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3話 上船
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港に着いた瞬間、潮風の匂いがふっと憂の頬を撫でた。
白く巨大なクルーズ船が、夏の陽を跳ね返して光っている。
「……すごい。本当に乗るんだね、これ」
憂が圧倒されていると――
「御陵憂さん、葉月さん。
こちらへどうぞ」
落ち着いた、やわらかい声が背後からかかった。
振り向けば、
ラベンダー色のワンピースを揺らす 六地蔵 菊子 が立っていた。
千秋の母――だが今回は、
娘の千秋は別行動で、このクルーズには参加していない。
菊子の横に、あの穏やかな少女の姿はない。
それが、逆に憂の胸をすこしざわつかせた。
「奥様、本日もお世話になります」
葉月が、六地蔵家の“専属メイドアルバイト”としての表情に切り替わる。
背筋を伸ばし、控えめに頭を下げた。
「葉月さん、堅苦しくしなくてもよろしいのですよ。
今日は“お仕事半分、休暇半分”なのですから」
「いえ、奥様のお側にいる以上、気持ちは引き締めておかないと……」
「ふふ。本当に真面目な方ね。頼りにしておりますわ」
菊子は優雅に微笑み、今度は憂へ視線を向ける。
「憂さん。お会いできてうれしいわ。
――娘があなたを連れてきてほしいと言っていたのですよ」
「千秋が……?」
「ええ。今回は留守番ですが、
“憂さんに海の景色を見せてあげてほしい”と頼まれましたの」
その言葉に、憂の胸がふっと温かくなる。
(千秋……私のこと、そんなふうに……)
胸元のエメラルドが、夏の光に照らされて、かすかに輝いた。
ターミナルを歩いていると、
通路の向こうで、光を跳ね返す“何か”が目に入った。
――金髪。
高い位置で結ばれたツインテール。
細長いケースを背負い、灰色の瞳で鋭く周囲を見渡す少女。
「……邪魔。通れないんだけど」
スタッフに向かって言い放つその声は、氷のように澄んでいた。
(だ、誰……?)
その冷たい空気に、憂は思わず息をのむ。
しかし同時に“何か”が引っかかった。
まるでその子の存在そのものが、憂の心に触れたような――そんな感覚。
「リナ、こちらにいらして。
避難訓練は一緒に向かいますわよ」
菊子の声に、少女――リナ がこちらをふっと一瞬だけ見た。
その視線が、憂の胸元のエメラルドでぴたりと止まる。
ほんの一瞬。
驚きとも怯えともつかない、微かな揺らぎ。
しかしリナはすぐ表情を戻した。
「……了解しました、菊子様」
声は従順なのに、
態度には明らかにツンとした棘が残っている。
(この子……なんか怖い。
でも、目が……すこし、寂しそう)
憂は戸惑いながらも、なぜか目が離せなかった。
「憂さん、驚かれました?」
菊子が穏やかに問いかけた。
「リナは感情表現があまり得意ではありませんの。
ですが、心根は悪くない子ですわ」
それから、少しだけ声を低くする。
「娘とも……昔、よく遊んでいました」
「千秋と……リナさんが?」
「ええ。千秋が日本に帰ってくる前の話ですがね」
その言い方はどこか曖昧で、
なにかを伏せているようにも聞こえた。
(なにか……あるの?)
憂は胸の奥がそわそわするのを感じた。
白く巨大なクルーズ船が、夏の陽を跳ね返して光っている。
「……すごい。本当に乗るんだね、これ」
憂が圧倒されていると――
「御陵憂さん、葉月さん。
こちらへどうぞ」
落ち着いた、やわらかい声が背後からかかった。
振り向けば、
ラベンダー色のワンピースを揺らす 六地蔵 菊子 が立っていた。
千秋の母――だが今回は、
娘の千秋は別行動で、このクルーズには参加していない。
菊子の横に、あの穏やかな少女の姿はない。
それが、逆に憂の胸をすこしざわつかせた。
「奥様、本日もお世話になります」
葉月が、六地蔵家の“専属メイドアルバイト”としての表情に切り替わる。
背筋を伸ばし、控えめに頭を下げた。
「葉月さん、堅苦しくしなくてもよろしいのですよ。
今日は“お仕事半分、休暇半分”なのですから」
「いえ、奥様のお側にいる以上、気持ちは引き締めておかないと……」
「ふふ。本当に真面目な方ね。頼りにしておりますわ」
菊子は優雅に微笑み、今度は憂へ視線を向ける。
「憂さん。お会いできてうれしいわ。
――娘があなたを連れてきてほしいと言っていたのですよ」
「千秋が……?」
「ええ。今回は留守番ですが、
“憂さんに海の景色を見せてあげてほしい”と頼まれましたの」
その言葉に、憂の胸がふっと温かくなる。
(千秋……私のこと、そんなふうに……)
胸元のエメラルドが、夏の光に照らされて、かすかに輝いた。
ターミナルを歩いていると、
通路の向こうで、光を跳ね返す“何か”が目に入った。
――金髪。
高い位置で結ばれたツインテール。
細長いケースを背負い、灰色の瞳で鋭く周囲を見渡す少女。
「……邪魔。通れないんだけど」
スタッフに向かって言い放つその声は、氷のように澄んでいた。
(だ、誰……?)
その冷たい空気に、憂は思わず息をのむ。
しかし同時に“何か”が引っかかった。
まるでその子の存在そのものが、憂の心に触れたような――そんな感覚。
「リナ、こちらにいらして。
避難訓練は一緒に向かいますわよ」
菊子の声に、少女――リナ がこちらをふっと一瞬だけ見た。
その視線が、憂の胸元のエメラルドでぴたりと止まる。
ほんの一瞬。
驚きとも怯えともつかない、微かな揺らぎ。
しかしリナはすぐ表情を戻した。
「……了解しました、菊子様」
声は従順なのに、
態度には明らかにツンとした棘が残っている。
(この子……なんか怖い。
でも、目が……すこし、寂しそう)
憂は戸惑いながらも、なぜか目が離せなかった。
「憂さん、驚かれました?」
菊子が穏やかに問いかけた。
「リナは感情表現があまり得意ではありませんの。
ですが、心根は悪くない子ですわ」
それから、少しだけ声を低くする。
「娘とも……昔、よく遊んでいました」
「千秋と……リナさんが?」
「ええ。千秋が日本に帰ってくる前の話ですがね」
その言い方はどこか曖昧で、
なにかを伏せているようにも聞こえた。
(なにか……あるの?)
憂は胸の奥がそわそわするのを感じた。
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