるか?」

 この際プロの手際というものを見ておきたい。それにどのようにして捌くのか気になるしな。

「別に構いませんけど……初めての人には結構キツイですよ?」

「問題ない。そういうのはもう慣れてる。」

 シーラが言っているのは内臓とか血がモロに見えるから……ということなのだろう。生憎私はもう、そういう類いには耐性がバッチリついている。

「じゃあ無理をしない程度でお願いしますねっ!!」

 承諾してくれたシーラの後に続こうとすると、ノノが私の手を引いた。

「お師様ノノも見たいです!!」

「ん~……絶対今はまだやめておいた方がいいぞ?」

 流石にまだノノが獣の内臓とかを直で見るのは早すぎると思う。トラウマになっても困るしな。

「どうしてですか?」

「いいかノノ、勉強熱心なのは良いことだ。でも物事には順序ってものがある。わかるな?」

「はいです……。」

「良し、良い子だ。」

 ポンポンとノノの頭を撫でて、私はシーラの解体の腕を拝見しに行った。

「それじゃあ……いっきますよ~!!」

 シーラの解体の手際は凄まじいもので鉈のような刃物であっという間にベネノボアをスパスパと、いとも簡単に解体してしまった。
 流石はプロ……無駄がない上に丁寧だ。
 
 そしてベネノボアをシーラに解体してもらい、部位ごとに分けてもらった後、私達はもも肉とバラ肉だけをもらうことにした。

「あの、他の部位はいいんですか?まだまだたくさんありますけど……。」

「あぁ、他のは大丈夫だ。そっちで売ってくれて構わない。品物が入らなかったから商売上がったりだろ?」

「あ、ありがとうございます!!本当に助かります!!」
 
 こうして軽く恩を売っておけば、後々良い肉を仕入れた時私達に売ってくれるかもしれないからな。このぐらいの投資はしておいて損はない。
 そんなことを思っていると、後ろからこそこそと声が聞こえた。

「ミノルが悪い笑みを浮かべておるのじゃ。あれは、何かよからぬ事を考えておるぞ。」

「たまにミノルってあんな感じで笑うわよね。」

「ちょっと怖い……。」

「魔王のボクが言うのもあれだけど……完全に悪役の笑い方だよね。」

 等々なかなか酷い言われようだ。

「何か言ったか?」

 クルリと後ろを振り返りそう問いかけると、皆一斉に首を横に振った。

「……まぁいいか。さ、肉も手に入ったから帰ろう。」

「うむ!!」

 帰ったらさっきノノに我慢させたぶん、色々なことをさせてあげようか。せっかく包丁もできたことだし、切りものの以呂波いろはを教えてあげてもいいな。
 ノノにどんなことを教えるかを考えながら、私は城への帰路につくのだった。











「さて、じゃあ早速その包丁を使ってみるかノノ。」

「はいですお師様!!」

 城に帰ってきた私はまずノノに包丁の以呂波を叩き込むことにした。使い方を間違えれば簡単に怪我をしてしまうものだからな。しっかりと教えないと。

「先ずは持ち方から……私の真似をして持ってみてくれ。」

「はいっ!!」

 先ずはオーソドックスな刃の付け根に親指を当てる握り方からだ。この他にも何種類か持ち方はあるが……野菜とかを切るときはこれで問題ない。魚とか肉を切るってなるとまた持ち方を変える必要があるが、それはまだ教えるのは早い。まだ魚とかを触らせるつもりはないしな。

「ノノ、緊張するのはわかるが力は抜くんだ。肩の力を抜いて、包丁は軽く握るだけに留めておく……いいな?」

「は、はい……。」

 そしてなんとか、リラックスして包丁を正しく持つことができたようなので、次に進もう。

「じゃあ次は早速野菜を切るぞ……と言いたいが、その前にその包丁に着いてる錆止めを洗い落とすぞ。刃の方を外側に向けてこれで優しく擦るんだ。」

 恐る恐るノノは包丁を持って、私に言われた通りに洗い始めた。緊張するノノの心臓の鼓動がここまで聞こえてくるようだ。

「良し、そんなもんでいい。そしたらしっかりと水気を拭いて、いよいよ野菜を切ってみるか。」

「はいです!!」

 固いものを切らせるのはまだ危ないから……最初は鍋に使う柔らかい葉野菜を切らせてみようか。
 私はまな板の前にノノを立たせ、目の前に白菜のような見た目の野菜を一枚置いた。

「野菜を切るときは先ず包丁を持っていない方の指先を軽く丸めるんだ。そしてここ……指の第一関節にピッタリと包丁を当てる。指以上に包丁を高くあげないように気を付けてな。」

 ある程度型にはまった構えをできたから後は包丁を前に突きだして切るだけだ。

「そのまま……包丁を上にあげずににゆっくりと押して……。」

「………………っ。」

 私に言われた通りにノノが包丁をゆっくりと前に突き出すように押すと、サックリと音を立てて野菜は切れていた。

「お師様!!切れました!!」

「良し、今のを忘れないようにな。もう一回だ。」

「はいです!!」

 好きこそ物の上手なれ……とはよく言ったもので、そこからはあっという間にノノはコツを掴み、プロの私から見ても理想的な姿勢で野菜を切れるようになった。子供の吸収スピードはなんとも恐ろしいものだな。

「良し、じゃあその調子でその野菜はお願いしてもいいか?」

「はいっ頑張ります!!」

 任せるとは言ったが……常に目は離さないようにしておこう。怪我をされても困るからな。
 私はノノの方に常に気を配りながらぼたん鍋の仕込みを続けるのだった。
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