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第一章 龍の料理人

第108話

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 こちらでもぼたん鍋の仕込みをしていると、白菜のような野菜を切り終えたノノがこちらにやって来て、肉を切る私の手元を不思議そうに眺めていた。

「お師様、お肉は切り方が違うんですか?」

「あぁ、肉は野菜みたいに簡単には切れない。だからこうやって包丁を大きく動かして一気に引いて切るんだ。」

 これは魚にも使う切り方で、肉や魚等の表面を滑らかに切るにはこの方法が一番いいんだ。何度もノコギリのように行ったり来たりして切ると、表面が滑らかにならず旨味の流出が多くなってしまう。

「試しにさっき教えたやり方で切ってみるといい。多分それじゃ切れないってことがわかるはずだ。」

「わかりました!!」

 試しにノノに肉を切らせてみることにした。一度切れば違いがわかるからな。そして、さっきの方法じゃ切れないということもわかるはず。
 そしてノノはさっきと全く同じやり方で肉に包丁をたてたのだが……。

「あれ?切れないです。」

「なっ?切れなかったろ?」

 切れないのもそのはずで、さっきノノに教えた切り方は包丁のからまでを使って切る切り方だ。
 肉を切るためにはからまで包丁の全てを使わないといけない。

「じゃあ今度は包丁の顎を肉に当てて、ゆっくり……包丁の切っ先まで最後まで引いて切ってみろ。」

「はいです!!」

 私に言われた通りにノノが包丁を動かすと、いとも簡単に肉が切れた。

「すごいですちょっと切り方を変えただけで、こんなに簡単に切れました!!」

「うん、それが肉と魚の切り方だ。覚えておくんだぞ?」

「はいっ!!」

 せっせとノノは今学んでいることをメモ張に書き記している。今教えられたことを、そして今自分でやってみて感じたことを忘れないようにしているんだろう。とても良い心がけだ。

「良し、それじゃあその切り方を応用して……この肉を薄~く、薄~く切ってみせるから。よく見ておいてくれ。」

 ぼたん鍋に使うベネノボアのもも肉は薄切りにするため、包丁で薄く削ぐように切りつける。

「ま、こんなもんかな。」

「すごいですお師様!!」

「この位だったらノノにもすぐにできるようになる。試しにやってみると良い。」

 流石に一発で切るのは難しいだろうから、最初は少しだけ手を添えてあげようか。

「最初は少しだけ貸してあげるから、コツを掴んだら自分でやってみると良い。」

「ありがとうございますっ。」

 ノノの包丁を握る手に手を添えて、どうやって切るのかを感覚的に覚えてもらう。薄くスライスする技術は少しコツがいるからな。
 そして何度かやっているうちに……。

「お師様、次一人でやってみても良いですか?」

「あぁ、やってみるといい。」

 そう私に断ったノノは自分で思った通りに包丁を動かした。まだまだ固い動きだが、慣れればどうってことないだろう。

「お師様!!どうですか?」

「ちょっと厚いが……まぁ合格点かな。次はもっと薄く切れるように頑張るんだぞ?」

「はいっ!!」

「良し、じゃあ後は私の仕事だ。ノノは包丁を洗って、しっかりと水気を拭いてから休んでるといい。包丁に水気が残ってると錆びるから管理には気を付けるんだぞ?」

「わかりました!!」

 ノノが包丁を丁寧に洗って、しっかりと水気を拭いたそれを鞘に納めたのを見て、ホッと一安心した私はぼたん鍋の盛り付けにとりかかった。

「あ~……肉は後から入れる形にするとして、野菜とかを先に鍋に入れて出汁をとってしまおうか。」

 だから今回の鍋地は野菜のあっさりとした出汁と醤油になる。明日エルフの国に行ったら、今度は味噌を作らないか?と相談を持ちかけてみることにしよう。味噌も醤油も原料は同じだし、作り方さえわかればすぐに作ってくれるはず……。

「具は葱と白菜……湖の周辺に生えてた野生のキノコ。」

 買ってきた野菜を切れるようになった切りつけ、鍋に並べていく。
 ちなみにキノコはちゃんと鑑定して毒のないやつをとってきたから食べても問題ない……はずだ。

「後はこれを先に煮込んで……その間に薄切りにしたベネノボアのもも肉に粉にした胡椒を振って臭みを消しておく。」

 猪肉や鹿肉などのジビエには獣独特の臭いがある。火を通すと尚更匂うんだが、予め胡椒や山椒で臭みを消しておくことでそれを気にせず食べることができる。
 厚く切った肉なら何分間か馴染ませないといけないが、このように薄く切った肉ならあっという間に臭みは消える。

 一枚一枚に胡椒を振った肉を皿に薔薇のように盛り付けていると、鍋の蓋がコトコトと音をたて始めた。中の鍋地が沸騰した合図だ。

「良し、出汁がとれたみたいだな。味は…………うんキノコから良い出汁が出てるこれなら後は醤油と塩で味を決めれば問題ないな。」

 生のキノコでここまで出汁が出るなら……乾燥させて干し椎茸みたいにしたらどうなるんだろう?……後でそれもやってみようか。

「良し、こんなもんだろ。」

 後は携帯式のガスコンロに火を点して……。

 え?なんで携帯式のガスコンロがあるかって?あっちにいたときに一人鍋するために買ってたに決まってるだろ。まぁ、一回一人鍋やったら寂しすぎて二度とやりたくないって思ったがな。

 まぁまぁそんな私の黒歴史はさておき、鍋地もできた。野菜も煮たった。肉も盛り付けたから皆で……で鍋をつつくことしよう。
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