沈黙のういザード 

豚さん

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29話 Second Movement(セカンド・ムーヴメント)

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 楽しかった時間ほど、終わりは静かにやってくる――。
 あれほど笑っていた旅が、
 朝の光に溶けていくように
 そっと幕を閉じようとしていた。

 船がゆっくりと港へ接岸する朝。
 甲板の空気はひんやりとしていて、昨日の余韻とは違う“静かな寂しさ”を含んでいた。

「なんか……急に終わるって感じだね」
 葉月が伸びをしながら言う。

「ええ……
 楽しかったからこそ、少し寂しいですわね」

 菊子は優雅に風に髪を揺らす。

(ほんとうに……
 この3人で過ごした時間は全部濃かった……)

(千秋……見てくれてたかな……
 歌ったよ……ちゃんと)

 下船準備で賑わうロビー。
 スーツケースの音と人々の声が混ざる中、
 菊子は憂の前に静かに立った。

「憂さん。
 この旅……本当にありがとうございました」

「わたしこそ。
 菊子さんと一緒に過ごせて、嬉しかったです」

「いえ。あなたのおかげで、
 わたくしは“過去”と向き合えましたの」

 憂は息を呑む。

「雪乃さんと話せた夜は……
 わたくしにとって、大切な宝物になりますわ」

「菊子さん……」

「あなたは優しい方。
 どうか、その優しさを誇ってくださいまし」

「……はい」

 憂の胸はそっと温かくなる。



 次に、葉月へ視線が向く。

「奥様……
 本当に……ありがとうございました……」

 葉月は涙を拭いながら、
 言葉をぎゅっと噛みしめた。

「わたくしもよ。
 あなたと過ごせた時間、楽しかったですわ」

「……帰ったら、ちゃんと食事してね?
 体調崩さないでね?
 仕事しすぎないでね?」

「ふふ。心配性ですわね」

「だって……
 奥様が倒れたら――
 あたし、どうしたらいいの……!」

「葉月さん……」

「だから……! せめて……!
 奥様の家に、あたしの等身大パネル置いておいてください!!!」

「発想の角度どうなっていますの!?」

「寂しくなったらハグできるように!!!
 夜は話しかけてもいいですよ!!!」

「怖いですわ!!?」

「それに、時々ドレスとか着せ替えさせて……
 “今日の葉月”バリエーション楽しんでください!!」

「葉月さん……帰ったら一度病院に行きましょうね?」

「そんなぁぁぁぁぁ!!!」


 憂が辺りを見回すと、
 人混みの向こうに金色が揺れた。

 壁にもたれ、
 ツインテールを風に遊ばせる少女。

「リナさん……!」

 憂は駆け寄る。

「……あんた、挨拶遅い」
「ご、ごめん……」
「別に待ってないけど」

 憂は小さな紙袋を取り出した。

「これ……あげる」

 紫色のカエル魔法使いストラップ。
 とんがり帽子、小さなマント。
 丸っこい目――そして絶妙に不細工。

「……リナさんに似てるなって思って」

「似てないわよ!! どこがよ!!」

「魔法使いで、ちょっとツンツンしてて……
 でも、優しいところとか」

 リナの耳が、真っ赤になる。

「べ、別に……
 こんな不細工なカエル、いらないけど……」

 憂が肩を落としそうになった瞬間――

「……も、もらってあげても……いいけど?」

 その小さな声に、憂は自然と笑みをこぼした。

「うん。よかった」

 リナはそっと視線を落とす。

「……雪乃に伝えといて。
 “ありがとう”って」

「うん。必ず」

「それと……
 次は“ちゃんとした舞台”で共演するから。
 気合い入れときなさいよ」

「! うん!!」



 「憂さん、葉月さん。またお会いしましょうね」

 菊子は優雅にスカートをつまみ、
 深く一礼し、先に歩き出した。

 葉月が憂の手をぎゅっと握る。

「憂ちゃん、泣きそう?」
「……嬉しくて。ちょっと寂しいだけ」
「帰ったら、また賑やかにするからね!」

 憂は小さく頷き、
 二人で乗り降り用の階段を降り始める。

 海風が髪を揺らし、冷たいけれど心地いい。



 ふと、背中に視線を感じた。

 見上げると――
 船のデッキ。
 リナが欄干に手を置き、こちらを見下ろしていた。

 憂と目が合うと、
 リナはそっぽを向きかけて、
 でも結局、小さく手を振った。

 憂の胸に、温かい火が灯る。

 気づけば、憂は全力で叫んでいた。

「りなさああああああん!!!
 またねええええええええ!!!」

「ば、バカッ!!!」

 リナは顔を真っ赤にする。
 そこへ葉月が、にやりと笑い――

「リナちゃん!
 また会いましょっ♪」

 ばっちん! と
 派手に投げキッスを飛ばした。

「ちょっ……!!
 見んなあああああ!!」

 更に赤くなったリナは、
 まるで逃げるように船内へ転がり込むように消えていった。

「葉月姉ぇ……今のはやりすぎ……!」
「ふふん、照れてる照れてる~♪」

 でも――
 憂の笑顔は止まらなかった。



 港に足を踏み出す。

 波の音が響く。
 潮の匂いがする。
 空は澄みきって、まぶしいほど青い。

 ――これは終わりじゃない。
 むしろ、ここから始まる物語。
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