沈黙のういザード 

豚さん

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14話 置いていかれた気持ちを、リナが拾った夕暮れ

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午後のバスは美瑛へ向かった。
窓の外には広大な丘陵が続き、雲の影が丘の上をすべるように流れていく。

「ここが……四季彩の丘……」

バスを降りた瞬間、憂は息をのんだ。

一面に広がるカラフルな花畑。
ラベンダー、マリーゴールド、サルビア、ケイトウ。
まるで絵筆で塗り分けたような“色の大地”が波打ち、
風が吹くたび揺らめいて、視界じゅうが鮮やかに染まる。

「奥様、見てください! すっごい……!」

「まぁ……これは壮観ですわね。葉月さん、嬉しそう」

「はいっ! 北海道最高です!!」

ふたりは自然に歩調を合わせ、景色を指さしながら楽しそうに並んでいく。

(……まただ)

憂は数歩だけ後ろを歩き、胸の奥がきゅっと痛むのを感じた。
千秋の母と姉が並んで楽しそうにしている――
その光景が、なぜか胸を曇らせる。

(千秋にも……こうやって笑ってほしいのに……)

一行は“青い池”へ向かった。

「うわぁ……水、ほんとに青い……!」

葉月が感嘆の声を上げる横で、
菊子は静かに水面に視線を落としていた。

「まるで絵画のようですわね……
 この色……不思議と心が落ち着きます」

(……わたしは、全然落ち着かないよ……)

ふたりの横顔を見つめるたび、胸が重くなる。
姉の明るさと、菊子の柔らかい微笑み――
その“間”に自分の居場所が見えなくなる瞬間があった。

(お姉ちゃんばっかり……奥様と仲良くして……)
(わたし、いらないの……?)

水面に落ちる太陽の光が、眩しく滲んだ。

次の観光スポットは広い牧場だった。

「奥様、ほら牛です牛!!」

「まぁ……本当に大きいですわね。触ってみます?」

「いいんですか!? わぁぁ……!」

ふたりの明るい笑い声。
自然な距離感。
息を合わせるような会話。

憂は少し離れた場所から草の匂いを吸い込んだ。

(……胸が苦しい……)

ペンダントを握る。
緑の石が夕陽を受けて、指先に温度を返してくる。

(千秋……)
(……いま、そばにいてよ……)

夕陽に染まる原野を歩きながら、憂はふたりと少し距離を置いていた。
葉月は菊子と並び、景色を見ながら談笑している。

「奥様、今日ほんと楽しいです!
 憂ちゃんに感謝ですね、誘ってくれて」

「ふふ……本当に、素敵な一日ですわ」

(……聞きたくなかった……)

足が重くなり、視線が落ちていく。

(なんで……こんなに悲しいんだろ……)

目の奥が熱く滲んだ、その瞬間――

――カシャン。

背中のほうから小さな金属音。
次の瞬間、憂の肩に冷たい影が落ちた。

「……またその顔してる」

「っ……!」

金髪ツインテール。
鋭い灰色の瞳。

リナだった。

「いつから……?」

「さっきから後ろにいたわよ。気づかないほうが悪い」

そして――憂の額に“ひんやりとした冷たさ”が触れた。

「冷たっ……!」

「はい、動かないで」

きんっと冷えた缶ジュースが額に押し当てられる。
熱を吸われるたび、憂の心も少し落ち着いていく。

「……な、なに……?」

「あなた、顔に全部出るんだから。
 泣きそうなの、丸わかりよ」

「な、泣いてない……!」

「嘘。目が赤い」

「うっ……!」

リナは小さくため息をつき、缶を憂の手に押し付けた。

「ほら。持ってなさい。
 頭の熱、少しは冷えるでしょ」

「……ありがと……」

「勘違いしないで。
 見てて……なんか、イラッとしただけ」

「えっ……?」

「泣きそうな子を放っておくと、
 私が悪者みたいじゃない」

強い言い方なのに、
その瞳だけは――ほんの少し憂を案じていた。

「葉月と菊子さんが仲良くしてるの、ずっと見てたんでしょ」

「……っ!」

「嫉妬してるんでしょ」

「ち、違う……!」

「嘘」

きっぱりした声。
だけど、その奥にはほんの微かな優しさがあった。

「でもね」

リナの視線が、憂の胸元へ向けられる。
エメラルドが夕陽できらりと光った。

「あなたには、ちゃんと“帰る場所”あるでしょ」

「……うん……」

「その子が心配するから泣かないの。
 それだけよ」

言葉はツンと尖っているのに、
心の奥に真っ直ぐ届く。

「ほら、行くよ。置いていかれる」

リナが歩き出す。

「ま、待って……!」

憂は慌てて後を追いかけた。

夕暮れの港へ向かう道。
紫の風がまだ香っている。

つかず離れずの距離で歩くふたり。

――今日いちばん、憂の胸が軽くなった瞬間だった。
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