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24話 母性という魔法
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菊子の部屋に入ると、
落ち着いた茶色のランプが柔らかく揺れ、
深い静けさに包まれていた。
壁のピアノ画、
ふわりと沈むソファ、
ハーブティーから立つ甘い湯気。
「どうぞ、座ってくださいな」
「……ありがとうございます」
憂はカップを両手で包み込んだ。
温かいのに、指がまだ震えている。
その震えに気づいた菊子が、優しく微笑む。
「今日だけで……本当にいろいろございましたものね」
憂は目を伏せ、小さく頷いた。
「憂さん」
その名を呼ぶ声だけで、部屋の空気が落ち着いた。
「あの “ウィザード” という歌……
あなたの“記憶の鍵”になったかもしれませんわ」
「……記憶……?」
「ええ。
あなたのお母様のことです」
憂は息を飲む。
“母”という言葉だけで、奥の奥がざわつく。
「葉月さんから、そっと教えていただきましたの。
あなたのお母様が今……どこで、どんな状態なのか」
「……葉月姉が……」
憂の目が揺れた。
菊子は憂の手にそっと手を重ねる。
「憂さん。
あなたは“忘れてしまった”のではありません」
憂の肩が小さく跳ねた。
「あなたは……守るために、記憶を“閉じた”のです」
「……守る……ため……?」
「ええ。
幼いあなたには、あまりに残酷でしたもの」
憂は唇を噛む。
(……お母さん……
どうしていないのか……
考えるのが怖かった……)
菊子は静かに続けた。
「あなたのお母様は……心を壊してしまわれましたの。
雪乃さんを亡くした痛みに耐えきれず、
治療を受ける毎日だったと伺っております」
「……っ……」
「憂さんが“置いていかれた”のではありません。
深く、深く愛していたからこそ……壊れてしまったのです」
涙が、ぽとりと落ちた。
(雪姉が死んで
お母さんも消えて……
帰国してから……ずっと……)
「葉月さんが、あなたを守ってくれましたわね」
「……はい……
葉月姉が……ずっとそばにいてくれて……
わたし……甘えてばかりで……」
「いいのです。
人は、甘えたいときに甘えていいのですよ」
その一言で、憂の胸がほどけた。
「っ……菊子さん……」
ふらりと憂の身体が、菊子の胸に倒れ込む。
胸元が濡れるほど、憂は泣き続けた。
菊子は驚いたように目を見開き、
しかしすぐに母のような腕で抱きしめ返した。
「憂さん……」
その温度に触れた瞬間、
憂の全身がほどけていく。
「……おか……き、菊子さん……」
震える声で呼ぶ。
そして――
涙の勢いのまま、自然にこぼれた。
「……お母さん……」
菊子の眉が震える。
憂は気づいていない。
ただ、失われた温もりを探し求めているだけ。
だから菊子は否定しなかった。
「ええ……いいのですよ。
今だけは……あなたの望むままに。
わたくしは“お母さん”で構いません」
「……うぅ……ひっ……」
「泣いてよいのです。
ずっと我慢してきましたものね……」
憂は子どものようにしゃくり上げながら、
菊子の胸元に顔を埋めた。
菊子は千秋に触れるときと同じ優しさで
憂の背中をなで続けた。
「憂さん……
あなたは、もうひとりではありませんわ」
「……ひとりじゃ……ない……?」
「ええ。
葉月さんがいて……
リナさんがいて……
そして――
わたくしも、あなたの味方です」
「……お母さん……」
「はい、憂さん」
菊子は涙の跡をそっと指で拭い、
やわらかく微笑んだ。
「あなたの未来は……痛みに奪わせません。
大丈夫。
わたくしが支えますわ」
憂はその温もりを胸いっぱいに吸い込み、
ゆっくりと呼吸を整えた。
(……雪姉……
わたし……ちゃんと前に進めるよ……)
落ち着いた茶色のランプが柔らかく揺れ、
深い静けさに包まれていた。
壁のピアノ画、
ふわりと沈むソファ、
ハーブティーから立つ甘い湯気。
「どうぞ、座ってくださいな」
「……ありがとうございます」
憂はカップを両手で包み込んだ。
温かいのに、指がまだ震えている。
その震えに気づいた菊子が、優しく微笑む。
「今日だけで……本当にいろいろございましたものね」
憂は目を伏せ、小さく頷いた。
「憂さん」
その名を呼ぶ声だけで、部屋の空気が落ち着いた。
「あの “ウィザード” という歌……
あなたの“記憶の鍵”になったかもしれませんわ」
「……記憶……?」
「ええ。
あなたのお母様のことです」
憂は息を飲む。
“母”という言葉だけで、奥の奥がざわつく。
「葉月さんから、そっと教えていただきましたの。
あなたのお母様が今……どこで、どんな状態なのか」
「……葉月姉が……」
憂の目が揺れた。
菊子は憂の手にそっと手を重ねる。
「憂さん。
あなたは“忘れてしまった”のではありません」
憂の肩が小さく跳ねた。
「あなたは……守るために、記憶を“閉じた”のです」
「……守る……ため……?」
「ええ。
幼いあなたには、あまりに残酷でしたもの」
憂は唇を噛む。
(……お母さん……
どうしていないのか……
考えるのが怖かった……)
菊子は静かに続けた。
「あなたのお母様は……心を壊してしまわれましたの。
雪乃さんを亡くした痛みに耐えきれず、
治療を受ける毎日だったと伺っております」
「……っ……」
「憂さんが“置いていかれた”のではありません。
深く、深く愛していたからこそ……壊れてしまったのです」
涙が、ぽとりと落ちた。
(雪姉が死んで
お母さんも消えて……
帰国してから……ずっと……)
「葉月さんが、あなたを守ってくれましたわね」
「……はい……
葉月姉が……ずっとそばにいてくれて……
わたし……甘えてばかりで……」
「いいのです。
人は、甘えたいときに甘えていいのですよ」
その一言で、憂の胸がほどけた。
「っ……菊子さん……」
ふらりと憂の身体が、菊子の胸に倒れ込む。
胸元が濡れるほど、憂は泣き続けた。
菊子は驚いたように目を見開き、
しかしすぐに母のような腕で抱きしめ返した。
「憂さん……」
その温度に触れた瞬間、
憂の全身がほどけていく。
「……おか……き、菊子さん……」
震える声で呼ぶ。
そして――
涙の勢いのまま、自然にこぼれた。
「……お母さん……」
菊子の眉が震える。
憂は気づいていない。
ただ、失われた温もりを探し求めているだけ。
だから菊子は否定しなかった。
「ええ……いいのですよ。
今だけは……あなたの望むままに。
わたくしは“お母さん”で構いません」
「……うぅ……ひっ……」
「泣いてよいのです。
ずっと我慢してきましたものね……」
憂は子どものようにしゃくり上げながら、
菊子の胸元に顔を埋めた。
菊子は千秋に触れるときと同じ優しさで
憂の背中をなで続けた。
「憂さん……
あなたは、もうひとりではありませんわ」
「……ひとりじゃ……ない……?」
「ええ。
葉月さんがいて……
リナさんがいて……
そして――
わたくしも、あなたの味方です」
「……お母さん……」
「はい、憂さん」
菊子は涙の跡をそっと指で拭い、
やわらかく微笑んだ。
「あなたの未来は……痛みに奪わせません。
大丈夫。
わたくしが支えますわ」
憂はその温もりを胸いっぱいに吸い込み、
ゆっくりと呼吸を整えた。
(……雪姉……
わたし……ちゃんと前に進めるよ……)
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